ジャン=マリー・クロワザール インターリュードSS
~犯人探し~


 「やぁ。突然だが、僕のお姉ちゃんになってくれない?」
 なぜ、ハルマゲドンが始まるのかそういう根本的な疑問を放っておいて、話は進む。
 この顔合わせも翌日には幾分かが残っているかわからない。少なくともこの自身にとっては関わりのないことかもしれないけれど、少なからず"私"の内には残しておきたいな、そう思った。
 生徒会と言う名の寄り合い所帯から外れた途端、この男はいきなりこんな妄言を放ってきた。変態だ!
 「ごめんなさい! "私"には既に心に決めたお家があるんです!」
 しかも本気だった。その軽口からは想像できないような説得力が……あれ?
 「ぁ、あーあ、ざーんねん。ばれちゃあ仕方がないや。それじゃあ、僕と契約して妹になってよ!」
 ふぅ、口舌院さんでしたか。このご時世に魔人情報が手に入るなんて幸運なことと思いましたが、果たして他の生徒会のみなさんは今回の情報の出所をどう思っているのやら。

 「冗談はよしこさん。ああ言えばしょうゆうことで。それは桑名の焼き蛤です」
 「僕もそれは引くなぁ。そんな日本を勘違いした外人みたいなこと言ってチョベリバ~」
 「話が進まないですね。ちょっと文月君、こっちに来てください」
 「だっ、それなら僕は退散するよ。何分、面倒事は嫌いなもんでね~」
 「無駄にキャラ作りする必要はないのですよ? "犯人"について話をしましょうよ」

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 「文月ひさぎです。俺に何の用です? それで"犯人"とは?」
 「よよよ、どうしたのよ。そんな真面目な顔しちゃってさ。血圧上げるよ~」
 「あまりふざけないでください。俺は『暦』を代表してここにいるんです。副部長が捨てた――あ?」
 「つまりは……そういうことです。口舌院さんはこの上なく真面目ですよ」   

 詐術を能くする魔人家系、口舌院家の一員ろごす。彼の魔人能力は、彼自身の話術と合わさって真実を虚偽と誤認させる。が、逆もまた真となる。つまりは偽りの言葉、偽の感情を嘘と看破させることだ。
 偽りの信頼を得るためになら、これほど詐欺師に向いた能力はないだろう。
 彼は自らの感情を俎上に乗せた。それは狂喜であり、憤怒であり、悲哀である。
 そして、文月ひさぎは押し黙る。言いたいことはいくらでもあった。今ここで一年前自分が味わったあの惨劇についてぶちまけてやりたかった。それを目の前のふたりにするのはまだ筋違いと言うことも理性ではわかっている。自分達の「暦」に近づく怪しい女と副部長と因縁浅からぬ口舌院の魔人に。

 「それで、他の方々に声をかけないのはなぜですか?」
 見ると、遠巻きにしている他の生徒会メンバー。その中でも幾つかのグループに分かれているのが見えた。
 ミケナイトを中心に大半の女子生徒たちはかしましく、笑い声を立てている。そもそも見ていない。
 佐渡ヶ島、片倉の人目を避ける両名、それとカマセーヌはこちらをちらちらと伺っているが、その表情は狼狽え交じりと冷然としたもの、無駄に逸っているものとで両極端に分かれている。三人と言ったが、たまたまそこにいるだけと言った感である。
 ビッグ・マウスは潜入中なのでそもそもここにはいない。
 寝々々寝は寝ている。
 灰かぶりは舞踏会に行きました。
 本来こう言った場で持ち前のコミュ力を活かしてみんなを繋ぎ、全く中身の無い方向に話を発展させるべきチャラ男はなぜかその辺でノビていた。
 完全な外様となるスパイダー・魔導災怨は同じところで歓談しながらこちらを如才無く見張っている。

 「犯人について有意義な話を出来るほど知的な人がいないからですよね、ジャン=マリー?」
 「近くも遠くも無いと言いたいようですが、実のところは消去法ですよ。反応を見ていてください、こういう話を衆目の下ですること自体、意味があるのですから」
 「……すみません。それは『暦』と関係あるんでしょうか? さっきから話がとっ散らかって読めないんですが」
 「そうですね、あくまで仮説ですが犯人はたった一つの可能性があります。つまりは――」
 口舌院ぱとすを殺した犯人、「暦」を半壊させた犯人、そしてこの「ハルマゲドン」を引き起こした黒幕が同一の存在である可能性がね――。

