第一回戦SS・水族館その1


「「「何があっても三・千・字!絶対詰めるぞ三・千・字!!」」」

それは勝負開始直後の事。

「三千字探偵山禅寺ショウ子参上!早速解決!0・15・15・0!」
『ショウ子、まて―』
「待てないッ、24時間も待たされたんだよ!もう一気に決めたい!」

ゴキャアン!
攻撃力と防御力が大幅に強化された肉体から繰り出されるキックが
水族館のガラスに直撃し、硬いものが壊れる時特有の音が響き渡った。

「・・・何ダスか一体」

思わず素の口調。
飯田カオルの目の前にはガラス割りに失敗してのたうち回る女性がいた。
カオルがこの水族館にワープしてきた時、目の前にいたこの女性は
突然「0・15・15・0」とか言った後、横にある
巨大ガラスを蹴り、そして自滅した。恐らくは彼女が対戦相手の山禅寺ショウ子で
間違いないはずだが・・・。

「痛いよー!足折れてる!絶対折れてる!」
『だから言ったのだショウ子。その策はどうかと!』
「通路ガラスにダメージが記録されました!お客様は係員に従って
入口まで避難して下さい!」
「押すな押すなー!」

泣き叫ぶショウ子、彼女の顔の辺りで話す協力者の声、表面にヒビが入ったが
破壊には至らなかったガラス、逃げ惑う一般人と彼らの対応に追われる従業員。

「痛いよっ!足折れてっ!」

ショウ子は二つのミスを犯した。
一つは攻撃のターゲットにカオルではなく水族館のガラスを選んだ事。
強化された肉体でカオルを攻撃すれば、彼女の望む早期決着はすぐそこだった。
だが、水族館のガラスを割れば相手が混乱して有利という考えに至った彼女は
相棒の反対の声を押し切って、ガラスの強度もろくに考えずに破壊に挑戦した。

そして、二つ目のミスはガラスの破片などを防ぐために攻撃力と防御力を均等に
強化してしまった事。

水族館のガラスというのは簡単に割れそうなイメージとは反対に凄く丈夫なのである。
水族館はカップルや家族が集う場所であり、いつ童貞をこじらせた魔人が覚醒して
暴れてもおかしくない場所だ。
この水族館は『現代』つまり最新設備であり、『戦場に相応しい広さ』つまり
一辺500メートル以上の大型水族館に属する。
ならば最高峰の超硬度ガラスが採用されているのも当然。

覚醒直後の魔人が暴れても大丈夫な強度のこのガラスを壊すには転校生級の力が必要だ。
そして攻撃力に15上乗せしただけではショウ子のキック力は転校生級には届かなかった。

探偵を名乗るものならば普通は犯さないミス。そう、ショウ子は
探偵としては致命的に頭が悪い。全探偵を集めてテストを
すればショウ子はぶっちぎちで最下位となるだろう。
そんなショウ子だから探偵業はいつも飛び込み営業。いわゆる『自称探偵』なのである。

「これで私の勝ち・・・ってわけにもいかないわよね」

転がるショウ子を警戒しつつ、カオルは力士型腹時計に確認する。

「決着にならない?」
「降参・気絶・場外・死亡、どれか達成しろでごわすー!」
「そう」

ショウ子は泣き止み、未だ座り込んだままでこっちを伺っている。
このまま真っ直ぐトドメを刺しに行っても返り討ちに遭う可能性の方が高いだろう。
戦闘型魔人と非戦闘型魔人の戦力差は足一本で覆るほど甘くは無い。

「やっぱり話し合いで解決したいわね」

そう、このカオル、正確にはカオルというゴム皮の中にいる肉皮ゲーリングは致命的に
戦闘経験が不足していた。40年近くに渡り肉体労働で選挙資金を稼ぎ続けたこの
自称ニートは常人なら歩く事も出来ないほど締め付けるラバースーツを着て
自然な動きが出来るほど筋肉が発達している。体型こそメタボだが全身筋肉なのだ。
未強化のショウ子ぐらいなら力比べで勝てる。が、命をかけた戦場経験皆無故に
踏み出せ無かった。大会参加者を陽と陰で分けたら典型的な陽の側だった。
開幕からこれだけ有利に立てても交渉第一の思考をしてしまっている。

