千倉 季紗季プロローグ


きーん、こーん、かーん、こーん。

四限、授業の終了を告げる鐘の音が鳴る。

「おっとと、ちょっと間に合わなかったね。じゃー……はい! ここまでノートに書いといて、続きはまた今度。お疲れさまでした」
「起立、礼っ」

礼を終えると、教室の空気が一斉に弛緩する。
なんたって午前最後の授業、お腹は空くし疲れるし。大人がどうか知らないけれど、学生も結構、楽じゃない。
板書を写して、思い切り伸びをする。ぐ、ぐ、ぐ。んー。

よし。

脇に掛けた鞄から、お弁当箱を取り出す。
席を立ち、教室を後にする。

「あ、きさきちゃーん」
「んー?」

後ろから声がかかる。同じクラスの女の子だ。

「ご飯食べたら野郎ウォッチングしよーぜい」
「またぁー? わかった、じゃあ、食べたら戻るね」
「はーい。あとでー」

今度こそ、後にする。

((あの子も飽きないねぇ。ただ窓からグラウンドを眺めるだけじゃないか))

頭の中に声が響く。ハリガネムシくんだ。
ハリガネムシくんは、私が中学二年生の時に魔人化した際に生まれた、魔人ハリガネムシ。
周囲に馴染めなかった私が、「変わりたい」と願って助けに来てくれた、とても頼れるお友達。

(恋する乙女だからねー。なかなか行動には移せないモンなの)
((うんまあ、よく知ってるよ。誰かさんのお陰でさ))

魔人化当時、私も恋をしていた。こっそり見つめているだけだった私を、身体を無理矢理動かして、無理矢理声をかけてみせたのはハリガネムシくんだった。しどろもどろになりかけるところをいちいち継いでくれて、ずっと夢に見ていた会話を弾ませてくれた。ちなみに、結局フラれて、ハリガネムシくんとは喧嘩した。八つ当たりだ。

(本人が望むなら、そのうち背中押してあげたいんだけどね)
((季紗季ちゃんは世話を焼くのが好きだねぇ))
(まったく、どの口が言うんだか)

そんな話をしているうちに、いつもの場所へ辿り着く。
最上階、屋上ふもとのバルコニー。ここはあまり人がいなくて、落ち着いてごはんが食べられる。お気に入りの場所だ。
風呂敷を解いて、大きめのお弁当箱の蓋を開ける。

(それじゃ、いただきます)
((いただきます))

ごはん、ゆでたまご、きんぴらに肉どうふ。朝早く起きて作ったお弁当。
うん、おいしい。さすが私。
そっと、お腹に手を当てる。

(おいしい?)
((うん、すごく。あ、プチトマトくれる?))
(はいはい)

ひとつ手に取り、へたを摘んで放り込む。皮がぷつっと弾けると、果汁が飛び出し口へ広がる。しゃく、しゃく、しゃく。爽やかな酸味と甘みが、喉を抜け、食道を落ちていくのがわかる。

((ありがと。あー、今日のトマトすっごいおいしい))
(今朝の取れたてだからねー)
((家庭菜園様々だねー。寮だけど))

私たちの食事は、少し変わっている。
私が食べて、ハリガネムシくんが食べる。
一緒にご飯を食べるのは幸せで、お昼はこうして、二人で食べるようにしている。
大切な時間。

((伝説の焼きそばパン、楽しみだねえ))
(食べられるかなあ)
((どうかなー))

一緒においしいものを食べる。素敵な時間。
最終更新:2015年04月25日 21:35