臥間 掏児プロローグ


ある昼下がり。
大通りの横断歩道の手前に人々が並んでいる。
信号が青に変わると人々は足を進め始めた。皆足早に向こうの歩道へ向かい、辿りつく。
だが、大荷物を持った老婆は取り残されていた。足を進めるごとに息をつき足を止めている。半分も行かないうちに信号が点滅しだした。このままでは渡りきれない。
「おい、婆さん」
誰かが老婆に声をかける。彼は金髪で、パーカーを着ていた。
「荷物、持ってやるよ」
そう言うと金髪の男は老婆の荷物を全部持って向こうの歩道へ向かう。なんとか信号が赤になってしまう前に渡りきれた。
「ありがとねぇ手伝ってもらって」
「いやいいって」
金髪の男は老婆の肩を叩いて立ち去った。老婆は何かお礼をしたいと言おうと男を追いかけたが、男は足早に角の方へ消えてしまった。
「ひい、ふう、みい・・・なんでぇしけてやがんの」
角を曲がってからしばらく行った後、男はそう吐き捨てた。
「戦利品は野口が3枚に財布くらいか・・・でもこの財布売っても金にはならねぇだろうなぁ・・・」
男が溜息を吐く。男の名は臥間 掏児(フスマ トウジ)。いい年してスリによって生計を立てているろくでなしである。
掏児は交番が見えてきたので、財布をポケットの中に隠した。意味は無いが普段やっていることがやっていることなのでやはり警察官は怖い。交番には「スリに気を付けましょう」のポスターが貼ってあった。
「ったく、なーにがスリに気を付けましょうだ!警察の連中はわかってねぇんだ、俺みてぇにスリで生きる社会的弱者がいるってことを!ああ、全くこの世は生きづらい・・・」
掏児は戯言をブツブツと抜かしながらトボトボと歩く。何とも虚しい気分になってきた。
「クソッ、金はパーッと使ってやるよ!」
掏児は3000円をポケットに突っこんで財布をそのへんに放ってファミレスに立ち寄った。
「カツカレーにチーズトッピングで」
「かしこまりました、お水はセルフサービスとなって・・・」
「は?持ってきてくれるんじゃねーのかよ?」
「え、は、はい。セルフとなっています・・・」
「あークソッ、サービスの行き届いてねー店だな」
デカめの声でわめいて掏児はとっとと水を取りに行く。
機械で水を汲んだ後一回立ったまま飲みほし、もう一杯汲んで席に戻る。戻ると近くの席に学生たちが座っていた。希望崎学園の生徒たちだ。
(チッ、学生は無駄にうるさいから嫌なんだけどな・・・)
掏児は席を移ろうとしたが、少し気になる話が聞こえてきたので聞いてみることにした。
「ねぇ知ってる?伝説の焼きそばパンのこと」
伝説の焼きそばパン。掏児はその言葉を知っていた。行きがけの買い取り屋でたまに耳にするからだ。そこの主人が言うことにはその焼きそばパンの味は絶品であり、好事家の間では高値で取引されているとのことだ。噂によれば億の値で買う者もいるという。
「うん、知ってるよ。食べたら運が上がるとか言うアレでしょ?」
「アレ、希望崎学園で一年に一回、一つだけ売られてるんだけど、もうすぐ売り出されるはずなんだよね」
「あーそうか。毎年争奪戦が起きてるよね。」
掏児は驚いた。好事家が求めるほどの物なのでどこか手の届かないようなところにあるものだと思っていたが、まさか学園というなんとも庶民的な場所で売られていたとは。しかも話によれば値段は108円らしい。なんとお求めやすい値段であろうか。
(これだ・・・!)
掏児は計画を立て始めた。楽な生活を送るための計画を・・・。

昼休みの希望崎学園。
多くの生徒が購買部へ向かっていたが、その中に金髪のパーカーを着た、明らかに希望崎の生徒ではない男がいた。
男は生徒の間に交じって歩き、購買部へ向かう。そして、二人の生徒の間を通った時、いつの間にか希望崎学園の学生服を上下に着ていた。二人の生徒は気づいてないが、片方は学ランを、片方はズボンを履いてなかった。臥間掏児の魔人能力、『フィンガーマン』によるものである。掏児は他人に気付かれないままにスリを行うことができるのだ。
掏児はついでに学生証もスッておいた。そして、購買部の建物に辿りつく。
掏児は笑みを浮かべる。この建物で、誰よりも早く伝説の焼きそばパンを手に入れる。それだけで一攫千金を実現できるのだ。
大金を手に入れた後の生活を誇大に妄想しながら、掏児は学生証のチャージ機能を使って昼食を買った。
最終更新:2015年04月25日 16:22