第二回戦SS・最終処分場その1


 潜衣花恋は考える。自分は欠片の時計に、何を願うべきであるのか、と。

 最初の戦いは、何がなんだか理解もできないままに巻き込まれた。戦うべきか、それとも、時計を放棄する方法を探すか。答えを出すよりも先に、不器用で真っ直ぐな女の子がその手を引いた。戦うためではなく、世界を救うために。

 それから、時間は沢山あった。『きっと何か方法が見つかって、徹子と二人で元の世界に帰れる』――心からそう信じて貫けるほど、花恋は楽天家ではなかった。

 長い歳月の間に、多くの出会いと死別(わかれ)があった。老いていくほどに実感したこと。緩やかに、あるいは突然に。人はいつか必ず死ぬ。

 徹子は世界を救う組織のリーダーで、いつだって自分から危険に飛び込んでいくような奴だった。花恋とて、明日どんな事が身に起こるかなんて分からない。突然車に轢かれるだとか、不治の病に罹らないなんて言い切れない。

 研究が行き詰るたびに。先立つ誰かを見送るたびに。いずれ来るのであろうその瞬間のことを考えるようになった。

 望もうが望むまいが。花恋か徹子のどちらかは、また時計を巡る戦いに巻き込まれることになるのだろう。だから何度も自分の気持ちを反芻した。元の世界で『やり直し』したいと思う事が、全くなかったわけじゃない。

 けれどそんなことよりも、徹子に元の世界に戻ってほしいと思った。だから花恋は、奪おうとした。なのに――



 潜衣花恋は考える。自分は欠片の時計に、何を願うべきであるのか。60年間にも渡ってついぞ出なかった答えが、帰ってきた時にやっと見つかった。


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【現代】最終処分場
戦闘領域:500m四方

現代においてその役割を終えた廃棄物が流れ着く先。
公的に運営される処分場であるとは限らず、人目を憚る無秩序なゴミ溜めであったり、
あるいはさらに危険な産業廃棄物が投棄されているかもしれない。

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 そこは、とある発展途上国の広大な処分場だった。からりと晴れ渡った空の下、辺り一面をゴミが覆い尽くす景観は、ある種の壮大さすら感じさせる。だがそこには危険な核燃料が埋められているということもなければ、魔人絡みの廃棄物が投棄されているということもなかった。戦闘空間として見れば、不安定な足場や小山のような隆起がある程度で”遊び”の少ないフィールドと言える。

 ガラクタを漁って生計を立てる貧困層のスカベンジャーたちは、戦闘領域である500m四方内から隔絶されている。それが今回の舞台設定。軍用列車の時もそうだった様に、戦闘空間の詳細を伝えてくれるのが、花恋の時計が持つ特性なのだ。

(おいおいおいおい、やっぱり最悪じゃないかよ)

 花恋は悪臭に顔を顰めながら、ゴミ山の陰からその対戦相手の威圧的な佇まいを認め、頭を抱えた。できれば同じ名前の別人であって欲しかった。

 相手が自分を知らなくとも、自分は相手を知っている。時ヶ峰健一――希望崎学園において、最強と噂される魔人だ。左の手に持った青く光る小さな剣を見つめながら、じっと何かを考え込んでいる。

「こそこそと隠れていないで、姿を現したらどうだ」

 時ヶ峰の声に不意を突かれ、花恋は思わずびくりと跳ねあがった。叫んだわけでもないくせに、妙によく通る力のある声だ。

「回りくどい真似は必要ないだろう。戦うか、さもなくば降参するか。どちらかを選べ」

 心臓が早鐘を打つ。時ヶ峰は普段から、己の力を隠そうともしない。だから希望崎学園の者なら誰だって知っている。あらゆる剣を召喚し使いこなす彼の魔人能力”英雄の下で剣は舞う”――そしてそれらの剣を上回る、彼自身の戦闘能力を。

 花恋の『シャックスの囁き』もまた、強力な魔人能力だ。どれほど力の差があろうと、触れさえすれば一撃で敵を絶命せしめる。だが、果たしてこの男を相手に、触れる事などできるのだろうか。

 ポケットに手を突っ込む。戦いに生かすべく持ち込んだ、いくつかの小物の感触。
 ゴムボールから『弾性』を奪い、飛び跳ねて接敵/反応して斬り落とされるだろう。
 羽飾りから『軽やかさ』を奪い、刃を避ける/拳の風圧で弾き飛ばされて終わり。
 鋼鉄片から『硬度』を奪って初撃に耐える/無理だ。一刀のもとに断たれる。

 周囲に利用できそうな都合の良いゴミもなかった。ならば、言葉で揺さぶりを掛けるしかない。花恋は己を強いて足を動かし、時ヶ峰の前に姿を晒した。どうにかして隙を作り、能力を叩き込む。それが無理でも時間を稼いで、ブラストシュートこと山口祥勝とやらの介入を待つ。

 軍用列車の世界での60年という時間は、花恋に大きく経験値を与えた。そこには魔人同士での戦い方も含まれている。知名度から考えて、山口も時ヶ峰の実力を知っていておかしくはない。三つ巴の戦い、厄介だと分かりきっている相手との一騎打ちは避けたがるはずだ。だから花恋と時ヶ峰が戦いを始めたことに気付けば、一時的に花恋の方に加勢してくれる、かもしれない。

