『ハッピーエンドメイク;斉川愛咲の場合』
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ハルマゲドン終了後の校舎を、わたしは一人さまよっている。
「一さん……」
ハルマゲドンの参加者の名簿にはなかったから、おそらくは生きているはずだ。
それでも、姿を見て安心したい。そして、この想いを伝えたい。
何ていえば伝わるだろう。緊張せずに言えるだろうか。冷たくあしらわれたらどうしよう。
さまざまな不安が渦巻くが、まったく振り払えないでいる。
ハルマゲドンを経験すれば何か変わると思ったけど、そんなことはない。わたしはダメなままだ。
――その時。わたしの目に、あの人の姿が映りました。
遠くからでもすぐに分かります。周りの個性的な人たちもそうだし、何より、あの人の柔和な笑顔を見紛うはずがない。
他ならぬわたしの憧れの人、一(はじめ)さんと、彼を取り巻く人たちが向こうからやってきてるのだ。
どうしよう、まだ心の準備なんてぜんぜん出来てないのに。
わたしのそんな気持ちなんて露知らず、一さん達はどんどん近づいてくる。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
想いを伝えるチャンスは今しかないと思って、勇気を出して一歩を踏み出したはいいけれど、
自分の足に引っかかってその場で転んでしまった。
一さんの目の前なのに……すっごく恥ずかしい。このまま消えてしまいたいくらい。
起き上がろうとしたときに、一さんと目が合う。微笑みを返してくれた。
さらに、傍らの彼の家族とも。
そして――わたしにとっては、一生の運を使い果たしてしまったのかもしれません。
まさか、向こうから話しかけてくれるだなんて。
「こいつが奴の言っていたやつかい、ヒヒッ、ヒッ」
十(えっくすわいじく)さんだ。
すらっと伸びた美脚(たけうま)が眩しい。どれだけのアドバンテージを稼いでいるんだろう。
「アハハ!この私の敵ではなさそうね!」
〇二八一(おっぱい)さん。
主人公さんをいつも埋めている、あの豊満な胸。わたしの貧相な体とは大違いだ。
「アタシのサイバネ☆クローで首を刎ねたい!」
そしてラクテ……〇禾予(おうじょ)さんだ。
巨大な蟹めいたサイバネ☆クローがすっごく羨ましい。わたしもサイバネ改造すれば、もっと自信がつけられるのかなあ。
「ある出所から、君の話を聞きましたよ。
斉川愛咲(さいかわ あいさ)さん。我々の一員になりたいそうですね」
わたしはびっくりして、しばらく声が出せませんでした。
まさか、あこがれの二一族である、二一(さんした はじめ)さんのほうからわたしなんかに声をかけてくださるなんて!
「あ、は、はいい! えっと、生き方にすごく憧れてて、わたしもああいう風になりたくて……!」
「楽な生き方ではありません。それでもあなたは望みますか?」
温和に話しかけてくれているが、その語調は強い。わたしの決意を試しているのだろう。
でも、もう決めている。今が勇気を出すときだ。
「の、望みます!わたしは二一族に入りたい!」
「……そうですか」
柔和に微笑みながら、一さんは顔に手を当てる。
しばらくの沈黙の後。翳した手を下ろす。
そこにあるのは、いつもの裏のなさそうな笑顔ではなく、酷薄な意地の悪い笑み。
あれだけでご飯も進んじゃいそう。
「――君は、ハーレムラブコメのサンシタに相応しい」
一さんは色々説明してくれた。
シャイな後輩ヒロインは、正ヒロインたる異世界から来た美少女ヒロインに絶対敗北のさだめを持つというとか何とか。
言っている意味はよく分からなかったけど、ひとつだけ分かることがある。
わたしは、この人たちに認められた。この人たちと同じになれる。
この人たちのように、無様に敗北する定めに身を置ける。
こんな幸せがあるだろうか。わたしなんかが、こんなに幸せになっていいんだろうか。
「これからは、二四八一(さんした しゃい)と名乗るがいい。ようこそ、二家へ」
一さんがわたしの方に手を伸ばす。
掴もうと伸ばした私の手は、空を切った。
引っ込めらていれた一さんの手を掴み損ね、わたしはその場に無様に転んだ。
「おやおや、調子に乗ってもらっては困るねえ新入り君。その生意気な態度を改めたまえ」
一さんのその言葉に、わたしの胸は熱くなる。
この人はわたしを一人のサンシタとして扱ってくれる。この人に想いを伝えられてよかった。
神様、見ていてくださいますか。
わたしは今、とっても幸せです。
――神様がそれを聞いてくれていたかは分からないけれど、天使がふっと現れた気がしたんです。
――あれが、わたしをハッピーエンドに導いてくれた神様だったのかなあ。
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最終更新:2014年07月26日 13:16