野試合SS・花園その2





   Ring ring, ring a bell.(リングアベル)
   今再び、あの懐かしき鈴の音を思い出せ――
   戦いの始まりを告げる、迷宮時計の呼び声を。



■(山口祥勝1)



ジリリリリと、けたたましい呼び出し音が鳴り響く。

狭い部屋だ。
掃除も満足にされないまま埃を被った黒塗りの事務机。
応接用に置いてあるのだろう、革張りのソファがその向かいに鎮座する。
気休め程度に視界を遮る、背の高い鉢植えの観葉植物。

湯を沸かすしか能のない、ヤカンとひとくちコンロが壁際に。
生活感を感じられるものはその程度。
その他に見るものは何もないほど、飾り気のないワンルーム。
無造作に床に直置きされた黒電話から、止むこと無く呼び出し音は鳴り続ける。

ジリリリリ――
「チッ……、やかましいな」

男がひとり、
外行きのコートを着込んだままの姿で、ソファに寝転がっていた。
立ち上がるのも億劫になるほどだらけきった男は、
寝転がったまま身を乗り出し、手を伸ばして黒電話の受話器を取った。

「はい。こちら山口新世界萬請負(よろずうけおい)事務所」
 >『あ、やっと出たね祥勝(よしかつ)くん。わたしだよ私』
聞き覚えのある女の声。

脳裏に警告。とてつもなく嫌な予感。
経験則。碌なことになりやしない。

「はぁ、どちら様でしょうか」
 >『寝ぼけているの祥勝くん。潜衣さんだよ私は。潜衣花恋(くぐるいかれん)。わからないわけないでしょう』

「あー……、――今、所長は外出中でして、自分はただの電話番」
 >『冗談はよしなさい。この回線は祥勝くん直通です』

「チッ……、そんなに気安く俺の名前を連呼するんじゃねぇよ、潜衣」
 >『あら、私とキミとの仲でしょう?』

「俺とあんたの仲だから、だろう」



山口祥勝。
そして潜衣花恋。
迷宮時計をめぐり繰り広げられるバトルロイヤルの参加者同士。
かつて二人は、戦闘空間【最終処分場】で激突した。

敗者と勝者。
その経緯はどうあれ、顛末はどうあれ。
山口祥勝にとってみれば、電話口の相手・潜衣花恋に思うところがないわけではない。

 >『ま、それもそうね。さっそく本題に入りましょう』



■(山口祥勝2)



 >『ねぇ、祥勝くん。もし、基準世界に帰れる可能性があるなら、どうする?』
「基準世界に帰る? ――愚問だ。今更だな、そんなこと」

 >『愚問……、愚問ね。そう、キミは最初から帰ると言い続けていたんだった』

 >『祥勝くんに頼みたいことがあるんだよ。頼みがあって連絡した』

 >『緊急を要する事態だ』

 >『もし、キミが頼みを引き受けてくれるなら。請け負ってくれるのなら――』

 >『私はキミに、基準世界に帰ることができるかもしれない可能性について話そう』


 >『――どう? 興味出てきた?』
「詳しく話せ。引き受けるか否かはそれから決める」


 >『魔人ヒーロー・ブラストシュートに、ひと暴れしてもらいたい。キミにもう一度、戦ってもらいたい』

 >『ある危険人物の処理をお願いする』

 >『暴走を止めて欲しい』

 >『このまま放置すれば、彼女の魔手は間違いなく決勝戦(ここ)に届き得る。その前に食い止めたい』

 >『なんとしても。どんな手を使ってでも』

 >『祥勝くんにしか頼めない』

 >『キミにしかできない』

 >『彼女を――救って欲しい』


女の子の名前は、メリー・ジョエル
(はる)けき未来より来たる、異形の(はね)持つ怪物(モンスター)


   Ring ring, ring a bell.
   今再び、あの懐かしき鈴の音を思い出せ――
   戦いの始まりを告げる、迷宮時計の呼び声を。


「あぁ、いいぜ。やってやろうじゃねぇか」男は応える。

戦う。
もう一度戦う。
腐りきった日々に別れを告げよう。

迷宮時計をめぐるバトルロイヤル。
血を焦がすような、命のやり取りをしよう。

男の瞳に、ギラギラとした光が灯る。

「潜衣。知ってることは洗いざらいすべて話せ。その依頼は、この俺が万事請け負った」


魔人ヒーロー・ブラストシュートの復活だ。



■(山口祥勝3)



