空中を洞の如く暗黒で染め上げる蝿の群れを嫌ってか、現代の吸血鬼『可憐塚みらい』は走っていた。
数とは――力である。古典的な吸血鬼が変身する蝙蝠程度では撃ち落されると見たみらいは、彼女の騎士と共に、購買部目がけ一直線に向かっていた。
「可憐束さん、私は、何をすれば……」
何かに怯えたような、けれど大きなものに従属した安心感、後者がより大きい。
何者にも拠る術なく立つ乙女、白狼の人『狼瀬白子、お前は何に仕えているのか、それが貴様を弱くするのだ。
内なる囁きを噛み潰して、それでも彼女は目の前の花を追い続ける。
黒檀の如き艶の髪、首から背にかけての輪郭は、すぐに手折れるようでいて鋼のような剛性と水晶のような透明感を持たせていた。これが、人外であると納得させられる。
「狼瀬先輩、カレーパンはお好きですか?」
可憐塚は振り返ろうとしない。見ようともしない。
自分自身が為すことを、まるでそれが当然であるかのように思っている、そんな傲然とした響きだった。
彼女は先に行く――、焼きそばパン。そこに希望があると無邪気に信じるその横顔だけは、いつにも変わらず魅力的であり続けただろう。
吸血鬼である以上、永遠に変わらない――それは保証されているのだから。
◆
【2009/5/7 AM12:30】
米の檻――、それは各人に与えられた酒蔵でもある。
古の風雅な催しにも似て、酒の入った盃が振る舞われるのはなるほど豪勢なことである。
下手な歌詠みには容赦をしないと言う点を除けば――。
「道歩め先人皆言う我も言う」
鎧武者こと、探偵柊は先に告げる間にも透明なコメの中に閉じ込められた歌人たちの目の前には、一杯のサケが注がれ続いている。
「そんなおしつけいらないよ」
これは調達部所属、眼鏡の少女『久留米杜莉子』の返し和歌である。
何もかも規格外な彼女らしからぬ凡庸さである。魂も入っていない。
ん、く、くぅうぅううううぅ。……だが、これを狙っているのだろうか?
「飛んでけコークスクリュー」
これはメリー……ではなく、たぶんA子の声である。
【魔女の箒】に内蔵された【衛星】を介して集った山口祥勝と掃き溜めメンバー、未成年のメリーから飲酒の負担を肩代わりすると言うと聞こえはいいが、こいつら騒ぎたいだけだろと、山口は自分の事を棚に上げて肩をすくめた。
答え自体、檻の中の誰かが答える以外想定していなかっただろう。
代わりと答える彼らの言葉では檻を破れない。ロシア人も調子に乗って飲みまくり、翌日潰れる日本酒である。この日本酒、後に来る。
ついでに言うと、メリーは同じ千年前の言語でもラテン語は出来るが、古典日本語は出来ない。
よくよく考えてみれば、古典の授業と言うのはなかなかにハイセンスである……が、
迂闊に答えられないまま、結構な数の生徒たちが足止めを喰らっていた。
◆
【2009/5/7 AM12:26】
「ここまで六分。なかなか早かったねっ」
天ノ川浅葱が購買部の部室に辿り着いたのは、誰よりも早かった。
明確なルールを違反をしたと思われる、吊りスカート状の制服を着た女生徒を除けば……だが。
「誰?」
まぁ、これが当然の反応だよね。然るべき相手には然るべき言葉を、そうすれば誰だって決まりきった風に動いてくれる。
「剣の経験は?」
「あるけど……」
すたすたすたとこちらに近づいてきて、レイピアを渡してくれる。なぜか受け取ってしまう。
唇の紅さが妙に気になった。
天ノ川浅葱こと怪盗ミルキーウェイが用意した策、とは昼休み中に普通に購入した上で怪盗らしいシチュエーションで盗み直すこと。要は自作自演であり、その準備は既に整っていた。
が、これは彼女らしくない。
本来、彼女は周到な下調べと前準備をして、その上で自分の手に負える――と思った盗みにのみ挑んでいる。
怪盗と奇術師は度々同一視される職業であるが、人の虚を突く怪盗が逆に後手に回っている、この時点で何かが崩れていた。
そして何より、購買部のプレハブ小屋――。
黒く蠢くなにかがガン、ガンッと殻を突き破ろうとしている。
明らかに、どこかでなにかの歯車が食い違っていた。
手袋が投げつけられる。
「ニセの予告状を出したのはあたしだ」
瞬間、疑問は流れつつ、今この時のために思考を一本化する。
「あたしは伊藤風露、探偵だ。キサマならその意味がわかるでしょ?」
そうだ、答えはいらない。いい顔をしているな、天ノ川!
