第二回戦SS・豪華客船その3


「なるほど、初めて乗るけど客船ってのはいいもんだねー」

 門司秀次は暢気な独り言をつぶやきながら頭の後ろで手を組み、甲板をふらふらと歩いていた。
 "びいどろ"の向こう側からはかすかに人の声が聞こえるが、霧が濃いせいで甲板に人はいない事がわかった。
 それを確認し船の端まで辿り着くと警戒しつつ体を乗り出して海を……いや、船全体を眺めた。
 霧は深いがせいぜい遠くは見えないと言った程度で甲板周りが見渡せないほど深くはなかった。

「いざという時の調査を怠ると負ける可能性が高いぞい、と」

 迷宮時計から次の戦いの舞台が過去の豪華客船だと知った時、彼はある一つの可能性を危惧した。
 1912年4月15日。北大西洋のある海域で当時最大級の豪華客船が沈没した。有名な話だ。
 意地の悪い迷宮時計の事、わざわざそのような場所を戦闘区域にしてくる事は十分に考えられる事だった。

「切り裂きジャックの次はレオナルド・ディカプリオってのは勘弁してほしいよな」

 一通り調べた後、門司はふうとほっとしたような溜息をついた。少なくともこの船は件の物ではないらしい。
 自分達にとっては戦場であるこの船が沈没し騒ぎになればもはや勝負どころではないだろう。
 万が一この戦いで敗北し命を拾えたとして、その後戦場が丸ごと海に沈み
 迷宮時計に刻まれた数字のように十把一絡げの存在として歴史に刻まれるなど考えただけで寒気がする。

「ま、安心したところで……誰かに出会う前に準備するとしますか。どこまで出来るかね……」

―――――

 ガラスの向こう側には深い青が白と混ざり合いながら優雅に広がる。
 そしてガラスの内側では、広いとは言えないこの空間の中で笑い、食事や会話を楽しむ人々の姿。
 外に溢れる不安()恐怖()には知らないフリをして、ここは安全な場所だと疑う事もせずただ今を楽しむ。
 それは全てを忘れ、享楽にまみれ、快楽だけを求めあうセックスのようである……

 と、猟奇温泉ナマ子はボーイから差し出されたワインを無言で断りながらひとりごちる。
 凛とした容貌と黒いドレスという佇まいは偶然にもこの船の食堂(ささやかなパーティー会場)からは浮いていない。
 これを好機と感じたナマ子はこのまま乗客のフリをして時計所有者を探し、先手を打とうとしていた。しかし。
 ふと、ナマ子の視線の先にカップルの姿が映る。
 部屋の隅でワインを片手に楽しげに会話をする男女の姿を見てナマ子は端整な顔を歪めた。

 恋も愛もセックスには必要がない。そんなものはビッチにとって邪魔でしかない。そう考えて生きてきた。
 天樹ソラも最後は恋人の為に戦意をなくした。そして彼を殺し、さらにこの考えへの確信を深めた。
 だが今、自分の心を占めているこの気持ちはなんだ?

 何故、私はあの男とセックスがしたいの?

 もしこの感情が、恋ならば。愛ならば。
 私の今までのセックスはなんだったというのだろう。

『あなたのセックスは、悲しい』

 あの時の言葉が、ナマ子の心を再び蝕む。
 やめろ
 それがもし真実なら
 私は

『セックスは、共に楽しむもの……』

「やめろ!!!」

 ナマ子は叫ぶ。
 乗客が、ボーイが、カップルが―――天樹ソラが、キユが、鏡子が、ナマ子を見る。
 そんな目で、私を見るな!!!
 ナマ子はカップルに足早に近づき、男の顎を掴み顔を上げさせる。

「……わかった。お前らが望んでいるのはこういう事だろう?……叶えてやる」 

――『プレローマ』

 ガラスの内側の快楽は、食事でも会話でもなくなった。

―――

「いやぁ、思ったより長い事来なかったな。
 迷宮時計の不備で誰もいないとこ送りこまれたのかと思っちゃったぜ」

 甲板。
 俺は一人の少女と対峙していた。赤いランドセルを背負い腕時計を身に付けた小学生だ。
 ……まず間違いなく時計所有者だ。
 いくら小学生だからといって旅行にランドセルを持ってくる者はいないだろ。
 そもそも過去の世界にあんな小奇麗なランドセルがあるとも思えねえし。

「そして猟奇温泉ナマ子じゃあない。あっちは調べりゃすぐわかったからな。
 つまり君が撫津美弥子か。なんか、思ってたのと違う気もするけど」
「……」
「俺も小学生相手と命かけて戦いたいわけじゃないんだよねえ、降参する気は……」

 撫津美弥子は首を横に振る。仕方ない。
 仕掛けは上々、普通の小学生相手には過剰すぎるほどにな。
 だが相手もおそらく魔人だろうし気は抜けねえ。
 何より猟奇温泉ナマ子は……いろんな意味で超やりづらい。