 >『私が知り得る範囲の情報は以上よ』
「十分だ。問題ない」

 >『頼んだよ、祥勝くん』
「おいおい潜衣、心配するんじゃねぇ。これでも俺は、元・ヒーロー様だぜ」

「現役を退いた身とはいえ、小娘ひとりブチのめすなんてわけはねぇぜ」

男は、受話器を黒電話に叩きつけ通話を切断する。
そしてそのまま、黒電話を床から拾い上げる。

電話機からはケーブルが伸びており、
それは隣室へと繋がるスチール製のドアまで続いている。

ケーブルをたどり、ドアを開くと、
そこはいくつもの機材が立ち並ぶコンピュータルームであった。

元々ここは広々としたガレージであったが、
今は、サーバマシンから吐き出される熱気と、足元を這ういくつもの配線で満ちている。
注目すべきは、部屋の中央に据えられた、ひときわ大きな半月型の揺り籠(クレイドル)

ここが男の仕事場。

揺り籠(クレイドル)に隣接するメインフレーム。
そのコアには、
山口祥勝の魔人能力、ハイライトサテライトで創り出した衛星が使用されている。

黒電話に繋がっているケーブルを引っこ抜き、
メインフレームと揺り籠(クレイドル)とを再接続。

サーバ群を監視しているモニタを見やり、正常稼働していることを確認。

バイザー/アイグラスを手に取り、装着。
揺り籠(クレイドル)に横たわる。

「さぁ、行こう」
――ショータイムだ。


 >Database:新世界 - SIGN IN
 >該当項目の検索...
 >パーソナルデータの超次元配信を開始します。




■(山口祥勝4)



 >CALL - 戦闘空間【過去】:花園
 >Matarialization - RUN

男が降り立ったのは、一面に花が咲き乱れる広大な平原であった。
視界を遮るような障害物、一切なし。

それを確認すると、即座に身を伏せる。
匍匐姿勢だ。

頭上には青い空と太陽。
緩やかに吹き抜ける風が色とりどりの花たちを揺らす。

アイグラスを操作。双眼鏡モード。
周囲を見渡す。

半径100m内に、人影なし。

喫緊の危険はないと判断し、膝立ちの体勢へ。
改めて周囲の観察。

ここは――

ここは、どこだろうか。
最初に気づいた違和感は、この空間の季節感のなさだった。

どこまでも遠くまで広がっていく美しい花園。
極彩色の花弁。
春の花。
夏の花。
秋の花。
冬の花。

取り留めなく、統一感なく。
時の流れが歪んだ、人工の楽園がそこにはあった。


警戒を怠ることなく、中腰で、一歩一歩前進。
すると、程なくして、
カツンッと音を立て、つま先が何かを蹴り抜いた。

「ん? これはいったい……」

つま先に当たった、金属質の何かを右手で摘み(つまみ)上げる。
先端の尖った――これは槍の穂先か。

一面に生い茂る草花を掻き分け、地面を捜索。

すると、周囲には他にも、
朽ち果て、折れた剣。
板金鎧の成れの果てetcetc。

長い年月、放置され続けながら、腐り落ちることなく在り続けた戦禍の残り香。
ここは昔、大きな戦争があった場所か?

祥勝の思考は高速回転する。
考察を止めることはない。

人間の営み、その痕跡を見つけたことで、
男の五感から草花のざわめきが除去され、より先鋭化する。

自然の音を消し、人工物から発生するパターンのみを抽出。
発見。
風に乗り、彼方から微かに響く歌声。



■(山口祥勝5)



   Twinkle, twinkle, little star,(きらめく、きらめく、小さな星よ)

   How I wonder what you are.(あなたは一体何者なの?)

   Up above the world so high,(世界の上空、遙か彼方)

   Like a diamond in the sky.(空のダイアモンドのように)

   Twinkle, twinkle, little star,(きらめく、きらめく、小さな星よ)

   How I wonder what you are.(あなたは一体何者なの?)