瞬間、打ち鳴らされる金属音、互いの靴音も床を滑り良い音を立てた。
ウィンクをして片目を出す、舌も出す。
その瞳は琥珀のような輝きをもって、中に花を閉じ込めていた。小さくか細いフウロソウを――!
ふふ、どーだ! あたしは糸目じゃない、目を閉じてる時は目を閉じてると言うでしょう。
あれは誤字だよっ! 意図に見えるほど固く細く閉じていたんだッ!
「人工――探偵!?」
言うなら、彼女らにとってこの花は名刺だ、履歴書だ。
挨拶は不要。
「はぁ――!」
体を捩り、風すらも置き去りに放たれる刺突、体で受ければその肉くらいは持っていかせて。
持っていくのは鉄の粉だ、火花と少しばかりの不快音、鍔の装飾が大きく抉られていた。
なかなかやる!
どうも。
これはあんたの専売特許じゃなかったか、ざーんねん。
剣と剣が交差する度に、互いの思考が雪崩れ込む。
一種のサイコメトリー能力者である天ノ川は、この状況に順応していた。
ただ、相手を『見抜く』暇がないだけで、相手がどこに来るのか、何を思っているのか、わかってしまう。刹那でも言い表しきれない僅かな間、人の領域ではなかった。
では、これではどうかなー。
思わず気の抜けるような伸びと共に風露がまた一歩を踏み出す。
その靴の行き先は空中だ。一歩、一歩を駆け上がり、見れば十メートルは上空へ。昔の人は足が速い。
「いくよー」
逆上がりをするかのようにくるりと回る、足が付く方向は十二時だ。
自
然
落
下
自殺願望か!? 思わず、飛びのいてしまう天ノ川は、正しい。
重力に身を委ねたと思えば、意味不明の張力をもって虚空に静止している。
! 天ノ川は足元を薙いだ一撃を辛うじて躱す。自慢の足だ……、今の人も足は速い!
伊藤風露は逆さまに立ち上がっていた。
ちなみにスカートや髪が下に落ちているということはないので安心である。
天ノ川も精一杯飛び上がってみれば見えるのかもしれないが、その発想が読まれているんじゃないかと思った。違う、問題はそこじゃない。
なお、我々はちょうどその頃、校舎の屋上でお弁当を広げていた三人組について触れなければならない。
園辺新太、桃李すがり、牧駒レイジ。
ソノナノ通り出身である彼らは場当たり的に起こる不幸に巻き込まれ続け、とうとうなし崩し的に『校則違反四天王』なる不名誉な称号と、購買部永久使用停止と言う実害を得てしまった。
ちなみに、伊藤風露の四天王就任は単なる数合わせであり、三人との間に面識はない。
嗚呼、なんて雑な伏線回収――!
だがしかし、三人には時折幸運が訪れることもある。
それがわかっているからこそ……似たような三人でつるんでいるのかもしれない。
彼らが勢いよく口に運ぶのは――ごはんだ、ごはんだ、ごはんである!
