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And the story ends. But…


5/7 17:05  <パン崎 努>
 目が覚めて最初に感じたのは、パンツ臭。次いで、ツンとする消毒液の臭い。薄暗い室内に、夕焼けの橙色で染められる白い天井。日常的にパンツ臭で失神する経験を持つパン崎にとっては、慣れ親しんだ室内の風景。
 パン崎努は、保健室で目が覚めた。
 長細い室内には、頭側を向かい合せるように設置されたベッドが、15組並べられている。いつでも乱闘騒ぎが起こり得るこの学校の保健室は、ベッド数が30台とやたら多い。にも関わらず、そのベッドは全て寝ころぶ生徒で埋まっている。痛みに苦しむ声は聞こえないが、皆まだ意識は戻らないのだろう、外から聞こえる生徒の声以外は、全くの無音だ。
 身じろぎをすると、左腕に激痛が走る。見ると、抉れたはずの肉はほぼ再生しているようだが、中がまだ完治していないのだろうか。指を少し動かすだけでも、前腕の辺りから体内全体に響くように痛む。まあ、あの腕が外見だけでも元に戻っていることで、この学校の保健医の異常さは伝わるのだが。
 ベッドの足元側、少し離れた壁際に置かれた椅子に、黒猫を膝に乗せ、座ったまま眠る、おかっぱ頭に眼鏡の少女がいた。
 パンツ臭はこの子からか、と合点がいく。そう思ってから、妙に落ち着いている自分に気が付いて、思わずほくそ笑んだ。
パン崎は、この少女のことを覚えていた。屋上から落ちたパン崎を受け止めてくれたお礼に、焼きそばパンを渡した少女だ。きっと、僕を待っていたのだろう。体を起こすが、身動きをするたびに、体の節々が弾けるように痛い。ちょっと、立ち上がるのは辛いところだし、わざわざ少女を起こすのも忍びない。
しばらく眺めていると、黒猫が起き上がり、小さく喉を鳴らしながら、女の子の脚をてしてしと踏む。黒猫が二、三回前脚を動かすと、少女は小さく呻くように息を漏らし、ゆっくりと薄く眼を開けた。
「おはよう」
 パン崎がにこやかに言うと、少女は一瞬呆けた後、驚いたように目を見開いた。
「あ、あの! えっと!」
 大声を出しながら立ち上がる少女を、パン崎は、右手の人差指をそっと口に当てて諌める。怪我をして寝ている生徒への配慮だ。少女は、慌てて両手を口に当て、静かに座った。立った時に放り出された黒猫が、少女に非難がましい目を向けた後、また膝の上に飛び乗り、座った。
「わ、私、あなたから焼きそばパンをもらった、兵動惣佳といいます。あ、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。2年の、パン崎努です。お礼なんかいいですよ。どうせ、僕はパンをあまり食べませんからね」
「あ、ああ、ごめんなさい! 1年です! あ、えっと、1年の兵動……ああ、名前はもう言いましたね。すみません!」
「え? ああ、いやいや、お気になさらず」
 お互い、深々と頭を下げ合う。どうも気の抜けた会話だ。惣佳と名乗る少女は、妙に緊張しているようで、額には冷汗を浮かばせている。
「それで、あの、何もしないでこんな貴重なパンを受け取るわけにはいかないというか……。もしよろしければ、半分にするとか……」
「ああ、気を遣わせてごめんね。ありがとう。でも、本当にいいんだ。僕はもともと焼きそばパンを食べるのが目的ではなかったから。僕の命を救ってくれた君にこそ、受け取ってほしいんだよ」
 これは、本心だ。もともと、焼きそばパンを食べたら、パンツを食べようという誓いの元、焼きそばパンを求めていただけだった。だから、パン食禁止の決意をした今、もうパンは必要ない。
 惣佳が、上目づかいにパン崎を見る。ふと、パン崎は違和感に気付く。その視線はどこか訝しげで、感謝以上の意味がこもっているように見えたのだ。
 そして、思い至る。今はもう放課後だ。であれば、“あのこと”が生徒に知られていないはずがない。
 パン崎は一瞬顔を青くし、すぐに覚悟する。わざわざ自分から藪蛇をつつくような真似をする必要はないのかもしれない。だが、自分がしたことは、自分に返ってくる。そこから逃げてはいけない。受け入れて、前に進まなければならない。
「何か、気になることでも」
 意を決し、パン崎が惣佳に問う。惣佳は、逡巡した後、まっすぐにパン崎を見つめた。