花園に響く歌声。
童謡(マザー・グース)、きらきら星。

音響探査開始。
五感を通して入力されるパラメータを、魔人能力で超次元転送。
自宅のPC群。それでも足りなければ、何処とも知らぬ場所に存在するスパコンへ流し、
計算を外部委託(アウトソース)
そのフィードバックにより、大まかな方角と距離を算出。

敵性存在がそこに居ると仮定。
戦闘行動を開始する。

 >Generate:狙撃銃 - RUN
 >【転送】【開封】

武装を取り出す。
光学照準器と、消音器を装着。

防寒コートにアイグラス、手には狙撃銃。
異様な出で立ちの男が、軍隊さながらの構えで行進する。


――山口祥勝は、
最終処分場での戦いに敗北。
新世界に取り残された。

しかし彼は、基準世界へ帰ることを諦めなかった。
方法を模索し続けた。

最終処分場――あるいは新世界。
あらゆる時空の集積地にして、出発点。
その特異性。

新世界の神、時ヶ峰健一(ときがみねけんいち)
時空間研究者、潜衣花恋。
頼れる相棒、”掃き溜め”のメンバーたち。
運命の出会い。

数々の要因が、彼の魔人能力の発展を促した。

自分一人では出来ないことも、
みんなのちからを集積すれば成し遂げられる。

異なる世界を情報的に結びつける超時空ネットワーク・ハイライトサテライト
そのオーナーである山口祥勝のもとには、必然、
数々の困難――依頼が集う。

その外部委託指揮者(アウトソージング・コンダクター)こそ、今の彼の姿。
山口新世界萬請負事務所の仕事であった。

基準世界へ帰る方法は――まだ見つからないけれど。
「今更だな。そんなこと」


照準器越しの視界。
ゆっくりとした前進。

次第に声が、
歌声が、ハッキリと耳に届くようになる。

繰り返される音律。
幾度も、いくども。


   Twinkle, twinkle, little star,
   How I wonder what you are.


悲しみの感情?
それとも喜び?

匍匐前進へと移行。


   Up above the world so high,
   Like a diamond in the sky.


伏射体勢。
照準器越しの視線。
倍率拡大。

丸い視界の遙か先、
花園に佇む人影が見えた。

風に揺れる柔らかな銀色の髪。
排除対象の特徴と一致。

今、この場で頭を撃ち抜くか?
逡巡。1秒、2秒と過ぎ去る時間。
否、様子を見よう。


   Twinkle, twinkle, little star,
   How I wonder what you are.


歌声が風に消えていく。
照準器越しの人影が、こちらに振り向いた。

「ようこそ、私たちの花園へ。――お待ち申し上げておりました」

「バカな……、この距離で気付かれた?」
つい口に出してしまった呟き。

その呟きに応えるかのように、
銀髪の人影は微笑んだ。

その顔は、
とても14歳の少女とは思えない――

30歳は確実に越えているだろう、大人の女性の姿をしていた。



■(山口祥勝6)



