本戦その3

昼休みもあと15分で終わろうかという時刻。購買部のプレハブ小屋に二人の生徒がいた。片方は今しがた小屋に入ったばかりだ。

「おう、遅かったな。」

そう言って出迎えたのは長身の男、血塗れでレジに並び、その手には確かに焼きそばパンが握られていた。

「やりましたね、先輩!」

と、小屋に入ったばかりの生徒は喜びの声を挙げた。

「108円にナリマス。」

サイボーグ化した店長が口からレシートを吐き出した。
長身の生徒はレシートを受け取ると、徐に焼きそばパンを一口食べた。

「ついに伝説の焼きそばパンが闇雲先輩の口の中に。」

小屋に入ったばかりの生徒は感動のあまりその光景を見るしかなかった。あの先輩が美味しそうにパンを食べた。それだけで彼は幸せだった。

「満たされてゆく…心が満たされてゆく。肉体ではない。これまでの行いに一切の後悔は無い。」

と、長身の生徒は安らかな顔で言う。

「先輩。美味いですか。」

「ああ美味い。」

そのまま、そうするのが当たり前であるかのように、伝説の焼きそばパンを小屋に入ったばかりの生徒に渡した。

「耕太郎。お前も食え。」

「良いんですか、闇雲先輩。」

「俺はもう行く。」

と言って、突然購買部から出て行った。小屋には耕太郎だけが残された。最早闇雲希に悪魔が憑くことはない。店長が

「またのご来店をお待ちしています。」

と、機械的な音声を放った。小走耕太郎は闇雲希を見送るしかなかった。

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いかにして闇雲希は伝説の焼きそばパンを手に入れたのか。

時は四限。飢えた狼達が牙を研ぎ澄まし、今か今かと授業の終わりを待ち構える頃合い。
それは新校舎2階の2年E組の教室も例外ではない。伝説の焼きそばパンを求める多くの生徒達は既に臨戦態勢に入っていた。
授業終了まであと5分あるが、既に戦いは始まっている。教室の片隅で闇雲 希に三角締めをしているのは黒渕さんだ。

「希くんはさ、伝説の焼きそばパン買ったら何をするの?」

黒渕さんは笑顔で聞いた。希もまた死体のような笑顔で答えた。

「うひひひひ」

余人の目にも、希に自我がほぼ残されていないのは明らかだった。涎を垂らし、半裸の肉体には呪詛が浮かび上がっている。果たしてゴールデンウィーク期間に何があったのか。その答えは彼が腰に帯びた刀にあった。

「アレはッ!妖刀正宗!」

先生が黒板を鞭で叩きながら叫んだ。妖刀正宗。言わずと知れた妖刀正宗である!希は妖刀の放つ強烈な瘴気に当てられ、意識が朦朧としていたのだ。

「殺す…すべて殺す。殺す…逃げろ…みんな殺す…」

あまりにも危険!妖刀正宗を握った者は潜在意識レベルで殺人衝動を刷り込まれ発狂する!希はゴールデンウィーク期間をかけてこの妖刀正宗の入手に尽力していたのだ!これでは死者が出てしまう!それを黒渕さんが必死に押さえつけているという図式だ!
大半の生徒はこの光景を無視していた。当たり前だ。関わったら命はないだろう。
臨戦態勢に入る生徒達にも緊張が走る。クラスの織田信長くんなどは緊張のあまり上半身を露わに、自分の席に座る金髪男性の上に座っていた。また、この金髪男性は何故か織田信長くんの学ランを着ていたので、二人はそういう関係ではないかと噂が立つほどの臨戦態勢である。

この知らない人は明らかに怪しかった。今日休んでいる筈のクラスメイトで購買部部長、ゴブリン桜子さんのズボンを履いているからだ。この白パーカーを被った金髪のうらぶれた人物の正体にクラスメイト達は悩んだが、ゴブリン桜子さん本人であると同定する他なかった。