「せ、先輩は、屋上に倒れていた女性の、ぱ、パンツを盗みましたか」
 やはり。パン崎は、静かに目をつぶる。惣佳はすぐに顔を俯かせ、早口で問いを続ける。
「屋上に、パンツがとられた女性が倒れていたと聞きました。先輩は屋上から落ちて来たし、わ、私のパンツも見てましたし、あとその、うわ言で、パンツ、パンツと……」
「うん。屋上の女性のパンツを取ったのは、僕だ」
 惣佳が、息を飲み、顔を上げる。心なしか、惣佳の膝にいる黒猫が、睨み付けてきているように思える。パン崎は唾を飲んだ。手が震えてくる。
 思えば今まで、人に自分の性癖を告白したことなど、父以外にはなかった。
「僕は、パンツが欲しかった。」
 パン崎の背筋に寒気が走った。覚悟をしたつもりでも、実際に話すのは、やはり怖いものだ。なぜこんなことを話しているのだ。僕はそれほど悪いことをしたのか、という気持ちが言葉になりかけるのを、喉の奥でこらえようとする。
 しかし、パン崎が10年もの間押さえ続けた気持ちは、一度堰を切ったが最後、怒涛のように押し寄せてくる。言葉が、止まらない。
「いや、まあ、さ。おかしいよね。こんなの。自分でもわかっているんだ。パンツが好きで好きで仕方がないなんて、狂っている」
 言わなくてもいいことが、ぺらぺらと出てくる。こんなことを言ってどうするんだ、と思うが、それでも止められない。
「小さなころから、パンツが好きだった。ずっと、欲しくて欲しくて。焼きそばパンを手に入れたら、パンツを取る気だった。実際取ってみて、嬉しくて震えたよ。それでも、普通の人でいたくて。だから、パンツは取ったけど、何もできなくて」
 そう、何もしなかったのだ。そもそもが戦術的パンツ盗難だったし、取った後もパンツは破り捨て、舟行さんのその後はわからない。だが、そんなことは第三者からは関係ない。食べなかったからといって、僕がパンツを奪った、その事実は変わらない。
 パン崎は思う。結局、僕は自分のことばかりだ。覚悟したつもりだったのに、今だって傷つきたくないから、先に自分を傷つける。こんなことを言われた兵動さんが、どんな気持ちになるか、わかっているのに。
「僕は、身勝手で最低な、ただのパンツ泥棒だ」
 心底、思った。
 これ以上、言葉が何も出なかった。重苦しい空気が流れ、沈黙がのしかかる。怯えるような惣佳の視線を感じる。当然だ。僕は、恐れられ、嫌悪され、排除されるべき人間なのだ。
「話の途中、すみません。ちょっといいですか」
 突然飛び込んできたのは、特筆することもない、普通の高校2年生男子の声。隣のベッドを見ると、普通の男がベッドから起き上がり、パン崎と惣佳を普通に見ていた。
「僕思うんですけど、それって、普通なんじゃないですか」
 突然の言葉に、パン崎の目が丸くなる。
「普通……だって。こんな、パンツ好きのパンツ泥棒が」
「普通ですよ。性に興味を持つのも、ちょっと変な性癖があるのも、人には言えない秘密があるのも、普通です。パンツ奪うのはちょっとどうかな、と思いますけど、レイプ魔だのビッチだのがいるこの学校では、普通な方でしょう」
 普通の男の言葉は、普通に耳に入ってきた。言っていることは普通のことなのかもしれないが、妙にひきつけられる。
「どんなに特別なことだと思っていても、一歩下がって見てみればそれほど変わらないものです。みんな変わらない、みんな同じ、普通の人ですよ」
 パン崎は、驚愕していた。自分の性癖は、気味悪がられ、嫌悪されて然るべきものだと思っていた。それを、こうもあっさり受け入れられてしまうとは、思ってもいなかった。
 思えば、いつも自分は恐れていた。パン食に目覚めたときから、自分を否定されることを。自分の好きなものが、誰にも理解されないことを。人に、嫌われることを。
 でも、好きなものが好きなんて、普通のことじゃないか。
 誰かを傷つけたくはない。だから、人からパンツは奪わないし、パンツを食べることはしない。そう決めた。行動には、選択と覚悟が必要だから。
 けど、心は自由であろう。自分に素直であろう。たとえ、誰にも理解されなくても。
 パン崎の震えは、いつの間にか止まっていた。惣佳と、隣にいる普通の男に、宣言するように、言葉を放つ。
「うん。僕は、パンツが好きなんだ。パンツ、すごく食べたいんだ」
 不思議ともう、恐怖はなかった。

