?????・???????? プレリュードSS


「で、卯月副部長殿はどうするおつもり? 文月の抑えに置いた水無月の封印は解けてしまったみたい。本部を壊されるのはとっても嫌なんだけど」 
 「逆だ、皐月。文月は文月でしかない。劫穉がいなくなったから、その埋めとして水無月をでっち上げようと言う実験をやってみたに過ぎないよ。
 一年前の俺とお前、文月を除いての皆殺し、にも関わらず存在を埋められない水無月の座。その矛盾はあいつの中で相当なストレス、記憶の混乱を招いたはずだ。おかげで制御はしやすくなったがな」
 「悪趣味ね」

 もちろん、それだけではない。
 仕掛けも――しておきたかったしな。

 「『暦』はもっと面白い使い方があるはずだ。
 神無月に対する神在月(※1)と同じ封印に、たまたま空席になってしまったが、『暦』が十一人しかいないのは体裁が悪いっていうのもあるからな。文月に水無月の分を任せて魔人能力(リソース)を割かせることであいつの中の凶獣(けもの)を飼い慣らせればと思ったんだが、まぁ今後の課題としようか」

 口舌院だった魔人は、今は卯月である。
 魔人の家にとって重要なのは血筋より生き様であるとするなら、卯月言語は口舌院になお似ていた。
 だが、彼は言葉を扱っても捉われないし、家に囚われようとしない。
 自由であろうとする魔人に居場所を提供する、それが「暦」の役割の一つであるとするなら、その点で言うなら彼は姿見せぬ部長に感謝していた。姿見せないうちは、であったが。

 「ふーん。見つけたというか、でっち上げたんでしょう? 実体のない部員で嵩を増しただけってことは、劫穉が戻ってくることは確信してるみたいね。私、あいつ嫌いじゃないけど。馬鹿だし」
 「それをお前が言うかよ。嫌いじゃないのは同感だけどな。馬鹿だし」
 「あら、初めて気が合った気がするわ。それにしてもまるで他人事みたいな言い方だけど本当に大丈夫? 展開上、実験動物の暴走に巻き込まれるマッドサイエンティストの末路になりそうだけど。
 ハルマゲドンも終わったばかりだし、変な所で足を掬われるのは嫌よ」
 「嫌なフラグ、か。皐月、俺を舐めるなよ。既に手は打ってある。……早いな」
 「霜月惨状! ちわーっ。新鮮な死体二つ、お届けしましたー!」

 背には巨大なビスケットを背負ったそのシルエットは女性としては巨大なもので――果たして、その両脇には血塗れになった文月ひさぎとジャン・マリー=クロワザールの身体が抱えられ、その時を待っていた。血の塊がぼとりと落ちる。



 背負ったビスケットを投げ捨てる。
 ガランガランと音を立てて廊下を転がっていく音が妙に侘しい。食べ物を粗末にしてはならないなんて、ありふれた常識にはもううんざりするの。

 赤い風が吹いている。
 吹くはずの無い風の色にちょっとだけ焦る。風の正体は水無月、こちらに向かい、殺そうとする目的のみで動くそれは単調な動きしかしないで、それでも予想外の敵が上乗せされることによって双方に傷を増やしていく。
 腕が擦れ、爪が掠る程度で派手に血が舞うのはその手に刺さり、まるで一体のようになった瑠璃丸(※1)のためである。裸で持つはずがないのは必定で、その辺にあった凶器を手に取ったに過ぎない。
 ああ、怒られるのが"私"だけで済めばいいなあ。

 私が私であろうとしても、いつもこのお仕着せの姿が邪魔をする。そうと知っているのに皮膚に走る赤い筋を見て、恐れるのはなぜでしょう。
 手持ちのビスケットを投げつける。非力なこの姿では牽制にしかならないが、そもそも食用でしかないのに本職の真似事をしようと言うのが間違っているのかもしれない。

