れいかの想い


「二人ともおかしいの」

 豪華客船から帰ってきてからというもの、美弥子とタロマルの様子がどこかおかしいの。
 美弥子は光を失った目で落ち込んでいるしタロマルはタロマルで妙にもじもじしているの。
 一体戦闘先で何があったというの?対戦相手の門司秀次や猟奇温泉ナマ子に何かされたの?
 聞いてみても、「お願いだから聞かないで」としか帰ってこないの。

「……ねえ、美弥子、タロマル……れいか……親友、だよね?
 ……それは、一緒には、戦えなかったけど……」
「うっ……」

 自分でも少し卑怯だとは思うの。でも、仲間はずれは嫌なの。

「……ほんとに、ほんとに絶対に内緒だからね」
「わかってるの」

――――――

「……み、美弥子の、ファーストキスが……ッ!」
「お、大きな声出さないで!!」

 美弥子がれいかの口を塞いでくる、あ、美弥子の手がれいかの唇を……じゃなくて!

「むぐぐ、み、美弥子のファーストキスが失われるなんて……世界の損失なの……許されないの……」
「あの、本当に、何度も言わないでもらっていいかな……」

 そういうと美弥子はがくりと肩を落とす、なんてかわいそうな美弥子なの。
 聞くも恐ろしいビッチとはこっそり調べて知ってはいたけれどまさか美弥子に手を出すなんて……

「れいタン……あたしの心配はないでしたか?」
「タロマルは強い子だから平気なの」
「おお」
「いや、騙されてるよシェルロッタ」
「ああ、美弥子……こんなことなられいかがちゃんともらっておくべきだったの……」
「麗華?本気じゃないよね?」

 もちろん冗談なの、とだけ言っておいたの。
 すると美弥子が再びはあ、とため息をつく。
 やっぱりショックが大きかったのかと聞いたけど、そういうわけではなかったの。

「……あの時……結局、シェルロッタを引き上げる事が出来なかったんだ」
「みやタン……でもあたしは無事だったのでしたし、みやタンが助けてくれただけで嬉しかったのがありました」
「でも、今回みたいな状況じゃなかったら……私、シェルロッタの事、やっぱり助けられなかったんだな、って」
「……美弥子」

――――――

 れいかはその時、何も言えなくて。
 一度美弥子の部屋を出て、少し考える事にしたの。

「あら、麗華ちゃん。うふふ、また来てたのね」

 そういえば……今日も美弥子の部屋に直接飛んでたから、挨拶していなかった事を思い出したの。

「美弥子のママ、ごめんなさい、まて来てしまって」
「いいのよ……美弥子、あの時から元気ないから……お友達がたくさん来てくれた方がきっと美弥子ちゃんも元気になるもの」
「……はい」

 美弥子のママはいつもすごく優しくて、魔人のれいかや眞雪やタロマルが来てもいつも通りなの。
 本当に、すごく優しくて、れいかは美弥子のママに憧れているの。

「ねえ麗華ちゃん。美弥子ちゃんが最近私に何か隠しごとしてる気がするんだけど……麗華ちゃん、何か知ってる?」

 胸がどきりとした。ファーストキス……のことじゃなくて、きっと、迷宮時計の事なの。
 もちろん、こんなこと、れいかから美弥子のママに言えるわけがないの。

「……うふふ、ごめんなさい、麗華ちゃんが美弥子ちゃんの秘密を勝手に話してくれるわけないわよね」
「あ、あの……」
「私がいじわるでした。ごめんね」

 そういうと美弥子のママはてへっと笑って、頭を撫でてくれて。
 嬉しい気持ちと、罪悪感が一緒になって、微妙な笑顔を返すことしか出来なかったと思う。

「でもね、いつも私はみんなのことを大切に思ってるからね。何かあったら言ってくれていいのよ?」

 そういう美弥子のママの目はとても優しくて。
 れいかはあの時の事をふと、思い出したの。

―――――

「みーやーちゃん!授業終わったし遊ぼうぜー!」
「わあっ!ちょ、ちょっと待ってよ!」
「お、れいれいだ!遊ぼうぜれいれいー!」
「……れいかはお稽古があるから、あんたたちなんかとは遊ばないの」