5/7 17:06  <兵動 惣佳>
「食べ……? いや、パンツを食べるってのはさすがに普通では」
「せ、先輩! 私のパンツ、食べてください!」
「「『ええっ!』」」
 惣佳の叫びに、パン崎も、普通の男も、小次郎も驚愕の表情を見せる。
「い、いや、別に僕はそんなつもりじゃ……」
 焦るパン崎に対して、惣佳は目に涙を溜めながら答える。
「先輩は、パンツが食べたくて、すごく苦しんでたんですね」
『ちょちょちょ、ソーカ! ナニ言ってくれちゃってんの?』
 動揺して膝から飛び降り、惣佳の足元をくるくると回る小次郎を意にも介さない。惣佳の眼にはパン崎しか映っていなかった。
 そもそも、兵動惣佳という人間は、非常に察しが良い上に感情移入をしやすい。そして、一度こうと決めると身を投げるように尽くしてしまう性質がある。その性質が、動物と会話するという魔人能力『アニマル・リンガル』に繋がるのだろう。
 また、そういった性格だから、人付き合いは必ず重く深くなってしまうし、もともと内気な方だから、一度打ち解ければ親友コース一直線だが、打ち解けるまで時間がかかる。惣佳が、現在ぼっち化しているのもそのせいだ。
そして、感情移入をしやすいから、本音をぶつけてくる他人に非常に弱い。
「先輩の辛い思いが、少しでも楽になるなら、私、先輩にパンツを食べてほしいんです」
 パン崎は、身動きするたび苦痛に顔を歪ませながらも、懸命に手を振り、惣佳に静止を促す。
「そ、そんなことをしたら君の履くパンツが……」
「いいんです! 私のパンツなんて! 私がパンツを脱ぎたいから脱ぐんです!」
『待て! 落ち着け! 自分の発言の意味をよく考えろ! お前は今錯乱している!』
 惣佳は立ち上がり、自らの下着に手をかける。顔を真っ赤にしながら、目に涙をためながら。小次郎がニャーニャーと叫んでいるが、惣佳は小さく「大丈夫」と呟き、スカートがまくれないように慎重に、パンツを脱いだ。その姿を、パン崎がこの世ならざるものを見るかのように、茫然と眺めている。
「先輩、私が許します。パンツを、食べてください」
 それは、恋愛感情でもなく、同情でもない。強いて言うならば、人に対する愛。人類愛。
 惣佳は、パン崎にパンツを差し出すその瞬間まで、絶えず深い微笑みを湛えていた。
 小次郎は、ストレスで禿げた。

5/7 17:07  <上下 中之>
 上下は理解が追い付かず、眩暈がするような感覚に陥る。こいつら、なんて会話をしているんだ。正気の沙汰ではない。
 パン崎は、いつの間にか泣いていた。泣きながら、手を合唱の形にし、深いお辞儀をしていた。おそらく、パン崎も意識していないだろう。本当に深い感謝の気持ちに溢れたとき、人は自然と手を重ね、頭を垂れるものである。ちなみに、黒猫はパン崎の頭に乗ってざくざくとひっかいているが、パン崎は気にも留めないようだ。
「君は、天使だ」
 パン崎の言葉に、合点がいく。なるほど、この子は天使だ。天上人の思考は、普通の人間には及びもつかない。
「君たち、普通じゃねえ……」
 上下は、何も考えず、ただ思いのままに、そう呟いていた。
 上下中之の能力、『普通概念存在』は、常に普通であり続ける能力だ。上下が普通であると思ったことは、すべてが普通の存在となる。
 それは、その逆もまた然りである。
 トゥンク……。
 パン崎と、惣佳の胸が高鳴る。それは、初心な二人にふさわしく、小さな、しかし熱い、身を焦がすような鼓動。
 この瞬間、ついさっきまで「普通」だった二人の関係は、「特別」となった。



