霧の暗殺者


とある街の奥にあるひときわ目立つ館の一室。
部屋全体を金で作り上げた悪趣味な内装と金にあかせてかき集めたと見られる調度品。
その中央には醜く肥え太った中年の男がソファに座り、ワインを片手に窓の外の景色を見ていた。
男はこの辺り一帯の有力者であり、闇社会でもその名を知られている。
このような男の例に漏れず恨みも多く買ってきたが、その都度権力により警察ですら思いのままに動かし、解決してきた。

「グフフ…よい眺めよのう。貧乏人どもにはこの眺めは一生かかっても無理じゃろう」
そう言うとワインに口を付ける。
「だが、あの小汚い孤児院はこの景観にふさわしくないのう。取り壊してしまえ」
そばにいた秘書に命令する男。
「貧乏人のクズどもの命など気にするな!奴らが死んで何の問題がなかろう!」
何たる傲慢か!だが、男はこれまでこうして自分のわがままを叶えてきたのだ!
「偽善者どもが何か言うようなら金を使え!世の中、所詮金よ!」
「は、はい」
命令を受けて秘書は部屋を出ていった。

「グフフ………さて、展示室に飾ってあるコレクションの宝石でも眺めるとするかのう」
部屋を移動しようと男が立ち上がったその刹那!!突如男の視界が霧に包まれる。
これはいかなることか!?環境も完全に管理された室内だというのに霧!?
「な…何が起こっておる!」
突然の事態に慌てふためく男。
その時であった!霧の中から突如伸びた傘が男を襲う!
「グワーッ!」
傘が脇腹を貫通!苦痛により男が床を転がる!

「………??…外した……?」
その声を聞き男が顔を上げると見覚えのない少女が不思議そうな顔をして立っていた。
肩まで伸びた茶色の髪と琥珀色の瞳。
血塗れになった傘に返り血に染まったライダースーツというその姿はこの屋敷に明らかに似つかわしくないものだ。

「まあ、止めをさせばいいよね」
標的を一撃で仕留める予定は狂ったが特に問題はない。気を取り直した少女は男の方を見る。
「ブッ、ブヒッ!な、何者だ!?」
突如現れた謎の侵入者に男が叫ぶ!!
「ええい!!警備は何をしておる!!こんな時のために高い金を払っておるんだぞ!?」
「………来ないよ。みんな殺したから」
「な、なんじゃと!!?」
警備をまかせている連中はみな精鋭のはずだ。それがこんな少女なんかに殺されるだと。
ありえない事態に男は動揺が隠せない。
そして、少女は動揺から後ずさりする男の方にゆっくりと歩みを進めていく。
「ま、待て!いくらだ!金ならいくらでも出す!お前の依頼主の10倍…いやっ20倍だ!」
「…別に」
男の提案に全く興味がないといった様子で少女は男の言葉を無視すると傘を構える。
孤児だったという自分を拾ってくれた組織には感謝をしている。
それを金で裏切るという選択肢は彼女にはない。
「…さよなら」
「や……やめっ…!アバーーーーーーーーッ!!」
少女の傘が男の心蔵を一突き!!男はそのまま物言わぬ死体となった。
そしてそれが合図だったかのように、周囲の霧が晴れていく。
死んだ男の身体から傘を抜き取る少女。組織からはそのまま日本へ向かうように言われている。
その準備をしなくてはいけない。

「それにしても」
日本……何故か懐かしい気がする。不思議な気分だ。彼女はずっとドイツで育てられた。
彼女の記憶では日本には行ったこともないはずなのだ。
「多分…気のせいだよね」
以前見た本の記憶か何かを混同しているのだろう。
少なくともここでこれ以上考えていても仕方がないことだ。
そこで思考を打ち切ると、少女―――クラウディア・ニーゼルレーゲンはそのまま屋敷をあとにした。
最終更新:2014年06月26日 22:26