仮面の世界
湧き上がる歓声、まぶしいスポットライトのシャワー。
2年ぶりの経験に、懐かしい高揚感が蘇る。
「さあ始まりました、世界大会アルテミスCブロック2回戦! 注目のカードは何と言ってもイーストステージ!!
前回優勝者古城アスカ! そして対するは、前々回ファイナリスト、マスクドJが一家で参戦、マスクドファミリーです!!」
そう。私、マスクドJは今、妻のマスクドM、息子のマスクドBとともにアルテミスに出場している。
対戦相手は古城アスカ。ヴァンパイアキャットを駆る果敢なスモールレディだ。
ふれれば鬼をも殺す、と謳われるトリプルヘッドスピアーが、Bキッドを串刺しにしようと執拗に狙う。
振り上げられた三叉の先端にデュエルレイピアを突き立て、かろうじて軌跡を変遷させる。
それでもなおヴァンパイアキャットのパワーは凄まじく、マスカレードJの肩部アクチュエータが過負荷に悲鳴を上げ火花を散らした。
「マスクドJといえども、古城アスカ相手に初出場の二人を守りながらのバトルは厳しいかー?!!」
たしかに彼女は強い。だが、LBXバトルで負けるわけにはいかない。
LBXは、私たち家族の絆なのだから――
天才、奇才、異能。
幼いころから私はずっと、そういった類のあだ名で呼ばれてきた。
それに何の感慨も覚えたことはない。
研究の道に進んだのは賞賛を求めてのことではなく、世界の発展に役立てればと思ってのことだったからだ。
学生時代は科学研究と論文執筆が趣味だった。私の研究が世界に貢献していると思えば思うほど、意欲が湧いてきた。
学術ジャーナルにいくつも論文を掲載され、博士号を取得し、卒後は民間企業でありながら国内でも有数の研究環境を有するタイニーオービットに就職した。
が、その年、次世代エネルギー研究所の事故を契機に、世界はゆがんでしまった。
……ひどい有様だった。
恐怖、混乱、暴動、不況。そういった負のエネルギーが渦となって、日本中を襲ったのだ。
タイニーオービットも例に漏れず縮小を余儀なくされ、挑戦を避ける役員連中の意向により、新しい企画や研究は尽く却下された。
やっているのは何年も前に外国で行われた、結論のわかりきった研究の後追いだ。
発展など望めなかった。
日本は、未来への希望を失った。
世界は、正体のない不安におびえ優しさを失った。
神であるかのように他人を管理し支配して、獣であるかのように弱者を喰らい犠牲にする。世界にはそんな人間ばかりだった。
力を尽くそうと子供の時から思い描いてきた世界は、大人として社会に出た瞬間崩壊した。
こんな世界など知りたくなかった。私のやってきたことは無駄だったのだ。
世界の役に立ちたいという唯一の希望を失った私は、生きる意味さえ見えなくなっていた。
その時の私は、科学者という名の仮面をかぶっただけの、無気力の塊だった。
無目的に実施される実験は研究ではなく単なる作業なのだから、それを仕事として毎日押し付けられれば嫌悪が生じるのも当然だったといえよう。
指示を受けた仕事程度は処理していても、無断遅刻や欠勤は当たり前。手が空いた時も一人タバコを吹かすばかりで同僚ともろくに会話せず、職場に与えた影響は不利益なものの方が多かった。
上司たちは無駄に抜きん出た能力を有しながら会社を蔑ろにする私を疎んじていたが、契約上クビを切ることもできないと知っていたから、私は別段態度を改善しようとも思わなかった。
そんな傲慢で怠惰な生活を続けていた私に、ある時奇妙な命令が下った。
M☆AKIBAホールで行われるアイドルのコンサートに際し、一週間舞台機器の操作を監督しろ、というものだった。
ホログラフィや特殊音響が導入され多少作業が煩雑になったとはいえ、オートレギュレータがあるのだから会場スタッフだけで十分、メーカー側から技術者が送られる事態は滅多にあることではない。
タイニーオービットは扱いにくい私を開発室に置いておきたくなかったのだろう。要は体のいい厄介払いだった。
アイドルの名はマリー(Marie)といった。
興味など微塵も湧かなかった。アイドルというものは八方美人に良い顔をして、商売客に媚びを売るだけの娼婦のようなものとしか考えていなかった。
鳴り続ける軽薄なメロディに耳をふさぎ、チカチカ光るライトに目をつぶり、タバコに火を点けてリハーサルが終わるのを舞台裏で待った。
煙がエアコンの空調にまかれて拡散した。まるで局地で芽生えた悪意が世界中に広がっていったのと同じように。
だが突然、きらびやかな人影がその煙を払い、私に詰め寄った。
それは、つい先ほどまで鬱陶しく歌っていたあのアイドルだった。
いつリハーサルが終わったのか、気が付けば舞台からは音も光も消えていた。
そのアイドル様がわざわざ舞台裏の私のところにいらっしゃったとは。お得意の媚でも売りに来たのか?