 それはまだ、美弥子がまだほんの少しだけ今よりやんちゃで、タロマルが転校してきていなかった五年生の頃の話。ああ、眞雪は大して変わってないの。

「毎日それだな!」
「当然なの……あなたたちとは違うの」

 その頃のれいかは、美弥子の事も眞雪の事も見下してたの。
 だって、彼女達は、魔人だったから。
 魔人と付き合ってはいけないって言われてたから。

「なー、いつだったら稽古ないん?」
「明日も明後日もあるの」
「休みの日は流石にないんでしょ?」
「あるの」
「ええー!?本当に!?」

 いつまでも二人はしつこく話を聞いてきて、本当に迷惑だと思ったのを覚えているの。

「その次の次の次の日もお稽古だからあなた達とは遊べないの、じゃあね二人とも」



「……なんでついてくるの」
「一緒に帰るくらいはいいじゃーん」
「眞雪は言い出したら聞かないんだから」
「みやちゃんだってついてきたかった癖にー!」

 正直とても鬱陶しかったし、勘弁してほしいと思ったの。
 こんなところをもしママに見つかったら、きっとまた……って思ってたの。

「んじゃあまたな!」
「麗華、また明日」
「……」

 もう来なくていいの。そう思ってたのに、毎日毎日しつこくやってきて。

「麗華ピアノ弾けるの?すごいなー」
「れいれいすごい!」
「……れいれい?」
「あだ名つけた!ないと不便だろ!」
「いや……」
「不便なことはないでしょ別に!」

 勝手にツッコミされるし。本当にもうなんなの。
 毎日毎日好き勝手言ってばっかりだったの。

「れいれい、今日は何行くの?」
「今日は、バレエ……」
「バレエ!すごい!」
「すごくないの……バレエはあんまり得意じゃなくて……」
「面白くないの?」
「……そうじゃないけど、得意じゃないの」
「ふーん」

 いつのまにか、れいかは二人にいろいろ話すようになってたの。
 この時の事を話すと美弥子はいつもごめんねっていうけど、本当はとても安心出来ていたの。

「今日は華道なの」
「それ面白い?」
「れいか的にはあんまり」
「花見ててもどうしようもないしな!」
「ええー、お花いいじゃん」
「れいかも見てるだけならいいけど」
「なら見てごらん、あそこにいるのが人食い花だよ」
「いないよそんなの!!」
「その血で赤く中身が詰まった果実がスイカとなるんだよ」
「そんなグロいものじゃないから!!」
「ふふふ」

 この頃になるとれいかは、自分から声をかけて一緒に帰るようになってたの。
 もう、最初の頃の考えなんかすっかり消えていて、れいかはすっかり二人と話すのが楽しくなっていたの。
 でも、ある時。

―――

「麗華、少しこっちに来なさい」
「え……は、はい」
「昨日あなたはそろばん塾に遅刻したそうですね」
「あ……そ、その、それは」
「まさか一分だけだから、等という言い訳をするつもりではないでしょうね」

 こう言われると、れいかは頭がちかちかして、涙が出そうになってしまうの。
 でも泣いてしまうともっと怒られてしまうから、れいかはただ正座して聞いているしかないの。
 遅刻した理由は……

「あの魔人の子達でしょう」
「……!」

 そう、れいかは……塾に向かう途中に美弥子達に会って、思わず少しだけのつもりで遊んじゃったの。
 だからほんの少しだけ遅れてしまって……

「あの子達に何を唆されたの」
「そ、それは……!」
「麗華」
「……」
「あなたはしっかりとした教養を身につけてもらわないと困るの」
「……」

 れいかの顔は多分真っ青だったと思うの、少し気持ち悪くなって、でも必死に泣くのはこらえていたの。

「その喋り方の癖も直さないといけないの、わかっているの?」
「は、はい……」
「もっとしっかり」
「はい……」
「……これからあの子達と話すのは禁止。すぐ家に帰って、塾に真っ直ぐ向かいなさい」
「それは……!」
「麗華」
「……!」
「いいわね」
「……はい」

