Funny Honey


「大雀蜂(マンダリニア)はッ!!」
「世界最強――ォッ!!」
 番長グループの埴井三姉妹(みたいなもの)が長女(みたいなもの)・鈴が叫べば妹分の1人、あららが拳をつきあげそれに続く。その声量におんぼろな番長小屋は軽く震え、埃がパラパラと舞い落ちた。
 これは三姉妹、というか鈴とあらら(末妹・姫はいつも寝ている)の士気高揚の儀式ーー鈴曰く「蜂帝コール」ーーだった。極めれば指パッチンしただけで何故か周りにも聞こえるらしい。
 因みに「マンダリニア」はスズメバチのことで、オオスズメバチは「ヴェスパ・マンダリニア」が正しいのだが、そう叫ばせると元ネタより長くなるので勘弁していただきたい。

「それにしても、この番長小屋は女王の住まいには相応しく無いわね。
 狭いし汚いし臭いわ」

 玉座――巨大な蘭ドラゴラ「マフェットちゃん」――の上から小屋全体を睥睨した鈴はそう評した。
 確かにこの空間はハルマゲドン用の物資に加え、元からあった大量のゴミやら何やらに圧迫され、掃除も行き届いていない。鈴でなくとも、真っ当な衛生観念の持ち主には快適とは言い難いだろう(そんな彼女のお尻はマフェットちゃんの花粉で汚れているが、そこは気にならないようだ)。
 周囲の不潔さに表情を顰めながらも、蜂蜜入りジンジャーティーとお茶受けのハニーワッフルを口にする仕草はあくまで優雅だった。
「んーまあ、確かにばっちぃよねぇここ」
 対してあららはクマのプーさんもびっくりの勢いで、蜜壺に詰まった巣そのままの形の蜂蜜を手掴みにし、口へ運ぶ。
 糖度80%超の蜂蜜はそのまま食べるにはキツいものがあるが、あららはそんなことは全くないようで手を止める気配を見せない。
 鈴は空いた食器を脇に置くと、自由になった手をいつもの癖で膝の上にあるはずの姫のボサボサ頭へ伸ばした。しかしそこに、姫の姿は無い。
「あら? 姫?」
「あー、ヒメねー、そこそこ!」
 いつもいる妹の不在に困惑する鈴に、あららは蜂蜜塗れの手で少し離れた位置を指差した。
 そこには1台の炬燵、そして布団から上半身を出して寝ている2人の少女の姿があった。
 一方は番長グループの一員にしてこの炬燵の主、炬燵沢ねるこ。そしてもう1人が姫。
「な、なんで炬燵なんかに!?」
「あったかいかんねー、ねるこちゃんの炬燵」
 あららはケラケラ笑うが、鈴は面白くない。あのボサボサ髪を撫でるのが気持ちいいのもそうだが、枕代わりだった自分の太ももが炬燵に敗北したような気がしたのだ。
 プクーと頬を膨らませ、彼女にしてはやや優美さを欠いた動きで玉座から跳ねるように立ち上がる。蜂蜜色の髪がふわりと、豊満な胸と尻がぷるんと揺れた。
 つかつかと姫の枕元まで歩み寄り、王錫の石突で頬をつつけば、痩せぎすの体に似合わず先端はぷにぷにと柔らかそうに沈む。基本妹に甘い鈴にしてはやや棘が、いや針がある対応だった。
「…………?」 
 姫が薄目を開けると、王錫をカンッ! と床に突き立て、威圧的に見下ろして口を開く。
「姫。高貴にして偉大なる私の妹が炬燵で寝るなんてはしたない。
 あなたがベッド以外で寝ていいのは私の太ももの上だけよ」
 傍で聞いているあららがなんじゃそりゃと思うような言い分だが、姫は何度か瞬きを繰り返すのみで特に反応を示さない。まだ半分寝ているのか、と姉2人が思った時のこと……。
『こっちの方がいい』
 姫の操るヒメバチが空中で複雑な軌道を描き、鈴にメッセージを伝える。
 本来ミツバチの習性だが、姫の怠惰な生活を守らんとする懸命な調教の結果、サインの組み合わせで埴井家の者とは会話出来るまでになったのだ。
「な、なんですってー!!」
 ハッキリと優劣をつけられ憤慨する鈴。姫を掴んで引きずり出そうとするが、伸ばした手は空を切った。
 突如台座ごと走り出す炬燵。
 鈴を鬱陶しく思ったねるこが手元のコントローラを操作し、離脱したのだ。
「ちょっと貴女止まりなさい! 私の言うことが聞けないの!?」
 しかもやたら速い。コナン君のスケボーを思わせる、ソーラーエネルギーらしからぬハイパワーだ。日曜大工バンザイ。