――――――All Characters Epilogue ――――――



5/7 12:40  <舟行 呉葉>
「舟行、もうすぐ保健室だ! しっかりしろよ!」
 短時間に二回、後頭部を強かに地面に打ち付けられた舟行は意識朦朧としたまま、調達部部長の大山田に背負われて、新校舎二階廊下を移動していた。
 屋上に倒れていた舟行を最初に発見したのは、大山田であった。大山田が保健室に運ぶため舟行を抱え上げたとき、舟行は意識を取り戻した。そして、自分がパン崎に敗北したことを思い出して愕然とし、傍らに散らばるパンツの残骸を見て、さらに絶望的な気持ちになった。
 ノーパンスカートで恥ずかしくて保健室にすら行けないような状態だったが、大山田がたまたま履いていたズボンとブリーフを借り受け事なきを得た。普段は割とお気楽な部長だが、こういう時はやはり頼りになる。「キャー!」「うわー!」「大きいー!」等とすれ違う生徒が悲鳴をあげるが、そんなに大きなこぶでもできているのだろうか。謎だ。
 大山田の背中におぶさる舟行の頭は、鈍痛でぼんやりとしていたが、心は屈辱に燃えていた。パン崎に敗北したことよりも、パンツを取られた恥ずかしさよりも、自分が狩猟されたというその事実が耐え難かった。それは、狩人を生業にするものとして、最大の屈辱だったのだ。
 少なからず、調達部のエースとしての矜持はあった。だが、自分の強さに胡坐をかき、技術を磨くことを忘れ、怠惰な毎日を送っていた。その結果が、これだ。
 拳を握りしめる。目に涙がたまる。こんなに悔しいのは、生まれて初めてだ。
 それは、天性のセンスに頼って戦っていた舟行に欠けていた、貪欲な思い。強くなりたいという、純粋な思い。
「部長…。怪我が直ったら…稽古つけてもらってもいいっすか」
 突然の言葉に目を丸くした後、大山田はにやりと笑った。
「ああ、もちろんだ!」
 舟行が、学園史に名を残すハンターとなる日は近い。
 そして、大山田が公然わいせつの罪で風紀委員に断罪される時も近い。

<舟行呉葉:Created by “しろは”>
【向上心を手にいれる】


5/7 17:15  <住吉 弥太郎>
 鼻にガーゼを当てたアフロマン住吉弥太郎は、教室の机に座り、夕焼けを窓からぼんやりと見ていた。手には六法全書を持ち、司法試験に向けたテキストを広げ、机の下にはいつでも踊って気分転換をできるよう、ラジカセを置いてある。
 焼きそばパン争奪戦は、敗北に終わった。だが、正直住吉はそこまでショックはなかった。むしろ、やっぱりな、という気持ちの方が強い。
 住吉は思う。俺には、ああいう博打は似合わねえ。じっくりしっかり、将来に向けた勉強をしとく方がいいってことだな、と。たこ焼きは残念だが、それはそれだ。過ぎたことを思うよりも、自分のことを考えることが、今は第一だろう。付箋と蛍光ペンを持ち、また六法全書に向き合う。勉強は嫌いじゃない。実は、割と成績もいい方だったりするのだ。
「残念だったわね、住吉君」
 そんな住吉に声をかけたのは、アデュール舞子だ。だが、誰もが目を奪われるこの美少女に声をかけられたというのに、住吉は机から目を離さず、視線を向けようともしない。
「あら、つれないわねー」
「うるせえよ。こちとら、お前のせいで散々な目に合っちまった。俺のビューティフルにハンサムなお鼻さんが、全治1か月の骨折だとよ」
 ため息をつく住吉。この学校の保険医ならばこの程度の骨折瞬く間に完治するのだろうが、他の重傷者にてんやわんやで、この程度ほっとけば治るなどと言われ、追い返されてしまったのだ。曲がったままくっついたらどうするというのだ。
 眉間にしわが寄り、見るからに不機嫌そうになる住吉に、アデュール舞子はやれやれと言いたげに、持っていたジュラルミンケースを、司法試験用テキストを潰しながら、住吉の机の上に置いた。
「……おい、何してんだ」
「ところでここに至高のたこ焼きがあるのだけど、私のかわいい後輩ちゃんのために、中国の山奥にあると言われる伝説の“ぱきやんソバ”を取ってきてくれない?」
 アデュール舞子がジュラルミンケースを開けると、そこには黄金色に輝く生地に、踊るように揺れるかつお節、胸のすくような香りの青のりがふりかけられた、どう見てもうまいたこ焼きが入っていた。
 思わず住吉が身を乗り出した瞬間、アデュール舞子はケースを勢いよく閉じて、住吉に微笑みかけた。六法全書を閉じて、ニヤリと笑う住吉。
「まかせな、俺は意外となんでも器用で鮮やかにこなせるんだぜ」