「校内で見た覚えがある。希望崎の生徒だな。潜衣花恋とやらの方か」

「私はあんたを知ってるぞ、時ヶ峰。希望崎同士のよしみで、協力してもう一人を倒さないか?」

「必要ない。正々堂々と戦い、貴様ら二人を打ち破るのみ」

 時ヶ峰が、青く光る剣の切っ先を花恋へと向ける。ぞくり、と肌が粟立った。

「おいおいおいおい、武器も持ってない女一人に、まさか伝説の剣なんて使うつもりじゃあ……」

 時ヶ峰は問いにも応えず、その場で剣を振りかぶる。遠近無視の魔剣? この男は常に、剣の特徴について語ってから戦い始めるのではなかったのか? 剣が振り払われる。不味い――

 果たして、斬撃が花恋を襲うことは無かった。代わりに銃声と、金属同士がぶつかる高い音が響く。

 側方から頭を撃ち抜くべく飛来した弾丸を、時ヶ峰は斬ってみせたのだ。この男は最初から、己を狙うもう一つの殺意に気付いていた。

「姿を現せと、そう言ったはずだ。『カラドボルグ(いなずまのけん)』……」

 時ヶ峰の空いた右手に、新たな剣が出現する。間を置かずにそれは振るわれ、数十m先にあるゴミの山が斬り飛ばされた。障壁を失い晒されたその人影が、花恋にも見えた。妙にこの廃棄場に溶け込んだ格好をしている。あれが山口祥勝だろうか? 友達から携帯を借りて動画で見た時の、赤と黄色のヒーロースーツではない。

「隠れても無駄だ。そうしてこそこそと戦うつもりならば、まず貴様から倒す」

 時ヶ峰が宣言した。人影はゆっくりと、花恋たちの方へと向かってくる。

 時ヶ峰は剣を下ろして仁王立ちしながら、顰め面で人影の方を睨んでいる。対面してから仕切り直すという腹積もりらしい。ひとまず、一対一で戦わなければならない状況は逸したようだ。ならば花恋も、それまで下手に刺激しない。だが――

(仮にうまく山口と話を付けて、二対一の状況を作れたとして。私はこいつに……希望崎最強の男に、勝てるのか?)


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『獲物を狩ろうとする瞬間こそ最も無防備となる……』『電子書籍で全巻購入した漫画、ハンター×ハンターにヒントを得た戦術である』

「黙れクソアマ。……銃弾を斬りやがったのか、あンの野郎」

 毒づきながら、山口祥勝は歩み始めた。時ヶ峰健一に一人狙いを受けるのは最悪。ならばここは応じる方がマシだ。

「浅尾龍導といい、あの時ヶ峰といい、やっぱ希望崎学園の奴は空気読まなくて駄目だな。銃で撃たれたらちゃんと死ぬように学校で習ってないんだ」

『最終学歴小学校中退の祥勝くんがひがんでまーす』『ヤクザアサシン(笑)』『ショッカー(笑)』

「お前ら、もし俺が生きて帰ったら覚悟しろよ」

『で、どうすんだ?離れてライフルで戦っても意味ないと思うが』

「事前調査で得られた、あの二人の素性に間違いはないよな?」

『二人とも、希望崎学園の生徒だ。他にこれといった所属や裏の顔は見当たらない』

「オーケーだ。プランCを実行するぞ」

『マジか』『アレ本気でやるの?』『それこそ意味ないと思うけどなー』『俺そのプラン聞いてないんだけど』『それはきみがこないだねおちしたからです』『見てれば分かるよ風天』

「動揺を誘えたら御の字だ。駄目なら中距離で殺るしかない」



「来たか、潔し。逃げ出していれば、容赦なく背を斬っていた」

 時ヶ峰健一と、15mほど離れた所に潜衣花恋。正三角形の位置取りになる辺りで、山口は立ち止まった。衛星は既に、周囲のゴミの中に紛れさせてある。

「改めて説明しよう。この剣はカラドボルグ。無限の間合いを持つ魔剣だ。そしてこっちが……」

スティング(つらぬき丸)だろ? オークに反応して光るエルフの短剣。お前はそれを、敵意とか攻撃意思を感知する剣だと解釈して索敵用に使っている、ってとこか」

「ほう、知っているか」

 どこか満足げな表情で、時ヶ峰は頷いて見せた。堅物そうに見えて、実は結構気の良い奴かもしれないと、山口は少しだけ緊張を解いた。

(掴みは上々かな)

「そういうのが好きな奴が、俺の友達にもいてな」

『風天、どうでもいい所でたまに詳しいよねー』『風天のくせになまいきだ』『汚名挽回だな!』『ちょっとこの扱い酷くない!?』

(一旦黙っててくれ)

 山口は小声で伝えた。ここから先はしばらく込み入った話になる。念のためコメント反映能力はオンのままにしておくが、目の前の二人にこれ以上余計な印象を与えたくはない。

「戦う前に、ちょっと俺の話を聞いてくんないか」

 時ヶ峰はぴくりと眉を動かす。潜衣花恋は顔を上げて、より大きく反応したように見受けられた。期待とも不安とも取れない複雑な表情だ。彼女も時ヶ峰といかに戦うべきかについて考えあぐねているのかもしれないと、山口は当たりをつける。

「さっきは仕掛けてきておいて、失敗したら話を聞いてくれとは。虫が良すぎるとは思わんのか、貴様?」

「まさかビビッてるのか? 俺がまだ何か仕掛けるかもしれないから、小細工を打たれる前に早く戦って倒したい……そうなのか? 違うよな。希望崎最強の魔人、時ヶ峰健一くん?」