 「迷っているの?」
 水無月ひさぎと言ってはみたが、実際に目の前に立つ水無月は酷く不安定。
 あくまで自己保全のためにのみ出てきたのか、それは己の生存がかかっているからでしょうか。文月ひさぎの意志を捻じ曲げて出てはきたが、水無月を掠め取った偽物の月は能力の行使もままならない。
 それでも――、この自身を傷つけ殺めるには十分な膂力を有しているのは紛れも無い脅威――!
 「いいえ、恐れているんでしょう」
 つまりは狂戦士に連なる能力の副産物は、皮肉にも酷くロジカルな存在ということ。
 無色の存在、誰にも気付かれない空白の空間(スペース)を作る意味でのみ存在が許される。

 哀れな存在――。
 しかし、文月を生かすためには一切の慈悲なく始末しなければならない。
 傷が増え、双方ともに血が流れていく。延々と続けていく意味はない。失血死まで待つ選択もなかった。
 突貫――! 殺意さえ虚ろなその目元からは意志は希薄で、それ故に対処もしやすい!

 「ポケット・ビスカッセ(窓満ちよ・二つに割かせ)」
 そうして、掌が心臓を打ち、顔を突き刺されたところでした。
 ついでに膝から崩れ落ちてしまいましたね。あちゃーですね。そいつも霜月のところまで転がってきたわけですよ。丁度、ジャストでモーメントなプリーズのタイーミングでしたねー。

 「あーあ」
 で。霜月さんは終わっちゃった。怒られるなぁ、と思いつつそいつを踏み砕いたわけです。
 ぐちゃりとなんだか生々しい感触とともに、何だか生々しい液体が靴まで飛び散ってやーでした。
 人の血の味を覚えたヤツは必ず始末しなければならない。そう聞いているので、責められる筋合いは全くないはずなのに憂鬱なのでした。

 「霜月はそういうことですよ。卯月副部長! 皐月先輩!」

 「霜月――? ふん、早速機能してくれたか」
 「どうしたの、卯月。見ただけなら特に問題のなさそうな構図に見えるのだけど。相打ちも視野に入れていたんでしょう?」
 「相打ちが関の山と思うか? これが本当なら上出来なんだがな。ああところで、水無月が落ちたなら、月次が繰り上がるのが道理と言うものだよな、皐月?」
 「ああ、そういうこと。私は関係ないけど、だとするなら――」
 二人が"霜月"に向ける視線が厳しくなり、続いて部長の口から紡がれた言葉はあからさまな詰問だった。

 「誰を連れて来た? 部員でもないものをここまで運んでくるのはいくらお前でも権限を越えている。返答次第ではただでは置かないぞ」
 「ああ、そんなことですか。"霜月"はこのサボテンさん、名前は瑠璃丸と言うらしーんですが、を連れて帰っただけですよ。大丈夫です、たとえ魔人サボテンだっとしても、こいつもう死んでますから!」
 果たして、二人を床に転がしたのちに、立てかけられたビスケットの上に乗せられたサボテンは潰れたトマトのようになっていて、一見して死んでいるように見える。
 だが――。

 「サボテン? 文月から園芸部で手に入れたとは聞いたが――。いや。誰がそんな誤魔化しに乗ると思うか。『嘘』をついたな、霜月。いや――神無月」
 嘘を付くと言うこと、それは言葉に関する魔人能力者、捨てたとはいえ口舌院の名を冠した男の前では危険なことである。それはたとえ能力に直接関わることがなくとも、否応が無きことに相手の土俵に乗せられる羽目になるから。
 果たして、副部長の言霊に呼応するかのように皐月咲夢は動いていた。
 「どうも、あなたが副部長の前では不自然な言動を取っていたのは気になってたのよね。確かにあなたは馬鹿だけど、劫穉と同種の匂いがしてたから。
 馬鹿みたいに天邪鬼なあの男とおんなじで馬鹿でもルールがあるみたいな動きしてたでしょ」