「俺が織田信長でありゴブリン桜子だ。」

知らない人は訳のわからない事を繰り返し発言した。クラスメイト達は、これはおそらくゴールデンウィーク期間中に織田信長くんとゴブリン桜子さんが婚姻するに至り、ゴブリン桜子さんの名前が織田ゴブリン桜子になったものだと推測した。
実際、織田ゴブリン桜子の正体は臥間掏児と言った。スリの能力を持つ、この学校とは無関係の人間である。彼は生徒二人分の制服と身分証を奪い、まんまと潜入に成功したのである!
失敗らしい失敗と言えば、二人分の衣服を盗んだ時、片方の生徒が女子生徒である事に気付かなかった事だ。ズボンを履いてるのでてっきり男かと思っていたが。まあ、男子生徒の方に扮すれば何も問題はないだろう。そう高を括ったのが悲劇の始まりだ。
なんと、件の男子生徒、織田信長くんが登校したのである。これは明らかに掏児のミスだった。まさか、男子生徒があの織田信長だったとは。
織田信長の能力は『本能寺の変』。織田信長である事それ自体がその彼の能力であり、彼を見たものは彼が織田信長であると認めざるを得ない。その織田信長ぶりは生まれた時に医者が「これは織田信長に違いない。」と言った程である。
織田信長の前で、掏児が「身分証を持ってるので自分が織田信長だ。」などとわめき散らしても誰も認めてくれないだろう。それが『本能寺の変』の効果だからだ。
仕方がないので、女子生徒の方、ゴブリン桜子を名乗るしかなかった。幸いこちらの女子生徒は登校してなかった。それはそうだろう。パンツ一丁で学校に来る女子がいたら是非拝みたいものです。
そんな訳で、臥間掏児は織田ゴブリン桜子として活動せざるを得なかった。

「授業終了じゃああああああい!」

突如、先生が叫んだ!授業が終わったのである!瞬間的に、学校の彼方此方で爆発が起きる!戦いが始まった!
この異常事態に先生は全身に正二十面体めいた桜色のエネルギーバリアを放ちながら職員校舎へと避難!真っ当な判断だ。

「みんな逃げろおおおお」

クラスの誰かが叫んだ!否、希が叫んだ!闇雲希の身体が本人の意思とは裏腹に刀を手に取り動き始めたからだ!
その時!何もない空間から不意に現れたのは除霊師!

「死ねッ!」

ドッグワァーッ!
希は除霊タックルの直撃を受けて窓ガラスをぶち破り転落した!除霊師は右腕に大きな裂傷!そのまま教室を後にした。
これが闇雲希の能力『悪魔の毒毒ブルース』だ。希が妖刀正宗の殺人衝動に抗い続ける限り、その願いに応じて能力が発動し、彼の周囲には良くないことが起こり続ける!
逆に万一、妖刀に意識を奪われれば殺人鬼に変貌してしまうだろう!

「であるか。」

織田信長が呟いた。従者の生徒達が馬を連れて駆け寄る。騎馬で購買部へと向かおうという魂胆か!
このチャンスを織田ゴブリン桜子は見逃さなかった!一瞬の隙!織田ゴブリン桜子はほんの少し馬に触れると

「『フィンガーマン』。」

馬をスった!これが彼の能力、『フィンガーマン』!誰にも気付かれず、スリを遂行する!
馬を得た織田ゴブリン桜子は教室を出て走り出した!