 時ヶ峰が額に青筋を立てる。剣の柄を握り潰しそうなほどに強く掴んでいる。否、情報が確かなら実際握り潰せてしまうだけのパワーもあるのだろう。殴りかかってこないのだから、ちゃんと理性をコントロールしているのだ。ここまでは事前の分析通り。時ヶ峰はプライドが高く、行動原理が明確で、それでいて頭も悪くない。だからこそ、言葉で御する隙がある。

「オーケーと取るぞ。そっちの、潜衣花恋も。話していいか?」

「ああ、いーぜ……いや、その前にもうちょっと離れてくれ」

 山口は攻撃意思などないというように両手を上げて、二歩三歩と後ずさる。それから、深く息を吸い込んで、その言葉を告げた。

「お前ら、降参する気はないか?」


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(おいおいおいおい、何だよそりゃ……こいつ、脳ミソお花畑なんじゃないのか?)

 一瞬でも、何かを期待した自分が馬鹿だった。それが潜衣花恋の正直な感想だ。

 降参を求める事自体はまあ、まだ分からなくもない。だが、あれだけ前置きしてから話すことがそれだろうか。今明らかに、もっと重大な提案をする流れだっただろう。

「話にならん。断る」

「私も同じ意見だ。あんた、この戦いを甘く見てるんじゃないの?」

 両者ともに却下。当然だ。しかし山口祥勝はそれを聞いて、むしろニヤリと笑ってみせた。

「ああ、分かる。分かってるよ。これからとびっきり、お前らが戦いたくなくなるような話をしてやる」



「そもそもの話だ。欠片の時計を奪い合う戦いにおいて、最善手ってなんだと思う?」

 山口が二人に問う。花恋が考えあぐねている間に、時ヶ峰が先に答えた。

「力だ。全ての対戦相手を絶対的なパワーで捻じ伏せて勝てばいい」

「参加者を特定して、試合前に闇討ちする、とか……そういう答えを期待してるんじゃないの?」

「両方不正解だ。まあニシローランドゴリラに育てられた蛮族みたいな方は置いとくとして、闇討ち辺りの考えに落ち着くのは仕方ない」

「おいおいおい勿体ぶるなよ! 最善手ってのは何なんだ?」

 この男は、私たちを煙に巻こうとしているだけなんじゃないだろうか。油断させて、いきなり攻撃してくるとか。そんな思考から、ポケットの中を弄る花恋の指に力がこもる。

「答えは、戦いに参加しないことだ」

 花恋は眉間に皺を寄せた。答えにならない答えに、時ヶ峰も苛立ちを覚えたようだった。

「俺は貴様に禅問答を聞きたいわけではない。ちゃんと分かるように説明しろ」

 先生でも気取っているような仕草で、山口は人差し指を立てる。

「例えばあのミスター・チャンプは時計の戦い、既に十回以上も勝ち抜いてるって話だ。あの人の戦いは生放送されるから間違いないだろう。俺はこの戦いが三戦目だ。お前らは? 二戦目? 四戦目? まあ、必ずしもみんな同じ回数じゃないってこと」

「それから、俺は結構頻繁に残り人数をチェックしてるんだが、参加者の数は減るだけじゃなく増える事もあった。ついこないだも、17人まで減っていた残り人数が18人になっていた」

「ここから分かる事は何か。時計を『いくつ統合したか』なんて関係ないんだから、参戦は遅ければ遅い程に有利ということ。リスクを踏む回数が少ない方が良いに決まっている」

「それって、結果論じゃないのかよ。時計を手に入れるかどうかは運なんだから、そんなの自分の意思じゃどうしようも……」

 山口は首を大きく横に振った。

「なく、ないんだよなあ、これが」

「またミスター・チャンプの話になるけどな、あの『救済策』……アレさあ、別に所有権を一人の人間に明け渡す必要はないと思わないか? 時計所有権は殺した相手に譲渡されるわけでもない。持ち主が死んで所有権の浮いた時計に、最初に触った奴に移る。実際、殺すのはチャンプじゃなくて介錯人だろ? じゃあ、あらかじめ時計を人の手に触れない別の場所に保管しておけば良い。それから所有者を殺害し、また蘇生する。このやり方なら、所有者のいない時計を統合しないままで幾つも管理下に置くことができる。俺が同じ立場なら、確実にそうするね。自分が負けた時は他の魔人を新たに時計所有者にして、保険として送り込めるんだからな」

「でも、実際チャンプは負かした相手の時計を自分のものに統合してたじゃないか。その様子だって中継してた」

「そうだ。そして、だからこそ見ている側も疑問を抱かなかった。チャンプが戦った相手が全てか? 一切戦うつもりのない人間が時計を拾ったなら、特設リングでチャンプと試合をしたいと思うか? 一度アピールした以上、チャンプが基準世界に戻ってこない今に至るまで、代々木ドワーフ採掘団には救済策を求める人間が訪れたはずなんだ。だが、そいつらの介錯と蘇生は放送されていない。同意の元に試合を行って勝ったら即統合、という行為を見せつけることで小細工が無いとアピールし、裏では救済策希望者から剥がした所有権を管理しているんじゃないのか?」