「悪いけど、ナマ子と当たる前に倒させてもらうぜ。
 すぐに降参すりゃ命までは取らねえ……ってなんか悪役みたいだなこの台詞!」

 聞いてるのかいないのか、撫津美弥子が俺に向かって突撃してくる。
 まるで殆ど何も考えてないような走り方だ。
 そういう戦法か能力か、はたまた本当に何も考えてないのか。
 だが少なくとも、俺相手にそれは悪手だぜ。

「甲板で走るのは危険ですのでおやめくださいッ!!」
「ッ!」

 床には『走らないでください、転びます』の注意書き!それを認識する!
 撫津美弥子は転ぶ!大きな隙だ!一瞬で終わらせる!

「水墨龍(スイボクドラゴン)!!」

 俺の必殺の居合切り(みねうち)は撫津美弥子の腹を狙い一発で昏倒させる!……はずだった。
 しかし撫津美弥子は、転んだままの姿勢で大きく跳躍し水墨龍を避けやがった!
 ヒュー、思ったよりやるねえ。

「……おお、びっくりしたでしたね」
「そりゃこっちの台詞だ……まさか、体がバネになるなんてな」

―――

 時は少し遡る。戦闘開始時。
 撫津美弥子は船内部、機関室に現れると同時に転び尻もちをついた。
 足を滑らせたわけではない。ランドセルが想像以上に重かったのだ。

「え?え?なにこれ?おかしいな……」

 こちらへ来る時にはベッドに置いてあるランドセルを背負うだけで立ち上がらなかった。
 少しでも体力を温存するために背負うだけで立ち上がらず、そのまま座って待つ。
 これは彼女の友人、読小路麗華の提案であった。
 故に気付かなかったが……いくらなんでもこんなに重いはずがない。
 その瞬間、ランドセルがひとりでに開く!

「ぷはーっ!オドロキモモノキでありましてすな!」

 ランドセルから飛び出してきたのは、金髪のポニーテールを揺らす、碧眼の少女。
 思いっきり両手を広げて伸びをする彼女の下半身の形はランドセルにすっぽり収まる四角形となっていた。
 その姿は紛れもなくもう一人の美弥子の友人、シェルロッタ・ロマルティナだった。

「……ええーっ!!?」

 ぱしん!
 シェルロッタが美弥子の口を両手で塞ぐ。
 1、2、3、むぐむぐ言いながら美弥子がじたばたと暴れるがシェルロッタは抑えるのをやめない。
 4、5、6、思わず美弥子が倒れ込んで押し倒すような形になるがシェルロッタは抑えるのをやめない。
 7、8、9。ここでようやく手を離した。

「ぷはぁっ!!……けほ、けほ……え、ええ!?なんでここにいんの!?」



 やあみんな、元気だったかな!ミスター解説だ!
 では早速解説しよう!
 何故、シェルロッタ・ロマルティナは戦闘空間に現れる事が出来たのか!
 迷宮時計の定めたルールでは、所持品を持ちこむ事は可能だが人間を連れてくる事は基本的に不可能である!
 だが何事にも例外はある。時計所有者がそれを人間ではなく所持品だと考えていた場合は可能となるのだ!
 今回の場合、美弥子ちゃんはランドセルの中には「所持品しかない」と思いこんでいた。
 少なくとも人が入れるようなスペースがあるものじゃあないからな、ランドセルは。
 だが実際はシェルロッタちゃんが美弥子ちゃんには内緒でランドセルの中に入り込んでいたのだ!
 シェルロッタちゃんの能力は「体の形を作りかえる能力」!
 この能力によって上手くランドセルに潜りこんでいたというわけだな!
 その結果シェルロッタ・ロマルティナは撫津美弥子の「所持品」として共に戦闘空間に現れる事が出来たのだ!



「みやタンを一人では戦わせてはいられぬでしたんで……れいタンと相談してましてです。
 あ、今いろいろ言うのは、なしでしていきましたいです」
「……」
「今回、対戦相手も二人いるでしたな。ならこちらは三人で戦えば無敵でしたという事です」
「……そっか……うん、わかった」

 シェルロッタが共に来るという事。
 それはつまり負ければシェルロッタもこの世界に残り、麗華も向こうの世界で一人になるということである。
 二人もそれだけの覚悟を持っているということが、美弥子にも伝わった。

 基本的にシェルロッタが表で戦い、美弥子は影で隠れてシェルロッタのサポートをする。
 シェルロッタが敗北した場合、降参するフリをして不意を突く。
 これが麗華の作戦メモに書かれていた大まかな戦いの流れだ。
 しっかり打ち合わせをして、まずは甲板にいた門司秀次にシェルロッタが接触を図った。
 そして、一方の撫津美弥子は。

