第一回戦SS・軍用列車その2


『トゥー ロング パラレル レイルズ』




「‥‥私はさ、自分と関係ない世界を救うなんて、やっぱりする必要がないと思っちゃうんだ」
菊池徹子は口を開かない。
「そういうのをすぐにやろうって言えちゃう徹子はすごいと思うし、そういうところに憧れてたし、本当を言えばコンプレックスさえ抱いていたよ」

――潜衣花恋の能力は強力だ。
  形のないものであろうと触れてしまえば奪えてしまう。それは生命に関わるものも例外ではない。

  潜衣花恋は菊池徹子に手を伸ばす。



その日、私はファミレスでウェイトレスのバイトをしていた。
街はずれの老朽化が進んだその憩い場には、昼ですら全ての空席が埋まることがない。
深夜となればその閑散が一層と進み少し音量の大きすぎるBGMが場を支配する。
ただし、その日は例外だった。

「ほ、本当にすいやせんしたァーッ!」
悪名高い三死田高校の番長が私に向かって土下座をしている。
しかも腹から流血している。

「誠意がこもってないんじゃねーかアンタっ」
「ひ、ひぃーーッ!」
「ほら、もう1度っ」
その番長の後ろで腕組みしながら土下座指導しているのは同級生である。
同じクラスというだけで、それまで喋ったことすらほぼなかった。

土下座の理由が、私が数日前に駅前でぶつかられたことであるということを理解するころには他の客は全員無事に逃亡を果たし、
私が駅前でぶつかられたことを思い出すころにはファミレスに警察が到着していた。
後に警察は、彼女が私に謝罪をさせるために三死田高校を襲撃したことを教えてくれた。
(学園自治法案件なので手が出せないですよ、土下座自体は犯罪じゃないし。と苦笑いをしていた)


後日、不思議に思った私は、意を決して彼女に聞いた。

「ねえ、何で私なんかのためにあんな危険な事を?」
「え?アタシは筋を通さない奴が嫌いなだけさ」
「それだけのために?そんなことで特に仲良くもない私のために?」
「アタシさァ、バカだから。思いついたら貫き通さないと気が済まないの」

そういってにやっと笑う彼女にドキリとする。

「アタシはいつでもどんな時でも、まっすぐ自分の道を貫き通すだけさ」

これを機に私の一番の友達となる彼女の名前は菊池徹子。
不器用に真っ直ぐ、『貫き徹す』女の子。


――私はそんな彼女にずっとまぶしく思い、同時にコンプレックスを抱いていたのだと思う。



私が迷宮時計を手にして所有者になってから、迷宮時計が初めての対戦相手を告げるのは5分にも満たない時間だったと思う。
流れ込んできた情報の異質さに頭の整理が追い付いていないところに、とどめをかけるかのように時計は私の友人の名を伝えてきた。
 徹子と戦う?24時間後に?舞台は並行世界の軍用列車?徹子は以前から所有者だったの?回避する方法はないのか?

私の混乱を止めたのは、家にかかってきた電話だった。(私は携帯をもっていない)
「はい、潜衣です」
『おい、潜衣、なんかアタシの自慢の時計がいきなり迷宮時計とかいう訳わかんないものになっちまったんだけどよォ。この対戦相手の潜衣花恋ってオマエでいいんだよな』
「う、うん。私もよく分かってないんだけど、そう見てーだ」
『よし、じゃぁ作戦会議だ。お前んチ行ってもいいか?』
「わ、わかった。大丈夫」

電話の最中に「ルール的に今襲われるリスクはないはず」などという思考が出た自分に嫌悪を抱きつつ徹子を待つ。
あの不器用でまっすぐな徹子に限って、そういう隙を狙うようなことをするわけがないじゃないか。
でも、作戦会議っていったい何をどうしようというのか。
二人ともが助かる道を探る?そんな方法はあるのか。いや、考えなくちゃだめだ。

10分を待たずして到着した徹子を、そんな訳がないと思いながらビクつきつつ出迎える。
「おい、潜衣。大変なことになっちまったな!」
「あ、ああ。正直今さっき『所有者』になったばかりでまだ混乱してるんだ」
「アタシも似たようなもんだぜ。じゃぁ早速だが作戦会議だ。
 アタシはバカだからな。オマエの知恵も貸してくれ」
「オーケー、分かった」

