神無月冥呼SS
「また、見失っただと!」
男は怒声を発した。
ここは、政府管理下の中央情報局秘密特務機関魔人課の局長室である。
怒声を発した男は組織を束ねる局長である。
電話の相手は自分の部下からであった。
「目を離すなと言っただろ!何をしていた!!」
「申し訳ありません。しかし、局長……」
「何だ。言いたいことがあるなら言ってみろ」
言い訳をしようとするな!と怒鳴りたい気持ちを抑え、局長は部下に話しを
促した。
中央情報秘密特務機関は諜報活動のエリート集団である。
特にここ魔人課は対魔人ということもあり、個々の技量は群を抜いていた。
そのことを認識しているからこそ、局長は話を聴く姿勢を見せたのだった。
「厳密には目を離してはいませんでした。ただ瞬きをした間に、その、何とお伝えすればいいか……」
どう伝えればいいのか迷っているのだろう。
電話越しでは言葉を途中で切り、うんうん唸る声が聞こえてきた。
しかし、こちらもいつまでも待っているわけにはいかない。
「何が言いたいんだ、はっきりしろ!」
「…ぇたんです」
「何だ、はっきり言ってみろ」
「消えたんです、跡形も無く。まるで元々いなかったかのように」
「何を馬鹿な。その部屋からは一歩も出ていないはずだぞ」
「はい、それは間違いありません。店内でも直接触れることが出来ましたし、
その時彼女の“記憶”も探りましたが、本人に間違いありませんでした……」
“牡丹”冥呼。
彼女の持つ「牡丹」という苗字は、日本有数の財閥である名花十二客の証であり、
牡丹は「貴客」を意味するとおり名声や財力に秀でた一族であった。
その一族がここ数年の間で滅亡した。
牡丹一族から巨額の融資をされていた政府は、事件の真相を探るため
(大打撃を被った財政に危機感が募り)に中央情報秘密特務機関に調査を命じた。
調査によって手がかりとして浮上したのが、一族最後の生き残りである冥呼だった。
本家、分家問わず彼女を引き取った後に死んでいることに気付いた彼らは
冥呼を徹底的に監視することにした。
居場所は特定できており、今回連行しようとした矢先に先ほどの報告が局長の耳に飛び込んできたのであった。
「どうゆうことだ……」
部下が嘘をついていないことはわかっている。
記憶に触れた時点でマーキングしているのだ。
ワープなどの瞬間移動ならすぐにわかる。
ならば、幻術か。いや、チームには対幻術能力者を入れておいた。
それに、人の感触はたしかにあった。
では、いったい何故彼女は消えたのだろう?
局長の幻術という考えはあながち外れてはいなかった。
「多重幻影身」
錯覚により分身を生み出す能力。ここまでは、ただ残像に過ぎない。
しかし、本質は別にある。彼女の分身(厳密にいえば残像)は、誰か一人でも冥呼本人と認識することで、分身は本物の冥呼として存在出来るようになってしまうのである。
つまりこの時点で、分身は本物同様に触ることが出来、記憶を継ぎ、冥呼本人として行動出来るようになるのだ。
冥呼が消えたのはただ単に能力が解除されたに過ぎない。
局長が部下から報告を受けたと同時刻、冥呼は希望崎学園の門をくぐっていた。
彼女がいつ「暦」にスカウトされ、どのような経緯で神無月を継承したのか。
それは、また次の機会に……。
最終更新:2014年07月05日 15:11