―――

「ひゃっ……あぁあ、ふ、ふ、にゃぁ……や、あぁああっ!!」

 美弥子は涎を垂らしながらびくんびくんと痙攣する。息が荒れる。顔が、体が熱い。
 彼女は今、正体不明の快感に身動きが取れなくなっていた。
 門司秀次にシェルロッタが接触を図る。そこまでは予定通りだった。
 だが美弥子が甲板と食堂の間の通路に隠れていたのがまずかった。
 猟奇温泉ナマ子の『プレローマ』がそこまで届いてしまったのだ。
 股間をいじられる初めての快感、胸に触れられ、お尻を撫でられ、唇をなぞられる快感。
 その快感に思わず小刻みに動き、さらに快感は加速する。

「あ……や、やだぁ、や、め、ひにゃ、あぁああ……!!」

 不幸中の幸いというべきか美弥子はそれほど大きくは動かず
 また何枚か服を着込みカーテンにくるまるように隠れていた為なんとかギリギリのところで理性を保ててはいた。
 だがそれとは別に、美弥子は快感に完全に負けていた。
 かつて撫津美弥子は今よりもやんちゃな少女だった。
 その頃、鉄棒で遊んでいた時に不意に鉄棒で股間がこすれ、一瞬何か妙な気持ちを感じてしまった事があった。
 当時のやんちゃ時代は美弥子にとって黒歴史に近かったが、すっかり忘れていたその時の記憶が今ふと蘇った。

「ひ、ひふっ、ふえ、は、はぁ、ひゃぁああああッ!!」

 美弥子は快感に耐えかね、カーテンの影から滑り落ちるように倒れる。
 知らず知らずのうちに片手が自らの股に伸びる。
 まだ知識としてしか知らなかった行為を、美弥子はしてしまいそうになる!
 あわや美弥子が大人の階段を登りかけたところで快感は収まった。
 食堂側の扉が開く……猟奇温泉ナマ子だ。

「あ……あぁ、はぁ……」
「……」

 ナマ子は倒れている美弥子を一瞬じろりと睨んだ。
 だが、それを無視してナマ子は甲板へと向かった。
 キユから事前にリークされたデータによってナマ子は美弥子の殆どの情報を詳細に掴んでいる。
 美弥子が自分に出来る事と言えばせいぜい『プレローマ』の効果を打ち消すことくらいのはずだ。
 故に撫津美弥子は単独では自分の脅威にはまずなりえない。
 それより今、甲板で暴れている魔人二人……おそらく片方は門司秀次。そちらを片付けるのが優先だと考えた。
 余計な感情に流され無駄な行動をしていた事をナマ子は恥じる。……これも全て鏡子のせいだ。
 奴に吠え面を書かせてやる為にも、この戦いで負けるわけにはいかない。

―――

『猛犬注意!』

 シェルロッタが壁に貼ってあるその貼り紙を認識すると
 辺りからどこからともなくイマジナリー猛犬が大量に現れシェルロッタに噛みつく。

「キャインッ!!」
「ううっ……!」

 シェルロッタは瞬時に体を鉄ほどの硬さにして猛犬の噛みつきを防いだ。シェルロッタは苦痛に耐える。
 彼女は確かに体の硬さを変える事は出来るがダメージそのものは一切の軽減なく伝わってしまう。
 最初はなんとか誤魔化していたが、次第に門司秀次にもその事はバレ始めていた。

「い、痛くないでしてす」
「そうかい」

 一方の門司秀次もそれなりのダメージを受けていた。
 バネの跳躍力を使った突進、鉄の硬さとなった拳、鞭のようにしなる腕。
 シェルロッタは"本物の武器"を使った戦闘ごっこを何度か経験している。それは確かにここで活かされた。
 だがやはり戦いの腕、年季、判断力、全てにおいて門司秀次を上回る事は出来ない。
 何よりシェルロッタは美弥子のサポートが一切ないことが心配だった。
 もしや美弥子の身に何かがあったのかもしれない。そう思うと気が気ではなかった。

「悪いけど今度こそ決めさせてもらうぜ」

 門司は再び水墨龍の構えを取る。その筆の穂が風に揺れ、剣呑な雰囲気を漂わせた。
 一方のシェルロッタもまだ戦意を失ってはいない。足をバネに、体を鉄の硬さに。
 それが直撃すれば例え戦闘魔人といえども大きなダメージは免れない。
 強い波が船に当たる音が合図になるかのように互いが強く踏み出す!
 やがてそれが衝突すると思われたその瞬間!