「山野さん。私のステージ、見てくれてましたか?」
「いや、見ていなかった」
見る必要もない。
低俗な娯楽に価値などなく、それに興じる側もそれを与える側も、世界を堕落させる存在だ。
できることなら関わりたくもなかったし、早々にその姦しい場から立ち去りたかったのだが、彼女はそれを許してくれなかった。
「やっぱり!! あんなにエフェクトのタイミングずれてたのに平気でいられるなんて、おかしいと思ったのよ!」
なんだ、ただのクレームか。
「ありえないな。こいつのシステムは随時誤差を感知し、自動的に調整するようプログラムされている」
「本っ当に何も見てなかったのね! 言わせてもらいますけどね、たとえば4番ホログラム、73フレーズ目から3コマ分ずつ遅くなってたし、音響のリバーブも大きすぎてすっごく気持ち悪かったわ」
……具体的にも程がある。嘘や言いがかりではあるまい。
というかタイニーオービットの製品もずいぶんいい加減な仕様をしている。
いや、その仕様の修正が私の仕事だったか? そう言えば。
「状況に合わせて機械を調整するのが山野さんの仕事でしょ?
こういう機械のおかげで素敵なステージを作れてるから、ファンのみんなも喜んでくれるの。
私たちみたいなアイドルにはこれがどうやって動いてるかなんてわからないし、他のスタッフさんにだってあなたほど詳しい人はいないわ。
だからこのコンサートを成功させるにはあなたの力が必要なのよ。
なのにステージもろくに見ないで、しかも大事な仕事場でタバコなんか吸っちゃって、恥ずかしいとは思わないの?!」
そんなこと知るか。そもそも私は好きでこんな仕事をしているわけでもない。小娘の道楽に付き合わされるこっちの身にもなってみろ。
などと思わなかったわけではないが、淀みなく捲し立ててくる彼女の剣幕に押され、一言の反論すら許される雰囲気ではなかった。
これは……完全に私の負けだ。
「あなた、大人なんでしょ! いったん始めたことなら最後まで責任を持ってやり遂げなさい!!」
「あ……ああ、すまない。今後気をつける」
「ん、わかってくれればいいの。一生懸命お仕事してる人はね、三割増しでカッコよく見えるんだから♪」
彼女はそれだけ言い放つと、もう一度リハーサルをやり直すと言って舞台の上で再び舞い踊った。
まるで頬を張られた気分だった。
およそアイドルとは思えないほど乱暴な態度に驚いたのもあるが、私はそれまで叱られたことなどなかったからだ。
学生時代は天才だ何だともてはやされるのみ、タイニーオービットの連中からは腫物を触るように扱われた。
こんなろくに仕事もしない人間など、笑顔の仮面を作って上辺だけ適当に合わせておけば良いだろうに。
わざわざ素顔で対峙しても、彼女には何の得もない。
それなのに彼女は、まっすぐ私に向き合って説教をたれたのだぞ?
