第一回戦SS・水族館その2


円筒状にそびえ立つ吹き抜けの水槽は天藍石の塔と見紛うほど高く、青く。
魚達が鮮やかに花を咲かせそれを彩る。
腕時計に表示された文字は『戦闘空間:水族館』。

『急ごう、時間が無い』

山禅寺は持ち前のメフィスト流バリツ(※推理戦闘術)を構え、塔と対峙した。



ヒトデ、あわび、イソギンチャク、コバンザメ。
水着に酸素ボンベを背負い、飯田カオルの肢体を彩る海鮮類。

「ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく

ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく!!(ああ~っ不埒な女魔人が私の演説の邪魔をする~っ!)」

水着からチラ、と見せる陰部を、可愛らしいコバンザメが絶妙な張り付きで隠した。
「ウオオ―――ッ!」沸き立つ観衆!自慰を始める者まで出始めた。

「おげ―――ッ!」こみあげる嘔吐感に堪える山禅寺!「男なんだよね!?あの人」
『迷宮時計にはそう書かれていたな。「飯田カオル(65):男」……と』相棒のふっくんが答える。
男。飯田が新たな淫靡体勢を発明する度に、山禅寺の精神値が下がる音が聴こえるようだ。

「よし壊そう」山禅寺は襲いかかる観衆を払いのけると、飯田の泳ぐ水槽に近づいた。
全力の右ストレートをお見舞いする。ピシリ、と水槽に亀裂。
意外と堅い。何度か攻撃してようやく破壊できた。

水槽内、大質量の水がフロアに流出する。

「ぶくぶくぶくあああ~~れぇぇ」
「どすこ~い!」
酸素ボンベを背負った飯田と力士がフロアに押し流される。
人々の手を逃れ、山禅寺はフロアの二階へ跳んだ。


フロアの水上。案内板に乗り上げた二人。
(やはり、あの小娘……)
飯田は上階で観衆と戦闘する山禅寺を見物する。
(ワスの正体を知っているダスな?)
むしろ好都合だ。

「……フーッ!」

唐突に耳元へ息が吹きかかる。「ひぃィッ!?」
振りかえると、力士だ。「……フーッ!」
「近い近い!離れてなさいよ!」
顔をビンタされ、力士は数歩下がった。「ごっつあんです!」

「……ったく」
力士は迷宮時計の欠片の腹時計だ。
普段は飯田につき従い、ビンタしない限り自発的な行動は起こさない。だが油断すると背後近くまで近づいてくる。
笑っているように見える細い眼も、その奥は笑っていない。不気味だ。

ビタン!と音がした。
興奮した魚が力士の頬に跳ね当たった音だ。
「おやつの時間でごわす!」力士が飯田に近寄る。

「ちょっとアンタ!勝手に動いてんじゃないわよ!」


黒服の男がフロアの水面へ投げ落とされ、水しぶきが山禅寺の顔にかかる。
『急げショウ子、あと5分だ』
「ん!」
顔に張り付いたコバンザメを引き剥し、階下へ投げる。
観衆にも手練がいる。飯田へ近づく為、あと数十人の観衆を相手にしなければならない。

「ハァァ……」
武産推理。メフィスト流バリツは攻撃形態を問わぬ。自然との合気こそ道。
達人――セカイ系ともなれば、その個人の些細な所作が三千世界(全宇宙)の命運を決する。

(……ま、私は宇宙を運命づけれるような境地に無いけれど)
低下したステータスをカバーすべく、山禅寺はメフィストバリツを構えた。


山禅寺の能力がステータスの振り替えであるならば、最も有効な手段は精神削り。
飯田は己のコネ、カネ、色香を駆使し、あらかじめ敵の素性を調べ上げていた。
「ああ~ッ!」飯田のM字まんぐりがえし!「敵の魔人能力が私にエッチなポーズをさせている~ッ!」

観衆が興奮!対する山禅寺は見るからに衰弱!

