【口舌院先生のサンシタ100人斬り街道 VS指原真心の巻】



 ぐっ。ぐっ。
 放課後の空き教室に、二人の少女がいた。
 台に寝そべる少女の背へと、羽織にスパッツの少女は指先に力を込める。

「お姉さん、お加減はどうですかー?」
「あっ……! 気持ち、良ッ……堪んな……ああっ!」

 満足気に笑み、指圧マッサージを施す少女の名は、指原真心。
 スゴ腕按摩師に師事し、己の業を磨くため、このように学内の生徒や教員に度々マッサージをしているという。

「それにしても、最近なんだか物騒っぽいですよねー。
 噂だと、生徒会と番長グループが激突しそうとか……お姉さん、なんか知りません?」

 指原は客なる少女へ言葉をかける。
 マッサージ中の世間話といった趣だ。

「私、もっ……詳しくは知らな、ああッ! そこっ!」
「(ぴたっ)ええー、本当ッスか~?」
「やあッ! 手、止めないでえ!
 そういえば、近頃生徒会の刺客が番長グループの魔人を斬ってまわってるとか……!」
「うひゃあ! 怖いッスねー!(ぐっぐっ)」
「んあーッ! 良いーーッ!!」

 ……その後、二・三の世間話を交わし、客なる少女は艶やかな表情で指原の元を去った。
 さてしばし休憩だ、と思ったのも束の間。新たに教室へと入ってくる者あり。
 次の客か。今日は盛況だな――と、指原は仕事道具たる指を軽くほぐす。

「ようこそいらっしゃいませー! ささ、こちらへどうぞ――」
「なるほど、先刻のそれが、貴様の手口というわけか」

 斬るような威圧感を備えた声音。
 コートを纏った風体と併せ、客とは思えぬ不穏さを感じ取り、指原は怪訝な表情を浮かべる。

「マッサージにより相手をリラックス状態にし、相手の思考能力を著しく低下させる。
 そして、世間話を装った口八丁で敵対勢力――生徒会役員に関する情報を収集、掠め取る……そうだろう?」
「その巧みな弁舌……お前は、まさか!」
「然様」

 来客はコートを脱ぎ捨てる。
 その下は、由緒正しき剣道着と自己主張の強い胸。
 そして、異彩を放つ日本刀。

「やはり!! 生徒会役員、口舌院言切……客は客でも、剣客だったってことね!」
「番長グループ所属、指原真心……貴様を斬る」

 言葉が終わるより疾く、刀を構えた口舌院は間合いを詰めんと駆ける。

「チッ――!」

 対する指原は、口舌院に背を向け、窓へと走る。
 寸でのところで外へと転がり出ると、背後では、斬られた窓ガラスの割れる音が響く。
 立ち上がり体勢を整える頃には、口舌院もまた、油断なき様子で外に出ていた。

「貴様の業は確かに強い。魔人能力『活指』の応用――触れた者を死に至らしめる魔技」
「アハッ。そこまで知られちゃってるかあ……!」

 指原の頬を、汗が伝う。
 余裕ぶってはいるが、緊張していることが分かる。

「だが、その業には致命的な弱点がある。
 貴様の射程は指の届く範囲――腕の長さだ。それはつまり、」

 ちきり、と刀が僅かに鳴る。

「――――日本刀の間合いの方が、長い」


 鮮やかなる論破!!
 図星を突かれた指原は、自嘲的に笑う。

「なるほどね! 流石の慧眼……たいしたやつだよ。
 だけどね――師匠の業を、舐めてもらっちゃあ困るよっ!」

 叫ぶと同時、指原はその指を、己の首筋へと押し当てる。
 魔人能力『活指』発動。
 途端、彼女の指が、足が、全身が――筋肉の鎧に変じるが如く、みるみる逞しく、巨きくなってゆく!

「……これが、奥の手というわけか」

 指原の『活指』は、触れた者を自身の願う状態にする。
 自身に対し発動した肉体強化の願いにより、今の彼女は、鋼の肉体を備えた巨人に変身していた。
 なんたる奇跡を起こす『活指』の業か――!

「ガハハハハーーーッ!! これで射程はこちらが勝った!
 加えてこの鋼の肉体ッ! 貴様のチャチな刃など通さぬわ! 死ねィ!!」

 うなる剛指!!
 掠っただけで命取りの指先は、今やその表面積を数十倍にしている!

「ウハハハハハハッ! それィ! それィ! それえィ!!」

 連続で突き出される致命的指先!
 極楽直行便臨時発進爆走中!! 危うし口舌院!!

「――――フンッ」

 だが、口舌院は生きていた。
 次々と襲い掛かる指先をひらりと躱し、少しずつ本体へ近づいてゆく。

「まんまと挑発に乗ってくれたようだな。――悪いが、」
「ぬ、ヌウッ!?」

 足元へと辿り着いた口舌院は、ふわりと跳んで巨大な足の甲へ着地。
 またすぐさま跳び、脛を、膝を、腿を蹴り、上へ、上へ――。

「そういう手合いは、見慣れていてな――!」

 語るその身は、今や指原のビルのような腹に肉薄していた。
 日本刀『叨』を掴む口舌院の細腕に力が漲る。

「それに――――」

 ―――――――― 一閃。

「――――鋼如き斬れぬ程、白金の業は鈍くはない」

 ふわりと着地した時には、既に納刀も済んでいた。
 数秒遅れ、指原の肉体が、大きな音を響かせ地に崩れた。
 気を失ったためか能力は解除され、元の可憐な少女の姿で横たわっている。

「――なんだなんだ!?」「すげえデケェ音がしたぞ!!」「あっちの方だ!!」

 口舌院は流麗な仕種で髪を耳にかける。
 詐術に秀でる口舌院は、当然、聴覚の冴えも並の魔人の比ではない。
 露わになった形の良い耳は、近づく者たちの足音に、番長グループ所属の魔人のそれによく似たものを聞いた。

(止めを刺している暇はなさそうだな)

 状況判断を済ませると、口舌院は風の如く走り去る。
 後には、指圧暗殺の使い手たる少女が残された。

(奴に未だ覇気があれば、おそらくハルマゲドンの場にて相見えることになるだろう。
 縁があれば、決着はその時――――か)

 一迅の風と化した少女の口元が、僅かに緩んだ。
 はてさて、彼女の次の獲物は――――?
最終更新:2014年07月05日 20:02