火のついたタバコを灰皿に押し付けて、ステージ上に目をやった。
自分の仕事に命を燃やす彼女は、彼女が言うように三割増しでカッコよく、魅力的に見えた。
スカートからチラチラ覗く形の良いふとももがまぶしかった。
あのしなやかに伸びた脚で、世界のゆがみにも負けず人生を歩んできたのだろうか。
彼女は…そう、パンドラの箱に残った希望。
彼女のような人がいるなら、絶望にまみれたこの世界もまだ捨てたものじゃない。
そんなことを考えながら私はステージを鑑賞し、彼女が知らせてくれた特殊効果のずれを修正した。
私は彼女に、とある感情を抱いていることに気づいた。
まさか、と思った。よもや、と疑った。やはり、と感じた。
私は彼女に、恋をしてしまっていたのだ。
私の女性経験は同年代の普通の男よりはるかに浅いと言い切れるもので、学生時代にアプローチをかけてくる物好きな女性は数人いたが、長くとも数週間付き合っただけで研究一辺倒の私に愛想を尽かし、すべて向こうから離れていった。
こと異性に対しては何の関心も抱けなかったこの私が、十近く歳の離れたアイドルの小娘に心を乱されるとは。
まっすぐな瞳が忘れられなかった。艶っぽいふともものラインが目に焼き付いて離れなかった。
彼女をもっと知りたい。その欲求のままインフィニティーネットでマリーのことを調べた。
通称プリンセス・マリー。
デビューから日が浅いものの、独特の雰囲気と清々しいまでに正直な言動、それに確かな実力で一部にカルト的人気を誇る。
本名不明、年齢不詳(私は未成年だと踏んでいる)、デビュー前の経歴も一切公表されていないが故のミステリアスさも人気の一因らしい。
それでもまだ知名度は高くない。
ならば私はこのコンサートを最高のものにして、彼女をこの世界に知らしめよう。
私は、私を必要だと言ってくれた彼女に、最大限の力を以て報いたかった。
彼女の全力を引き出すため、一度のステージが終わるごとに舞台機器のプログラムを書き換えた。
どうすれば観客に彼女の魅力をより感じてもらえるか、どうすれば彼女のふとももがもっと健康的かつエロティックに見えるか。
ハードウェア性能と時間の許す限り試行錯誤を繰り返し、最適解を探し続けた。
徹夜でテスト作業も通して、彼女が思うままに歌える環境を提供した。
その甲斐あってか、回を重ねるごとに彼女はより華麗に、より美しく進化していった。
まばゆい光の中で歌い、踊り、輝いた。
やがて、一週間が過ぎた。
コンサートは大成功だった。当初は多少あった空席も徐々に埋まり、最終日には満員、立ち見席にも入りきらないほどの動員数だった。
後で知った話だが、神業の域にまで達している、と噂される特殊効果の演出を一目見ようと足を運んだ層もあったらしい。
そして最後の夜、M☆AKIBAホール公演の締めくくりとしてパーティーが行われていた(厳密にはファンミーティングというそうだ)。
スタッフの打ち上げも兼ねて私も招かれていたのだが、私は会場の外で視界いっぱいに広がる星空を見上げながら、時が来るのを待っていた。
これが終われば私と彼女の縁も終わり……そんなことにはしたくなかった。
だから私は入念な準備を重ね、この計画を実行すると決めたのだ。
時間だ。三、二、一、ゼロ
パッ
「きゃあっ!」「なんだ、なんだ?!」
心の中のカウントダウンを終えると同時に照明が落ち、客たちがざわめいた。
タイミングを見計らって屋根の上から窓を通って屋内に侵入し、二階席のちょうど会場全体を見下ろせる位置へ立つ。
途端、あらかじめ時限セットしていたスポットライトが私を照らした。
「仮面の騎士、マスクドJ推参! 麗しき星のいざないにより、今宵の宴を舞台とさせていただこう!」
刹那の沈黙。そして観客一同から感嘆の声と拍手が上がった。
これだけ派手に演出すればサプライズイベントの一環だと思い込ませられる、という予想は的中したようだった。
しかしパーティーを盛り上げることが私の目的ではない。
二階席の柵をひらりと乗り越えフロアへ降り立ち、マントを翻して目的の彼女のもとへ歩み寄る。
「プリンセス、しばしの間お付き合い願いたい」
「えっ? えっ?!」
現状を把握できずに立ち尽くす彼女をひょいと抱き上げ、人だかりをかき分けて、会場の出口へ走る。
まるでどこぞのヒーロー映画の主人公になった気分だ。やっていることはまるきり悪役なのだが。
ようやく他のスタッフが異変に気づいて追ってきたが、もう遅い。
照明、扉の電子ロック、警備装置までも、この会場全体が私の手の中だ。
手元の端末を操作し、迫りくる追手を食い止める。
警備ポッドに阻まれれば立ち止まる程度の覚悟で、私を止めることなどできまい!