 そんな彼女に強制的に嘘を吐かせる。欠員が出た時、強制的に月が繰り上がる仕組みを利用した、それが「水無月」の仕掛けの一つである。
 「はぐらかすような、ふざけた動きは半ば素なんだろうが、洗いざらい吐いてもらうぞ、バカ」
 そして、副部長と皐月咲夢が唇を動かしても神無月サビーネは指一本動かせない……?
 「あっはっは。副部長には参りましたねー。そんな罠仕掛けたところで霜月は嘘なんてついてませんよーだ」
 動いている……、だと!? 慌て、互いの顔を見やるが首を振るばかり。
 「どういうことだ……!?」
 「種明かししましょうか?」



 「誰だ!」
 割り込む声に意外性はないが、予想外のイラつきのままについ声を荒げてしまう。
 中性的なその声は、室内、もっと言えばビスケットの中から響いていた。
 「よいしょっと」
 ジャン・マリー=クロワザールの武装たる直径1.5mのビスケット、人を隠すとするなら相当薄っぺらくないと難しいだろうか。
 だがそれが一面の絵画であるなら容易いことである。

 ぱりりと、奥行きのない画面から突き出された掌はぺりぺりと、本体の絵画にまとわりついた表層を剥がしながら徐々にその輪郭を現していった。
 濡れた体に張り付いたか大事なところは隠されているものの、腰骨や鎖骨と言った華奢な部分は丸見えで、だからこそ未成熟な少年とも少女とも言えるほっそりとした骨格と肉付きが、より強調される。
 ビスケットが薄手の衣装張りにくっついていることは無骨な岩石の中に隠された宝石のような輝きを放つ小道具だと、自己主張するようだった。

 彼女は――人ならぬ、かと言って魔でもないような不安定さを描いた妖しげな魅力を内に秘めていた。
 「私はリュドミラ・ジェルミナル。『暦』の流儀で言えば芽月リュドミラとでも言うのかな。んー、どっちでもいいか。じゃあ、そこの霜月共々よろしくお願いするね」
 「ありゃー、芽月サンでしたかー。霜月のピンチに助けに入ってくれるのはイイデスケド、なんかそれは刺激的と言うか、なんというかー」
 「気にしないで。副部長さんにもごめんね。もっとも半分は気付いてたみたいだけど」
 「ふん、別にいいさ。何かいるということはわかっていたんだ。別にそれが何であろうと構いやしない。それで、何の用だ?」

 手をだらりと下げ、やる気のない姿勢を保っているように見せて、その眼光は鋭い。
 隣に控える腹心は尚更のことである。それだからこそ、霜月の弛緩した声が高らかに響き渡った。
 「それはですね。霜月は『暦』の神無月であると同時に、ずっと『カランドリエ(※4)』の霜月(フリメール)だからなのです! だからこそ、霜月はいつも何度でも霜月であり、嘘はついていないのです!」
 「カランドリエ……? またフランス語か――!」
 「『暦』の妃芽薗学園支部と思ってくれればいいと思うよ。副部長さんにとっては『テルミドールのクーデター』のような気分かもしれないね」
 再び、芽月リュドミラ。ちなみに芽月とは三月下旬から四月下旬までを指す。

 「なるほど。『フランス革命暦』ね。フランス革命を機にフランスでほんの僅かな期間採用された、時代の徒花。その理屈で言うなら『フリメール』の日本語訳は『霜月』になる。
 馬鹿みたいに名前言ってるだけと思いきや、使い分けてこちらを欺いていたなんてやるじゃない」
 「神無月――、いや先程の言葉は訂正だ。お前は"霜月"でいい。そうなれば、とっとと劫穉には帰ってきて来てもらわないと困るけどな。で、そいつは二重学籍者ってことでいいのか?」
 「話が早くて助かる。私たちは同じ『暦』の同胞と相争う気はないもの。部長の指令で『葡萄月(ヴァンデミエール)』を回収しに来ただけ。別にいいでしょ?」

