『埴井鈴のコンビネーションプレイ』
「さあ、あらら。姫。もう一度実戦に向けて特訓開始よ」
「いいよーっ! どんとこいやーっ!」
今日もおんぼろな番長小屋に埴井鈴とあららの声がこだまします。
その元気な声で、パラパラとほこりが舞い落ちる薄暗い小屋。
室内にもかかわらずの白い雨模様。傘をさした茂木爾我世がふと首をかしげました。
「ねえどーなのさ? あんた名前呼ばれてるけど戦わないの?」
首をかしげたまま茂木が声をかけた相手。
茂木のさす傘の下にちゃっかりと居座り、ぼんやりと鈴たちを眺めるその相手は埴井姫。
「……」
「なんか特訓するって言ってない? 鈴ちゃんほっといていーのかい?」
フランクモードの茂木の声にも無反応。姫はぼけっと座っています。
そうこうするうちに奇声や喝采が鈴たちの元から聞こえてきました。
どうやら特訓が始まってしまったようです。
『勝つのは蜂帝ィーーーッ!』
『この私に勝てるとでも思っているのかしら?』
『урааааааааа!!』
賑やかなやりとり、蜂帝コールが番長小屋を揺らします。
「……ってか、あの子たちもあんたいなくても気にせず始めるのね」
「……」
「……ってかてか、前から思ってたんだけど、あんた達って特訓言うけどまともに戦闘訓練してなくないかい?」
「……」
「鈴ちゃんの言うことにゃあんた達ってコンビネーションプレイが得意なんでしょ? そんなんで大丈夫なの?」
「……」
『イヤーッ!』
『ンアーッ!』
そんな茂木の疑問もどこ吹く風と、姫はぼんやり。鈴とあららはワイワイと。
番長小屋の騒々しい時間は、もうしばらく続きました。
†††
鈴達の特訓が終わって、番長小屋の天気も雨から霧に変わった頃。
茂木のところへと鈴たちがやってきました。
「茂木さーんっ! 姫の面倒みてくれてありがとねーっ!」
「姫、一旦休憩にしましょう」
姦しい二人を傘の下へと迎え入れ、茂木は別に面倒見てないけどなと思いつつ、そうだこの際と相槌をひとつ。
「ねえ鈴ちゃん、ちょっといいかな?」
「私にわざわざ質問などと、何かしら」
「鈴ちゃんたちってコンビネーションプレイが得意って聞いてたけどさ、それ本当なの?」
茂木が疑問を投げかけました。
「いやさ? そもそもこの姫ちゃん見てるとさ、この子動かないじゃん?」
それが埴井鈴のコンビネーションプレイの秘密を解く鍵。
「あららちゃんも運動苦手っぽいし? 鈴ちゃんと協力しようにも足ひっぱるだけっぽい気がするんだけど」
暗殺一家、当代随一の才能を持つと言われる埴井鈴の実力の片鱗。
「特訓っても皆で動いてるとこも見ないし、実際どうやってコンビネーションプレイなんてするのさ?」
「愚問ね」
世界一の格闘家の称号を持つ埴井きららにも匹敵するその戦闘力。
そしてシスコンをこじらせた鈴の性格。
つまり答えはたったひとつ。
「愛くるしい妹達の声援こそ、私の最強の矛となり盾となるのよ」
「あははっ! 私たちはいつもいー感じのタイミングで声援送る特訓してるんだよっ!」
「……」
「ヒメは守られるお姫様役ねっ! ヒメを助ける時のリンおねーちゃんは転校生だって殴り倒すよーっ!」
「ああ……」
納得いったと頷く茂木は、どうしたもんかと首を振り。
「うん、まあ、頑張って」
取り敢えず、声援を送ることにしたのでした。
「さて、あらら。姫。もう一度やるわよ」
「まってましたぁっ!」
「……」
「大雀蜂(マンダリニア)はッ!!」
「世界最強――ォッ!!」
<了>
最終更新:2014年06月28日 09:04