<住吉弥太郎:Created by “コウベヤ”>
【懲りずに次のトレジャーを追う】


5/8  2:12  <闇雲 希>
「アアアアーッ! アアアアーッ!」
「せいっ! せいっ! せいっ!」
 夜の帳が落ちた購買近くの林。動物すらも寝静まり、動くものの気配がない世界で、嬌声を上げながら蠢く二つの影があった。
 黒渕さんが闇雲希の頭を鷲掴みにして、何度も何度も木に叩きつけているのだ。
 実は焼きそばパン争奪戦に参加していた黒渕さんは、仕橋や舟行達から遅れること10分、購買前広場にたどり着いた。そこで、全裸で横たわる闇雲を見つけたのだ。
 すわ! 一大事と慌てた黒渕さんは、闇雲を担ぎ上げ、保健室に急いだ。近くに転がっていた地味で冴えない眼鏡野郎を踏んだような気もするが、それどころではない。
 しかしその道中、意識を取り戻した闇雲は、関口一番黒渕さんに叫んだ。
「黒渕さん! 今すぐ僕の頭をかち割ってくれないか!」
 その言葉を聞いた黒渕さんは、悩むそぶりも見せずに一瞬で首を縦に振る。
「うん、わかった!」
 それから約14時間、闇雲はずっと頭を木に叩きつけられている。
 闇雲は、パン崎から与えられた一撃で意識を失ったとき、気が付いたのだ。眠れたのはうれしかったが、眠れたからいいってもんじゃない。
 闇雲の眼が覚めたときに、最初に去来した感情は、喜びではなく、悲しみだった。あんな眠り方、風情も何もあったものではない。黒渕さんに頭を叩きつけられているときの快感とは、比べるべくもない。
 俺が本当に欲しかったのは、眠るまで頭を壁に打ち付けて額を割ってくれる人、そう、黒渕さんだったんだ!
「黒渕さん! 実は俺は、頭を壁に打ち付けて額を割ってくれる黒縁眼鏡の人が超ドストライクなんだ!」
「闇雲君! 実は私、頭を壁に打ち付けて額を割るコープスペイントの人が超ドストライクなの!」
 相性100パーセント! ここに一組のカップルが誕生した! これには悪魔も苦笑い。大事なものは、焼きそばパンなんかじゃない。もっと、身近にあったのだ。
 アイラブユーを、月が綺麗ですねと言ったのは誰だったか。満月は、まるでぽっかり空にあいた穴のよう。穴といったらちくわ。
 今夜は、LOVEってちくわNight。

<闇雲希:Created by “東山ききん☆”>
【大事なものに気が付く】


5/8  10:16  <臥間 掏児>
 東京、晋熟。人が溢れかえる雑踏の中、臥間は一人歩いていた。既に多くの人と肩がぶつかっているが、臥間はまだ一度も財布をスっていない。これは、普段の臥間の生活を考えると、驚異的なことだった。
 臥間は、購買のおばちゃんから一晩たっぷり説教を受けた後、希望崎学園の生徒でないことが発覚し、生徒会に処刑されそうになった。これはもうだめだと臥間が人生を諦めたとき、その処刑を止めたのは誰であろう購買のおばちゃんだった。
 購買のおばちゃんは、「売れ残りで悪いね」などと多くの賞味期限切れかけ弁当を臥間に渡し、困ったことがあったらいつでも訪ねてくるんだよと言った上、希望崎大橋を歩く臥間に姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 臥間には、なぜ購買のおばちゃんがそんなことをするのか全く分からなかったが、その姿は目に浮かぶと、臥間はスリをする気がなくなっていくのを感じた。
『悪いもんも、良い使い方をすれば良いもんになる。そのことを、忘れちゃだめだよ』
 購買のおばちゃんが、最後に言った言葉を思い出す。
 なんだこのくそばばあ。下らねえことを言いやがって。助けてくれた恩を棚に上げ、臥間はそう思っていたが、その言葉は臥間の頭から楔を打ったように消えることがない。
(俺には、間違っていたのかもしれない、な)
 臥間は思う。俺は、生まれ持ったスリ能力に囚われ、東海道武装強盗団という育ちに囚われ、自分自身から目を背けていたのかもしれない。
 ケチな盗みを繰り返して、こずるく生きていくのが自分のやり方だと思っていた。だが、そうじゃない生き方だって、俺にはできるのだ。
(俺は、俺だ。俺なりのやり方で生きればいい)
 臥間は、目が覚めたような気分であった。縛られた鎖から解き放たれたような爽快感を胸に抱き、意気揚々と歩く。
 俺は今日から生まれ変わるのだと、そう心に誓った。
 子供連れの親子とすれ違う。臥間は、思わず微笑んだ。子どもを見て笑うなんて、初めての経験だ。思わず、肩をすくめる。父親と肩が触れ、すれ違った。
 臥間は、子どもの手を握りしめて歩いていた。
 何が起こったのかわからず、父親を探して首を振る子どもを、臥間は急いで小脇に抱え、全力で走り出す。
(ハッハーッ! やってやったぜ!)
 物は盗んでも、人は盗むな。東海道武装強盗団鉄の掟である。その教えを幼いころから叩きこまれていた臥間は、金を稼ぐ手段としての誘拐については、ほとんど考えたことがなかった。しかし、購買のおばちゃんの説教で、目が覚めた。
(人として)悪いもんも、(自分に都合の)良い使い方をすれば、(金とかそういう)良いもんになる。
 生まれ変わった臥間に怖いものなどない。身なりのいい父親から、子どもを誘拐して、身代金をたんまりいただく。今日は、その第一歩だ。
 俺の誘拐成金ロードは、ここから始まるんだぜ! 大金を手に入れた後の生活を誇大に妄想しながら、臥間は走り続けた。
 臥間の最大の失敗は、知らなかったことである。小脇に抱える子どもが、すでに魔人能力に覚醒していることを。後に、希望崎学園最強の男として名を知らしめる存在であることを。
(腕試しにもならないが、火の粉は払わねばな)
 子どもは、小さな体に似つかわぬ大きな拳を握りしめ、力を込めた。何秒か後、その拳は臥間に放たれることであろう。
 子どもは、名を時ヶ峰健一といった。