「……自分が死ぬ所なんて放送されたくないっていう人たちへの配慮だろ」

「そうだな。そう思いたいなら思ってればいい。しっかり譲渡の瞬間を映しといた方が、妙な奴らに所有権目当てで命を狙われる危険も無い、と俺は思うけどな。潜衣花恋、お前、この戦いを甘く見てるんじゃないのか?」

 意趣返しのつもりか。この男とは多分現実でも友達になれそうにない、と花恋は思った。

「さて、せっかくだからこのまま代々木ドワーフ採掘団についてもう少し掘り下げて考えるぞ。蘇生施術が認められたのは、実演によって安全が保障されたから? 論点はそこだけじゃないだろ。問題は、『欠片の時計』なんてものをプロレス団体が統合しようとしている事実と、それを政府が認めたってことだ」

「政府が時計の存在を認知していないわけがない。国会議員だって巻き込まれてる。何故、代ドワに好きにさせておく? 普通は蘇生能力者を招集して、自分達で管理しようと考える。違うか?」

「なんで、そうしないんだ?」

「してるんだよ。日本政府はただ許可を与えたってだけじゃない。代々木ドワーフ採掘団の行いそのものが、日本政府にやらされていることだと考えれば辻褄が合う。いくら規模が大きいとはいえ1プロレス団体に、発動にこれといった代償の要らない優秀な蘇生能力者が揃っていたことからして、もう怪しい。奴らが時計を収集するために大衆向けの広告搭として選ばれたのが、ミスター・チャンプとか飯田カオルだったんじゃないのか? ……さて、こんな方法も取れると分かった所で、だ。同じようなことを実行に移せる連中が、果たしてこの二団体だけだと思うか?」

「俺の知ってる限りだと、規模の大きいやつらが最低でもあと二つ。多ければ十以上。欠片の時計に目を付けて動いてる組織がいる。当然、このメソッドに気付いてないとは思えない。笑えるだろ? 俺らが必死こいて時計をチマチマ集めてる間に、裏ではもっともっとマクロな争いが繰り広げられてるわけだ」

「じゃあこのまま何の対策も練らずバカ正直に最後の一人まで戦いを続けた場合、どんな事が起こるか。簡単だよな。他の参加者全員を蹴落として基準世界に戻ってきたら、追手がやって来てズドン、だ。どこに逃げる? 海外? 宇宙? 別の世界? 別の時間軸とか? どこまで逃げたって、最終的には時計の力で戦闘空間に引きずりこまれて戦いを余儀なくされる。どんなに強い魔人能力でもほぼ間違いなく天敵がいるから、追う側はただ後出しジャンケンで、相性の良い魔人を一人ずつ時計所有者にしてぶつけ続ければいい。そのための弾丸なら何発も残ってるだろうな。後は組織同士で所有権の浮いた時計を奪い合う。そこからが本戦ってわけだ」

「結論。どんなに強力な魔人だとしても、一個人の力で優勝できる確率は絶望的なまでに低い。欠片の時計を巡る戦いの本質は、魔人天下一トーナメントじゃない。組織力の戦いなんだよ。お前らは特に後ろ盾も持たないし、そういう裏側との戦いに慣れていない。少なくともついさっきまで、スタートラインにさえ立っていなかった。ここで勝てたとして、最終的に優勝まで漕ぎ付けられる確率は……まあ、1%にも満たないぐらいだろ。そこに関しては、俺の方が確実にマシだって言える。奴らの手を予測した上で立ち回れる。『何かの間違い』が起こるとしたら、お前らよりも俺の方だ」

「もし俺が、万が一優勝したら。その時はお前らの分の望みも叶えてやる。だからお前ら、降参する気はないか?」



 花恋は呆然としていた。この戦いは、絶対に勝ち残れない? だったら、自分のこの願いは――

「ちょっと待てよ……アンタの理屈、おかしいところがいくつもあるぞ!」

 花恋は思わず叫んだ。時ヶ峰は腕を組んだまま、何も口にしない。

「なら、言ってみてくれ」

 クエスチョン――

「まず、そんな方法があるならなんであんたはここにいる? あんたも所有権を手放して待機してればいーじゃねーか」

 アンサー――

「もしも俺が奴らなら、まず蘇生能力魔人の所在を明らかにして監視下に置く。闇医者までくまなくな。そして過去一定期間以内に蘇生施術を行った顧客を特定し、全員を潰す。強大なパトロンの無い人間がこの手を使うことはリスキーなんだよ」

 クエスチョン――

「そもそも、あんたの言う作戦で優位に立つには、欠片の時計がたくさんあることが前提だよな? 実際にはそんな風に所有権を浮かせて管理しておけるほど、欠片の時計は存在しないんじゃないのか?」

 アンサー――

「チャンプや飯田が公表する以前から、都市伝説として名前が広まる程度の数はあったはずだ。それに、所有者がそれぞれ一回ずつ戦うだけで残り人数が半分以下に減るってことは、遡れば加速度的に元々の参加者数は増えていく。8回戦の勝ち抜きトーナメントを行うのに必要な参加者数は256人。9回戦なら512人。10回戦なら1024人。シングルイリミネーションで何回も戦うってのは、結構膨大な母数が必要なんだ。仮にまだ二、三戦しかしていない俺のような新規参加者勢が多数を占めていたとしても、その逆、ずっと前から戦い続けていた者もいる。現実世界で参加者が死んでそこから時計を引き継いだ奴なら、前の持ち主が倒した分も足して数えることになる。そこから計算すれば、母数はお前が考えているよりもずっと多いと思うぞ。そのうち合わせて50や100ぐらいは、裏の連中の手中にあってもおかしくない」