「ウーワンワン!ワンワン!ワンワン!」

廊下に出ると、一年の女子生徒と邂逅!女子生徒は人語を解さず、鳥獣の言語を放ちながら馬と会話を試みた。

「ワンワン。ワンワ…ヒヒーン!ブルルル。ヒヒーン!」

女子生徒は四足になって高速移動しつつプルプル震えながら馬に対して一方的に語りかける。魔人の平均体力でも十分可能な馬との並走である。

「ヒヒーン?ヒヒーヒヒーン、ヒヒーン?」

などと訳のわからない事を延々と馬に向かって語り続ける!織田ゴブリン桜子は驚愕としてこの光景を見つめるしかない。

「ヒヒーン?」

女子生徒は言った。まさか…この女子生徒、馬と会話してるのでは?一抹の不安が織田ゴブリン桜子の脳内を過る。この魔人学園。鳥獣と会話し得る能力者がいても何ら不思議ではない。まさか…馬に語りかけ、友情を結び、こちらから馬を奪う気なのでは?十分あり得る。
織田ゴブリン桜子はとりあえず馬を見た。

「は?」

と、馬は言った。無用な心配であったか!この馬、おそらく馬ではない。魔人だ!
実際、この馬の名前は馬林鈴蘭。パンツ一丁で学校に登校するのが趣味の、織田信長配下馬型魔人の女子生徒だ。織田ゴブリン桜子の夢が叶った!パンツ一丁で学校に登校する女子生徒は実在した!

「ぼっちが話しかけないで欲しいんだけど?」

馬は辛辣な面持ちで言った。女子生徒は泣いた。

「ヒヒーン?」

「は?何言ってんの?ていうかあんた同じクラスの兵動惣佳じゃん。あんたそんな奴だったの?クラスのみんなに言いふらしてやるから。」

「ヒヒーン!?ヒヒヒヒ、ヒヒーン!!ヒヒーン!!ヒヒーン!」

「うぜえんだよオラァ!」

馬は兵動を蹴った!兵動は血を吹き出しながら窓ガラスに突っ込み、二階から転落した!生死不明!
馬は走りながら織田ゴブリン桜子を見た。

「あんた、この辺じゃ見かけない顔だね。結構良い顔立ちしてんじゃん。良いよ、購買部に行きたいんでしょ?織田信長様の魅力には遠く及ばないけど…この際だし連れてってあげるよ。」

「本当かよ?なら一応感謝してやるぜ。」

犯罪者である織田ゴブリン桜子に兵動の身を心配する義理も、織田信長に詫びる気持ちも無し!全ては己の欲、己の実力であり、負けて散っていった連中が馬鹿なのだ。
そして、織田ゴブリン桜子は握り込んだ自らの右手を開き、ニヤリと笑った。その手には財布が。今、一瞬のうちに兵動惣佳から窃取したのであった!なんという早業!その窃盗技術に並ぶ魔人などいるのだろうか?

「俺は運が良いよなッ!?お前みたいないい女に出会えてなあああ〜!!」

「ヒャハハハハハ!」

不意に、そんな声が聞こえた。馬ではない。織田ゴブリン桜子は闇雲希の存在に思い至り、怖気が走る。追いつかれれば恐らく殺される。馬は加速!角を曲がり、大胆にも階段をジャンプした。このまま進めば玄関だ。誰よりも早く新校舎を脱出できる。

外に出た!
しかし!
既に外には人が大勢いた!

「何ィィィー!?」

もし、臥間掏児に自己を改める気持ちがあったのならば!そうか、自分は何て馬鹿だったんだ!と、織田ゴブリン桜子は思ったことであろう。
校舎の中にいたからといって、礼儀正しく階段を駆け下りて外に出る行為は馬鹿そのものだった。
殆どの有力選手達は!授業終了と同時に!
教室の窓から外に出たのである!

既に!十余名の参加選手達が希望の泉へと至る道を駆けていた!最後尾を走るのは闇雲希だ!太刀魚が頬に刺さり、半裸でロウソクを胴に巻いて日本刀を振りかざしながら、辺り一面に血を撒き散らして先駆者達を猛スピードで追いかけていた。

「みんな逃げろおおおお!追いつかれれば死ぬぞおおおお!」

思わず織田ゴブリン桜子は叫んだ!しかし、そんなこと一目見ればわかる。前方を行く者達は恐怖に蒼ざめ、背水の陣で駆けるしかなかった。

「ああっ!アレを見ろォー!!校舎から誰か出て来たぞー!」

新校舎の教室に残った観戦者達が一斉に臥間掏児を指差す!