「別人、か?」
殺意の気配、なし。
戦闘の気配、なし。

引き金から指を離す。

「あまり大きな音を出さないでくださいね? この()が起きてしまうから……」

銃のこともバレているな……。
女性のセリフを聞き、祥勝は狙撃銃の銃口を下げる。

こちらには銃撃の意思なし、と先方へ伝える。

「あなたと少しお話がしたいわ」女性の懇願。
近寄って欲しいのサイン。

なるほど、この距離では会話も何もない。
しかし不思議なことに、彼女の声は良く通る――

疑念を覚えつつも、祥勝は狙撃銃を背負い、歩き出す。
距離が近づくにつれ、
銀髪の女性が置かれている状況が見えてくる。

一言で言えば、壊れていた。
負傷していた。

膝から下は完全に潰されていた。
身に纏うサイバーウェアは血に塗れ、片腕がなかった。

彼女の傍らに突き立てられた大槍から察するに、彼女は戦士であった。
戦闘による負傷。
身動きも取れないまま、いつ死んでもおかしくない。

そして祥勝は気付く。
女性の傍ら、彼女に寄り添うように眠る、女の子の存在に。

顔立ちは女性にとても良く似ている。
銀色の髪。
装いも同じ、どこか宇宙服を思わせるサイバーウェア。
そして何よりも、その背に顕現した昆虫の翅

「ああ、そうか。その寝ている女の子が――」

「そう。この娘がメリー・ジョエル。あなたが戦わなければならない相手」

男は、足を止めた。
女性と、女の子。そのどちらか、あるいは両方が突然動き出しても対応できる距離――
それを推し量り、適切な距離を確保する。

「私は、いうなればこの花園の管理人。この娘の眠りを見守るだけ――」

 「ここは遠い遠い思い出の地。戦うために造られた楽園」

  「かつて戦場跡と呼ばれた場所」

   「この娘の眠りを中心として、長い時間を掛けて広がった花園」

    「時間の歪んだ場所」

「この娘、メリー・ジョエルは敗北してから今この時まで、ずっと眠り続けている――」

 「いつか、再び逢える日を待っている」

  「逢いたくて、逢いたくて、逢いたかったから」

   「この娘はいつからか、彼女に逢いに行くことを望むようになった」

    「だから私は、ずっと、ずっと待っていた。この娘を止めてくれる存在を」

「未来を乱さないために」

 「世界を荒廃させないように」

  「使命のために生み出された私自身(このこ)が、厄災の種にならないように」

   「それだけが今の私の願いだから」

    「迷宮時計の戦いに真の終焉を与えるために」

「もしあなたが戦ってくださるのならば――」

 「メリー・ジョエルを止めることが叶ったならば」

  「私に残された、この迷宮時計を差し上げます」

   「きっとあなたの帰郷の(しるべ)となるでしょう」

    「私の願いを――聞き届けてくださいますか?」


男は、応える。
この女性の願いを聞くまでもなく、自明のことだ。
「任せろ。なにせ俺はヒーローだからな」

人間の一人や二人、見事に救ってみせよう。
世界の一つや二つ、守ってみせよう。

山口祥勝は、一歩、歩み出る。
女性が差し示した残された側の腕には、
サイバーウェアに似合わないほど可愛げな、腕時計が巻かれていた。



■(メリー・ジョエル1)



歌が聞こえた。
メリー・ジョエルは、深い眠りの微睡み(まどろみ)の中でその歌を聞いていた。


   Twinkle, twinkle, little star,(きらめく、きらめく、小さな星よ)
   How I wonder what you are.(あなたは一体何者なの?)
   Up above the world so high,(世界の上空、遙か彼方)
   Like a diamond in the sky.(空のダイアモンドのように)
   Twinkle, twinkle, little star,(きらめく、きらめく、小さな星よ)
   How I wonder what you are.(あなたは一体何者なの?)


強化プラスチックに囲われた培養液の中へも、
その歌は届いていた。

遠い記憶。
深い深い眠り、深い深い暗闇の中でさえ、
その美しき問いかけは届いたのだ。

『あなたは一体何者なの?』

わたしは、メリー・ジョエルは、その声に応えようと――

(わたしはだれなの)

――言葉は宙に消える。
メリー・ジョエルは、空を知らない。
夜空に浮かぶ星を知らない。

ただ、歌だけが輝いて、
暗闇の中に生きるわたしを照らしていた。

わたしは、メリー・ジョエルは、手を伸ばす。
光に触れるために。

未だ知らぬ、夜空の星に触れるために。
未だ見ぬ、空を飛ぶための翅を伸ばす。

わたしの記憶は、歌と共にある。
わたしの魔人能力は、夜空の小さな星に触れるためにある。

強化プラスチックの壁の向こう側。
光の世界から、
暗闇の世界に生きるわたしへ、歌を届けてくれたあなた。
語りかけてくれたあなた。

あなたが影の中のわたしを見ていたように、わたしはいつだってあなたを見ている――

遠い遠い、幼馴染の記憶

――歌が聞こえる。
――誰かの声が。

この声が聴こえるうちは、大丈夫。
きっとそこに、あなたは居る。

もし、この歌が途切れたときは――
暖かな歌が途切れたときは――

きっとあなたはそこに居ない。
だから逢いに行こう。

小さな星に逢いに行こう。



■(メリー・ジョエル2)