これは何も彼らのお弁当がお母さんに作ってもらえないと言うわけではない。
彼らは美少女のパンツをおかずにしてごはんを食べている――、これは誉れであった。
見よ、三人は至福の表情である。生きてさえいれば、捨てキャラでもいいことはあるのだ……。
が、この一幕は本筋に何の関係もない!
◆
【2009/5/7 AM12:29】
各教室は封鎖され、抜け出すまでまず篩にかけられる。
購買部部室を目指す短い道程も、だからこそ魔人の密度が上がっていた。
その中、数多の魔人たちは互いを潰し合い、一般生徒も一般生徒で足を引っ張り合いながらゴールを目指す。
しかし、この数分。たった二人の魔人に行く手を阻まれ、大多数の生徒は足止めされていた。
この数分、たかが数分と侮るなかれ。本来、焼きそばパンを巡る戦いは陸上競技と同じ、一秒どころか小数点以下で競うものであることを考えれば、この歩みは凄まじく冗長な物であると断じざるを得なかった。
アナルパッケージホールド。
変態の仮面の裏に、父として、夫として、選手として多くの面を隠し持つ男である。
死屍累々。今、その男の前には一ダースの屍が積み重ねられている。
屍と言うには死んでいないので語弊はあるが、呻くだけの物体をそう呼んで何がいいのかと言う捨て鉢な気分も、またあった。
死なせず無力化するのに、性技は極めて重要である。ここ一ヶ月の付け焼刃でも立派に機能してくれた。そんな彼の前に転がるのは顎を押さえ、腹を抱え、吐瀉物にまみれる生徒たちの姿だ。
(俺は、何をやっているんだ……?)
そして、今彼が対峙するのは風紀委員、天雷テスラ。
あの時、顔を合わせて『アナルパッケージホールド』って喋って、それ以外の記憶はないが名札を受け取った(渡した)記憶はある。
彼の拳撃/彼女の電撃
押し止める/押し通る=理由はあった
【ゴム】の焼ける嫌な匂い/女の子の腹にめり込む/嫌な感触
お姉様……申し訳ありません。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。言葉にならず、誰にも届かないはずの心の声。
それは蝿が拾っていた。
◆
狼瀬白子とカレーパンの戦い、それはひとつの終局を迎える。
もし、これが可憐塚みらいと出会う前の彼女であったらどうだろうか――そう思わせる僅差の勝利であった。
カレーパンのカレーパン部分は辛うじて傷ついていない。
けれど、その顔から下の人間部分は激しい裂傷、咬傷、狼の群れに襲われたようにズタズタにされている。
彼にも人と同じ赤い血が流れているのだと教えてくれたその人は――。
「狼瀬さん、行かせてもらうよ」
立っていたのはカレーパンであった。
少し野暮な話をしよう。狼瀬白子の魔人能力は『孤狼は折れず』。
これは、彼女が孤独であり続ける限り無敵であると言う能力である。
手にした魔人剣、銘を『飢狼』と言う――をして、噛み砕かれた悪鬼羅刹の類は数知れず。
類稀なる容姿をして『白狼の騎士』の二つ名を持ち、強く流麗、後輩からも慕われる彼女に――。
友人はいない。
理解者はいない。
強敵はいない。
共に歩むべき恋人も――いなかった。
たとえ、それが無遠慮な闖入者であったとしても、可憐塚みらいの吸血を受け入れたのは――それが嬉しかったからだ。
認めよう、彼女は高潔にして孤高足り得たことを。
今、彼女は独りだ。カレーの海に沈み、白かった髪も、肌も茶色く、染められる。
「称えよう、君はカレーよりも素敵な人になり得たかもしれない……」
「それは……残念だな」
彼の最大級の賛辞を聞いた彼女はフッ……と笑い、そして意識を失った。
そして、カレーパンは前に向き直る。目指すは焼きそばパン、見えずともわかる。
渦巻く瘴気がその邪悪さを物語っていた。まずは踏み出す一歩――。
ゾクッ
悪寒が走った。それも遠目に感じられるソースの悪夢ではない。
もっと、根源的な食品に対する脅威――蝗害、いや蝿に食い荒らされる悪夢を幻視する。
地に堕ちたカレーパンはどうなる?