 「人間が無駄に多いから無駄に殺す羽目になったけど、僕はそっちの意味では犯人じゃないよ」
 どちらとでも取れる。平易な物言いは混乱させるには十分だった。口を開く前に、彼女が釘を刺す。
 「あまり混乱を招くような発言はやめてください、それもどうせ本命の犯人探しのための布石に過ぎないんでしょう? 殺人鬼、ラフィングベイビーさん」
 「は、きゃははははは。わり~と、本命だったんですけど~ね」
 知っている。希望崎の、ここ日本における学校敷地内の大原則を知らないわけない。
 だけど、こうもへらへらとされると……。

 「睨まないでください。ぱとすさんが殺されたのは三ヶ月前で時期が合わないんですから。それとも何でしょう。あなたは大切な人の為に人殺し程度を厭うと?」
 「そんなわけがあるかッ!」
 「それを、副部長のためならどんな大切なもので皆殺しに出来ると、卯月副部長、それに続く"皐月"咲夢さんの次、三番目の月を継ぐ者として誓えますか?」
 「それは、もちろ、んぅだ!!」
 「そうですね。"私"も部長の、閣下のためにならこの身はもちろん、この"私"と言う全存在を捧げるのは当然のことですから。
 閣下が死ねと言うなら"私"は死にましょう。
 閣下が殺せと言うなら"私"は閣下その人であれ殺しましょう。
 閣下が愛せと言うなら"私"は道端のアキカンであれ同じように愛しましょう」

 故に。

 「"私"は閣下の愛する『暦』も等しく愛していますし、それが激しく傷つけられた現状に酷く腹が立っています。犯人を副部長の前に突き出し、然るべき裁きを受けさせる。
 私もあなたも目的で言えば合致しているはずです」


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 「水を取るなら任せとけ~。って僕はスタメンだったね、きゃはは」
 「その辺は心配ないでしょう。馬術部から出向のミケナイトさんが向こうに結構ちょっかい出してくれたおかげでわかったのですけれど、あちらは、いや黒幕たる犯人としてはこちらを本気で殺し合わせるつもりはないはずです」
 「少し――いいでしょうか、その黒幕が転校生だと? 順番が逆なんじゃないでしょうか。副部長が言っていましたが、転校生がこちらの世界に介入してくることは召喚以外に存在しないはずです」
 「無い無い。つまりはその依頼主が黒幕と言うことだよね。ハルマゲドン前から派手に佇んでいるように見せて、転校生は結局は人目を惹きつけるための囮なのさ。
 向こうに強力なメタ能力・運命操作能力が揃っているからこそ、ミケナイトさんは今まで命を落とさずに済んでいる。そういうことだょ?」

 そう、騎乗での戦闘に習熟した正騎士。騎士様と言うのは大体高潔なものだから?
 生徒会に元々所属していたわけではないからこそ、しがらみがない。僕含め微妙に立場がない男性陣はともかく――心に傷を抱えた(笑)、雨竜院さんや桐谷さんをまとめるのにはうってつけでしょ。
 まぁ、その辺は文月君もわかってるみたいだけど。そんな要となる人物をどうして今まで逃がしたのかってこと、もちろん彼女個人の実力も認めるけどそれだけじゃないはずだよね?

 「最大の要であるハッピーエンドメーカーを表に出さず温存している時点で番長グループ、いや"自身"達生徒会を含め黒幕が単純な殺し合いによるバッドエンドを望んでいないのは確か。つまり――」
 「つっ――ハッピーエンドで僕たちの殺人事件を、塗り潰すのが目的、そうなのか!」
 「番長グループの名簿を見る限り、彼女たちは酷く恣意的に集められています。いくら生徒会はわけわかんないのの集合体とは言え、不安要素まみれのこっちに対する番長グループはまとまりが良過ぎます。丁寧に辻斬り同士、創造主と被造物の関係が組まれているのも――」
 「本命を隠すための単なるカモフラージュと言うんですか?」 

 元々理由なんてあってないようなハルマゲドンだ。
 それでも理由が欲しかった、そういう理由を持っている連中を持って来た!
 「きゃははは。僕らの犯人探しが黒幕はそんなにお気に召さないのかなぁ」
 「もちろん、理由は他にあるかもしれません。その辺は転校生に聞いてみるしかないでしょうが、その辺は片倉君が気合い入れて頑張ってくれるでしょう」
 「片倉さんがどうして関係あるんですか?」
 「でっていう。文月君はキャラ説を読んでないのかな、ほら普通の人間は転入生と書くデショ?」
 慌てて確認する文月君、流石に怒りは隠せないみたい。愛いやつめ、初いやつめ。