<臥間掏児:Created by “村田ソフィア”>
【クズは死んでも直らない】


5/8  12:10  <仕橋 王道>
「苦尾切君、お待たせしたな。注文通り、伝説のぱきんやソバだ」
 仕橋は、朝方注文を受けたソバを、苦尾切に渡す。周囲の不良も、苦尾切も、驚愕の表情だった。何故ならばこのソバは、中国の山奥にしかないといわれており、数世紀誰もその姿を見たことがない、伝説のソバだったからだ。
「お、おう。ずいぶん早かったじゃねえか」
「まあ、さすがに急いだよ。昨日は、伝説の焼きそばパンを買ってくることができなくて、本当に申し訳なかった。この程度で取り返せる失敗とは思わないが……」
 今こそ責め時と判断した不良、喪部一悟(もぶ いちご)が、下卑た笑いをしながら、叫んだ。
「と、当然だぜ! てめえ、これから一生俺たちのパシリ決定だなあ! はっはっは!」
「ば、馬鹿野郎!」
 不用意な発言をした喪部に、周囲の不良たちが怒声を浴びせるが、もう時間は戻せない。仕橋は、にやりと笑った。
「もちろん、そのつもりだ。これから何年たっても、僕は君たちのパシリであり続けよう」
 仕橋の答えは、不良たちにとって死刑宣告にすら等しいものであった。
 仕橋は、焼きそばパン争奪戦において、敗北した。たかが一敗、ではない。ただ一度でも王たる威厳に陰りがさせば、玉座など直ちに瓦解する。王とは、たかが一敗が決して許されぬ存在なのだ。仕橋はそう思っていた。
 だが、今はどうだ。仕橋は、心身ともに充実していた。例え、苦尾切がこのぱきんやソバを食し、大いなる力を手にいれたとしても、今の仕橋は負ける気がしなかった。敗北の経験こそが、仕橋自身の足りないものを自覚させ、新たなる力を与えたのだ。
 仕橋は理解した。自分はまだ王になる道程にあるのだと。であれば、挫折のひとつや二つないほうがおかしい。
 重要なのは、自分こそが並ぶ者のないパシリであること。苦難の道は、そのための力となる。
 仕橋はこの敗北を乗り越え、更なる高みへ行ける確信がある。自分を王と信じて疑わない、圧倒的な自負心こそが、仕橋の王足る所以だから。
(腕を磨く時間は、まだまだいくらでもあるからな)
 希望崎学園3年生、仕橋王道27歳。ちょうど10度目の留年となるこの年は、自分にとって大いなる飛躍の年となるであろう予感に満ち溢れていた。

