荒野に二人。1人は抜き身の刀を構え、1人は居合いの構えだ。
抜き身の刀の剣士は太刀花 開である。魔人剣士を北から南に血祭りに上げていく外道剣士である。『瞬殺』とは、彼女と戦う者は一瞬にして切り裂かれるための仇名である。
もう一方は口舌院言切である。詐術を操る口舌院家の子でありながら、剣術を極めた異才の持ち主である。
この決闘のあらましはこうだ。太刀花が道場破りとして剣道家を殺害した。そして、その剣道家の友人が口舌院であり、その仇討ちとして太刀花に決闘を申し込んだのだ。

太刀花は勝利を確信していた。
彼女の能力は『///』。剣を振る過程を無視し、結果だけを残す能力だ。その能力が覚醒した理由はこうだ。

斬るという動作は剣を振ることだ。剣を構え、剣を振り、残心する。その動作を太刀花は物心ついたときから毎日1万回繰り返していた。歳が十になる頃にはもはやその動作は息をするようなものであった。故に斬るという至上目的に対して、それを達成するための剣を振る一連の動作が太刀花にとってた面倒になってしまった。
立花が魔人に覚醒したときの試合でもそうだった。その試合は全国女子中学剣道大会の優勝戦でもあったのだが、実力の差は歴然だった。礼をする時点で誰もが太刀花の優勝を疑わなかったし、太刀花自身ももはや試合をすること自体が億劫なくらいであった。
剣を振るまでも無く勝負が決まっているのに、何故剣を振らなければならないのか?ああ、面倒だ。私が欲しいのは剣で相手を斬ったと言う結果だけなのに。
その思いは開始の合図と同時に頂点に達した。その瞬間、太刀花の目の前から相手が消えた。いや、太刀花が一瞬にして相手の後ろまで移動したのだ。直後、人の倒れる音が後ろからした。竹刀により頭を砕かれたのである。
悲鳴が会場から上がる中、太刀花は敵を何もさせずに圧倒する自分の力に興奮していた。

あれ以来、何度と無くこの能力で勝利してきたという自負が太刀花にはあった。たとえカウンター能力者でもあっても、攻撃する過程の存在しない太刀花の前ではあえなく斃れていった。太刀花の斬撃は高速だとか俊敏だとかそのような次元ではない。そもそも存在しないのだ。発動すれば、敵は致命傷とも言える切傷を負い、太刀花は残心をしている、ただそれだけの能力。相手が離れた場所にいようと『空を斬る』ことで距離をつめることすらできる。単純が故に非常に堅牢で強力な能力である。
この目の前にいる犠牲者もこの『///』の前に倒れる・・・!お友達と同じところにいけるのを願うんだな!!
と太刀花が能力を発動した瞬間である。

    剣     剣
    は      の
剣を 振 振るのが 所 面倒だ
    わ もはや斬る 作 動作は体に染み付いている
 斬 ね 動作を省略す を る
斬っ ば 結果だけを押し 省 ける
    切              く
    れ                と
    な                 は
    い

己の『///』を構成する妄想が何かひどく現実的な考えに切り裂かれていくを太刀花は感じた。そうだ、現実的に考えれば剣を振るわずに物を斬ることなど、どうして出来ようか?いやしかし、私は魔人だから、それができるはずではないのか?だが・・・だが、とにかく目の前のこいつをきらなければ・・・!!!
何時の間にやら、自分の目の前に移動し、剣を振りかぶっている口舌院に太刀花は己の能力の不発を無視し、とにかく剣を振るう・・・が!

      貴 
      様
剣を振  は 面 だ
  も斬 剣  倒 に 染み
斬 作  士  を 体     い
 っ 果 で だ を  省け  る  いる
     は
      な
       い

「うわあああああああああああああああ!!!!!」
妄想を切り裂く最後の言葉が、太刀花の魔人としての全てを根こそぎにした。魔人としての膂力、強靭さは失われ、彼女の全力の斬撃も木の葉のように撃ち破れ、無残にも口舌院の刀が太刀花の体を舐めた。紅い血汐と内臓が荒野に色を添える。そして、同じく紅く染まる視界の中で太刀花は、自分がまともに剣を振ったのはいつだったのかを思い出せないまま息絶えた。

「あなたは斬るという結果をもって自身を剣士と見做していたようだけど。
 ・・・それは違うよ」
唯1人、夕日で紅く染まった荒野で、口舌院はもう冷たくなった太刀花に語りかけた。
「剣士は斬るだけじゃない。剣を振るい、剣を撃ち合い、そして、斬りあう。その過程を全て識るものが剣士。ただ斬った結果だけを求めたあなたのそこが間違っていた。それを認めてしまったから、あなたは負けてしまった。これも、詭弁だったけどね」
彼女の能力『断言論刃』は相手の思考を打ち破る言葉さえあれば、刀と鞘に言葉を収めることで相手がいかなる射程、速度、効果をもっていようと自分に累が及ぶ前に、居合いによりそれを意味なき妄想と切捨て、無効化できる。それは魔人の筋力や生命力にも及び、まるでただの人を斬るように相手を斬ることができる。
太刀花は強敵だった。彼女の過去や思想を調べられなければ能力の根源にたどり着けなかっただろう。だが、御三戸嶽はやり遂げてくれた。だから、太刀花の魔人能力を斬ることができた。
「・・・さて、と」
口舌院は己の携帯電話を袴から取り出した。
「もしもし、あぁ、はい口舌院です。ええ、次の仕事の依頼です。私の学校のハルマゲドンについてですが・・・」
最終更新:2014年07月01日 06:17