「所詮、世の中顔なのよ!」飯田は自嘲げに笑った。
体力や精神力に値を振り、それらが低下した場合、当然、合計ステータスは下がる。
(敵がワスの正体を知っていればこそ、このストリップショーは意味を持つ!我ながら複雑な気分ダスが……)

「……フ~ッ!」

そこへ、背後から息。
「ちょ、またアンタ!?いい加減に――」
「……おいどんは知ってるでごわす。おかみさんは素敵でごわす」

「…………は?」
巻かれたゼンマイの動力のやり場を失くしたミニカーのように、腹時計は興奮し叫んだ。


「おかみさんは!男でも素敵でごわすッ!!」


見れば、彼の額にはコバンザメが張り付き、狂ったように『ビンタ』を繰り返している。
――山禅寺の投げ捨てたコバンザメだ。
「おやつの時間でごわすッ!」腹時計の情熱的なキッス!


「ぶちゅうううううああああッ!?」
襲われる飯田!

「今ッ!」動揺する観衆の隙を突き、山禅寺は跳躍した。
飯田と力士の使用していた酸素ボンベ。
ジェネレーターを外し、二本のホースを飯田の股ぐらに秘す二つの孔に挿入!
すぐさまその場から退避!

「いっやぁぁあああぁ~~~~ッ!オカマッ!」
飯田の肉体がぷう、と膨らみ、パンッと破裂した!いや、破裂したのは本物の肉では無い!
驚く無かれ!美人国会議員の中から現れたのは、小汚い全裸中年男性!
エッチなハプニング飯田カオルの正体は、ぶくぶくに肥満した65歳の中年ニート!肉皮ゲーリングだ!

「ゲ――――――――ッ!」

観衆が嘔吐!山禅寺も嘔吐!魚達は失神し、
自慰していた観客数名は上階から身を投げ自殺!

なおこの事件が原因で、この世界における凶悪犯罪発生率は10%増大したという。


「よ……よし……」
吹き抜けフロア3階の通路。
山禅寺は嘔吐と戦いながらの撮影を終え、携帯端末を操作する。
「さて……」
飯田を見ると、まだ力士との戦いを続けていた。
その時。ヒュン、とそれが山禅寺の肩をかすめる。

一閃。

山禅寺の右肩から燃えるような赤い血がほとばしる。
(まずい)
それは透き通るガラスの剣だった。

「探偵」
眉間に皺を寄せた、どこか見覚えのある熟女。
ワクワク動画に出演していた魔人――――『樹脂あくりる』だ。
「公人御用達の施設で大捕り物とは、やってくれるな」

「ぐっ……」三禅寺の襟首がぐいと掴まれ、通路の吹き抜けに中吊りされる。
『ショウ子!あと30秒――』

先程の飯田の正体で精神力を大幅に削られた。もはや、山禅寺に振るべきステータスは残されていない。
「カ……ハッ、もっと……早く」と山禅寺。
「覚悟しろ」樹脂あくりるの剣が極彩色の輝きを放つ。
『10秒!9、8……』
「もっと、急いで来てくれたら……ちゃんと謝れたのに」ドン!と山禅寺の脚が相手を蹴りとばす。


重力に身を任す3階からの落下。「こういうの、何て言うかご存知ですか――」
「逃がすものか!」突き下ろされる刃が、山禅寺の瞳をその切っ先に映しだす。



「――――タイムリミット」
ごう、と風を切る音が止んだ。





『0』

青い水槽が立ち並ぶ。迷宮時計の表示は水族館。
「痛った……」肩の傷は深いが、休む暇は無い。
携帯端末を見る。飯田の正体を撮影した動画は動画サイトへアップロード済み。
監視カメラに観客の目……火消しには困難を極めるだろう。
飯田カオルがこの場に残るか、基準世界に戻るか、いずれにせよ彼と会わなければ交渉は不可能だ。
「急ぐよふっくん!」山禅寺は新たに駈け出した。

『それにしても、ホテルらしからぬ豪華な水槽だったな』ふっくんが言う。彼の話は始まると長い。
『ドイツにも似たような物があったが、大した技術だ。飯田カオルがあの場にいたのは、水槽ガラスの整備で忙しい樹脂あくりるとコンタクトを取ったあとだからだろう』
「うんうん、うん」
『そんなに急ぐ事は無いだろう……。試合前の24時間と違い、制限時間など無いはずだ』
駆け行く山禅寺の頭に相棒の声が響く。

『こうして一旦、試合が始まってしまえばな』

……全く、世界が終わるわけでもあるまいし、と相棒は続けた。


最終更新:2014年10月23日 10:03