 「でもこれは転校生が用意した名簿なんですよね」
 「だからこそ、間違えることはないでしょう。加えて名簿にある転校生が今回来ているうちのどちらか、おそらくは皿ヶ嶺である確率は高いわ。だからこそ片倉君が張り切っているのよ」
 「素晴らしい推理だね! 条件が何であれ、呼び出す転校生を指定することは不可能ではないみたいだし。着ぐるみの上からでもあの筋骨隆々とした肉体はわかろうものだね!」

 「もっとも、これが今回の案件にどれほど関わってくるか、単なる愉快犯の嫌がらせかもしれません。そう言えば……、ろごすさんの事件について聞いていなかったような? どうして殺したんです?」

 「かー、それはね。殺人事件が起こった時、僕とろごすは一緒にいたんだけど、その時の記憶がないんだよね。記憶にないだけで確実に聞いていたことはあったのだけど」
 「状況がよくわかりませんが、殺し損ねたのか。ぱとすさんだけが狙いだったのか、それによって黒幕との関係が変わってきそうですね。それで、能力を自分自身に使ってみたと」

 「はぁ、よくわかるね。探偵にでもなったら? たとえ記憶がなかろうが、自分相手だろうが、僕の能力は嘘を付けないからね」
 「帝直属の民の名を真っ先に挙げる辺り、流石は口舌院と言わせていただきます、が。
 閣下の助言がなければ、仮説すら立てられなかったでしょう。探偵が向こうにいるのは痛いですね。能力を見る限り、完璧な形で真実に辿り着いていたとしても発言力で黙殺されかねませんから。
 うーん。無理を承知で菖蒲ちゃん借りてくればよかったかな……? 
 そして――希望崎の男子生徒が犯人とだけわかったと」

 「てっ、正確にはハルマゲドンに参加する予定の、だけどね」
 誰が犯人か、わからなくても皆殺しにすれば復讐はなるのだから。陣営の都合上、生徒会は後回しにせざるを得なかったが――。番長グループをハーレムにしてやった!
 「そこにハッピーエンドメーカー達がやって来たんですね。
 決めました。我々はハッピーエンドを望まない。そうでなければ、『暦』のみんなを殺した犯人を捜し出すのも叶わない!」
 「ですね。彼女の手にかかれば、死んだ命は帰ってこなくても犯人は赦される。ハッピーエンドを迎えたばかりに不幸になる被害者を置き去りにして」

 「なんとなくわかりました。僕からの質問はこれ以上ありません」
 さて、気付いてくれるか。流石に本人を目の目に聞くことでもないので頭のいい彼女なら、と思ったが買い被りかな?
 「質問にはYESです。ただ、犯人は殺させても文月君に手を出すことは絶対に認めませんよ。閣下がそう仰せの以上は説得は無用。"私"の意思が関わる余地なんて全くありませんから。
 黒幕については後々引っ張り出すとして、ぱとすさんを殺した犯人を庇い立てするつもりは全くないので安心してください。すべては、すべては、"happy"のために」
 幸せのためにハッピーエンドを望まない。そういう人間も多いということだ。
 明日のハルマゲドンには絶対に勝たないといけない。ハッピーエンドなど認めるものか!
 「あと、"私"を姉妹にするなら、三分の一殺しくらいは覚悟しててくださいね」
 にやり、軽口を切って返すその言葉は嫌いじゃなかった。
 「魔人の家と言うのはその血統に入ること自体はそれほど難しい事じゃない。問題は口舌院なら口舌院、雨竜院なら雨竜院で居続けることだよ」
 最大級の賛辞に、彼女は黙って微笑みを向けるだけだった。言葉以外だとやりにくいな。勧誘はやはりやめておくか。

 「俺は――犯人を見つけるだけです。それがたとえ同じ生徒会のあなた達でも容赦はしない、それだけ言わせてください」
 「ここで助言。危険だとは思いますが、園芸部に行って『瑠璃丸』を連れて帰るといいですよ。きっと、助けになってくれるはずです」
 「――考えておきます」

 さて、自身は美術部に行かないと。こっちが本命だし。
 口舌院さんに続き、文月君が離れた。それとなくみんなにヒントを出そう。
 「すべてはチュンソフ……じゃなかった『スズハラ機関』の陰謀編、そういうことなんでしょう」
 うん、まぁ、そういうことです。
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 当日、美術部の部室に入っていくジャン=マリー・クロワザールを霜月サビーネは看過なく目撃した。
 そして、背中に背負ったビスケット以外、ずっと手ぶらであったと副部長に報告するのだった。
最終更新:2014年07月20日 19:15