蟻にたかられ、蛆が湧き出し、誰にも好かれないままに片づけられる。
頭を守ってうずくまるその姿は、彼が強くなろうと『華麗流』の門戸を叩くその前のようだった。
「あの、ピロシキって知ってますか?」
地獄が一人の少年の形を取る。
◆
【2009/5/7 AM12:32】
一方、こちら側でも決着が付いていた。
四限目をすっぽかすと言う禁断の手管を用い、ルール違反を犯したために購買部の使用権をなくした人工探偵――伊藤風露。
何を思ったか、焼きそばパン争奪戦に介入し、子飼いの部下と参加者を抱き込んでまで執拗に妨害する。その真意はどこにあるのだろうか?
それに答えるように彼女(便宜上:こう表記する)は嘆息する。
「しっかし、なんで誰も気付かないのかな? 見えているのに、見ないふりをしているのかな?
こういう時、キミたち人間には失望させられちゃうよっ」
孕んだ感情は呆れだ。
「どうして、誰も今年の焼きそばパンが使い物にならないって気付いていないの?」
三年前に起こった『大災厄』、一体何人死んだ?
ついこの間だって、ゆるふわ系ガールズバンドが焼きそばパンのせいで壊滅したし。
カレーパンとの抗争だって、穢れを引き寄せている。
トドメは、維新志士の一件。
血と贄を求めて、本来無害だったはずの焼きそばパンが怪物になるには十分な話。
「十分、それで十分だと思ったんだけどね~」
「負けちゃった……」
敗北のショックか、大の字になって伏している。風露が見下ろしているのは天ノ川浅葱だ。
その四肢はレイピアで蝶の標本のように縫い留められている。
流血は無い。これは風露の部下『錨草』の能力によって生み出された剣であり『傷』と言う言刃とは無縁であることを意味する。
怪盗としてはなかなか筋がいい。
キミが怪盗ミルキーウェイとして名乗るなら、今度は真剣にてお相手しましょうと。
風露は屈んで、ぺたんと座って、額に手を当て微笑んだ。この方が早いよと、口を動かすこともせずにいて。
負けたと言えば、渡された剣に刃が付いていないことに気付いて。
裸にひん剥いてやろう思ったのも悪かった。これも人を傷つけないためには怪盗の必須技能だと、通信教育で習っていたのだけど。
「若いなぁ……」
あーあ、結局罠に引っかかっていいとこなし。
名乗りもできなかったし、相手にいいようにペースを崩されちゃって、挙句相手を侮って、盗みは失敗。
ところで、伊藤風露は着やせするタイプだったようだ。
おっぱいの形が見えるところまで、着衣を破いたところでようやく分かった。
ついでに、上半身裸になったところでまるで物怖じせず、ついでに隠すそぶりも見せない。
「さて、焼きそばパンなんだけど、ここまで育てばわかってくれるよね? 雲水君」
元々、この女に隠す気があったかは疑問だが、同級生に対してこの不遜な態度。
人の悪意渦巻く中、何とか破裂することなく渡り歩いてきた霊能力者の少年である。
「はい、最早私一人の力量では背負いきれない……そのことは確実です」
丁寧な口調だ、この歳にして数多くの修練を積んできているのだろう。胸を放り出している風露を前にして多少赤面しただけで、すぐさま澄ませている。
もっとも、事態はそれどころではないと言うのもあるのだろう。
「スゥゥ―――」
呼吸とは、あらゆる道の基礎となる所作である。
「ッセイッ!」
決断的に、吐き出す。
安出堂メアリ。
下ノ葉安里亜。
彼女達二人にもそれぞれの物語があったのだろう。