   Ring ring, ring a bell.
   今再び、あの懐かしき鈴の音を思い出せ――
   戦いの始まりを告げる、迷宮時計の呼び声を。


戦いを告げるベルが鳴る。

【対戦カード】
「山口祥勝」 VS 「 メリー・ジョエル 」

【戦闘空間】
花園


歌は、もう聴こえなかった。
緩やかな覚醒。
眠りからの目覚め。

『あなたは一体何者なの?』

その問いに、今こそ応えよう。
わたしは、メリー・ジョエル。
迷宮時計の真の支配者にして、真の破壊者。

そして、馴染(なじみ)おさなの幼馴染だ。

小さな星に逢いに行こう。
馴染おさなに逢いに行こう。

そのための準備は整っている。

この戦闘空間:花園そのものが、時を刻む年輪であり、
時空を超える迷宮時計となるのだ。

長い長い時間を掛け、
わたしはここをそのように変貌させた。

逢いたくて、逢いたくて、逢いたかったから。

今のわたしなら、この背の翅でどこまでも飛んでいける。
光に届く。


目を開ける。
空を見上げる。

空は、いつの間にか夜空になっていた。


「時間が、歪んでいる?」目の前に居る、銃を背負った男が言う。

わたしの傍らで、ずっと歌ってくれていた誰かは、沈黙したまま。
もう既に事切れていた。

ずっと長い間、胸の中の迷宮時計に生かされているだけだった人。
わたしに、「行かないで」と言ってくれた人。

所持していた二つの迷宮時計のうち、
胸の中に収まっていたひとつはわたしに。

左腕に巻いていたひとつは、目の前の男へと受け継がれた。
基準世界へ帰ることなく、
傷を癒やすことなく、
迷宮時計が喪われ、この人は今度こそ、その人生の意味を終えたのだ。

歌ってくれてありがとう。
でも、あなたはわたしの幼馴染ではないから――

馴染おさなではないから――

わたしは行くよ。
馴染おさなに逢いに行く。

でも、その前に。
『迷宮時計を支配せよ』
『迷宮時計を破壊せよ』
本能が告げる。

「あなたのそれは――」わたしは男へ告げる。

「おさなの迷宮時計だ!!」地面に衝き立った突撃槍を握りしめる。

「だから、持って行っちゃダメなのーー!!」背の翅を広げる。

駆動開始。



■(メリー・ジョエル3)



魔女の箒突撃槍(オクスタム)起動。
ジェット推進器に火を灯す。

全長2.3mもの長大な竜骨にジェット推進器と衝角を積み、
合金でカウリングした長大な槍。
それは、自在な飛行を可能とする翅を持つメリー・ジョエルにとって、
最高の飛行補助デヴァイスとなる。

迷宮時計の器人造心肺(イライザ)起動。
胸の鼓動が高まる。

迷宮時計の研究者であった母が造った最高傑作。
迷宮時計を人の身に収め、自在に力を引き出すことができるようになる。
それは、高速飛行下においても万全な呼吸と血流運動を保証すると共に、
次元を超越したエネルギーを汲み出す。


推進器が吸気を開始。
コンプレッサーがそれを圧縮。
ブレイトンサイクルに従い燃焼。
ジェット噴流を排出。
=爆進。

音速を超える一撃で吹き飛ばしてやる!


「おいおい、舐めてもらっちゃ困るぜお嬢ちゃん。こちとら無駄に年食ってるわけじゃねんだ」

「俺は、銃を使うし、卑怯な手も使う」

「でも勝負を決めるのは、それを上回る俺の筋力ってヤツさ」

「年季の差ってものを見せてやるぜ」

男のアイグラスが、音速で飛行しているはずのメリー・ジョエルを捕捉する。
侵入角度、速度、質量を瞬時に算出してフィードバック。

「ほうら、よっ、と」
槍の激突に逆らうことなく受け流し、ベクトルをズラし、投げ飛ばし地面へ叩きつける。

ダガーン! と鳴り響く衝撃音。
花びらが舞い散る。
生まれたクレーターが、激突の重さを物語る。

「?!」
何が起こったのか、理解が追いつかない。

「わかるか、お嬢ちゃん。これが、アイキさ。熟練の技さ」

男は、瞬時に行動を開始。
メリー・ジョエルを組み伏せに掛かる。

その気配を察知し、
槍に搭載された副脳が即座の離脱を提案する。

「わかった」
男への返答であり、副脳への返答でもある。

男――山口祥勝への認識を改める。
名前を認識し、個体を同定し、強敵として規程する。


翅による飛行。三次元回避!