 「別に構わないが、死体を持って帰っても仕方がないぞ?」
 冗談だ。死体は二つと言うが、そこまで律儀にこっちを欺くのか、この馬鹿は。
 「いつまでも寝てるな! 葡萄月、いい加減姿を現したらどうだ!」
 言葉に呼応して現すのは、ジャン=マリーではない。もう、その魔人は自身をそう呼ぶ気はなくしただろうから。「葡萄月」と名付けられたその瞬間に無意識か、ビス(二つに)・カッセ(割れる)!
 分かれる、分かれる、分かたれる。記憶が身体が体重が。どちらを己と定めるか。
 同時に、これは証になるだろう。部員に姓を与えられるのは部長、もしくは全権を委任された副部長だけ、単に名を騙っただけでは絶対見せない反応が返ってくれば、彼女の言うことは真だろう。

 残ったのは――、九分の四の方だった。
 少女の前に首を垂れた少年はビスケットの欠片を差し込まれて、少しもがくとまた息絶えた。
 それが、二回。
 年齢十八歳、体重七二キロ。つまりは年齢八歳、体重三二キロである。三分の一の方が最期に悲しそうな顔をしていたのが気にかかったが、いきなり九分の五殺しをした当人はと言えば澄ましたものだ。
 誰も止められないような、妙な雰囲気が作り出されていたのは確かだが、その空気をいち早く作り出したのが事態を把握して間もない副部長と言うのは驚くしかなかった。
 ま、いっか。私リュドミラの肖像も伊達に長い付き合いはしていないし、彼・彼女の自殺を見るのは別にはじめてでもない。だから努めて明るく振る舞う。

 「随分と思い、切ったんだね。葡萄月、私のこと覚えてる?」
 「ん――、記憶はだいじょうぶかな? おーけーおーけー、おぼえてる。確か絵の具の一気飲みで――」
 「ごめん、やっぱやめて。しかし初等部からやり直しとは随分思い切ったものだね。私達の苦労も少しは考えて欲しかったんだけど……」
 「いやなの」
 「は?」
 「いらないものばかり詰め込んで、無駄に年を取っていくのがいやなの」
 これだから嫌だ。私と同じ百年ばかり生きているようで、連続性がないから。本当に彼女と同じものを見て、共感しているのかはわからない。私と一緒に見た感動が捨てられてしまったこともあるのだから。
 「部長はそんなあなたに望む『暦』の椅子を与えなかったよ? 葡萄月はそれでもいいの?」
 「それでも部長を、閣下をあいしています」
 即答だった。失礼な考えだっただろう、思わず頭を振る。私と彼女を繋ぐ関係性は部長だけで十分だから。
 改めて向き直る。副部長が何をしようとしているかは知らないけれど、「カランドリエ」の一人として為すべきことは決まっているのだから。

 「そっちがいくら死のうが別に構わないけどな。二人も殺しやがって。おかげでここは少々危ないから、ちょっと文月を運びたい。と言うか手伝え」
 「――ごめんなさい。話が事前に通っていればよかったんだけど、『カランドリエ』は試行可能な全面において『暦』に協力します」
 「ちょっちょ、芽月さん!」
 「黙れ! 貴様は副部長と私、双方の命に従えないと言うのか!」



 芽月に一喝された途端に萎縮する霜月を見る。なにこれ、面白い。
 「で、死体って言うのはそこのサボテンと水無月のことでいいの? 死体二つでっち上げたのは驚いたけど。本当に部長の関わる案件は言葉遊びばっかりで困るわ。
 もっとも、私の"探索"が用を為さない場面が多かったのは納得だけど」
 人生ぶつ切りの百年戦争に、名前だけ二重スパイ、意味ないけど嫌がらせか!
 とりあえず同じ暦の本部でも河岸を変えて仕切り直し、ちなみに文月の血糊はきれいさっぱり。これも「ポケット・ビスカッセ」の効果らしいけど、年齢を削らずに水無月を切り離して消せたのは彼の特殊な在り方に原因があったんでしょうね。
 とにかく、文月は現場から引き離したし暴走の危険は当座無いでしょ、そうでしょ部長?