 クエスチョン――

「迷宮時計は、多分意思みたいなものを持ってるよな。自分に相応しい持ち主を選定するための戦いに、そんなルールの抜け道を突くようなやり方は認めないんじゃないのか?」

 アンサー――

「そうかな。時計は元々、一人の転校生が持つ能力だったって言われてるだろ? そいつが死んだことで、能力だけがこの世に留まったと。仮に時計の意思が、相応しい持ち主を見つけて己の力を十全に行使されることを望んでいるのであれば、むしろ絶対的な一個人に己の力を委ねておくことにはもう懲りてるんじゃないのか? より抜け目なく、組織的に力を運用できる統合者を求めているとすれば、このルールはむしろ個として強力なだけの者を篩い落とすために、敢えて抜け道を作られていると考えられる」

 クエスチョン――

「優勝できる確率、あんたも絶望的に低いことには変わりないんだよね? ならあんただって、ほぼ負ける事が決まり切ってる戦いなんて降参した方がいーだろ? 全部私達を騙して降参させるためにでっち上げた嘘なんじゃないの?」

 アンサー――

「そりゃ価値観の違いだな。少なくとも俺は、棄権せずに戦う理由がある。それで死ぬとしてもな」

 クエスチョン――

「本当にあのミスター・チャンプが、ファンを騙すようなマネをするのか?」

 アンサー――

「チャンプ自身、騙されているのかもしれない。偶然を装ってチャンプに時計を掴ませ、あらかじめ用意していた救済策を提案することで、あたかもそれが善意であるかのように見せかけて、な。所有権を浮かせる策について理解しているなら、あの『次の戦いまで戦闘空間に残る』って副次能力が生まれることは、明らかに不都合だ。時計が適度に集まった時点で戦線離脱っていう選択が取れないし、最終的に誰かがチャンプを殺すか戦闘空間に置き去りにする形で、所有権を回収しなくちゃならないからな」

 クエスチョン――

「日本政府は、時計を悪用する気なのか?」

 アンサー――

「さあな、少なくとも俺は奴らが信用に足るとは思えない。それに、他にも何かしらの組織が動いていると言っただろ。仮に政府が善玉だとして、奴らが勝つとは限らない。あと、どっちにしろお前の願いは叶わないな」

 クエスチョン――

「あんたは、はっきりいって信用できない。えげつないやり方を思い付くのは、あんたもそっち側の人間だからじゃないのか? 優勝したとして、本当に私たちの願いを叶えてなんてくれるのか? 時計を使って世界を支配しようとか考えるんじゃないのか?」

 アンサー――

「人間性については否定しない。だが今回は約束を守るし、時計を濫用するつもりもない。信じて欲しい」



 潜衣花恋は考える。自分はこの願いを、目の前の男に託すべきであるのか、と。

 他人を信じる事は難しい。山口祥勝に限ったことではない。気心の知れた親友だって、疑ってしまうこともあるほどに。どれだけ言葉を交わそうと、花恋は山口を信じることなどできないだろう。

 だが現実問題として、この男の言葉が本当であるならば。勝ち目のない戦いに挑み続けることが、果たして正しいことなのか。

「フー……っ」

 退屈そうに、大きな伸びを一つして。しばらく沈黙を保ってきた男が、ようやっと声を上げた。

「それで? 要は残り18人ではなくもっと大勢が襲ってくるから、全員倒せばいいということだろう?」

 時ヶ峰健一は、強能力にかまけるだけの魔人ではない。知性が高く、戦闘においても優れた判断能力を発揮する。だがそれ以上に行動原理が明確で、プライドの高い男だった。

「俺には関係がない。何人掛かってこようと全員を力で制するのみ。元より時計に託す願いもない、俺の望みは強者との戦いだ。貴様の案には乗らん」

 彼を希望崎学園において最強の魔人たらしめる要因の一つが、この傲慢とすら言えるほどの自負であった。どんな相手であろうと打ち倒してみせる未来を、本気で信じてしまえる想像力。

「もう話は十分だ。さっさと決着を付けるぞ。”はめこみ型ツインランサー”」

 呼びかけに応えて時ヶ峰の手に現れたのは、奇妙なくぼみを持った棒状の物体。

「名誉なき勝利に意味など無い。故に説明しよう。”はめこみ型ツインランサー”……これ自体の攻撃力は弱いが、武器をはめる場所が二箇所ある。好きな剣を二本入れれば、一振りで二本の剣を使用できるお得すぎる武器だ。更に……」

 同様の物体が、もう片方の手に現れる。時ヶ峰はそれをくぼみにはめ込んだ。奇妙な吸着力で、二つの棒が一体化した。

「はめ込み型ツインランサーに二本のはめ込み型ツインランサーを入れる。更にそこに四本のはめ込み型ツインランサーを入れる。……これで俺は、8振りの剣を同時に使うことができる。」

「『カラドボルグ』『スティング』『千鳥』『ライトセイバー』『クトネシリカ』『ダンギャステルソード』『レーヴァテイン』『イキツモドリ』」

 一振りずつでも戦闘魔人の一能力に匹敵するのであろう力を秘めた聖剣・魔剣が、次々とはめ込み型ツインランサーに装填される。もはや剣とも呼べぬ、アンバランスな組み木めいたそれを、時ヶ峰は難なく持ち上げて振るってみせた。なんたるはめ込み型ツインランサー七本とエンチャントソード八本の合わせて十五本を同時召喚してみせる時ヶ峰の、恐るべき能力容量(キャパシティ)であろうか。