<仕橋王道:Created by “敗者T”>
【王への階段を一歩上る】


5/8  12:22  <千倉 季紗季>
(あ、伸びてきた伸びてきた!)
 希望崎学園新校舎最上階、屋上ふもとのバルコニーで、季紗季はほんの数センチではあるが、右手の指先からふよふよとうねるハリガネムシくんを見て、嬉しそうに笑った。
((いやー、すぐに伸びるねー。ほんと僕ってどうなってんだろうね))
(なんでもいいじゃん! 元気なのが一番だよー) 
 季紗季は、輝く笑顔を右手に向けた。左手には焼きそばパン。地面には、自家製野菜のサラダが詰まったタッパーと、焼きそばパンが3つほど置かれている。今日は、昨日の雪辱戦として、付近のコンビニで買ったいろいろな種類の焼きそばパンを食べ比べているのだ。
((やっぱり、労損のパンより、ヘブンレイブンの焼きそばパンの方がおいしいかも))
(私は、ロンリーマートの奴が一番おいしいかなあ。ま、全部おいしいんだけどさ)
 二人ともわかっている。結局、何を食べたっておいしいのだ。二人で食べるパンならば。
((……季紗季ちゃんさ、今のうちに言っておきたいことがあるんだけど))
(ん、なーに?)
 心なしか神妙な声で、ハリガネムシくんが季紗季に語り掛ける。それを受ける季紗季は、軽い返事だ。
((実は僕、木星から地球に飛来してきた宇宙生物で、宿主を苗床にして成長する寄生生物なんだけど、将来的には季紗季ちゃんの腹を食い破って外に出て、木星に帰る予定なんだ))
(ふーん。そうなんだ)
((うん。そう))
 会話が、終わった。
((ずいぶん軽いね。驚かないんだ))
(なんとなく、ハリガネムシくんがそういうタイプの生物なんだろうなーってのはわかってたよ。でもさ、しょうがないじゃん。いまさら、一人でご飯食べても楽しくないもん)
 また、焼きそばパンを一口かじる。味を舌で楽しみ、胃に落ちたパンをハリガネムシくんが食べて、ディストピアトロニンを分泌して、どちらも幸せな気持ちになる。
 一緒にご飯を食べるのは幸せだ。一緒においしいものを食べる。素敵な時間。
(ハリガネムシくんがなんて言おうと、私はハリガネムシくんと一緒にいるよ。私が今笑えてるのは、ハリガネムシくんのおかげなんだから)
 にこっと笑う季紗季。お互いに顔は見えないけど、一人と一匹はともに笑いあったような、そんな気がした。
((……僕が外に出るときは、なるべく季紗季ちゃんの口か肛門から出るようにするね))
(口にしてよー!)
 それはどれほど先のことかはわからない。
 だけど、明日も当たり前のように一人と一匹だけの幸せな昼ご飯が続くことを、季紗季も、ハリガネムシくんも、なんとなく意識して、なんとなく嬉しくなって、また笑った。

<千倉季紗季:Created by “ひじ”>
【最愛の友との絆を深める】


5/8  12:25  <冬頭 美麗>
 天蓋付ベッドや、シャンデリアが設置された、高校生が持つに相応しくない広さを持つ部屋。遮光カーテンが引かれ、薄暗い室内の床上には、裸の女が20人……いや、30人はいるだろうか。所狭しと息を荒くして、這いつくばっていた。
 冬頭美麗の自室に設置されたベッドの上には、一糸まとわぬ姿で仰向けに寝転がる美少女。冬頭を慕う一年生女子の一人である、罠大居照子だ。その顔は紅潮し、激しく乱した息を小さく吐き出しながら、喘いでいる。
 何故ならば、同じく裸の冬頭がその上に覆い被さっているからだ。彼女の左手は照子の乳房に吸い付くように貼り付き、右手は照子の股間に吸い込まれ、しなやかな指が触手のように絶えず蠢いていた。
「フ、フヒ! み、美麗ちゃん! これ以上はもう…!」
「だめよ。もっと」
 私がいないと生きていけなくなるくらいに、狂いなさい。
 冬頭の右手の動きが激しさを増した。照子が白目をむき、股間から分泌液を激しく噴出させる。
「ア…ッ! アヒーッ!」
 びくびくと痙攣し、意識を失う照子。冬頭は、照子をお姫様のように丁重に抱き上げ、床に寝かせた。じっとりと汗をかいた冬頭は、ベッド脇に置いたミネラルウォーターを一口飲み、一息ついた。
 人を支配する力とは何か。人を信頼することで敗北した冬頭は、ずっと考え続けた。そして、思い至った。人を支配するのは、死すら覚悟させるほどの鞭と、悦びで気が狂うほどの飴だと。その時、冬頭には自らが凶悪な鞭と狂喜の飴を兼ねるものを、既に会得していることに気が付いた。
 それは、ドSレズ行為を繰り返すことで身に着けた、並々ならぬ性技であった。
 私は、もう負けるわけにはいかないのです……!
 昏く燃える瞳を、床に横たわるかわいいペットたちに向ける。
「さあ、次は誰の相手をしてあげようかしら」
 淑女のように穏やかな、それでいて妖艶かつ気品のある声に、意識のある女たちは苦悶の声を上げながらブルブルと震え出す。それは、喜びのためか、恐怖のためか。
 冬頭美麗は、薄く嗤った。