 そうだ。分割効果ですぐ癒したとはいえ、心臓ごと記憶の一部分を持っていかれた文月はさすがに休ませてある。後遺症はないらしいが……、元々不安定なあいつのことだ。楔を打ち込むにも限度があるだろう。
 さて――。
 「一年前の事件は非常に痛ましい事でしたが、僕としては文月君の身柄をこのままで保持したい。君達としては異論があるかもしれないが――どうかな?」

 「ん? わたしは別にいいとおもうよ。部長はなにもおっしゃらないし、わたしが興味あるのはいまの『暦』であって、むかしなにが起ころうがかんけいないもの」
 「芽月も葡萄月と同意見だね。『暦』は何があっても断絶してはならないから。その点で言えば、副部長の采配は称賛するしかない。部の分裂の危機を防ぎ、新たな血を入れてまとめあげたことには驚嘆の念を感じるよ」
 「霜月は――、部長と副部長の指示に従うだけでっす! と言うか、あんまりにも自然に話が進んでますけど、ひょっとして『カランドリエ』も副部長のパシリなんですかぁ?」

 こいつら――、いや二人。長く生きた魔人は大体おかしなものだが、やっぱり異常だ。
 それで気圧される俺と皐月ではないとはいえ、計画に組み込むには不確定要素が多すぎるか……?
 「いいんじゃない? 学生のうちにぱーっと盛り上がりましょうよ」
 「皐月、何をッ!?」
 「いいのよ。こういう時は手駒が増えたと単純に喜べば、どうせこいつらそういう無意味なプライドとは無縁だろうし。副部長の要請に応えてくれるっていうなら……まぁプラスアルファとして扱いましょ」

 「スゴい奴らだよ、君達は。敵っぽい連中の前で悪だくみをしている」
 そうだな。イヤ……違うな。ここまで踏み込まれた時点で胸襟を開くしかないんだよ。
 「ふふ、そうだな」
 少し慎重になり過ぎていたようだ。
 精々使わせてもらうぞ、「カランドリエ」の諸君――。



 「ところで、閣下からほかに名前はあずかってこなかったんですか?」
 「いや、葡萄月だけよ。下の名前は勝手に付けて」
 途端に、ぶつぶつと考え込んでしまう子供。いけないな、この子は、ここまで研ぎ澄ませた幼女は見たことない。なにも恐くなんかないんでしょう。二人を邪魔するものはすべて消していくような、そんな顔をしてる。
 だったら、こういうのはどうだい?

 「花が、いいね。花か、獅子か……」
 「え?」
 「これは私の独り言。部長は、我々に自由でいて欲しいんだ。だから私の恋人(ルスラン)になる可能性を捨てることもないんだよ?
 なーんてね、冗談だよ。でもね、誰が誰を好きになるのも未だ来ない、だからこそ『未来』と言うんだよ、過去を振り捨て前を見る現在人(いまびと)さん?」
 「バラの名前を持つひとにはいわれたくないわ。ライオンの名をほしがる騎士さま?
 なら、くちに含むには毒ある花をえらびましょうか。うん、そう、そうだ。――アマリリス」
 どちらとは問うまい。根っこの部分に毒がある。
 「はじめまして、ひさしぶり、こんにちわ、葡萄月(ヴァンデミエール)・アマリリス(※5)。私はあなたをアマリーと呼ぼう」
 「はじめまして、ひさしぶり、こんにちわ、芽月(ジェルミナル)・リュドミラ。わたしはあなたをリューダと呼びます」

 かくして、二人は「暦」の本部から出て「カランドリエ」目指して歩き出す。
 後をなんとなくついていくのは霜月だ。ちゃんと副部長のお墨付きである。

 えーと、なんですか、このキラキラした会話。
 霜月はやっぱりおはなしから置いてけぼりにされていた。
 この後、彼女は人目を避けるために絵の中に収納された二人組、七〇キロオーバー(推測)のクソ重い荷物を妃芽薗学園まで運ばされる羽目になるのだが、二重スパイ(笑)なんてこんなものである。