 言い返したかったのに、れいかは何も言い返せなかったの。
 ママに逆らう事なんてやっぱり出来ないの。
 もう、美弥子と眞雪とは話せないんだって、ただそれだけ考えていたの。

―――

「れいれーい!一緒に帰ろうぜー!」
「麗華、行こう」
「……」

 れいかは二人を、無視しなきゃいけないの。
 二人を、通りすぎて、家に帰らなきゃ。

「れいれーい?」
「麗華?」

 行かなきゃ、二人の顔を見ないように。

「れいかは、あなたたちとは違うの、あんたたちなんかとは遊ばないの」

 そう言って麗華は素早く立ち去るしかないの。
 ごめんね、ごめんね。そう思っていたの。

―――

「ただいま……」
「おかえりなさい麗華、今日はバイオリンの塾ね」
「……はい」

 バイオリン……行きたくないな。
 そう考えてしまって、美弥子と眞雪の顔が浮かんで、どうしようもなくなって。
 なんだか二人の声が聞こえてきた気がしたの。

「れいれーい!」
「麗華ー!」
「……!」

 れいかは二階の窓を開けて外を見たの。
 そしたら、そこには確かに二人がいて、れいかに手を振っていたの。
 れいかは思わず行きたくなって、駆け出して。

「駄目よ麗華」
「……!……ママ」
「あの子達と遊んではいけません」
「……」
「麗華、もし魔人と付き合って貴女に何かあったら……」
「でも」
「わかってほしいの。麗華」

 でも、でも、麗華は。

「……れいれい、こないな、どうする!撃つか!」
「馬鹿!そんなことしたらそれこそ一生遊んでくれなくなるっての!!」
「でもみやちゃんは遊んでくれるじゃん」
「へ、返答に困ること言わないで!」

 れいかは……

「れいれい!ちょっとだけでもいいから遊ぼうぜー!」
「麗華!もし迷惑だったら言ってくれていいけど……でも、私も麗華と遊びたいよ!」

 れいかは……!

「……れいかは……行きたい……!」
「麗華……!」
「ごめんなさい、ママ、でも……
 ……美弥子、眞雪……!れいかは……れいかは、二人と、一緒に、遊びたいの!!」

 その時、れいかの体がふわりと浮かんだ気がしたの。
 ……ううん、実際にれいかの体は浮かんで……気が付いたら、さっきまで家の中にいたのに、美弥子と眞雪の目の前にいて。
 れいかは、ふわりと、二人に抱きかかえられるように、落ちて。れいかを含めて三人分の短い悲鳴が聞こえたの。

「……れ、麗華?」
「……あれ……?ここ……」
「……みやちゃん、なんかした?」
「するわけないじゃん、ってか出来るわけないじゃん……」
「……これ、って……」

 その瞬間、れいかは、魔人になったの。

―――

「……麗華、あなた」
「……あ、あの……その……」

 れいかは、ママに会うのがとても怖かったの。
 だって、あんなに魔人と遊んじゃいけないって言われてきたのに、れいか自身が魔人になっちゃうなんて、しかも、ママの目の前で。
 もうママには嫌われてしまうんだって思って、家の中に入る事が出来なくて。
 でも、そうしていたらママの方から家を飛び出してきて。

「……麗華……」
「……ご、ごめんなさい……!!」

 れいかは、能力を使ってどこかへ消えてしまいたいと思って。
 何も考えずに能力を使って……でも。

「人が急に移動するなんてあるわけないじゃない!」

 そんな言葉が聞こえてきて、れいかは、消えてしまうことができなくて。

「大丈夫だよ麗華」
「……え……?」
「だって、麗華のお母さん……うちのお母さんと同じ目してるもん」

 何を言ってるんだろうって、その時思ったの。

「麗華」
「は、はい」
「……そんなにその子達と遊びたいの?」
「……はい」
「……」

 ママはとても怖い顔をして、もう、れいかは我慢できずに泣いていたかもしれないの。
 美弥子はそれを見て頭を撫でてくれて、眞雪もそれを見て背中をさすってくれたの、ちょっと乱暴だったけど。