空中への離脱。
中距離戦闘へ移行。

祥勝はそれすら先読みし、背の狙撃銃を腰だめで抜き撃ちする。

翅の速度では回避が間に合わない。
ジェット推進器による急発進。

強烈なGを物ともせず。

「チッ……これは少々面倒だな」
祥勝はそう吐き捨てながら、有利な位置取りを探して花園を駆け出す。

メリー・ジョエルは、直上へと飛び上がっていた。
星の夜空だ。

   Twinkle, twinkle, little star,
   How I wonder what you are.

思わず口ずさむキラキラ星のメロディ。

右脚が電光と陽炎を帯びる。
義肢に内蔵された竜紋機構から発生させたプラズマ熱量は、
刻印を通過する過程で方向性を定められ、
線状に広がる灼剣(ヒートブレイド)となる。

   Up above the world so high,
   Like a diamond in the sky.

『あなたは一体何者なの?』
その問いこそが祝福だった。

戦う。
わたしは戦う。

戦って、あなたを手に入れる。
わたしの光。
わたしの星空。

大切なたいせつな宝物。

   Twinkle, twinkle, little star,
   How I wonder what you are.

わたしは一陣の風となり、
楽園の花を撫で、
そのままの勢いで、あの男を叩き斬ってやるのだ。

ああ、なんて晴れやかな気分――!!



■(メリー・ジョエル4)



副脳が銃撃を察知。
回避を選択。

視界を遮るような障害物、一切なし。
それが、この戦闘空間:花園の特性だ。

メリー・ジョエルも山口祥勝も、
お互いの行動が丸見え、お見通しなのだ。

事前察知は容易。お互いに。
そしてその場合、純粋に、
行動範囲が広い方が強い。
移動速度が高い方が強い。

状況は、メリー・ジョエル優勢に傾いていく。

「おいおいマジかよ。こりゃああんまりだ。前言撤回したくなってきたぜ」
祥勝は、叫びながらメリー・ジョエルの右脚を回避する。

「やっぱ潜衣は疫病神だぜ。碌な目に遭いやしねぇ!!」

夜空に舞い上がったメリー・ジョエルは、
急転直下、真上からのダイブを敢行する。

「推進器の暖機完了」
超過駆動(ハイパードライブ)モードへの移行。

その様子は、アイグラスを通して祥勝へも伝わる。
「おいおいおい、更に上があるってのか? こりゃあそろそろ年貢の納めどきかもなぁ」

そんなとき――


 >『何やってんのさ、ブラストシュート』


メリー・ジョエルの超視力にも、
祥勝のアイグラスを流れるその反転文字が見えた。

文字が流れたときの、祥勝の表情も。
――会心の笑顔。

「ああ、あなたもそんなふうに笑うんだ」
どんな人にも、そういうものがある。
胸に秘めた思いが。

少し嬉しくなる。
もしかしたら、あの男――山口祥勝にならば、わたしの気持ちがわかるのかもしれない。

 >『どうしたヒーロー。お困りか?』

「おうおう、困ってる困ってるぜ」

 >『助けは必要?』

「ああ……A子か。助け、要る要る。超必要だってーの!」

 >『まったく祥勝くんは、私たちがいないと何もできないんだからね』

「いや、そこまでは言わんが」


魔人ヒーロー・ブラストシュートが持つ魔人能力ハイライトサテライトは。
周囲に浮かぶカメラ衛星で映した視界と音声を、
たとえどんなに離れていても、次元の彼方へも、あらゆる障害を越えて生配信するちから。