いつも通りの徹子に少しずつ冷静になっていく。
しかし、再び私を混乱の渦にブチ込んだのも徹子だった。
そう、徹子は不器用で、真っ直ぐで、そしてバカだった。

「さァ、どうやって世界を救おう?」



「は?‥‥えっ!?」
「ん!?」

何だどういうことだ私の持っている迷宮時計とお前の持っている迷宮時計は違うのか。

「おいおいおい、オーケー、ちょっと待った。ゆっくり整理させてくれ」
「おう」
「私はさっき迷宮時計の所有者になった。そしたら対戦相手に徹子が選ばれた。
 ってことは徹子の迷宮時計からは対戦相手が私と伝えられている。オーケー?」
「ああ、そうなってるな。まぁアタシたち同士が戦うわけないけどなッ!」
頭痛い。
「オーケー、とりあえずその辺の危機感が徹子にないのはよく分かった。
 ‥‥で、世界を救うって何?」
「おいおいおい、何言ってんだよ!軍用列車のせいで世界がヤバいだろッ?」
人の口癖取りながら訳わからないことを言わないでほしい。

二人の認識のズレを解消するまで30分を要した。
分かったのは、どうも迷宮時計によって伝わる情報が違うこと。本当に違う迷宮時計だったのである。
そして徹子の時計は「舞台となる世界」の危機を徹子に伝えたそうだ。

戦闘空間である軍用列車はテロリストたちに占領され、『世界を滅ぼすもの』を運んでいる。
それが列車の到着地に着くのを阻止しなければ、「舞台となる世界」は滅びの運命を歩むことになる。
徹子の迷宮時計が彼女に伝えたことだ。
わざわざそんなことを伝えるなんて曲がったことが嫌いな徹子の時計らしい、と思った。

一方私の時計だけが教えてくれていたのは戦闘空間である列車の詳細だ。
対魔人を想定した超強度の車両が4つ繋がっている。
私と徹子の出現位置は二人そろって最後尾だ。
詳細までは分からないが、各車両に一人ずつ人が乗っているようだ。
徹子の話を踏まえればこの人たちがテロリストなのだろう。

「つまり、この4人をぶっ飛ばせば世界を救えるんだなッ!」
「ああ、そういうことになるな。」

聞く意味がないと分かっていても、私は確認せざるを得なかった。

「なぁ徹子。一応聞くけどさ、私たちが飛ばされるのは『この世界』じゃない。それでも救おうって言ってるんだよな」
「はァ?どの世界とか関係ないだろ。世界を滅ぼそうだなんて筋が通ってないやつはぶっ飛ばす。それだけだろ」
「ああ、そうだな、変なこと聞いて悪かった」

もちろん、私は変なことを聞いただなんて思っていない。
そしてもう一つ問う。

「‥‥なぁ徹子、テロリストどもをぶっ飛ばしてさ、世界を救った後はどうしよう」
「そりゃあ、二人でこっちに戻る方法を考えるんじゃねーか?とりあえず今はテロリストどもをぶっ飛ばすのが先だけどな!」
「‥‥ああ、そうだね」

うん、そうだ、徹子がやろうとしてることは間違ったりなんかしていない。
それにこの戦いには時間制限はないから、世界を救った後に戻る方法を考える、というのもそんなに間違った選択ではないのかもしれない。
『戦う以外に方法はない』と迷宮時計が告げるのを、何とか無視しながら私は自分を鼓舞した。

「とりあえずアタシはブン投げるものを用意するわ。また明日なッ!」
「ああ、また明日」



迷宮時計ではなく、家の柱にかかった時計が、試合開始の5分前であることを教えてくれる。
昨日から考え続けても答えは出ない。
「ここではない世界」を救う方法ではなく、徹子と二人でこちらの世界に戻る方法の方だ。
蘇生能力者がいればこちらの世界で二人ともが生きる方法はあるが、それでは向こうの世界を救えない。
そんな方法を徹子が受け入れる訳がなかった。

「愛花姉、少し出かけてくる」
「あら、どこに行くの?」
「ん、徹子と、ちょっとね」
「そう、気を付けてね」
「‥‥うん、行ってきます」

愛花姉に迷宮時計のことを話すかも迷ったが、結局伝えられなかった。

「おう、迎えに来たぜ!」

徹子が玄関で出迎えてくれる。

異世界を救いに行く、だなんて、ちょうど24時間前までは想像だにしていなかった。
本音を言えば、今でも現実感が希薄だ。
私はきっと、まだどこかで現実逃避をしているのだ。