「アレは織田ゴブリン桜子さんよォォー!」

「結婚おめでとうッ!」

「結婚おめでとうッ!」

「結婚おめでとうッ!」

会場が妙な空気に包まれる中、織田ゴブリン桜子は冷静に参加選手達を見やった。

「見ろォー!参加選手達がこれで粗方揃ったぞおおおお」

実況部の生徒が一方的に解説を始めた!

1st. 冬頭美麗
2nd. 仕橋王道
3rd. パン崎努
4th. 舟行呉葉
5th. ヤクザを一万人以上殺害した噂のある上級ヤンキーおかもと
6th. 天才改造チンパンジーのポウアイちゃん
7th. 住吉弥太郎
8th. 千倉季紗季
9th. 上下中之
10th. 大山田末吉
11th. 兵動惣佳
12th. 柳生新開
13th. 闇雲希
14th. 織田ゴブリン桜子

「先ずはトップを走っているのは熊に乗って走る冬頭美麗選手だ!解説部の方お願いします。」

怠慢!実況部が解説部の生徒に丸投げした!白い総髪の男子生徒が解説を始めた。
ああこの人物は!彼の名はダンゲロス斎!ダンゲロスにこの人ありと謳われた伝説のダンゲロス斎様だ!

「うむ!わしの見識に寄ればおなごの能力は誓いの元集え我が銃士達(ワンフォーオール・オールフォーワン)。交流を深めた下級生女子を奴隷化し使役するというネクロマンサーめいた能力じゃ。」

「つまりあの熊も冬頭選手の支配下にあると?」

「そうじゃろうな。恐らくゴールデンウイーク以前から手なづけていたのじゃろう。見ろ、あの熊のレズめいた顔を。4歳のメス熊と見える。あの熊はサーカスの調教師すらも喰い殺しパトカーすら破壊せしめるじゃろう。驚嘆すべきはその熊とゆる百合行為しつつ先頭を独占するおなごのカリスマ性じゃ。」

「成る程。ゆる百合行為を妨害する者は殺されても文句は言えない。あわよくばゆる百合行為による殺人は校則違反になりませんね。」

「じゃが、それに迫る勢いなのが仕橋王道とかいう若造じゃ。奴は天才的センスでバイクを走らせておる。
が…パッとせんな。その次がダルシムとかいうインド人じゃ。」

「パン崎努くんですね。彼は人柄もよく、倫理観もああ〜!パンツ見ようとしてる!あの構えは冬頭美麗選手のパンツ見ようとしてませんかね!?してます!?これ私の勘違いですか!?」

「いや、アレは"見えている"だけじゃ。己の魂を賭けた戦いにおなごのパンツを見る余裕などない。むしろレースを何としても勝ち抜きたい一念が、あの低姿勢で走りつつ偶然"見えている"位置を獲得せしめているだけじゃ。自らの最も有利な位置を選び抜く勘は一流レーサーの必須条件じゃからな。」

「全てを捨てた結果最も重要な部分だけ残った感じですね。」

「さあ、どんどんいくぞよ。4位は舟行呉葉。筋骨逞しい手練れ女じゃな。あれは格闘者の筋肉じゃ。みろ、何か投げたぞ。」

舟行が投げたのはおでんの爆弾だ。凄まじい轟音とともに地面が抉れ、高さ10mの土砂が噴き上がった。空中高くまで飛がった土砂が後続者達に降りかかる。
そもそもこの希望の泉へと至る一本道、左右を林に囲まれた幅50m程の大通りである。その長さは4Kmにも及ぶ。そして、地面は走りやすい舗装道路だ。
舗装の破壊、これが後続の走行者達に及ぼす影響は大きい。