「ぬおぉっ!?」
「おおうッ!?」

 門司とシェルロッタは同時に呻く、いや、喘ぐ!
 攻撃の為のエネルギーは全て快感へと変換された。
 門司はつんのめり、シェルロッタは踏み込みをしくじり、二人は入れ違いになるように近くに倒れ込んだ。
 突然の事に身をよじらせるしかない二人の耳に、こつりこつりという靴の音が響く。

「……食堂にいればもっと話は早かったんだがな、まあいい」

 倒れた二人の間に立った黒いドレスの女……猟奇温泉ナマ子。
 ナマ子は一瞬だけ解除していた『プレローマ』を再び展開させると緩慢な動きで二人の体をなぞる。
 蛇のように怪しく、風に揺れる葉のようにしなやかな指の動きが体を蹂躙していく。

「お、おぉああっ……!!?」
「えぇあああ……ふぇあぁあっ……!!」

 今までに感じた事のない快感に、シェルロッタは顔を快感にだらしなく歪ませ、門司はすぐさま射精した。
 例え戦闘レベルに差があっても、ビッチ拳術にとっては二人は同レベルであった。
 門司秀次、あと一人は撫津美弥子の友人の魔人、シェルロッタ・ロマルティナ。
 何故この場に彼女がいるのかナマ子には理解出来なかったが関係はない。一緒に片付けるだけだ。

「幼女と童貞など、私の敵ではない」
「ど、どどど、童貞ちゃうわぉうっ!!」
「は、はぁん……ッ」
「口を開くな、そうすれば筆卸ししてやってもいいぞ」

 ナマ子は小悪魔的な死神の笑みを浮かべ二人の体を愛撫する。
 門司が妙な体勢で甲板の端の方へ逃れようとする。逃がすまいとナマ子は思わず門司を目で追った。
 ……『甲板での淫らな愛撫行為禁止。見つけ次第警備員に通報します』
 瞬間、イマジナリー警備員十二人がナマ子を取り囲む!

「無駄な事を!」

 『プレローマ』の効果によってイマジナリー警備員が一斉に射精!十二連続絶頂!
 その光景を見た門司はにやりと笑う。

「注意書きは最後まで読まないと痛い目見るぜナマ子ちゃんよゥ!」

 先ほどの注意書きの続きには小さな文字で『なお、警備員に危害を加えた者にはただちに発砲します』の文字!
 警備員達がナマ子に向けて一斉に銃を向ける!ついでに股間の銃も見事にいきり立っている!

「ちぃッ!!」

 遠隔からの射撃は『プレローマ』を使用したビッチ拳術の弱点の一つだ。
 いくら射精を促したところで何名かが確実に銃を向けてくる。
 緩慢な動きだけでは多数の銃弾をかわしきれない。ビッチ止血術やビッチ麻酔術にも限界がある。
 数回の発砲音、ナマ子は一度『プレローマ』を解除し離脱せざるを得なかった。
 その隙に門司も瞬時に立ち上がり素早くその場から離れる!
 二人はお互いに別の柱の陰に隠れる形となった。
 一方シェルロッタは未だ快感から抜け出せずその場から動く事が出来なかった。

―――

「……ちっ、『ベカラズ』の汎用性を舐めていたか……」

 当然、私は門司秀次のデータも殆ど掴んでいる。
 それでも誘導に乗って注意書きを見てしまったのは迂闊だったとしか言いようがない。
 現状、確かにこの場でのビッチ拳術はほぼ封じられた。だがまだ手段がないわけではない。
 私は先ほど自分がいた食堂への安全な移動ルートを考える。
 愛撫が禁止されているのは甲板のみ。甲板から逃げてしまえば注意書きは意味を成さなくなる。

 しかし何故だ?何故あえて禁止の条件を甲板のみに指定した?
 当然、門司秀次は未だ多数の『ベカラズ』が用意されているであろう甲板から移動したくないはずだ。
 奴が、私がこの場から逃げたがるのを予測した上でわざわざあのような記述にしたとすれば。

 ……罠だ。
 甲板から逃げだそうとすれば別の『ベカラズ』で妨害されるということか。
 銃撃は止んだ。包囲しようとするのは最初だけで以降は手を出さなければ仕掛けてはこないということらしい。
 ならば『プレローマ』の効果範囲を抑え門司秀次の動きだけを制限してしまえばいい。
 そしてこちらから愛撫出来ないのであれば、あちらにさせてやろうではないか。天樹ソラと同じように!