「‥‥ああ、行こうか」

玄関を閉め、少し経つと、二人そろって転送が始まった。

◇◇◇

軍用列車の最後尾に異世界からの侵入者が訪れたことをはじめに認識したのは、
先頭車両を担当している、少女のテロリストであった。

彼女の能力は『限定全知』。
1週間以内に訪れた場所の正確な状況をリアルタイムで完璧に把握する、非常に優れた感知能力者である。
もちろん今は自分と共に先頭車両にある『世界を滅ぼすもの』を無事に目的地に運ぶべく、この軍用列車の異常がないか神経を配っていた。

世界滅亡(もくてき)までもう少し、というところで、なんてデタラメな侵入者でしょう‥‥)
彼女の能力は菊池徹子と潜衣花恋の身体能力、思考や特殊能力だけでなく、迷宮時計にまつわる情報まで正確に掴んでいた。
『同志の皆様、侵入者です。にわかには信じられないような話ですが落ち着いて聞いてください』
他のテロリストたちに通信を行う。

『侵入者は少女の二人組。私たちの(世界滅亡(もくてき)を阻止するために私たちの撃破を狙っています。
 金髪の少女の能力はあらゆるものを「貫く」能力。防御や障壁は意味を持ちません
 黒髪の少女の能力はあらゆるものを「奪う」能力。モノ以外でも能力や性質なども奪うことができますが、接触が発動条件なので間合いに気を付けてください
 二人ともプロの戦闘屋ではないですが、非常に強力な能力者です』
『フン、どこの誰だか知らんが身の程知らずなやつよ』
『いや、マジで強いので油断するの止めてください。
 一応どこの誰かをいうと、並列世界の女子高生です。
 転校生ではないですが、転校生の能力の残滓で来訪しています』
『最後尾、侵入者のお嬢ちゃん二人を確認したぜぇ~
 この"砂漠のハゲタカのマツヒコ"のビームサーベル捌きで死ヒャァーッ!
 (‥‥邪魔だよッ!)
 ギャーーーーッ!』

あ、ダメだこれ。そう思って彼女は通信を切り、いかに二人に対応するか、頭を回転させ始めた。



最後尾のテロリストに向けて持ってきた鉄球をブン投げて難なく撃破した菊池徹子。
パワードスーツもろとも砂漠のハゲタカのマツヒコの土手っ腹に穴が開いている。一応補足しておくと死んではいない。
「んだよ、思ってたよりテロリストどもも大したことねーなッ!」
「おいおいおい、油断はするなよ、それに私たちの素性や能力がもう敵に割れている」

潜衣花恋は砂漠のハゲタカのマツヒコの「記憶」を奪ったのだ。
奪った記憶の要点を改めて覚えなおすことで、大切な情報は記憶を返した後も保持することができる。
「『世界を滅ぼすもの』は先頭車両にあるみたいだな。
 その先頭車両にいる奴が強力な感知能力者みてーだ。
 あ、あとこいつの能力は自分治癒だ。1時間もすれば目を覚ましちまうな」
「なるほど、アタシだけだったらそのまま置いといてしまったな。
 おらよォッ!」

砂漠のハゲタカのマツヒコに貫通能力を付与し、列車をぶち抜いて外に放り投げる菊池徹子。
そんな彼女は本来の対戦相手である潜衣花恋に対しては全くの無防備だ。
「‥‥」
「さぁ、次行こうぜ次!」


「ヌッフッフ‥‥"砂漠のハゲタカ"を倒したくらいでいい気にならないことです‥‥
 貴方の相手はこの"マリオネット・ピエロのヒュージ"です‥‥
 ってギャァァーー!!」
「よし、二人目撃破ァ!」
「いや、こいつはさっきの奴の記憶を奪った時に見た『人形を作る能力』の産物だ、本体はその真上、つまり車両の上にいるはず!」
「よしきた、おりゃあ!」
「ギャァァァァァーーー!!」

今度こそ二体目撃破!と思った瞬間、潜衣花恋が斬りつけられる!

(フはは、3人目がすでにこの車両にいるとは思うまいっ!!
 貴様らは"スケルトンブッチャーのチョマッサム"に敗れるのだ。
 って、刃が突き刺さっていない!?)
潜衣花恋は既に軍用列車の対魔人を想定した「超強度」を自分のものにしていたのだ!
いくら奇襲をしようとも刃は通らない!
「おいおいおい、いて―じゃねーか!」
「グァーーーー!」
超強度の手刀!三体目撃破!

