『温泉旅館』の戦闘後。
花恋母さんと再会して、言葉を交わした。
あれは夢ではなかったはずだ。
背中を叩かれた痛みも、あの懐かしい声も、覚えている。
だが俺は、一人吊り橋の上に立っていた。
鬱蒼とした森の中、切り立った崖に渡された吊り橋。
崖の下は暗黒に覆われ、何も見えない。
まるでここは世界から切り離されているかのようだ。
「来たな。異世界の適合者」
「突然申し訳御座いません。貴方に傳えなければならない事があります」
「「『真実』について」」
吊り橋の先に二人の女性。
喪った筈の時計が時を刻む。
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「申し遅れた。私は本屋文、『真実の鑑定者』だ」
「伊藤日車。『本格派』探偵です」
眼鏡の女性と、肩に向日葵を生やした女性が名乗る。
「あ、菊池一文字です。ええと、ここは?何が起こってるんだ?」
反射的に名乗り、二人に問い返す。
状況は迷宮時計に呼び出された時と似ている。
だが、一つだけ決定的な違いがある。
――俺の時計は、結ちゃんの時計に統合されたはずだ。
「迷宮時計の戦いに敗北した自分が呼び出されたのが不思議と仰りたいのですね」
探偵が思考を読んだように返答する。
「私達も一度は敗北していてね――まあ、アレ《北海道》は分かっていても勝てん。
どうやら君の母さんが彼を倒してくれたようだが……まあその話はいい。
ここは『迷宮時計』と『外部世界』を繋ぐ橋だ」
眼鏡の女性が補足する。
『迷宮時計』と『外部世界』を繋ぐ?
言っていることが分からず顔を顰める。
「貴方は、『劇場』の世界をご覧になっていますね『夢の方ではない、世界劇場の方だ』」
探偵と、もう一人――柊時計草――の声が問う。
「ああ、あの映画みたいな……そういえばあんたたち、どこかで見たことがあると思ったら」
そう、『劇場世界』で見せられた映像の中にこの二人も存在していた。
魚に体を食いちぎられながらも勇敢に戦った女性。
『幼なじみ』に罠にかけられ倒れた探偵。
この二人も、迷宮時計の戦いの参加者だった。
「でも、あんたたち負けたんじゃないのか?俺もだけど……」
「そう。負けた。だがこうしてここにいる。
――話を戻そう。迷宮時計の『真実』についてだ」
「これはまだ推理中なのですが――
この世界、迷宮時計の戦いは、一種の『ゲーム』である、と考えています」
「当たり前すぎて気付かなかったが、私の能力……『コニサーズ・チョイス』で確認した。
『この世界は真実ではない』……つまり、そういうことだ」
「迷宮時計を入手したものを強制的にゲームにログインさせ、戦わせる……
ゲーム内で死亡したものは現実世界でも死亡、もしくはそれに近い状態になると考えられます」
「そして得たDP《魔人の魂》で、『時逆順』が復活する……おそらく、そのようなシナリオだろう」
「……あくまでも。我々の推理ですが。」
二人の女性が語る。
この世界がゲーム?何を言っている?
「あのさ。よくわかんねえんだけど、何でそれをわざわざ俺に言うのさ。」
「――君が、『迷宮時計』の世界の住民だからさ」
「貴方は、『軍用列車の世界』で生まれて育った。それが何を意味するか。
――つまりあなたは、最初から『迷宮時計』にいたということになります」
だから。
この二人は、何を言っている。
「君は強制ログインさせられた人間ではなく、データ上の存在なのではないか?」
「あくまで。あくまで推理ですが。
あなたは、もともとNPCとして設定されていた。
それが、何らかの理由によりプレイヤーとして認識されてしまったと」
「――俺は。人間だよ。
菊地徹子と潜衣花恋の息子の、菊池一文字だ。それで十分だよ」
押し殺した声で呟く。
この二人が何を言っているかわからない。
「俺が何者かなんて。それだけでいいんだ。」
「……すまない。少し焦っていた。
だが君はそれでいい。そのまま真っすぐ進んでくれ」
本屋がそう告げると、二人の姿が薄くなっていく。
「時間のようですね。……あとはお願いします。
この世界を――みんなを。救ってください。あなたなら、それができる」
「虫のいい話だとは思う。だが、君にしか頼めないんだ。
潜衣花恋の造った、『迷宮時計のワクチン』である君に。」
「待てよ……!待ってくれ!」
消えていく二人を呼び止める。
だが、もう既にそこには誰もいなかった。
そこ残るは金木犀の香りのみ。
「……俺は。俺は……!」
果たして二人が語るは真実か。
この世界の真実を決めるのは――