 山口が腕を振り上げた。投げつけられたナイフを、時ヶ峰は難なく弾く。間髪入れずに、山口が何かを投擲する。スモークが一瞬で広がった。時ヶ峰の拳が唸り、風圧が煙幕を掻き消す。後ろに回り込もうとしていた山口が、舌打ちしながら離れる。

「上等だ。ニュートン力学もロクに知らない奴らの打った伝説の剣と、現代人の叡智が詰まった銃、どっちが強いか試してやる」

 山口の挑発に、時ヶ峰はもう表情一つ変えない。強者の絶対条件。一度戦い始めてしまえば、冷たい刃のような平然さで相手を追い詰めることができる。

 花恋はその場を駆けだしていた。時ヶ峰の剣気に当てられたから、というのもある。だがそれ以上に、彼女は既に己のすべきことに気付いていた。

「なんたる惰弱。斬る価値もない」

 時ヶ峰は言い捨て、追わなかった。目前の戦いに血を沸かせた今の彼に、花恋の背はとても取るに足らないように見えた。


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『ああっ』『駄目だわこれ』『ニュートン力学もロクに知らない奴らの打った伝説の剣めっちゃ強いわ』

 戦いは、一方的だった。不意を打つ攻撃はスティングによって察知される。弾丸や爆発物はライトセイバーと千鳥に叩き落される。近付くのは論外。しかし離れても、クトネシリカに宿る幻獣とカラドボルグの斬撃が山口の銃火器以上の密度で襲い掛かってくる。

 既に山口の左の眼は見えない。全身が裂傷と火傷と噛み傷だらけで、今にも意識を手放しそうになる。奥歯に仕込んだ気付け薬を噛み締める。

『突進前に右足を開く癖がある』『構造上、はめ込み型ツインランサーの連結部は脆いはずだよ』『素の防御力も高すぎる。狙うべきは局部だ。眼や金的』

“無敵の楯””大泥棒””無糖”の、どこまでも冷静なアドバイス。だが、圧倒的力の前には些細な癖も急所も意味を成すだろうか。

『ああああああああ祥勝が負けるわけないだろおおおおおお』『黙って見てなさい風天。ここから大逆転よ』

 馬鹿二人のコメント=ノイズ。だがオフにはしない。勝機を見出す活力のために、手離してはならないもの。

「よく戦った方だ。だが、相手が悪かった」

 時ヶ峰が、右足を開いた。チャージが来る。今この瞬間が最後のチャンス。

 魔人の膂力を持ってしても限界ギリギリの技術、50口径銃に装填された五発全弾の精密連射。片目が潰れて遠近感も上手く掴めない最悪の状況下で、山口はそのミラクルショットに成功した。ライトセイバーと千鳥が、二発ずつを線で捉えて弾き落とす。五発目がはめ込み型ツインランサーの連結部を捉え、時ヶ峰自身の突進力も加わって、粉々に砕けた。八本の剣が空中に放りだされる。

 時ヶ峰の、驚愕した表情。現代兵器は、伝説の剣に届き得た。山口は駆ける。新たな魔剣を生み出す前に、眼を潰すしかない。左手首からの銃撃をフェイントに、本命は含み針。

「なるほど、認めよう。貴様は強い」

――だが、銃が剣に届き得たからといって、山口が時ヶ峰に届くとは限らない。

「そして俺の筋力は、その貴様を上回る」

 強烈に迫る死の圧力を肌で感じ、山口は直前で踏み留まった。時ヶ峰の拳が空を切る。風が起こり、姿勢を崩す。苦し紛れにスナップで銃撃。時ヶ峰が右手を素早く振るい、何も起こらない。そして迫る二撃目。時ヶ峰の音速の下段蹴りが、山口の足元を薙ぐ。

「っぐあっ!!!!」

 山口の身体が宙に舞った。回転しながら落下し、背中を強かにゴミの地面へと打ち付ける。ぐにゃぐにゃに折れ曲がった血まみれの脚から、砕けた骨片が肉を突き破って飛び出していた。

「まだ息があるとはな。今、楽にしてやろう」

 時ヶ峰が冷ややかに告げて、握り込んだ右の拳を開く。弾丸だったものの粒が、サラサラと風に流れた。――先の一瞬、至近距離で銃弾を掴み取り、粉々に握り潰してみせたのだ。

 最後は、この拳で叩き潰してやろう。それが時ヶ峰の、戦士としての敬意だった。ゆっくりと歩み、近づく。足に何かが当たる。何だ、これは? 何故こんなものがここにある?

 空き缶だった。日本では馴染みのない、この国の清涼飲料水のものと思しきアルミ缶。煩わしい。こんなものが転がっていては、戦いに集中できないではないか。時ヶ峰は苛立ちに缶を踏み潰した。これで良し。

 背中に何かが当たる。手だ。潜衣花恋が時ヶ峰の背に触れている。他愛もない。山口祥勝にトドメを刺し、少し休憩したら、この女と戦うとしよう。

(――待て。何かおかしくはないか?)