「潜衣!斬られたみたいだけど大丈夫かッ!?」
「あぁ、大丈夫だよ。ってそんなに近づかなくていいって」
いけないことを考えそうになる潜衣花恋。

「とりあえず敵はあと一人だ。次の車両に行ったら後ろの連結部分を破壊して、先頭車両と二両目のモーターも破壊しよう
 これで列車は止まるし、世界滅亡も一旦は防げるはずだ。
 モーターの位置は私の迷宮時計が教えてくれている」
「わかった、破壊は私に任せろッ!」

その30分後には作戦通り列車は止まった。



「菊池徹子様、潜衣花恋様、ようこそいらっしゃいました。‥‥もちろん、歓迎は致しませんが。」
今までの敵とは明らかに違う雰囲気の最後の一人。
細腕に重火器を構える彼女から守るように潜衣花恋が菊池徹子の前に立つ。
彼女は今も軍用列車の車両の『超強度』を奪っているのだろう。

「てめーをぶっ飛ばしたら、全てお終いだ!大人しく降参するなら今のうちだよっ」
「そうですね、確かに私ではお二人に勝つのは非常に難しいでしょう。
 でも『全てお終い』というのは誤りではないでしょうか」
「‥‥他の奴の記憶を見させてもらったけど、あんたらのテロリストグループはここにいる奴らで全員だろ?
 しかも絆がある仲間でもない。ただ世界を恨んだ奴らの寄せ集めだ。
 こんな状況の後も世界滅亡を狙うなんて難しいと思うけど」
「勘違いされているようですが、私が言っているのはあなた方お二人のことです。

 ――だってあなた方は自分たちの命運をかけた殺し合いの真っ最中ではないですか」

菊池徹子はハッとして潜衣花恋を見やり、潜衣花恋は表情を変えずに少女のテロリストを見据えていた。
高校へのカチコミのようなノリでほぼ世界を救いかけていたが、それは当然、本来の迷宮時計の戦いの本筋ではない。

「な、何言ってんだい。アタイたちが戦うわけないじゃないか」
「菊池徹子様、いい加減目を逸らされるのは止めたらいかがですか。
 少なくとも、潜衣花恋様はこちらの世界にいらしてからずっと貴方との戦いのことをつねに考えられていましたよ」
「おいおいおいおい、勝手なこと言ってんじゃねーぞ!
 そもそも私がその気だったらいつでも徹子に触れて記憶なりなんなり奪えばそれですぐに無力化だってできたんだ」
「ええ、だから、『このテロリストたちとの戦いが終わったらそんな機会はないかも』とも考えられていましたよね。
 実際、私がこのように煽った後ではさすがの『不器用で真っ直ぐ』な菊池徹子様でもあなたに簡単に隙は見せないでしょうね」

にこやかに微笑むテロリストの少女。

「徹子、真に受けるなよ。こいつの目的は私たちの戦いを煽って、世界を救わせないことだ」
「ええ、そうですよ。
 でも、もう茶番はやめましょうよ潜衣花恋様。
 あなた様は本気で『自分と関係ないこの世界』を救いたいとは思っていないじゃないですか。」
「‥‥やめろ」
「いえ、別に攻めているわけではありませんよ。
 自分と関わりのない世界を救いたいだなんて魔法少女レベルの戯言です。
 しかもそこに自分を無理やり巻き込んでるんですから、何もネガティブな感情を抱かない方が不思議です」

「あ、アタシは無理やり巻き込もうだなんていうつもりは‥‥!」
「あら、ではついつい問題を先送りにしてしまう菊池徹子様にお聞きしましょう。
 現実問題として、この世界を救った後にどうなされるおつもりなのですか。
 私の見立てでは、そして潜衣花恋様の見立てでも、方法はやっぱりお二人で戦うしか道はないようですが。
 二人が無事に帰れる方法がないときのこと、本当に欠片も考えられていなかったのですか?」
「あ、アタシは、アタシは‥‥」

「さぁ、潜衣花恋様、あなた様の能力なら、今の状態の菊池徹子様など簡単に殺せるでしょう。
 どうぞ、誰も責めたりしませんよ。あなたの選択肢は至極当然のものなのですから」

フラリと後ずさる菊池徹子。
異変を感じ、彼女の方を振り返る潜衣花恋。
その彼女から逃げるようにさらに後ずさる菊池徹子。
そして、テロリストの銃が連続して放たれる。
銃弾は徹子の右肩、左肩の機能を完璧に破壊し、脚部にも大きなダメージを与えていた。