<補足>
 ※1:瑠璃丸
 正式名は「刺伊座・瑠璃丸(しいざ・るりまる)」。
 とある園芸部員の最初の友であったが、持ち出すこと叶わずこの度で永遠の別離を演じた。
 曰く「『暦』の連中になんか渡すからこんなことになったんだよおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ※2:神在月
 「神在月」の襲名者は部の内外問わず追放者に付与される。この月名は三重の封印の一環として与えられた便宜上のものであり、厳密な意味で襲名者は「暦」のメンバーではない。
 神無月とは神々が出雲国に集い、男女の和合、縁結びについて話し合うため全国から留守居役を除いて神々が姿を消すことを言葉の興りとする。
 そのため、肝心の集合地である出雲国は「神在月」と呼び名を変える。

 この名が与えられた魔人は要は最低系二次創作のヒロイン(メアリー・スー)を体現した能力者。
 詳細は省くが性質上、創作に携わる人間、特に編集者や文芸者には蛇蝎の如く嫌われ、彼女の出現した世界における「文芸部」は面識や事前情報がなかろうと、本能で即座に抹殺対象と見なす程である。
 しかし、作中作にも介入可能なこの能力によって『忍者デブ丸伝』を原作レイプしようとしたところを、偶然読んでいた「暦」部長が発見。作中世界から引き摺り出されて捕縛され、氏名を奪われる。
 「神在月」の姓は他の創作世界に逃がさないために与えられたもので、現在は「神無月」代々の申し送り事項として「暦」本部の一室(1LDK、風呂あり)に衣食住保障のニート生活付きで封印されている。娯楽は厳重に精査されて危険がないと判断された百合作品しか与えられていないと言う。

※3:リュドミラ・ジェルミナル/芽月リュドミラ
 絵画の魔人。「カランドリエ」の一員でもある。
 ジャン=マリーの補佐の為に霜月の手を借りて事前に希望崎学園の美術室に持ち込まれていた。
 絵の中から抜け出て自由に行動することが可能だが、実体が絵なのか人なのかはよくわかっていない。
 制作者は不明だが、ここ百年以内の作と言うことだけは本人の口から確認が取れている。
 全体的な構図としては水辺に佇み、一糸まとわぬ裸体のままこちらへ振り向こうとしている少女と言うもので、自らの境遇に思いを馳せる物憂げな表情と、人と魔の境界を彷彿とさせる揺らいだ肢体が多くの所有者を魅了した。
 その来歴の中で多くの人間と添い寝をしてきたようで、結構達観しながらも求められるままに多くの女性と浮名を流す王子様的なところを持っている。貧乳の同性愛者。
 絵の癖して全身は常に濡れそぼっており、火は効かない。

※4:カランドリエ
 「暦」の妃芽薗学園支部。
 フランス革命暦に倣い、葡萄月(ヴァンデミエール)から果実月(フリュクティドール)までの姓を与えられた十二名の部員で構成される。
 基本的な性質は「暦」に準じて部長も同一人物であるが、月名はバラバラに付与されるため部員間に序列がなく立場は平等である。なんか無駄にキラキラしてる部員が多いらしい。
 希望崎の「暦」副部長に彼女らの指揮権も付与されるが、学籍を盾に一定の拒否を示すことも可能である。性質上ほぼ全員が女性である他、統制のとれた「暦」と異なり、組織に捉われない自由人が多いのも特徴。ただし部長には絶対服従。

※5:アマリリス・ヴァンデミエール/葡萄月アマリリス
 「暦」部長に絶対的な忠誠を誓う魔人。旧ジャン=マリー・クロワザール
 こちらが本来の性格に近く、余裕綽々の態度の中に直情的な熱情を秘めている。
 今回が百年以上の終生において九回目の改名になるが、姓を部長から与えられたことも、名を自分で名付けたのも最初の経験である。
 リュドミラとは古い友人で愛称で呼び合う仲。
最終更新:2014年07月26日 15:29