こちらの戦闘意志がない事を伝えつつ恩を売るか信頼を得られないか。
そう考えていると、カオルの肩を叩くものがいた。

「まだこんな所に!危険なので避難して下さい!」

館長と書かれた名札を付けた男が現場に残るカオル達に声を掛けた。
責任者!これはカオルにとって幸運!
振り返りざまにカオルは服をはだけ、自分の胸を揉みながら叫んだ!

「きゃあー!操作系の魔人が私の身体をイタズラしてっ、
きっと妹がガラスを壊そうとしたのもその魔人の仕業だわ!!」
「そ、そうなんですか!おのれディケイド!」

飯田カオルはエッチな行動をしてそれを他の魔人の操作能力だと説明する事で
一般人を支配下に置く!館長は存在しない魔人に激おこプンプン丸!

「お願いです、妹がガラスを蹴る所はカメラに映っているでしょうが、それは
どこかで私達を操った魔人がさせた事なんです!ガラス代は弁償しますから
妹を罪には問わないで下さい!!」
「お、おねーちゃんー、たすけてー(棒読み)」

ガラスを蹴ったのはカメラに映っていると言われた事とカオルが館長を
味方につけた事を受けてショウ子が演技に乗っかった。
今はカオルの演技に協力した方がいいと理解したのだ。

「館内に医務室があったら連れて行って下さい!
そこで妹と兄(腹時計)と三人きりにさせて下さい!」

カオルは館長にフランケンシュタイナーの体勢で股間を鼻先に押し付けつつ懇願する。

「当然ご案内いたします。許さんぞゴルゴム!」

交渉の場は整った。

「山禅寺ショウ子さん、あなたを優秀な能力を持った探偵と見込んで頼みがあります」

医務室のベッドに寝転がるショウ子にカオルは語りかける。
嘘は無い。「優秀な能力」を持った「探偵」という評価は正しい。

「えっ、優秀?いやー、それ程でも。で、頼みって?
勝ちを譲るのはちょっと駄目だけど、うへへー」

言葉の意味を取り違えたショウ子の顔が、うにゅーんとした笑みに包まれる。
相手の気分が良く、戦闘する気も削がれている事を確認したカオルは腹時計の
脇の下に挟み込んで持って来ていたアタッシュケースを取り出し、開いて中身を見せる。

「これは経費と先払い分の報酬と思って下さい」
「報酬?」
「ショウ子さんにはこの世界に残って『平行世界とは何か』及び
『何故平行世界を生み出す必要があるのか』を調査してもらいたいのです。
私か、私の意志を継いだ優勝者があなたを救出するまでの間にこの世界を観察し、
そこであった事を報告してもらいたいのです。」
「え?え?それって。あの探偵へ仕事を頼むアレ」
「はい、依頼です」

ショウ子は骨折も忘れベッドの上で大ジャンプし喜んだ。

「い、い依頼だぁー!しかもっ、政府からの依頼だよねこれ!」
『やったな、ショウ子!』

想像以上の食いつきにカオルもちょっと引く。

「え、えーとこちらの世界に残ってもらうのだけれど良いのですね?」
「ハイ喜んで!いやー、私も前々から何で迷宮時計の奴わざわざ平行世界で
バトルさせるんだと思ってたんですよ!さっさと全部集まって合体しろよって!
ではっ、さっそくこの世界を調べて来まーす!」

アタッシュケース片手にショウ子は水族館を全力疾走で出て行った。

『ショウ子、足は大丈夫なのか?』
「ハハハハハハッ忘れてた!痛―い!」

山禅寺ショウ子:ガラス弁償分を引いた9000万円弱ゲット、マトモな依頼に大喜び
飯田カオル:経費込み一億円の依頼で戦闘回避、一回戦勝利

最終更新:2014年10月23日 10:01