(潜衣花恋様は車両の強度を奪って破壊し大穴を開けた後、菊池徹子様を抱えて逃亡ですか、絶好の「機会」を与えたというのにまだ甘いままとは困りものですね)
テロリストの少女はその能力により目をつむろうと正確に狙いたい射線を「知る」ことができる。
菊池徹子の急所を狙わなかったのは、わざとであった。

既に、彼女にとって世界滅亡などどうでもよくなっている。
彼女がテロリストになった理由はありふれたものだ。
手酷く仲間に裏切られ、その憎悪が世界に向いただけ。
その意味で、彼女は心の底から世界を滅亡を願っていたわけではなく、今はおせっかいな二人組の仲を引き裂くことに興味が向いていた。

(しかし、車両の外に逃げられたのは失敗でした。私の能力の範囲外です。
 もっとも、迷宮時計とやらの制約で車両から遠くには離れられないはずです。追ってみましょう)
既に日は没していて、周囲には森が広がっている。
潜衣花恋を見つけるのは容易かった、というより待ち構えていたという方が正しいだろう。

列車の先頭の側部に寄りかかるように彼女は存在していた。
(やはり、まだ戦いが終わっていない、ということは私から見えない位置に菊池徹子様を隠しているのですね、この期に及んで。
 まぁ、菊池徹子様がモノも投げられない状態になっていることは私の『限定全知』で確認済みです。
 潜衣花恋様は基本的には距離を取っていればこちらに分がありますが、遠距離武器を隠し持っているかもしれませんし、菊池徹子様の能力を『奪っている』かもしれませんから油断は禁物ですね)
そう用心深く考えながら、テロリストの少女は潜衣花恋に声をかける。

「まだ、決着はついていないようですね。
 あ、一応言っておきますが、世界滅亡計画はおめでたく失敗しておりますので、もしそれが心残りだったのならもう気にしなくて大丈夫ですよ」
キッ、と潜衣花恋は少女を睨み付ける。
「悪意ある言い方だったけどよー、確かにアンタの言ってたことはまぁ事実だよ。
 徹子はバカだし、私はアホだ
 こっちの世界を救わなきゃ、だなんて使命感は私にはねーよ。
 でも、それでいいんだよ。徹子のやろうとしてることは間違ってない。
 それを友達として応援して何が悪いんだ」
「悪い、だなんて申しておりませんよ。
 でも、『彼女がやろうとしたこと』は無事成功しました。
 ではそろそろちゃんと彼女に向き合わないとですね!と言ってもあとはとどめを刺すだけですが。
 もちろん、戦闘領域外に放り投げるだけでもいいですよ。」
「嫌だ」
「そんなに子供みたいに意固地にならないで下さいよ。あなたはこうなること分かってたじゃないですか」

「私、嬉しかったんだ。さっき徹子が後ずさった時」
「は?」
「私、徹子って無条件に信じる子なのかなって思ってたんだよね。
 だから、私のことを不安がって、後ずさりして、きちんと、同じ人間なんだと思った。
 自分でも変な話だと思うけどさ。」
「何を、バカなことを‥‥」
「あんたの過去、人の記憶通してだけどちょっとだけ知ったよ。
 まぁ、かわいそうだなと思ったけどさ、それだけで世界を滅ぼすほど絶望する必要はないと思うんだよね。
 絆とか、そういうのいうのこっぱずかしいけどさ、信じられないなら徹子と私で見せてあげる。
 ‥‥そのまえに、一回おしおきだけどな」
その宣言にテロリストの少女は潜衣花恋に向けて構え、
――そして斜め後ろからぶち抜かれた。
「――え、な、どうして‥‥」
呆けながら振り返ると、彼女は森の中にピンピンとした菊池徹子を認めた。
「戦闘領域の話なら、ちょっとずるい話なんだけどさ、『列車から周囲30m以内』の列車の定義がさ、ある程度大きさがあれば列車の欠片でもいいんだよ」
確かに彼女は砂漠のハゲタカのマツヒコが列車を貫通したときにその事実に気が付いていた。
だが聞きたいのはそっちじゃない。
「‥‥菊池‥‥徹子様の怪我は‥‥?」
「おいおいおい、決まってるだろ、奪ったんだよそんなもん。メチャクチャいてーよちくしょーめ」