―――

「細工は流々、仕上げを御覧じろってな」

 ここまでは俺にとっちゃ大体予定通り。
 まさか一瞬撫でられただけで射精してしまうほどとは思わなかったけどな!結構怠慢感がやばいぜ。
 撫津美弥子は可哀想だがしばらくはまともに動けないだろう。
 小学生にはあの愛撫は刺激が強すぎたに違いない。俺ですらギリギリだったからな、アウト側の方で。
 ともかくこうなったら猟奇温泉ナマ子を先に倒してしまう他ねえな。
 魔人能力自体はさっき喰らった時に大体理解した。

 能力発動中にだけナマ子の動きがやたらとゆっくりしてた事から考えても
 ナマ子自身もあの能力の影響を受けているってことでいいはずだ。
 そしてスロウリイな動きは同時に能力を軽減する手段でもあるってことだな。
 警備員や自分自身を避けて俺だけを直接狙うような芸当をしてこなかった事もあわせて考えると
 あの能力の範囲はおそらく自分から半径何mってタイプだろ。
 いくら能力があるからってわざわざ近付いてくる辺り能力以外の遠距離攻撃を持ってる可能性は低い。
 よっぽどの自信家だったって可能性もないわけじゃないがな!

 通路への扉には『工事中につき立ち入り禁止』の張り紙をしてあるけどそれには勘付かれているよなあ。
 能力による空間掌握と逃走を封じた以上、次に相手が打ってくる手は至近戦闘の可能性が高い。
 俺の得意とする魔人剣術は抜刀術。素早い動きが出来なければ効果は激減する。
 カーッ!能力の相性が良くないねぇ!
 愛撫だけは『ベカラズ』させてもらったが他にどのような手で来るのか今の俺には全くわかんねえな!
 俺はごくりと生唾を飲む。決していやらしい意味じゃないぜ!

―――

 しばらくの静寂。
 母なる生命の音色だけが今、この場に響く。
 先に仕掛けたのはナマ子だった!走りはせず黒いハイヒールに似合わない軽快なステップで門司に接近する!
 素早く対象に接近しつつも股間をすり合わせ自らを高めるビッチ歩行術!
 門司はそれを待っていたと言わんばかりに狙いを定め水墨龍を放つ!
 瞬間、ナマ子は不可解な動きで水墨龍の軌道から外れる!
 予めいくつか仕掛けておいたローターの快感による予測不能の動き……いや、ナマ子は理解している!
 ローターの位置、振動の強さ、自らの動き、体勢、濡れ具合、全ての要素を計算!
 それによって生まれる快感の反射的な動きをナマ子は熟知し尽くしている!それを利用したビッチ回避術だ!
 そして『プレローマ』!ナマ子を中心とし門司が不可視のオナホールに包まれる!
 だが門司は抜刀した仕込み筆をゆったりとした動きでナマ子へと向ける!
 抜刀術との相性が悪いのであれば無理に抜刀術を使う必要はない。
 書道とは時に精神のスポーツ。穏やかな空気の中、半紙に自らの文字を画く。
 この『プレローマ』の空間はどこか書道の空気と通ずるものがあった。難しい事ではない。
 文字を画くように、穏やかに、仕込み筆を振るう。ナマ子の左腕がゆっくりと切り裂かれる。
 だがナマ子は怯まない!左手のスイッチでローターを使用したビッチ止血術!ビッチ麻酔術!
 そしてその右手は筆を振るった門司の腕をしっかりと掴む。
 そのまま門司の手を仕込み筆ごと自らの性器へと誘導していく……だがその時!

 ピヒョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 甲高い音が甲板に鳴り響く!
 思わず門司は音の方向にすぐに反応し振り向いてしまう!顔全体に強い愛撫の感覚、門司は思わず射精!
 一方ナマ子も、すぐさま振り向きはしないものの音に気を取られる。
 そして次の瞬間、門司とナマ子の両名に鈍く、強い衝撃が走る。
 体勢が崩れる、体がよろめく……そしてそれと同時に、全身が、強く愛撫される!

「ぬおおああああおおおおおおッ!!!!」
「くぎゃあああああああああんッ!!!!」

 二人に命中したもの、それは、赤いランドセル!
 落ちたランドセルから何かが割れる音がして赤い液体が中から染み出す。ワインだ。
 そのランドセルを飛ばしたのは先ほどまで倒れていたシェルロッタ・ロマルティナ。
 そして音の正体、リコーダーを吹き鳴らしたのは……そう、撫津美弥子だ。

―――

 猟奇温泉ナマ子に無視をされた撫津美弥子だったが、当然その後ずっと床で寝そべっていたわけではない。
 彼女はまず食堂へと向かい、見つけたワインの瓶を二本、持参していた手提げ袋で持ち運んだ。
 色々な意味で酷い有様の食堂を見て美弥子がどのような反応をしたかはご想像にお任せしよう。
 その後、甲板に来た美弥子は様子を見ながらイマジナリー警備員に紛れつつシェルロッタと合流。
 少しずつ美弥子は移動しながら物陰に隠れ、リコーダーを鳴らし隙を作る。
 そしてワインを仕込み重量を増したランドセルをシェルロッタがお腹をバネにした即席砲台で狙い、撃ち出した。
 必ず当たる保障は一切ない甘い作戦であったと言わざるを得ないが、それは確かに命中した。
 美弥子には『プレローマ』の原理がよくわからない。だが大体の効果は門司と同じように理解する事は出来た。
 ツッコミは出来なくとも、利用する事ならば可能だ。

「はぁぁおぉおおおッ!!」

 門司秀次は強すぎる愛撫の感覚に身もだえし再び連続射精!ごろごろと転がりながら退避する!
 ナマ子の方もここまで強い『プレローマ』の刺激を受けたのは久々だった。
 ……もしかしたら、鏡子に敗北したあの日以来だったかもしれない。
 愛液を散らしながら『プレローマ』を解除したナマ子はビッチ歩行術で移動!
 美弥子と門司を後回しにし、直接的な脅威になりえるシェルロッタに接近!