庭に躍り出たところで出入り口をすべて封鎖し、人影ひしめく会場と、私たちのいる空間を完全に隔絶した。
これでもう、誰にも邪魔されまい。
だが盗み出したお姫様を私の腕から自由にするや否や、彼女は怒りの表情で私に食って掛かってきた。
「ちょっと、あなたいきなり何なの! ここは仮装大会じゃないのよ!」
「非礼は詫びよう。だが少しだけ、話をさせてくれ」
自分を拉致した不審人物の図々しい申し出に、彼女は身構える。
「君を怒らせたしがない科学者は、未熟で傲慢な卑怯者。冗談じみた仮面をかぶらねばひとりの女性と向き合うことさえ叶わぬ、ちっぽけな男なのだ」
「まさかあなた、山野さん? ……プッ!」
怪訝そうにしていた顔を一瞬で崩し、彼女は腹を抱えて笑い出してしまった。
「笑われるとは心外だな。少々傷ついたよ」
「だ、だって…おっかしいんだもん…! アハッ、アハハハッ!!」
む……さすがにそこまで笑うことはないじゃないか。
一度緩んでしまった緊張を取り戻すことは難しく、彼女が笑うのをやめるまで、私から話を切り出すことは不可能だった。
「それで、ご用は何かしら。こんなことしてまで二人っきりになるなんて、よっぽどのことじゃない?」
そう、君の周りにはいつも大勢の人がいて、二人きりになれる機会などなかった。
多少強引な真似をしてまで君を連れ出したのは、大切な用事があったからだ。
「あの時の礼を言わせてほしい。私を叱ってくれた人は君が初めてだ。ありがとう」
「へっ、そんなことで?」
「それから…今度また改めて礼をしたい。私ができる限り最高のもてなしをしよう。
プライベートの連絡先を教えてくれないだろうか」
「ふーん。仮にも芸能人の連絡先を聞こうなんて、ずいぶん身の程知らずなのね」
「悪用はしない。神に誓ってもいい」
真剣に話す私とは対照的に、彼女はまたくつくつと笑い出す。
笑っている彼女も可愛らしいとは思うが、私としては伊達や酔狂で言っているわけではないのだから、こうも一笑に付されては立つ瀬がない。
しかし、ようやく笑い終えた彼女が私に返した答えは、
「本当に面白いわね、山野さんって! いいわ、教えてあげる」
……まったく、彼女の考えていることはわからない。
人を不安にさせたかと思えば、次の瞬間には喜ばせる。私をからかっているのではないかとすら思う。
だからこそ、彼女に惹かれてしまったのだ。
自らと異なるものに興味を持つことを心理学では好奇心と解説されていたが、この気持ちはそんな机上論では計り知れない。
携帯電話で連絡先を交換する。最近ろくに起動していなかったアドレス帳に、新しい連絡先が登録された。
パーティーの主役をいつまでも独占するわけにはいかず、いくつか儀礼的な謝辞を述べた後、別れのあいさつをかわした。
離れるのが名残惜しい、と感じるのも初めての気持ちだった。
封鎖を解いたパーティー会場に戻ろうとする彼女が、去り際にこちらを振り向いて、微笑む。
「ありがとう! コンサートが大成功したの、山野さんが頑張ってくれたおかげよ。
私の本名、マリエっていうの。デート、期待してるわね☆」
マリエ、優しい名前だ。
名前を教えてくれたということは、少なからず私に好意を持ってくれていると自惚れていいのかもしれない。
しかし、あの変わり者のお姫様はいったいどうすれば喜ぶのだろう。
もしや私は今日の一件で、とんでもなくハードルを上げてしまったのではないのか…?