この妨害行為により、住吉弥太郎、千倉季紗季、ワゴン車に乗った上下中之が転倒した。
大山田がしたり顔で三人の前を通り過ぎる。
さらに後方から迫るのは兵動惣佳だ。馬に蹴られ、肋骨が粉砕している彼女は三十数匹の猫達の背に寝転がって移動していた。猫と言えど三十数匹。その速さはちょっとしたスクーター並だ。
兵動は微笑んだ。その横を、織田ゴブリン桜子は悠然と追い越して言った。

「お前もさっさと逃げろ!斬り殺されるぞ!あの三人みたいにな!」

忠告を受けた兵動は咄嗟に後ろを振り返る。住吉弥太郎、千倉季紗季、上下中之の三人が闇雲希と鍔迫り合いを繰り広げている。
まず額から血を流しているのは住吉弥太郎だった。これは先程の転倒による負傷である。彼は咄嗟に体勢を立て直しつつ、阿波踊りの要領で高速移動しながら闇雲希の刃を避けている。
その横で女子高生とは思えないスプリントを見せているのは千倉季紗季だ。既に背中を少し斬られており、制服の切れ目から鋼線ワイヤーのような物体が飛び出して闇雲希の刃をはじき返していた。
そして、闇雲希の背後でクラクションを鳴らしているのは普通のワゴン車だ。運転手は上下中之である。上下中之がワゴン車を運転するのはごく普通のことであり、誰も気に留めない。

「みんな避けてくれ!俺は闇雲を轢き殺す!それしか方法はない!」

運転席から上下が叫ぶ。その運転は危うく、今にもアクセルとブレーキを踏み間違えそうだ。

「そんな事が出来たらとうにやってるさ!こいつ!付かず離れずで俺たちを逃すつもりはないらしい!」

「殺したくない…!逃げてくれ!」

闇雲希が泣きながら住吉弥太郎の背中を斬った!

「グアアアー!」

弥太郎はバランスを崩し転倒!だが、彼もまた一人のダンサーであり、司法書士を目指す男だ。阿波ブレイクダンスで体勢を立て直し、そのまま重心低めの男踊りに転向した!
阿波踊りには女踊りと男踊り、そしてブレイクダンスの二種類が存在する。弥太郎の阿波踊はギリシャ彫刻のように美しく、この光景を間近で見た千倉はダンサーに憧れるようになった。

「今だ!その刀を司法書士の分厚い参考書で挟み込んでやる!」

弥太郎はずっと右手に持っていた司法書士の参考書を闇雲希に向けた。人類史上初、司法書士の参考書による真剣白刃取りだ!果たしてそれは見事成功した!

「お嬢ちゃん!俺がこいつを抑えいる隙に逃げろ!」

弥太郎が叫んだ。しかし!お嬢ちゃんと呼ばれた千倉季紗季は逃げなかった。むしろ闇雲希に近付いたのである。

「『もぐれ!ハリガネムシくん』」

千倉の鼻の穴から鋼線ワイヤーが飛び出す。鼻毛!?否、それはハリガネムシだった!ハリガネムシは闇雲希の額の裂傷に潜り込んで行った!

「ギャアアアアー!」

あまりの痛みに闇雲希が歓喜の悲鳴を挙げる!彼は痛みに耐性があり、痛みを喜びに感じるのである。それを見た千倉はドン引きだ。

「ハリガネムシくん!そいつの身体を脳から支配して!」

((まかせろ))

どこからか声が聞こえた。ハリガネムシだ。このハリガネムシ、理性があるのだ。千倉の能力はこのハリガネムシを操り、他者の脳内に侵入させロボトミー手術を行う事で行動を制限したり、無意識状態を支配する。

この光景を上下と弥太郎は唖然としてみていた。最も弱いと思われた少女がこんな役に立つとは。

((うん?これは!?))