二重三重に張られた網をすり抜けるだけの実力があったのも確かである。
だが、今ここでは見捨てられた。瘴気渦巻く購買部に突撃したばかりに、熱射病患者の如く横たわっている。
敢えて言うなら思慮が足りなかった。
焼きそばパンが焼きそばパン以外の物に変じている可能性など、普通の生徒は考慮しないから当然のことだが。結局は運であった。
ああ。見よ。
焼きそばパンだったもののおぞましき姿を。
台座となるパンの表面はゴポゴポと沸騰し無数の人面が見え隠れしている。
苦悶の顔、怨嗟の声、この距離、この明度ならはっきりと見える。
そのパンに捧げられし、焼きそばは意外なことにピンク色である。
艶やかなスライムのような滑らかさと、もしくは脳漿のようなおぞましさの両方を併せ持っている。
紅ショウガ、ついでとばかり付け合されたキャベツも臓腑を切り裂いてそこから取り出したものであるかのように有機的な感触を背負っていた。
人の顔程ある本体から吐きだされ続けるソースは、千年の食欲も失せんばかり。
可憐塚みらいが到着し、目撃したのはこの希望崎に潜むありとあらゆる淀みが凝集した、焼きそばパンの変わり果てた姿であった。
アナルパッケージホールドこと片春人をはじめ、伝説の焼きそばパンを求めるすべての人達の目的は既に失われていたのだ。
【2009/5/7 AM12:33】
メロンパンちゃんことカレーパン先輩の後輩『甘粕めろん』がそこを通りがかったのは偶然だ。
焼きそばパン騒動って言っても、そんな大したことないだろうし、先輩なら容易く持ち帰ってくれるだろうし……、って。
あんな目に遭ったからこそ、私は先輩に無敵のヒーローか何かって勝手な姿を押し付けていたのかもしれない。
私が地に横たわったカレーパン先輩を見た時、そこにいたのは顔を大きく割られて中身が流れ出していたカレーパン――先輩、だった。
先輩の頭が人間なら、それはまるで意味のない呼びかけ。
きっと狂人のように思われるのだろうけど、私は必死で先輩の首を、顔を持って呼びかけた。
人工呼吸? 口はどこ?
「せんぱい! 先輩! どうか目を開けて! せんぱーい!」
「め、ろん……か?」
目も鼻も口も無い、けれどそれは確かな息遣い。先輩は生きていた。
だけど……。
「俺は……『カレーパン』ではなかったのかもしれない……」
俺は、なんなんだ? 見て欲しい。見ないで欲しい、見るのが怖い、なにも……見えない。
普段の自信に満ちた様子からすると、信じられない様子だった。
けれど、それだけ言うと先輩は……。
冷たくなっていく先輩の頭を抱きかかえる私の前に、不吉な少年が現れたのは丁度その時だった。
「ひとつ昔話をしてあげようか?」
それはいつかの焼き直し、だけど一つ違ったのはカレーパン発祥の歴史において、もう一つのパンが関わっていたことだった。
「そう――、それがピロシキ」
ピロシキとは揚げパンである。
「普通に考えて……? カレーパンと焼きそばパンがライバルって言うなら、どう考えても工程に違いがあるよね? 揚げるなんて発想は余所から持ってこないと――」
「だ、だから……。カレーパン先輩は――」
「そう、その男の本当の名前は『ピロシキ』。手柄を掠め取った泥棒風情が、何を言ってたんだろうね。証を見せて欲しいと頼んだら……」
きっと、カレーパン先輩、いやピロシキ先輩はずっと悩んでいたんだろう。
もしかすると、自分自身さえも騙していたのかもしれない。カレーパンマンと言われていつも怒っていたことも自信の無さの現れ――?