テロリストは泣きそうな笑みを浮かべて、その場に崩れ落ちた。



戦いを終えて5分後
「ごめんな、アタシ、お前のこと疑ったりして」
「おいおい、謝るのは私の方だよ。とりあえず、すぐに助け呼ぶから待ってて。必ずすぐ戻るから」
「‥‥もう今更疑わねーよ」


戦いを終えて1週間後
「保護してくれるとこがあって良かったな」
「まぁ、一応アタシたち世界を救った英雄だしな」
「テロリストどもと同室だけどな」
「ふふ、迷宮時計だなんて与太話、普通すぐに信じられないですよ。ましてテロリストと一緒にいたのだからいろいろ疑われて当然ですよ、潜衣花恋様」
「テメーが言うことじゃねーだろ!」


戦いを終えて1か月後
「よし、列車の欠片のペンダントできたぜ!」
「潜衣、意外に手先器用だな」
「ま、私はバイトでいろいろ経験してるしな。こんぐらいはヨユーだぜ」


戦いを終えて3か月後
「見つからないな、帰る方法」
「見つからないね、帰る方法」


戦いを終えて6か月後
「愛花姉に会いたい、会いたい、会いたい‥‥」
「あーもう、ごちゃごちゃうるさいよっ!このクソヘタレシスコンレズッ!」
「ひどい」


戦いを終えて1年後
「おい、潜衣、また『世界の敵』だ!ぶったおしに行くぞッ!」
「あー、はいはい、着いてくよ」


戦いを終えて3年後
「何例か『この世界』の過去で行われた迷宮時計の試合を見つけたけど、だからといって帰ることには結びつかないなぁ」
「アタシはまたちょっと『世界の敵』はったおしてくるわ!」


戦いを終えて10年後
「花恋、お前もう完全に時空間能力研究になっちゃったな‥‥」
「徹子もこの世界のヒーローになってんじゃねーか!」


戦いを終えて30年後
「花恋、お前もう完全に時空間能力研究の第一人者になっちゃったな‥‥」
「徹子もこの世界のヒーロー組織のリーダーになってんじゃねーか!」



戦いを終えて60年後
「ねぇ花恋、結局、帰る方法見つからなかったね。悪かったね巻き込んで」
「おいおいおいおい、何をいまさら言ってるんだよ。というか全然本心から思ってないだろ」
病室で、笑いあう私と徹子。
ベッドに伏す徹子は、今日が山だと言われている。
「変な人生だったけど、アタシはアタシの人生を貫いてきたし、花恋がいつも隣にいてくれた」
「徹子はすぐにどっか飛び出してたけどな」

迷宮時計のルール上、戦闘空間における時間経過や負傷は、記憶を除けば現実世界には持ち込まれない。 そう、時間経過もだ。

「本当に、ありがとな‥‥」
そう言って徹子は目をつむる


「‥‥私はさ、自分と関係ない世界を救うなんて、やっぱりする必要がないと思っちゃうんだ」
菊池徹子は口を開かない。
「そういうのをすぐにやろうって言えちゃう徹子はすごいと思うし、そういうところに憧れてたし、本当を言えばコンプレックスさえ抱いていたよ」

――潜衣花恋の能力は強力だ。
  形のないものであろうと触れてしまえば奪えてしまう。それは生命に関わるものも例外ではない。

  潜衣花恋は菊池徹子に手を伸ばす。

「だから、やっぱり『元の世界』に戻るのは私じゃなくて徹子がいい」

  手が、徹子に触れる。
  死ぬという運命すら、潜衣花恋は奪える

「全く、‥‥本当にアホだな花恋は」
「な‥‥」

  はずだった。

「何年‥‥、一緒にいたと思ってるんだ‥‥。花恋が最後にやりそうなことぐらいわかるさ‥‥
 私は、私の人生を貫く。‥‥勝手に人の死の運命を奪うんじゃないよっ」

そういってにやっと笑う彼女にドキリとする。

彼女の名前は菊池徹子。
不器用に真っ直ぐ、『貫き徹す』女の子。

彼女の笑顔を見呆けていると、笑顔は寝顔になり、そして、私と徹子の長い長い戦闘が終了した。



戻ってきた。体が軽い、若い。
戻ってきた。ずっと身に着けていた列車の破片のペンダントがない。
戻ってきたのに、ずっと隣にいた徹子がいない。

居ても経ってもいられなくなって、あの日閉めた玄関をもう1度開ける。
「あら、花恋、もう戻ってきたの?早かったわね。忘れ物かしら」


私はそこで、泣き崩れてしまった。

最終更新:2014年10月19日 15:35