「愛撫だけがビッチ拳術ではないという事をまずはこいつに教え込んでやる……」
「おおう!?」
「何も知らずに生きてきた幼女が……私に勝てるなんて思っているんじゃないだろうな……!」

 そうだ。私はエリートだ。
 コンダクターで、虎の尻穴で、あの地獄で生き抜いた私が。
 何も知らずにのほほんと生きてきた、セックスもレイプも何も知らない幼女になど。
 ……今日はやけに心が乱される。だが気にする事はない。
 『プレローマ』を使わなくとも、この場に私に勝てる者はいない!

「シェルロッタっ!!」

 美弥子が一気に駆け出す!
 途中、床に注意書き!『走らないでください、転びます』の文字!美弥子は転ぶ!

「こんな何もないところで……急に転ぶなんておかしいでしょ!!ドジっ娘かァ!!」

 美弥子の右手が転びながらも空を切る!
 尻もちをつくことなく空中で一回転!着地しそのままもう一度ナマ子へと駆け出す!

 ……何故そこまで必死になるのか。
 ナマ子にとって女性の友人など、生き残る為に蹴落とす存在でしかなかった。
 今も、あの時と何も変わらない。この幼女をレイプして、蹴落として、そして、鏡子を超える。

「やぁぁあっ!!」
「こいつをレイプしたら次はお前だ、大人しく……ッ!!?」

 かつて撫津美弥子は今よりもやんちゃな少女だった。
 眞雪と出会った当時は二人の暴れん坊として周りを困らせていた事もある。
 やがて美弥子はやや大人しめに成長し、眞雪はほぼそのまま成長した。
 当時のやんちゃ時代は美弥子にとって黒歴史に近かったが、すっかり忘れていたその時の記憶が今ふと蘇った。
 だからなのだろうか、美弥子は自然と当時の必殺技を、黒歴史を、ナマ子に繰り出していた。
 祈るように組み合わせた手から人差し指と中指を立て、それをナマ子に尻めがけて思い切り突き刺す。
 その技の名を、カンチョーという。

「……!!?」

 猟奇温泉ナマ子に小学生のカンチョーが果たして有効であるのか。
 技術的に考えれば間違いなくノーであろう。
 しかし、ナマ子は今まで様々な性技を受けてきてはいたが小学生のカンチョーなど喰らった事がなかった。
 このカンチョーは、ナマ子を不思議とノスタルジックな気持ちにさせた。
 それは例えるならば、食べた事もない郷土料理や住んだ事もない過去の街並みに対して
 不思議と懐かしさを覚えるかのような、そんな気持ちであった。
 指を引きぬかれたナマ子は混乱した。何故だ。何故、こんな気持ちになる。
 抱えるように体を掴んでいたシェルロッタを放り投げるように手放し、よろける。
 次に地面がぐらりと揺れる気ような感覚に襲われた。
 ……それは、気のせいではなかった。

―――

「ぐあぁ……やばい、怠慢感やばい……つら……」

 門司秀次はその争いからやや離れたところまで退避していた。
 しかし今、門司秀次は争いではなく別の方角を見て苦虫をかみつぶしたかのような顔をする。

「そう来るかよ」

 門司の目の前には船。当然自分達が乗っている物とは違う船だ。
 その船は自分達の今乗る船をレイプするかの如く強く船首を、こちらの船体に押しこんでいた。
 深い霧のせいで互いの船が互いに気付くのが遅れた為に起こった不幸な事故。
 やはり迷宮時計は意地が悪い。
 船が強く揺れ、傾く。門司は柱にしがみつこうとするが力が入らない。

「ちぃっ!!」

 門司はそのまま海へと落ちる。
 そしてその揺れは当然、美弥子達にも影響を及ぼした。
 美弥子はその場でバランスを崩し倒れ込むものの、なんとか柱にしがみつく。
 同じように体に上手く力が入らないナマ子もなんとか別の柱にしがみついた。
 だが手放され、最初からバランスを崩していたシェルロッタは揺れに耐えられず、海へ向かい転がっていく!