そして、私は泣き出してしまった。
◆
【2009/5/7 AM12:37】
最終決戦は始まってしまった。
これが王道の展開なら、きっと誰か闇を抱えた人――僕とかが焼きそばパンを飲み込んで誕生した魔王と戦うことになるんだろう、けど――。
僕の探偵なら、そんなことはしないだろう。
とっとと現地にある戦力を結集して、それでいてわざわざもたもたすることで危機を演出――。
各陣営との折衝も済ませて、折り合いを付ける、所詮は出来レースだ。馬鹿な話。
もう、あの人たちについて語ることは何もないし、順当にMACHI(本名:マチルダ・ティルナノーグ)辺りが焼きそばパンを殺して終了――、ってところかな。
もう、地の文は読まれることは無い。
さぁ、勝負だ。刀を取ろう。これはただのエピローグ。
「どこかでお会いしましたか?」
いつぞやの言葉を投げかけたのは二度目だ。
彼女は少し嫌な顔をした。
やっぱり帰ってきてるんじゃないか、六年前の女の子。
六年前の名前は知らないけれど、今は知っているよ。ねぇ、錨草。
人工探偵がそうであるために必要な物、それは魂――。
最もわかりやすい魂の測り方、それは死者を見つけ出すこと。
簡単に言ってしまおう。生まれ変わりだ、僕が殺した彼女は最もわかりやすい形で、僕の罪を糾弾してくれる。焼きそばパンなんていらない。
「木(ボク)が生まれる時に、切り離された負の感情、妄念――、焼きそばパンを。
姉様は、顧みる必要はないとおっしゃってくれました。あなたは誰です?」
もう一人の鎧武者、兜が飛ぶ。みどりの黒髪を引き下げて――、比喩ではない微妙に混ざった色彩。
ここだけは、六年前とは違う。
僕もあれから暗黒派の探偵として修練を重ねた、剣技は専門ではないけれど。食らいついて見せる、殺されるためには、このギリギリの線でいて、圧倒されてもいけない。
あの空が輝いた。メリー・ジョエルが解放されたのだろう。
ちっぽけな自分が、あの星に焼かれるのは、どこか嬉しかった。
僕の蝿は、もういない。あのサイコ共にもらった金貨も取られてしまった。もう焼いてもらえない。
いくら、死のう死のうとしても万端の態勢を前にすれば、意味なく生かされてしまう。
子午線――、死後線に名を取った僕の力。
フーロは嫌いだと言ってくれたが、僕だって嫌いだ。
嫌いと言ってくれて嬉しいのだから。自分を卑下する、ちっぽけなものと貶める。
不快だって、みんな言う。
「そうやって……、被害者ぶって加害者ぶって自分を腐らせるッ」
あなたは探偵でしょう。小手先、刃はなくとも殺意は削ぎ落としてあってもやっぱり痛いよ。
言葉が痛いよ、ごめんなさい。
そう思いながら手を緩めない。口に出さないと、伝わらないよ。
「人工探偵を生むための魂は自殺者のものだけですっ!
名前も知らない彼女は、木の魂は――絶望していました。あなたなんかが殺すまでもなく、両親に捨てられた絶望に既に殺されていましたッ!」
錨、怒りだった。
僕を縫い留め、離さない。それが恋慕から来たものでないことに僕は心から安堵した。
金貨を入れる穴、これ以上突き刺したら死んでしまうけれど、前にも後ろにも行かず、この敗北を受け入れよう。
未だ、何も身の内から出ることをやっていない。
格好悪いじゃないか、力なく笑って、そして、やっぱり情けなくなって少し泣いた。
そう、僕は言われたことをやっただけ。
言われてないのはピロシキ先輩。彼の自慢の顔を勝手に割ってやった、意味のないことだとわかっている。ほら、顔の無い男が立ち上がった。
きっと、今度は自分の手でカレーパンを焼き上げるだろう。
全部終わったら謝りに行こう。
僕は、生きないといけない。
贖罪なんて安易な言葉にも逃げさせてくれなかった。
焼きそばパンと言う絶望に触れさせてくれなかった。
みんな勝手に幸せになるんだろう? なら、僕も全力で幸せになろう。
みんなと一緒に。それがどれだけ辛く厳しい道でも