「どうしたの!?ハリガネムシくん!」

((こいつ…こいつは妖刀の呪いが俺すらも飲み込んで…グアアア))

「アアアアーッ!」

闇雲希が叫んだ!突然、上下の乗るワゴン車が淡い緑色に光り始めた。車内に魔方陣が出現したのである。魔方陣から現れたのは悪魔だ。

「ファッキュー!!イャー!!」

悪魔は上下中之を肩車する状態で出現した。

「悪魔だと…うああああ」

「ひいいいいい」

「アアアアーッ!」

「キャアアアア」

((ひいいいいい))

悪魔がこの世に実在した事実に、皆一様に狂気の悲鳴を挙げる!

「おいおい希…これはかなりルール違反だぞ。俺以外に呪われるなんてな。」

悪魔が車外に身を乗り出し呟く。だがその脚は、運転席のアクセルペダルを全力で踏んでいた!

「まあ…何だっけ?『この車で自分を殺す』だっけ?死なない程度にやってやるよ。」

「何を…してるんだ!他人を巻き込むつもりか!」

上下が必死に悪魔を止めようとするが、遅かった。ワゴン車はフルスロットルで住吉弥太郎、闇雲希、千倉季紗季に激突した。
フロントガラスの正面が血と臓物に塗れて何も見えなくなる。この時点で上下中之は発狂した。
止める者のいなくなった車は時速180km全速力で兵動惣佳、織田ゴブリン桜子すらも跳ね飛ばした。
最早ワゴン車は購買部プレハブ小屋目前である。しかし、走行者達も既にプレハブ小屋に迫る勢いだ。中にはドアに手をかけている者さえいる。そんな行列の中にワゴン車は突っ込み、購買部に20mと迫った大山田を跳ね飛ばし、舟行呉葉を跳ね飛ばした。

「グアアアー!!」

「グエエエー!!」

ワゴン車と激突したことにより、舟行が腰のバッグにしまってたおでんの爆弾が起爆した。ワゴン車は10m空中に吹っ飛び、前方に向かってホーミングしながらプレハブ小屋の屋根に着地した。

「なんだ…これは…」

まず起き上がったのは常人より頑丈な大山田だった。

「おい!舟行!起きろ!」

大山田は地面に横たわった舟行の体を揺さぶる。

「アアア…何が起こったんすか。」

舟行呉葉、生存確認!大山田は安堵した。だが、舟行の体は爆発に巻き込まれた筈。何故彼女が生きているのか?

「ナゴヤダガネキシメンの防弾チョッキが命を救ってくれましたね。」

飛散炎上し、最早ただの布切れとなったセーラー服を舟行は脱ぎ捨てた。セーラー服の下には大型甲殻類と思われる生物の殻を胸部アーマー状に"調理"した防弾チョッキである。この防弾チョッキが致命傷を回避した。

「うわあ…腹筋ぐちょぐちょだあ。どうしましょう。先輩。」

大山田は舟行の腹を凝視していた。ハードな調達任務で鍛えられた舟行の腹筋が、希望崎男子学生の性癖に与えた影響は大きい。大山田は舟行の腹を凝視していた。

「どのみちこの怪我では動けんな。」

「アレしか無いですかね?」

その時である!舟行の背後で正面からプレハブ小屋の屋根に直立していたワゴン車のドアが蹴破られ、中から悪魔が出てきた。

「ボンジュール!」

「悪魔だと…ひいいいいい」

「イヤアアア!!」

二人の調達部員が発狂している横で、悪魔はズボンについた埃を払うと、ワゴン車の下から何かを引き摺り出した。
それは、闇雲希であった。ワゴンとの衝突の際、勢いでそのままフロントガラスにへばりついていたのである。

「ベリーグッド。奇跡的に怪我らしい怪我は無いみたいだ。」

闇雲希はピンピンしていた。脚が欠損していたりだとか、内臓が口からはみ出てたりだとか、脳みそが爆発してるとか、そういう類の怪我は一切なかった!あえて言えば、右手首を捻挫したくらいか。

「何…だと…」

思わず大山田は身構えた。男大山田。巨漢と言えど、体のあちこちが痛いし、先程の衝突でどうやら右腕が折れてるようだし、かなり満身創痍である。対して相手の怪我の少なさは何だ?明らかに何かがおかしい。

「あー、悪魔との契約だからな。車に轢かれても『怪我』で済むんだよ。」

悪魔は説明にならない説明をした。

「最初に除霊師のタックルを避けてたら『入院』は出来たかもな。」

「殺す…殺す…」

闇雲希は血みどろの姿で妖刀正宗を構える。しかし、彼の肉体はハリガネムシくんの支配下にあった筈。ハリガネムシくんは?