<冬頭美麗:Created by “ウィンD”>
【漆黒の意思を持ち、覇道をばく進する】


?/?  ??:??  <上下 中之>
――二度目のインタビューも快諾いただき、ありがとうございます。

上下:いえいえ、僕のような”普通“の学生には、いい経験です。

――先日の焼きそばパン争奪戦は、残念でしたね。

上下:“普通”に負けてしまいました。“普通”に残念ですね。

――どうでしょう。この争奪戦を通して、何か感想などありますか?

上下:そうですね。僕は、自分が“普通”であるということに疑問を持ち、“普通”とは何なのかということについて知りたくて参加したという部分があったのですが、結果としてはいろいろな人の“普通”を知ることができて、よかったです。
 結局、普通というのは人それぞれ、その時々で違うということなのですね。“普通”に生きていれば人生に1回くらいは希少な焼きそばパンを手に入れることもあるだろうし、逆に全く手も足も出ずに負けることも“普通”にあるでしょう。

――なるほど。それでは、“普通”というものに考えを深めた上下さんは、今後どうしていく予定ですか。

上下:僕の能力『普通概念存在』は、“普通”であることができる能力です。けれど、“普通”の概念は、時と場合、人や状況によって、いくらでも変わります。であれば、大事なのは“普通”という言葉に捉われず、自分なりに自分らしく頑張っていくことなのではないか、と思いました。

――なるほど。それはなんというか……。“普通”の結論ですね。

上下:そうですね。


<上下中之:Created by “雀涙”>
【普通の結論に落ち着く】


5/8  12:35  <兵動惣佳 と パン崎努>
「ごめんなさい! 遅くなっちゃいました!」
 番長小屋脇の開けたスペースに、息を切らしながら惣佳が走ってくる。パン崎は既に放置された木材に座って、必死に毛を逆立てて威嚇する小次郎と戯れていた。惣佳に目を向け、にこりと笑う。
「ううん、僕も今来たところだよ」
 胸をなでおろす惣佳。この人の穏やかな声を聴くと、なんだかほっとする。思わずにやける惣佳に、パン崎は不思議そうな目を向けた後、急に顔を赤くして、そっぽを向いた。
「ど、どうしたんですか?」
 惣佳が慌てる。もしかして、考えを読まれただろうか。パン崎先輩が、今この瞬間新たな魔人能力に目覚めたというのか。妄想する惣佳に、パン崎がか細い声を出す。
「いや、今のやり取り、さ。マンガとかに、よくあるよね……」
 デートの時とかに。
 最後の言葉は小さくて聞き取れないくらいだったが、惣佳も気付き、顔を赤くして、うつむいた。
 お互い身動きを取らず、様子をうかがっては目が合い照れながらにやけるというやり取りを5回ほど繰り返す姿を見た小次郎が、呆れ顔でにゃあ、と一声鳴いた。
 その声で正気に戻ったパン崎は、やっとカバンから小さなお弁当箱と、ビニール袋に包まれた布を取り出した。
「あ、じゃ、じゃあ、これ」
「あ、は、はい! これ、私のです!」
 それを受けた惣佳もまた、カバンから小さなお弁当箱と小さな布を取り出した。
 パン崎は、手作りのお弁当と新品のパンツ。惣佳は、お母さんが作ってくれたお弁当と今日使ったパンツ。
 二人は、少しはにかみながら、お弁当とパンツを交換した。
 木漏れ日が暖かい、春の午後だった。

<兵動惣佳:Created by “アァイ”>
<パン崎努:Created by “無知園児”>
【かけがえのない、特別な存在を得る】




<Main game keeper:“不祝誕生日”>

<Secretary:“冥王星”>

<Vice chairman:“tasuku”>

<Et cetera:ぺんさん>

<Special thanks:All voter>

<And……You!!>

<thank you for reading!!>


Dangerous SSRace  ―――The End―――


『And the story ends. But their life will continue』