「シェルロッタ!」

 かろうじて船の手すりに引っかかって持ちこたえたシェルロッタだったが、意識を失っている。
 同じような状況に陥ったイマジナリー警備員達は次々に海へと落下していった。
 船は傾きぐらぐらと揺れる。今はなんとか安定しているが危険な状態であることに変わりはない。

「助けなきゃ……ッ!」

 美弥子は急ぎシェルロッタを助けに向かった。
 その様子を見たナマ子の心が何故かざわついた。
 シェルロッタに向かって手を伸ばす美弥子の姿が何故か、自分に手を差し伸べてくる鏡子と重なった。
 あの手を届かせてしまったら、自分の中の何かが全て壊されてしまう気がした。
 ……行かせるものか。
 ―――『プレローマ』
 不可視のオナホールが、美弥子を包む。

「……あぁああッ!!」

 美弥子の顔が快楽で満たされた物となる。
 体に力が入らず、その場で倒れ込む。
 その様子を見てナマ子は歪んだ笑みを浮かべた。
 しかし。

「……はぁ……ぁぁあッ!!……シェル、ロッタ……ッ!!……い、今、助ける、から……ッ!!」

 美弥子はなおも、シェルロッタへ向かって這い進んでいく。
 速いとは言えないかもしれない。だが決して緩慢なスピードではない。
 必死に手と足を前に出して出来うる限り速く、シェルロッタの元へ進んでいく。

「……そんな、馬鹿な」

 撫津美弥子は先程、廊下では『プレローマ』を勝手に受けて息を荒げていたはずだ。
 何故、何故。あの速さで動けば、間違いなく小学生等、簡単に意識が吹っ飛ぶほどの快楽が襲うはずだ。

「ひゃ……ひゃひぃっ……ふあぁっ……や……う、うぁああああっ……あぁああああっ!!」

 なのに何度も、何度も、涎を垂らし、顔を紅潮させながら生まれたての小鹿のように撫津美弥子は前へ進む。
 シェルロッタの方もそんな彼女を信じるかのように、ギリギリのところで落ちずに耐えていた。
 ……猟奇温泉ナマ子はつい先程まで、撫津美弥子など気にもしていなかった。
 どんな状況であろうと、どれほど後回しにしようと、自分の脅威になどなりえないと思っていた。
 だが撫津美弥子が現れてから、ナマ子にとって全てのチャンスが指の間をすり抜けるかのように逃げていく。

「……ッ!!」
「……みや、タン?」

 美弥子がシェルロッタの手をようやく掴む。それと同時にシェルロッタが目覚めたが、体に力が入らない。
 そのまま引き上げようと力を込めるがただでさえ美弥子はあまり力がないほうであり
 さらに『プレローマ』の快感が美弥子を容赦なく攻め立てる。
 とても引き上げる事が出来ない。

「大丈夫……ぜ、ぜった、絶対に、助けるから……ァアッ……!!」
「み、みやタン……このままじゃ、みやタンも、落ちてしまいましてです……」
「それでも……もう……目の前で友達を助けられないのは、やだ、よ……ッ!!」

 なんて甘い考えだろう。
 虎の尻穴であのような考えを持った幼女は真っ先に死んだ。
 親しい者から騙して切り捨てる。使えなくなった奴からレイプして切り捨てる。
 そうやって全てを切り捨てて、私はビッチとして強くなって……鏡子に敗北し、組織に切り捨てられた。
 ……違う、そうじゃない。頭を横に振る。快感が走る。愛液が散る。

 恋も!愛も!友も!セックスには!私には必要ない!
 私はそんな甘い考えの幼女になど、絶対に負けはしない!!

「うううぅぅうううううッ!!」

 ナマ子は『プレローマ』を展開したままビッチ歩行術!
 美弥子に一気に接近し、彼女の肩を強く引く!!

「んぁあいいいいいいいいいいいいいッ!!」
「ふぁああぁあぁぁあぁああああああッ!?」

 強い刺激が両名を襲う!
 美弥子は思わずシェルロッタを掴む手を離してしまった!
 シェルロッタが、海へと落ちる!!

「しぇ、るろ、った……ッ!!」
「はぁ……はぁああっ!!」

 ナマ子は口から愛液を吐きだしつつも美弥子を床へと覆いかぶさるように押し倒す!
 この状況でもまだ、もう一人の幼女の事を考える美弥子にナマ子は無性に腹が立った。
 しかし、ナマ子の表情はそれとは裏腹に妖艶な笑顔を浮かべている!

「ごほ、ごほっ……今から、セックス、してやる……ッ」
「せ……?」

 美弥子は蕩けた表情でナマ子を見つめる。
 やはり、ただの幼女だ。今までの事は全て偶然だ。
 私が、エリートが、このような幼女に負けるはずがない!
 ナマ子はそう考えながら、目の前の幼女の服をびりびりと破く!
 だがその時、一つの影が二人に向かって一気に跳躍し近付いてきた!
 影はそのまま、巨大な仕込み筆を強く振り抜く!