((殺す…殺す…))

ハリガネムシくんもまた妖刀に意識を取り込まれていた。闇雲希はハリガネムシくんの身体操作能力によりキャパシティを超えた運動性能で屋根を切り裂いた!

「イラッシャイマセ。」

ついに闇雲希は一位でプレハブ小屋に入室することが出来た!サイボーグ化した店長が挨拶した。

「アアアアーッ!人間は何処だァ!」

闇雲希に続いて、冬頭美麗と仕橋王道、パン崎努が入室する。

「パンはッ!?パンは何処ですの?」

冬頭美麗は必死にパンを探すが見つからない!陳列棚の中に伝説の焼きそばパンが無い!一体何処へ!?

「そんな…パンが無い…」

仕橋王道もまた愕然として膝から崩れ落ちる。彼はこの戦いに勝ち抜くべく様々な仕掛けを施した。あえて上下中之と手を組み、ワゴン車を運転させたり、その中で自分はバイクを運転しても"普通"である空気を作ったりなどだ。しかし、パンが無ければこれまでの努力に全く意味は無い。彼の『Pa.Si.Ri.』は商品を確保しなければ発動しないからだ!

「レジだっ!とにかくレジへ並ぶんだ!」

パン崎は冷静にレジへ並ぼうとするが、そこには既に闇雲希の姿が!!

「殺す…殺す…」

「ひいいいいい」

なんという執念か!闇雲希はここに至って伝説の焼きそばパンを買うことを忘れていない!

「レジには一列に並んでお待ちください…」

何者かの声が聞こえた!その瞬間、パン崎の体はピタリと動かなくなった。

「私の能力『大名行列』は…レジに並ぶ者の暴力行為を一切封じる。商品を買う気が無いなら列から脱出出来るけど…もしそんなことをしたら、伝説の焼きそばパンを買う意思無しと判断します。」

一体何が起こったのか?その答えはパン崎の背後にあった!
パン崎の背後には!ああ、パン崎の背後には!
冬頭美麗!美麗の翳した右掌から彼女の三銃士が召喚されている。
現れた新たな三銃士は!セミロングの髪が中性的な印象を与えるパンツ一丁のそばかす女子高生だった!痴女!?

「私の名前はゴブリン桜子!購買部の現部長。」

彼女は本物のゴブリン桜子だ!臥間掏児に身分とズボンを奪われた、本物のゴブリン桜子だ!

「パン…パンツ一丁だってぇぇえ!?何て事だ…イケない…とても!」

パン崎の様子がおかしい!

「迂闊な事は言わない方がいい…今の私は凄く怒っている。」

「ハァーッ!ハァーッ!」

パン崎はあまりの出来事にその場に蹲った。

「直接…尋ねるしか無いようね。ゴブリン桜子!これはどういう事ですの!?」

美麗が桜子に詰め寄る。二人は同学年だが、美麗は17歳。ゴブリン桜子は16歳だ。

「美麗様…どうやら、してやられたようです。そこの闇雲希です。」

ゴブリン桜子は闇雲希を見遣った。

「私はズボンを盗まれ…着る服が無く、自宅に引きこもっていました。私は購買部の部長、衣服は伝説の購買部制服一着しか持ち合わせてません。その制服を盗まれたとあっては購買部部長の名折れ!
最早レジに並ぶ資格は無い。そう思ってた私に優しく声をかけてくれたのは美麗様です。嬉しかった。」

「なら、これは一体何事ですの?」

「『政治圧力』です!どうやら闇雲希は同じパシリの仕橋の能力をかなり気にしていた模様!私が引きこもっている間に店長はサイボーグ化し、そこの闇雲希は生徒会の権力を使って購買部に圧力をかけていたんです。『購買部の商品をレジでの完全注文制にするように』と…!」

「何だってぇー!」

仕橋が絶叫!まさか、同業他社が自分の能力封殺を第一に考えていたとは!!完全敗北!

