ミケナイト・プロローグ『また私を守ってね』



人工雪の上を滑り、馬ゾリが猛スピードで突進する!
(オレはやるぜ! オレはやるぜ!)
馬を駆るはシベリアン・ハスナイト! 希望崎馬術部の急先鋒アタッカーだ!
ソリを引く馬の品種はシベリアン・ハスキー。寒さに強くパワフルな大型馬だ!
突進先には……危ないっ! 小柄な猫耳少女が!
このままでは大型馬の体当たりを受けたのちソリで轢殺され無残な二次元存在になってしまう!

「よーし、いっきますよーっ!」
しかし猫耳少女は逃げようともせず武器を構える!
彼女の武器は、小さな躯に不釣り合いな特大スコップ! マジック・アイテム『斬馬大円匙(ざんばだいえんし)』!
実のところ名前に反して馬を両断できるような武器ではないが、大型犬ぐらいなら真っ二つだ!
まだ御存じでない方もいるかもしれないが、鬼雄戯大会における彼女の戦いぶりはまだ記憶に新しい!
その名は猫耳の騎士・ミケナイト! 馬術部正騎士!
高まる集中力に、頭から生えた猫耳がぴこぴこ震え、二本の尾は逆毛立って硬直する!
少女の周囲に謎めいた空気の渦が巻く!『狩るにゃんフィールド』展開っ!

「っりゃあーっ!」
気合い一閃、水平に振り回される巨大スコップが馬を狙う!

「ワオーン!」
しかしハスキー馬は一声いなないて身を低くしスコップ斬撃をかいくぐる!
その時! 奇怪な空気の渦がハスキー馬と馬ゾリ全体を包み込んだ!
ハスキー馬が体勢を崩し、制御を失った馬ゾリが横滑りを開始する! これは!?

「もういっぱぁーつ!」
気合い二閃、空振りして一回転した巨大スコップによる再攻撃が馬ゾリ上のハスナイトを狙う!

「くっ!」
ハスナイトは制御を失った馬ゾリ内から飛び降りて回避!
雪上を転がって敵から離れようと試みる!
しかし奇怪な空気の渦がハスナイトの動作を阻害して十分な距離が取れない!

ネズミを捕るためのレイノルズ数操作能力。
スコップ攻撃を回避した者の動きを狩るにゃんフィルターで検出し、狩るにゃん渦に巻き込んで体勢を崩して狩るにゃん!
それが、猫耳の騎士・ミケナイトの必殺技……

「狩るにゃんヴォルテックス!」
気合い三閃、空振りして二回転した巨大スコップによる再攻撃が雪上のハスナイトを直撃!
激しい金属音が響き、ハスナイトの重装鎧が軋む!
鎧がなかったら……死んでいたことだろう!


(=・ω・=)


ハスナイトが山なりに投げたパック豆乳を、ハスキー馬にじゃれつかれながらもミケナイトは上手にキャッチした。

「特訓に付き合ってくれてありがとな、みゅーちゃん」

「いえいえ。豆乳おごってくれるならお安いご用ですよー」

「それにしても、流石、強いねぇ」

「んー、“大会”の時と較べるとやっぱり随分と弱くなっちゃった感じだけどね」
そう言って、ミケナイトは少し寂しげな目をした。
でも大丈夫。今でも、一緒に戦ってくれてるんだから。
「ところで……やっぱりあの噂、本当なのかな? 転校生がまた現れたって」

「ああ。こないだハルマゲドンが起きたばかりだというのに……怪しい雲行きだ」
前回のハルマゲドンでは生徒会陣営に属していたハスナイトだが、基本的に馬術部の立場はニュートラルだ。
もし開戦となった場合、いずれの所属になる可能性もある。
最悪の場合、ミケナイトとハスナイトが対立陣営となって敵対することもありうる。

『魔人能力秘密情報保護法』成立以来、希望崎は誰が敵で誰が味方かすらわからない疑心暗鬼の状態に陥っていた。
魔人能力は、各個人の本質が顕現したものである。
その魔人能力を秘匿するならば、相手との人間関係は本心を隠した上辺だけのもの、という意識になるのは自然なことだ。

ミケナイトも、自分の能力の全てを明かしているわけではない。
『ヴォルテックス』はレイノルズ数操作能力を近接格闘に応用した一例に過ぎないのだ。
馬術部の一員として、ハスナイトは信頼できる仲間だ。
だが、ハルマゲドンで敵対する可能性がある以上、能力を全部打ち明けるわけにはいかないだろう。
元気よくじゃれつき、頬をぺろぺろ舐めてくるシベリアンハスキーの背をなでてやりながら、ミケナイトは思った。
この子たちを斬馬大円匙で斬らねばならぬ時がくるかもしれない、と。

不吉な予感に心細さを覚えたミケナイトは、いつもの癖で自分の猫耳をふにふにと触り、小声でつぶやいた。
「タマ太……もしもの時は、また私を守ってね」

(おわり)
最終更新:2014年07月14日 05:36