【エイ助くんの魔術講座】
科学部の部室は、昼でも遮光カーテンによって閉ざされ、闇夜のように暗い。
日光に当たると薬品が変質してしまうから、というのが理由のひとつ。
そうでなかったとしても、錬金術師は本質的に闇を好むものだ。
いわゆる“科学”によって錬金術が歴史の表舞台から駆逐されても、彼らは闇に潜み脈々とその秘術を伝承してきた。
その末裔の一人が、エイゼンベルグ羅喉助。通称“エイ助”だ。
「我々、錬金術師は“科学”と“魔術”のちょうど境目をたゆたう生き物です」
楽しげな口調で講釈をしながらも、エイ助は薬品を扱う手を止めない。
試験管に入った蛍光グリーンの液体を、紫色の液体に満たされたフラスコに注ぎ込むと、白い煙がもうもうと湧き出した。
この煙は危険なものではないだろうか、と口舌院言切は訝しみ上体を少し引いたが、真剣な面持ちのままエイ助の次の言葉を待った。
『魔術』の使い手、弾指百花に打ち勝つためにはまず、魔術とは何かを理解する必要があるのだ。
「科学と最も異なる点として“魔術”はどこまでも個人的な体験であることを挙げられるでしょう」
フラスコの中の液体は泡立ちながら徐々にその色を淡くしていく。
エイ助はフラスコの底をアルコールランプの炎で炙り加熱する。反応が早まる。
「科学によって自然法則を上手く利用すれば、誰でもポンプで水を汲み上げるように世界から利益を引き出すことができます」
フラスコの内容物が完全な無色透明になったのを確認すると、エイ助は液体をビーカーに移した。
細かい泡がフツフツと湧く様は、一見すると炭酸水のように見える。
「一方、魔術は自らの魂を切り売りして世界と直接取り引きするようなものです。首尾良くいけば最短距離で望むものを得られますが、失敗した時の代償は計り知れない」
エイ助は財布の中から十円玉を一枚取り出し、ビーカーの中に入れた。
(つづく)
(つづき)
「弾指百花は――事故のような形で偶然『魔術』を身に付けた、と聞きます。おそらく、魔術の本質を理解していないでしょう」
液体に沈められた十円玉は白い光を強く発しながら、ビーカーの中で盛んに泡を噴き出している。
「彼は魔術を便利なツールと見なしている節があります。そのような用途には“科学”の方が適しています」
発光はだんだん収まっていき、十円銅貨――であったものの姿が見えてきた。
それは、銀色の小さな円盤であった。
エイ助はガラス製のピンセットを用いて円盤をつまみ、液体の中から取り出した。
「口舌院さん、どうぞ」
促されて言切は、やや怖々ながら手の平を差し出す。
その上に、銀色の円盤が置かれた。
それはまさしく、色だけでなく、物質としても銀そのものだった。
「つまり、銅から作り出す『錬銀術』というわけですね」
言切は、ちょっと気の利かないことを言ってしまったな、と悔しく思った。
それだけ、目の当たりにする錬金術の驚異に圧倒されていたのだ。
「ええ。エイゼンベルグ家特製の護符です。銀の持つ破魔の力を最大限に引き出す方法で錬成法しました」
誇らしげに、楽しげに、エイ助は言った。
「運が良ければ、弾指の『魔術』を反射することもできるかもしれませんが、あまり期待しないでください。でも口舌院さんなら――」
「なるほど。この護符を手札として活用して、弾指の覚悟の甘さを突いて揺さぶりをかけるってわけね」
エイ助の言わんとすることを察した言切は、即座に言葉を接いだ。
そして、手のひらの上で輝いている銀の護符をしげしげと見つめた。
不思議な術があるものだ。
「ありがとう。これでなんとか『魔術』に対抗することができそうだ。いずれ、礼をさせてもらうよ」
「礼には及びませんよ」
エイ助は笑った。
「たった十円、あげただけですからね」
(おわり)
最終更新:2014年07月02日 06:00