「美麗様…折角三銃士に加えて頂いたのにお力になれません。しかし、『大名行列』が発動した以上、暴力沙汰は封じられました。美麗様、せめて、勝負(レジ)は厳正に、誇り高くお願いいたします…!」

ゴブリン桜子は涙を流した。それを拭ったのは美麗だ。美麗もまた涙を流していた。
事態は膠着している。能力の制約上、列を乱すことは許され無い。つまり、この時点で闇雲希の勝利はほぼ確定したと言える。

「殺す…買う…」

このまま、闇雲希が妖刀の力に打ち勝ち、意識を取り戻せば、店長のサイボーグが店の奥から伝説の焼きそばパンを持ってくるだろう。だが、それまでの時間は余りにも長い。既に30分経過している。
やがて、殺戮の気配に満ちたプレハブ小屋に新たな入室者が。
偽物の織田ゴブリン桜子と、兵動惣佳が肩を組んでプレハブ小屋に入ってきた。二人ともあちこちの骨が折れたりして傷だらけだ。

「ちくわァァァァァァア!!」

臥間掏児が突如叫んだ。

「えっなんなの。」

兵動惣佳は冷淡だ。臥間掏児は兵動惣佳を掴むと、プレハブ小屋の外に蹴り飛ばした。兵動は両脚を骨折した。

「えっマジ有り得ない。」

兵動は吐血した。意識が朦朧とする。

「ちくわァァァァァァァァァァ」

突如目の前に現れたのはちくわだ!舟行呉葉が最後の手段に用いたちくわを大山田が巨大化させ、凶暴化して御しきれず二人を捕食したものとしか考えられない!プレハブ小屋はちくわに飲み込まれ爆発した。中にいた全員は即死!

「えっちくわ」

兵動は気絶した。

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  • 闇雲希…その後、なんとかして伝説の焼きそばパンを買った。

  • ちくわ…プレハブ小屋を飲み込んだ時に伝説の焼きそばパンも一緒に捕食していたため、このエネルギーで神となり天を飛翔した。

  • 悪魔…直後にちくわに捕食され絶命。本名寺山一宏。番長である彼が悪魔足り得たのは『俺召喚プログラム』故であった。その能力は"悪魔であること"。

  • 黒渕鏡眼…その後命の大切さを学び、生徒会長になった。

  • 冬頭美麗…死亡

  • 仕橋王道…死亡

  • パン崎努…死亡

  • 舟行呉葉…死亡

  • ヤクザを一万人以上殺害した噂のある上級ヤンキーおかもと…警官隊に単身挑み射殺

  • 天才改造チンパンジーのポウアイちゃん…兵動惣佳と友達になった。

  • 住吉弥太郎…死の間際に『ディメンジョン・フェニックス』を発動。今回のレースの死者達を優しい火に包んだ。

  • 千倉季紗季…死亡

  • 上下中之…死亡

  • 大山田末吉…死亡

  • 兵動惣佳…ポウアイちゃんと友達になった。

  • 柳生新開…アデュール麻衣子と取引していたもう一人の男。伝説のちくわを眼にし、精神の均衡を崩した。

  • アデュール麻衣子…死亡

  • アデュール麻衣子の後輩ちゃん…死亡

  • 臥間掏児…死亡



こうして闇雲希は
伝説の焼きそばパンを購入したのだった。
最終更新:2015年05月05日 16:33