「……あなた、ピアノを続ける気持ちはあるの?」
「うっ……」
「ピアノはまだやりたいのと聞いているの」
「あ、あの、その、やり、たいです……」
「正直に答えなさい」

 れいかはもう生きた心地がしなくて、でも。
 二人がそばにいてくれたから、多分素直に話す事が出来たと思うの。

「ぴ、ピアノは、やりたい、の」
「バイオリンは」
「あ、あの……あんまり……」
「……そう、じゃあバイオリンはもうしなくてよろしい」
「……あの」
「そろばんは」
「ご、ごめんなさい、やりたく、ないの」
「バレエは、あまり成績はよくないけど」
「ば、バレエは、続けたい、の……」
「そう」

 れいかは、質問の意味がわからなくて、でも、ママはしゃがみこんで、れいかの顔を見てきて。
 泣いてたらまた怒られると思って、涙を無理にぬぐおうとして、だけどママはそんな私の涙を優しく拭いてくれたの。

「……その子達と遊びたいなら、それくらいの時間は用意してあげる」
「……ママ?」
「あなたが魔人になってしまうくらい思い詰めていたなんて思っていなかったの。本当にその子達に騙されてるんだって思ってたのよ。
 ……ごめんなさい、麗華」

 その後の事は、もう、泣き続けいてた事だけしか覚えていないの。
 でも、それは悲しかったからでも、怖かったからでもなくて。

「よかったね、麗華」
「……美弥子……ママ……ありがと、なの……っ!!」
「……あれ!?私は!?」

 そしてれいかは、美弥子と眞雪と、一緒にたくさん遊べるようになって。
 タロマルが転校してきて。一緒にいろんなところへ行って。美弥子の事も……ついでに眞雪とタロマルの事も、どんどん好きになっていって。
 ……そして、今。

―――――

「……あの、美弥子のママ」
「どうしたの?」
「……その、もし、言える時があるとしたら、その……」
「うん」
「……ごめんなさい、なんでもないの」

 美弥子のママは、ふふっと笑いながらそう言ってまた頭を撫でてくれたの。
 ごめんなさい。でも今は、やっぱりまだ言えないの。

―――――

「美弥子、さっきの話だけど」
「う、うん」

 れいかは美弥子の部屋に戻ってくると、美弥子のベッドに座って少しだけまとまった気がする自分の考えを言う事にしたの。
 こういう事が言えるようになったのは、きっと美弥子達のおかげね。

「美弥子はれいかの事をたくさん助けてくれたの」
「麗華……」
「だかられいかは、美弥子を助けるって決めてるの。でも、上手く行かないことのほうが、とっても多くて、れいかは、あんまり美弥子の役に立てないの……」
「……!……そんなこと、ないよ!」

 美弥子ははっきりと言ってくれる。そうなの、それが美弥子なの。

「……美弥子、れいかも、多分タロマルも同じなの。上手く行くとかじゃなくて……助けようとしてくれるのが、それが、それだけで、嬉しいの、ね?」
「……!」
「おお!それでした!みやタン!な!だから平気でしたな!」
「……麗華……シェルロッタ……」
「ね、美弥子?だから、安心してほしいの、ね?」
「……うん」

 今度はれいかが美弥子の頭を撫でてあげるの。
 ……もし、美弥子に何かあったら。美弥子が帰って来れなかったら。
 その時に美弥子のママに説明するのは、きっとれいかの役目なの。
 でも、れいかは……れいかは、そんな事、嫌。したくないの。
 だから、れいかに出来ることは……少しでも、美弥子を安心させてあげること。
 美弥子が無事に帰って来てくれるように……れいかも、美弥子の力になるの。

最終更新:2014年12月12日 21:17