 花恋は“シャックスの囁き”の効果を解除し、即座に再発動する。

 時ヶ峰健一――恐るべき魔人能力と、それを上回る力を持つ、希望崎学園最強と目される男。

 その力はたった今、潜衣花恋に奪われた。

「馬鹿な、俺の……」

「あんたのパワー、奪わせてもらったぞ。後は寝てろッ」

 できるだけ加減をしながら、花恋は時ヶ峰の額にデコピンを放つ。その衝撃は3m近く時ヶ峰を吹き飛ばしながら脳を揺らし、彼の意識を刈り取った。


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 潜衣花恋の能力は強力だ。本人が奪えると『認識』したものであれば、特殊能力や物体の性質、果ては死の運命といった概念的なものまで奪えてしまう。

 そういった拡大解釈を持ち出すのであれば、そもそも物が持ちうる概念というものは、時や場所や状況によって一定ではない。例えば同じ空き缶だったとして、雄大な自然公園に心無い誰かが捨てたものと、見渡す限り広がるゴミの平原、その一部を形成するものではどうか。

 基準世界で策を練っている間は、花恋にとってもゴミはゴミでしかなかった。気付けたのはついさっきのことだ。ゴミ山の中で何倍にも高められた、一つ一つの『取るに足らなさ』に。最初から、切り札は間近にあったのだ。

 一度その流れを見せてしまえば、何かしらの対応を取られてしまう可能性がある。だからこのタイミングを待った。山口が時ヶ峰にボロボロにされて、動けなくなるギリギリの瞬間。時ヶ峰からパワーを奪って、そのまま相手を殴り倒す。もしも山口に余力が残っていたとして、万全でさえなければ体術に覚えのない花恋でもこのパワーで制圧できる。何事も暴力で解決するのが一番だ。

「……時ヶ峰を、倒したのか」

 山口はもはや虫の息で、完全に倒れ伏していた。それでも油断はしない。全身に暗器を仕込んでいることは分かっているからだ。

 両手から拳銃を取り上げ、握り潰す。手首足首に隠された飛び道具発射機構を指で摘まんで粉砕する。口をこじ開け、含み針を吐き出させる。皮膚の下に仕込まれたカッターを摘出する。キリがない。

『祥勝、女の子に全身を探られてる!』『そこを代われー!』『F●ck』

 山口のゴーグルに流れる緊張感のない言葉に、花恋は思わず吹き出してしまった。先ほどから気になっていたが、これが彼の能力なのだろうか。

『ちょっと花恋ちゃん、ベタベタ触りすぎじゃないかしら?』

 泥棒猫のような物言いには、さすがにむっと来る。花恋とて、好きでこんなことをしている訳ではない。

「仕方ねーだろ、凶器を持たせたままじゃちょっと話すのもままならないんだから。あと頼むから、『かれん』なんて呼ぶのはやめてくれ……」

『そう。じゃあさっさと終わらせてね、潜衣さん』『靴の裏と、髪の中と、あと胃の中にもまだ残ってるから。頑張って吐かせてね』



 ようやっと無力化が済んだと判断して、花恋は改めて山口と向き合った。作りたかったのはこの状況だ。今ならこの男を、生かすも殺すも花恋次第。

「……あのさ。あんたが優勝したら、私の願いも叶えてくれるって話」

「ああ」

「私の願いは、迷宮時計に巻き込まれて、一緒に別の世界に飛ばされた友達を……結局元の世界に帰れないまま死んじまった菊池徹子って女の子を、連れ戻すことだ」

 結局、花恋にはそれしか思い浮かばなかった。こんな自分を、徹子はなんて言うだろう。彼女は人生に後悔なんてしていなかった。多くの仲間に囲まれて、沢山の人を救って、自分の遺志を後進に託して、最期には親友である自分が傍にいてあげられた。この願いは、そんな徹子の一生を否定するものになるのかもしれない。

 それがどうした。あいつだって、元の世界に帰りたかったはずだ。だったら時計を統合して、向こうの世界を好きなだけ救って、それからまた元の世界に戻ればいい。何だってできる迷宮時計に、それぐらいの我儘(わがまま)を願って何が悪い。

「菊池徹子だな。俺が優勝したら、必ず元の世界に連れて帰る。お前のことも、この世界から元の世界に戻すと約束する」

 山口は答え、花恋はゴーグル越しにじっとその右眼を見た。嘘をついているかは、分からない。

「それから……愛花姉を残していくのが心配だ。たった一人の家族なんだ」

「潜衣愛花だな。お前の身辺は事前に調べさせてもらった。近々結婚するらしいな」

「せめて、私は別の場所でちゃんと元気に生きてるんだって伝えたい」

「約束しよう。必ず伝える」

 花恋は山口の声に耳を澄ませた。嘘をついているかは、分からない。

「それから、やっぱりあんたは良い奴だとは思えない。本当に、時計を悪用しないと誓えるのか?」

「約束しよう。俺が時計を濫用することはない」

 花恋は山口の仕草を見回した。嘘をついているかは、分からない。

「……って、口約束なんて信じられるわけねーんだってば」

 花恋の手が、山口に触れる。”シャックスの囁き”を解除。未だ気を失ったままの時ヶ峰にパワーが戻った。そして、能力の再発動――



 他人を信じる事は難しい。気心の知れた親友だって、疑ってしまうこともあるほどに。どれだけ目を見ても、声を聞いても、仕草を観ても、花恋は山口を信じることなどできないだろう。