「飛翔水墨龍(スイボクグライドドラゴン)!!」

 その黒く飛翔する龍の爪が、ナマ子の背中を切り裂いた。

「あ……か、は……ッ!!」

 影……門司秀次は、そのまま転がるようにして最終的に大の字の形に倒れこんだ。
 あの時、門司は海に落ちたのではない。自分から海へと飛び込んだのだ。
 そして予め船の側面に書いておいた『ベカラズ』のうちの一つを発動させた。
 そこには『キケン!海への飛び込み禁止!』という文字と
 救命ボート、縄梯子によって救助される様子のイラストが描かれていた。
 その後、縄梯子で甲板へと登った門司は攻撃する隙を窺い
 ナマ子が美弥子に集中し始めたのを見計らって奇襲を仕掛けた。
 ……しかし、門司秀次には誤算が三つあった。
 一つ目は自分の体力が射精によって想像以上に失われていた事。
 二つ目は『走らないでください、転びます』の効果を無視する為、跳躍からの攻撃という手段に出た事。
 三つ目は美弥子、ナマ子共に緩慢な行動をしていなかった事。
 これによって、門司は『プレローマ』が解除されている物と思いこんでしまったのだ。
 結果として門司はかろうじて抜刀は出来たものの『プレローマ』の愛撫をもろに喰らってしまう形となった。

「あぁー……だめだこれ……動ける気がしねえ……」

 もはや何度目かわからない射精をさらに数度繰り返す。体力の限界をとうに超えていた。
 なんとカッコ悪い負け方だろうと門司は苦笑する。
 そして、自分の精液で一体どれくらいの墨が作れるんだろうかとぼんやりと考えた。

 一方のナマ子は、一撃とはいかなかったものの十分に戦闘不能といえる深いダメージを受けている。
 ナマ子は痛みに呻き、『プレローマ』が自然と薄れていく。

「……あ、の……」
「……」

 ナマ子がちょうど盾になる形となっていた為、美弥子に水墨龍は一切届かなかった。
 そして、そんなナマ子を美弥子は思わず心配してしまっていた。
 親友を助けるのを邪魔され、服を破かれ、そもそも殺し合う敵同士であるナマ子を、それでも美弥子は心配する。
 その美弥子の目を見てナマ子は、また鏡子のあの悲しそうな目を思い出した。
 ……薄れる意識の中、猟奇温泉ナマ子は目の前の相手を誰だと認識していたのか。
 それはおそらく後の彼女にもわからないであろう。だが彼女は、確かにそう呟いた。

「……あなたと……セックスを、楽しみたかった」

 そして、撫津美弥子に口付けをした後、猟奇温泉ナマ子は意識を失った。

「…………ふぇっ……ふぇ、ええぇぇっ!?わ、私の……ふぁ、ファーストキスーーーッ!!?」

 その叫びを聞いていたのは、門司と船の側面に描かれた注意書きを見たシェルロッタだけだった……。

―――

●第二回戦第一試合 結果

・『木瓜殺手刀の美弥子』撫津美弥子
勝利(シェルロッタと共に無事帰還するも、なにか大事な物を失った気分に陥る)

・『ベカラズ』門司秀次
降参(事実上の戦闘不能)

・『プレローマ』猟奇温泉ナマ子
戦闘不能(決まり手は飛翔水墨龍)

・備考
戦闘ステージでもあった客船はその後沈没。衝突した船はそれを免れる。
事故の規模の割に犠牲者は少なかった。
なお、ひとりでに救命ボートが現れたという証言が救助された者達から多数報告されている。

―――





「あー……なんというか、俺も甘いっていうか……」

 一人の男が椅子の上でそうぼやく。

「友達を助けるために戦ってるから出来れば殺したくない、ねぇ。
 ……ま、俺も出来れば死にたくはなかったし、仕方ないわな」

 多少の混乱はあったものの、彼らはしばらくボートで漂い
 なんとか殆どの乗客が無事救助に現れた船に乗りこむ事が出来ていた。

「でも、だからその人の事も出来れば頼みたい、なんてよく言えるもんだよ……
 俺もだけど、あの子も割と酷い目にあってたと思うんだけどねぇ、っていうか殺す気だったよなぁこいつは」

 そういう視線の先のベッドには、凛とした容貌の女性が包帯を巻かれた状態で眠っている。

「起きた後に納得してくれりゃあ、いいんだけどねェ」

 男は、今頃部長たちは大慌てか……いや、もしかした大笑いされてるかもな、と考える。
 そう思うと今頃になって、やっぱり降参するんじゃなかったかもなと悔しい気分になってくるのであった。

最終更新:2014年11月11日 23:48