「うぎゃあああああああ!!」
河川敷に絶叫が轟いた。
筋骨隆々たるモヒカンの大男が腕を抑えてのたうち回る。
「あーあー、もう。いい大人が腕の一本が折れたくらいで。さあ?」
転げまわる男をへらへら笑いながらヤンキー座りの少年が見下ろしている。
やや軽薄な印象もあるが見た目は悪くない。
爽やかなスポーツマンといった風情の学生服の少年は抜身の刀を巨大な筆に収めた。
仕込み筆である。
指で地面に何かを落書きしながらつまらなさそうに言った。
「峰打ちですから」
「お、俺の腕ゃーッ!?」
「腕がもげたわけでもないのにさ」
少年は有り得ない方向に曲がってしまった大男の腕を対して興味もなさそうにしばらく眺めたあと、携帯電話に着信があった事に気づいたのかスマートホンを操作する。
「あーもしもし、スンマセン。いやー、ちょっと戦闘中だったもんで?ええ、あらかた片付きました。反希望崎とか言ってたバカは地面に転がってますよ。」
「ですから、借金の方は帳消しで。えー?ダメ?ハハ、わかってますよぉ」
その時である!!
少年の背後に立つ巨大な影!!
ダブルモヒカンにリベットレザーベスト!!
ニードルポールメイスを両手持ちに振り上げ少年の脳天にめがけて振り下ろす!!
当たれば少年の頭はスイカのように砕け散ってしまうであろう!!
とても危険だ!!
「死にゃー!!あがッ!?」
男が“天井”に頭をぶつけしゃがみ込む。
天井、この河川敷に突如として現れた天井!!
「あんた注意書き読まないとダメだよ。ほら『頭上注意、天井に頭をぶつける恐れアリ』って地面に書いてあるでしょ?」
「頭ひゃっ?」
「水墨龍(スイボクドラゴン)!!」
注意書きを現実のものとする魔人能力“ベカラズ”。
先ほど地面に書いてあった落書きが注意書きとして現実化したのだ。
しゃがみこんだダブルモヒカンの大男を見下ろしてニヤニヤと笑った少年は抜刀術を放つ。
技名を叫ぶことで身体能力と威力を増す厨二剣術、魔人剣らしい一撃がダブルモヒカンのポールメイスを打ち砕きそのまま右足をへし折った。
「足ァー!?あっぎゃーああ!!」
「電話中は静かにしてくれないかなあ、ほら峰打ちなんだしさ?あーはい。報酬はそんな感じでお願いします生徒会長。じゃあ。」
ぬうっ。
電話を切った少年の後ろに再び巨大な影。
先ほどより大きく、両腕には人間大の巨大な棒状の得物!!
これは、危険だ!!
「どうだ、門司くん」
「ああビッグさん、こちらは片付きましたよ」
ニコリと笑いながら巨大な影は声を発した。
七三分けにチョビ髭を生やしたブレザー姿の巨漢。
彼こそが“ビッグザショドー”真野大(まのまさる)。
両腕には人間大ほどもある巨大な筆が二本握られている。
否!!
それは筆ではなかった。
直立不動の姿勢で硬直した半裸の人間、筆モヒカン男である。
爽やかな日焼けした笑顔から覗く白い歯。
ブーメランビキニパンツ姿の筆モヒカン男は頭部に血と墨汁で赤黒く染まった豊かなモヒカンを風に揺らしながらサムズアップした。
これこそが大字モヒカン書道。
希望崎学園書道部の前部長、真野の書道スタイル。
彼の後ろにはモヒカン書道部員が数名付き従っている。
彼らは真野の同志であり武器であり筆である。
「相変わらずじゃなあ、門司くんは。容赦がないのう」
足を折られて悶絶している反希望崎の不良を見下ろして真野は呟いた。
「ビッグさんだって今日はその筆で何人も殴り倒しているでしょう?」
少年の返事に対して筆モヒカン男は「イエス!!」と言わんばかりの笑顔でサムズアップした。
それを見て10人くらいは殴り殺してるな、と少年は思った。
「モージーがさぁ、借金なんて背負わなきゃあこんな事にはならなかったんだよねェ。ね?墨川ァ」
「そうですね。『信じて格闘大会に送り出した門司くんが借金地獄にドハマりするなんて』って感じです」
気だるげな眼鏡の女性とは現書道部長の道之。
もう一人の女の子は部員の墨川さんである。
「いやいやいや。なにそれ、俺が悪いみたいじゃん?」
「『信じて格闘大会に送り出した門司くんが借金地獄にドハマりしてアヘ顔ダブルピースの敗戦ビデオレターを送ってくるなんて』」
「す、すいませんでしたーっ!!」
少年、門司秀次(もじしゅうじ)は希望先学園が主催する格闘大会に書道部代表として参加し、腕が二回ほどとれたり骨折したりで賞金よりも治療費がかさみ、借金を負ってしまっているのだ。
現在の希望先学園の格闘魔人の最強は誰か、という話題の中で常に名前が上がるほどの腕前をもってしてもご覧の有様。
「モージーの借金の尻拭いで大変だわァ」
「マジすんません。ホントにすいません」
部長の足元には精力を吸い取られ干からびたモヒカンが数名転がっている。
「それに濃い男が居なくってさァ。ロクな墨汁が取れなかったわァ」
道之部長が手をかざすとモヒカンはビクンビクンと痙攣し股間から黒い液体が染み出し凝固していく。
「いぐぅ…」
恍惚の表情を浮かべて気絶していたモヒカン男は絶頂した。
男の股間に生成された墨を道之部長は拾い上げる。
寝ている他者の精力を墨汁にして吸い取る魔人能力“インクブス”。
当然気絶した相手にも有効だ。
吸い取った墨汁は墨としてストックされ書道に用いられる。
更に墨川さんの影が無数の筆のような形になりまだ立ち上がろうとしている数名のモヒカンを殴り倒した。
「まったくです、書道の県大会も近いというのにまったく無駄な時間です、門司くんのせいですね」
「う、うう。返す言葉もねえ」
墨川さんの魔人能力“シャドーショドー”。
影を使った書道能力は普通に戦闘にも応用可能。
予想しにくい奇襲により一瞬で相手の意識を刈り取る。
墨川さんが殴って気絶させ道之が衰弱させる。
凶悪極まるコンビネーション。
屈指の武闘派集団書道部の四天王によって、いまや反希望崎を掲げる暴走族魔人は一掃されたのだ。
「まあまあ、そう門司を虐めてやるな。こいつはこいつなりに頑張っておるさ」
真野がガハハと笑い、筆モヒカン部員は笑顔でサムズアップした。
真野達は河川敷の土手を登っていく。
「そーだねェ。ま、いいや私達も帰ろっか」
「そうですね。門司くんのバカは治りませんしね」
女性二人もあとに続く。
「ま、待ってくれ、っと。ん?」
憂さ晴らしにモヒカンの足を叩き折り、あとに続こうとした少年はふと地面を見た。
金色に輝く懐中時計が目に留まる。
(こんなもん、あったっけ?)
(まあいいや、どうせモヒカンの持ちモンだろうし貰っとくか)
門司秀次はその時計に手を伸ばした。
門司秀次プロローグ 了