 だったら、記憶を奪って読めば良い。花恋の能力ならばそれができる。

 花恋は記憶を覗き込む。山口祥勝という男が、信用に足る者であるか。

 裏社会のショービジネスのアサシンとして育った過去。ひょんなことから、ヒーロー生主として活動するに至った経緯。本当の能力を隠していること。大切に思っているもの。何のために戦うのか。魔人能力”ハイライトサテライト”を用いて、綿密に調査と推察を進めてきたこと。駄目で元々、戦意を削ぐつもりで花恋と時ヶ峰にそれらを打ち明けたこと。三者の優勝可能性に関する見立ての根拠。数日前に基準世界で、ニャントロ国際親善協会の暗殺者を一人、辛くも倒したこと。先ほど交わした約束を、守るつもりがあるのかどうか。

「お、お前……山口、お前……」

 能力を解除、山口に記憶を返す。花恋はわなわなと震え、やがて叫んだ。

「詐欺師じゃねーか!!! お前のどこがヒーローだ!!!!!」

『wwwwwwwwwww』『アチャーwwwww』『んんwwwwwwwwwww』『山口川祥勝児wwwwwwwwww』『wwwwwwwwwwwwwwwww』【311コメントさん:NGです】『バレテーラwwwwwwwwwwww』『ワロタwwwwwwwww』


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「おい時ヶ峰。そろそろ起きろって」

 ぺちぺちと頬を打つ感触に、時ヶ峰健一は目を覚ました。目の前には、女の顔。頭がクラクラする。地面がやけにゴワゴワしていて臭い。

「俺は……そうだ、戦いはどうなった、潜衣……」

「あんたは私が倒して、私があいつに降参した。私達はこの世界に置き去りだ」

「……そうか」

 時ヶ峰は、それを素直に認めた。敗北は初めてのことではない。負けないことだけが強さの証明ではないと、この希望崎最強の男は知っていた。

「だが貴様、お人良しだな。あの男が人格者に見えたか? (けん)(けん)を交えれば分かる。確かにそれなりに強かったが、卑劣な戦い方が身に染みついていた」

「あー……そんなんじゃねーんだってば」

 山口祥勝は、とても善人とは言えない。記憶を読んだ花恋には良く分かっている。だが少なくとも、彼の言葉に偽りはなかった。時計を濫用するつもりはないし、約束は本気で守るつもりでいる。

 目的の為ならば手段を選ばないような男だった。しかしそれは必ずしも、卑劣な真似しかしないという意味ではない。

 花恋の出した条件は、山口にデメリットなど何も無いのだ。嘘をつく方が得意な男だが、時には誠意が伝わる方が、交渉を有利に進められる場合もあると知っている。だから、一度守ると心の底から決めた約束は必ず守る。それを破れば、負い目から同じような誠意を発揮できなくなってしまうから。そういう風に、打算で誠実になることもできる奴だった。

 山口の見立ては、恐らく正しい。基準世界での花恋は、時空間能力研究の第一人者ではない。何の後ろ盾もなく、応用が利いてそこそこ強力な能力を持っているだけの、ただの魔人女子高生だ。

 時ヶ峰は強いが、現に不意を突いて倒せてしまった。決して絶対的な存在ではないということだ。それに、花恋の願いを聞き入れてくれるタイプでもない。

 山口は、個人としては時ヶ峰よりも弱い。だが、裏で暗躍するような奴らを相手取るなら、確かに二人よりも上だ。もっとも、それでも優勝の可能性は『万に一つ』らしいが。

 問答無用で山口を倒して帰還するという事も考えた。戦いを諦めるといっても、元の世界に戻れないのは寂しい。日本政府や代々木ドワーフ採掘団を信じて、所有権を明け渡せば良いじゃないか。今度こそ、愛花姉に二度と会えないかもしれないんだぞ、と。

 けれどそれでは山口の言う通り、願いは決して叶わない。この世界に来る前に、花恋は決めたのだ。徹子を必ず連れ戻すと。だったら一番大きい可能性に賭けるべきだ。

(私だってさ、一度決めた目的を『貫き徹して』みたって良いだろ?)

 心の中で、花恋はそう呟いた。不器用で真っ直ぐな女の子の笑顔が、ほんの一瞬だけ見えた気がした。

「そろそろ行くか。時ヶ峰、あんた時空を操る魔人の一族なんだよな? あんたにも手伝ってもらうからな」

「急に何を言い出すんだ、貴様は」

「私たちも、元の世界に戻る方法を探すんだよ。あいつが優勝する奇跡だけを待ってなんていられないだろ? 私はこれでも、時空間能力には詳しいんだ」

 花恋の提案に、時ヶ峰はぶすっとした表情で顔を背ける。花恋が最初に覚えたあの威圧感は、もうどこかに消えていた。

「俺は別に、元の世界に戻れなくとも構わん。この世界にも戦うべき強者はいるだろう」

 時ヶ峰が突っぱねるのも気にせずに、花恋は街の方角を見定めて歩き始めた。そうしてやや離れた所から、わざとらしく声を張り上げる。

「希望崎学園最強の時ヶ峰健一ともあろう者が、まさか女の子相手にデコピンで手加減された借りも返さないつもりなんてなー」

「ぐっ……」

 時ヶ峰は歯痒そうに俯いて、足元に転がっていた空き缶を蹴飛ばした。それから先を行く花恋の背を、黙って追いかけた。

最終更新:2014年11月19日 19:28