 その日の夜、鈴は独り考えていた。
 長野直送の蜂の子をポリポリとかじりながら頬杖をついて、番長小屋での一件をかえりみる。
(もちろん悪いのは姫だけれど、私ともあろう者が妹に対して強行手段に出ようなんて……)
 無論強攻策も時に不可欠ではある。権威の背景は結局のところ力だ。しかし、無駄に力を振りかざせば不和を生む。不和は積もれば権威を瓦解させる。
 況してや相手は妹。圧力ではなく、威厳と親愛を持って接すべき相手なのだから。
(ザビー時代の矢車さんも言っていたわ、全てはパーフェクトハーモニー……。
 従わせるのではない、慕わせてこそ真の王者。
 あの子の炬燵より、私の太ももがいいと思わせなくては……)
 そういうわけで、まずは彼我の戦力を比較する。炬燵の心地よさは2点ーー布団の肌触りと暖かさだ。
(わたしの太ももが感触で布団に劣るとは思えないわ。首から下を預けている蘭ドラゴラの花弁も適度に厚みがあって柔らかい。
 でも包み込むような暖かさは確かに人肌では再現しがたい)
 基本自己評価の苦手な彼女だが、炬燵に劣る部分を素直に認める程度には冷静だった。
(膝の上に電気毛布……いやいやそれじゃ炬燵と変わらないじゃない! 
 でも人肌じゃやはり……人肌……体温!! これだわ!)



 翌日、ヒメバチに運ばれて番長グループにやってきた姫の目に、恐るべき光景が広飛び込んできた。
 いつものように、マフェットちゃんの花弁に腰掛けた鈴。
 その周囲を顔だけが覗く形で覆う、雲霞の如きハチの群れ。
 ブブゼラを吹き鳴らしたかのような羽音が小屋の中に響き渡り、この場に居合わせた者の脳内辞書では「五月蝿い」が「五月蜂い」に改訂されそうだった。
 いつもは半開きの姫の双眸が驚きに見開かれ、なまり切った表情筋が久々に働いていた。引き攣っていたのだ。
「ミツバチの集団戦法なんか真似るのは屈辱だけれど、下郎の知恵にも学ぶところはあるものね」 
 ミツバチは圧倒的な捕食者スズメバチが巣に侵入してきた際、その身体に数十匹で密着し、体温で蒸し殺すという戦法で迎え撃つ。
 今、鈴の周囲は密集して飛ぶスズメバチの群れからの放熱で、炬燵内以上の温度となっていた。
「さあいらっしゃい姫。暖かで柔らかな貴女の寝床よ」
 自分の太ももをポンポンと叩く鈴。その音も羽音に掻き消されていたが。
 あららもねるこもドン引きしている中、彼女だけはいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。
 汗だくで。

 その後、姫はハチの群れは拒否しつつも再び鈴の膝を枕とするようになった。
 理由は姉を哀れんだからなのか、それとも愛情の深さに心を打たれたからなのか、それは姫自身が語らないためわからない。
(ふふふ……私達3人が力を合わせればブルーアイズ3体融合だって目じゃないわ。
 ボンクラ共を率いて、ハルマゲドンに大勝して、この汚い番長小屋から生徒会棟を私の城に、埴井鈴の覇道の第一歩にさせてもらうわ……)
 ただこの一件を境に、高貴にして偉大なる少女の瞳の爛々たる輝きが一層強まったのは事実だった。
最終更新:2014年06月26日 22:28