それは、人と人。
ちからとちからを結ぶネットワーク。

ひとりでは出来ないことも、
みんなでちからを合わせれば成し遂げられる。

集合知、
人海戦術なんでもござれ。

「さぁ、反撃開始だ」
祥勝が笑う。

わたしにできることは、
ただただひたすら、ちからいっぱい、突き進むことだけ――

星に届くと信じて、飛翔することだけ。

届け。
届け。
想いよ届け。

「超過駆動――エンジェル・フォール展開します」
飛翔は、大気を引き裂き、一条の雲を生む。

それはまるで天への(きざはし)


「俺ひとりではできないことも――」

 >『視界ジャック』
 >『偽装鏡面だ!』
 >『呼び方はなんでもいいから』

「みんなのちからなら、どこへでも届く」

突撃槍に搭載された副脳への直接干渉!
脚色された映像を配信!

戦闘人格が混乱をきたす。
副脳の補助を受けていたメリー・ジョエルの視界が歪む。
目の前から突然祥勝の姿が消える。

 >『光学迷彩!』
 >『ステルスステルス!』
 >『だから呼び方はなんでもいいから』

目標地点の設定にエラー。
祥勝を貫き殺すはずだった一撃が空を斬る。

 >『ん? なんだ俺の助けも必要か祥勝。よし、ならば叫べ』

「そして、これが、すべてを超越する、俺の筋力だあァアアアアアアアア!!」

祥勝の拳が、メリー・ジョエルの突撃槍を横っ面からブチ抜いた。



■(メリー・ジョエル5)



副脳の致命的な破損。
わたしを導いてくれる父親の喪失。

わたしは、戦うすべを失った。
これではもう、祥勝が持つ迷宮時計を回収することは不可能だろう。

諦めるしかない。

しかしそれでも――

『Twinkle, twinkle, little star,』
小さな小さな、わたしの幼星よ。

逢いたくて、逢いたくて、逢いたかったから。

【迷宮時計】:花園を起動する――


 >『祥勝くん、メリー・ジョエルを止めるのよ! たとえどんな手を使ってでもね!』

 >『あの娘が決勝戦(ここ)にたどり着くことだけは、なんとしても阻止するの!』

「言われなくても! その方法は、最初からわかってるんだ!」
祥勝は声を張り上げる。
想いよ届けと。

「俺の能力は、人と人を繋げるちから。卑怯だろうとなんだろうと、使えるものは全部使う」

「俺にできないことは他人に丸投げする! それが俺流の外部委託(アウトソース)だ!」


「聞け、メリー・ジョエル。そんなことしなくても、俺が馴染おさなに逢わせてやるよ!」


わたしは……


わたしは

「逢いたいよ、おさな」
――安堵の涙を流した。わたしは泣いた。

花園を覆う夜空に、一筋の光が流れた。



戦闘終了。



■(メリー・ジョエル6)



それからのことを少し。
わたしがハイライトサテライトを通じて、馴染おさなとどんな話をしたのか。
それは、今回のお話には直接関係しないので割愛しよう。

恥ずかしいし。

肝心なことを少々。
果たして、戦闘空間:花園の一戦、
山口祥勝とメリー・ジョエルは、どちらが勝利したのか。

祥勝に聞いたら、
「ああ、そんなことはどうでもいいな。俺の勝ちでもあるし、お嬢ちゃんの勝ちでもある」

「強いていうなら、丸投げた先の馴染おさなかなぁ」
だそうだ。

わたしも今回の戦闘が、バトルロイヤルにどんな影響を与えるのか正直なところわからない。

確かなことは、
あの楽園に、ひとりの女性が埋葬されたという事実だ。

幾度も戦いに臨み、
幾人もの優勝候補者を屠り、
癒えない傷に苦しみながら、
最後の最後、己自身という34人目の優勝候補者の可能性を潰し、
誰にも知られることなく、
使命を全うした誰か。

だからきっと、未来は明るいはずなのだ。



さて、わたしはというと――
まぁ、なんとなしに”掃き溜め”のメンバーということになっている。
それが一番収まりが良かったのだ。

「放置するなんて、洒落になってねぇんだよ。世話くらいするさ」
とは祥勝の言。

御年50歳。老齢の魔人ヒーロー・ブラストシュートこと山口祥勝。
わたしの初恋かもしれない人。



SIGN OUT

最終更新:2015年01月17日 19:35