それよりマリエを抱き上げた時スカート越しに触れたふとももが柔らかくて気持ち良かった。
直に触れられればもっと良いのだが……いやいや、それは犯罪だ。
一舞台終えて疲弊しきった私は、取り留めのない期待と不安、そして少しの助平心を抱きながら、彼女を見送った。
マリエと付き合い始めてからの私は――時折電話をかけたり、月に二、三回会って話したりするだけの関係を付き合っているといえるのかはともかく――それ以前とは比較にならないほど熱心に働いた。
無粋な話だが女性と付き合うには資金が必要で、相手がアイドルならばなおさらだ。
それ以上に、マリエに好かれたいから、という理由もあった。
ヤニ臭い、と彼女に言われてからはタバコもやめた。
とにかくがむしゃらに取り組んで成果を出すうちに、あれだけ嫌だった仕事がいつしか楽しく思えるようになった。
上司や同僚とも次第に話すようになり、人が変わったようだと言われながらも、周囲からの信頼を得て、それなりの立場に就くこともできた。
……ただし、タイニーオービット自体未だ不況の渦から抜け出せてはいなかったが。
マリエの方はというと、あのコンサートを足掛かりに驚くべき躍進を遂げていた。
あれが業界人の目に留まったらしく、全国規模で各メディアに進出し、今や押しも押されもせぬ大人気アイドルとなっていた。
忙しさからか話のできない期間が続き、そうして。
マリエ、もとい真理絵の二十歳の誕生日の夜。
私はようやく連絡のついた彼女に呼び出され、とある場所へ向かっていた。
真理絵の故郷であるというミソラタウンの、美しい河川敷。
吹き抜ける夜風に栗色の髪をなびかせ、普通の女性と何も変わらない服装をして、彼女は私を待っていた。
「淳一郎さん…来てくれたのね」
「誕生日おめでとう、真理絵。しばらく連絡がとれなかったから、心配していたよ。
ここが君の生まれた町なのか。大きくはないが、優しさに満ちた良い町だ。
なるほど、君が天真爛漫に育ったのも理解できるよ」
私としては褒めたつもりだった。いや、間違いなく褒めていた。
だが、賛辞を受けた真理絵は悲しそうに目を伏せて、その綺麗な顔を歪ませた。
「そんなに私って子供っぽい? 私だってもう二十歳で、大人なのよ」
「……何かあったのか?」
彼女は首を小さく振る。
その眼差しは私から離れ、滞ることなく流れ続ける川に向かった。
「淳一郎さん、この前私と結婚したいって言ってくれたじゃない?」
「ああ、そんなこともあったな」
彼女の同業者の恋愛関係のスキャンダルの話題になった時、報道されたなら腹をくくって結婚すればいいのに、と言う彼女に、私も君と結婚できるなら是非ともすっぱ抜かれたい、と口走ったのだった。
といっても、またそんな冗談ばっかり、と本気にされぬまま断られてしまったのだが。
「あれからずっと考えててね。私、あなたと結婚したい」
本当に、君は私を驚かせる。
「一生懸命頑張ったし、たくさんの人を幸せにできた。私はもうアイドルとしてできることはやり遂げたわ。
だから私も、ひとりの大人の女として私自身の幸せを考えてみて、あなたと生きたいって思ったの」
真理絵は私にまっすぐ向き合った。一かけらの迷いや些細な不安すら無いかのごとく。
その気持ちはあまりにも重すぎて、きっと私には受け止められない。
今になって急に臆病な心にむしばまれる。
愛しているのに、愛しているからこそ、今まで彼女が築き上げたものが私のせいで壊れてしまうことに、私は耐えられなかった。
「……私は人の気持ちを考えるのが苦手なようだし、勤め先の状況も芳しいとは言えない。正直、君を幸せにできる自信が無い」
「そんなことないわ。今の淳一郎さん、とっても頑張ってるもの」
「ありがとう。だが、信じてくれるから尚更、期待に応えられなかった時が辛い」
「私、あなたとなら不幸になってもいい」
気がつけば、私は真理絵を抱き締めていた。
痛いほどに、折れんばかりに。
真理絵は、こんなにもか弱く小さな身体をしているのに、こんなにも強く大きい。
彼女を泣かせてはいけない。
整理のつかない散らかった心の中で、その想いだけが確かなものだった。
真理絵、愛してる。不幸にはさせない。一緒に、幸せになろう。
うん、約束。ずっと、ずっと一緒よ。
マリーの芸能界からの引退は、世間を大いに騒がせた。
マスコミは面白おかしく彼女の引退記事を書き立て、インフィニティーネットでは元ファンだった人間が一転して罵詈雑言を連ねていた。
世界のこういった面は、つくづく愚かだと思う。
引退の理由として百を超える憶測が噂されたが、どれが正答かを知ることができたのは、彼女自身と、私だけだった。
そして、真理絵と結婚して初めての夜。私は彼女を抱いた。
大学や職場の休憩時間で女の話ばかりしている同僚たちを内心軽蔑していたが……なるほど、これはハマるな。
過去の経験など何の役にも立たなかった。真理絵のおかげでセックス観が百八十度変わったといってもいい。
意外にも、彼女の方は初めてだった。反応のすべてが初々しく愛くるしい。
真っ白な雪原に足跡をつけるような、とでもいうべきだろうか。
穢れを知らぬ彼女の身体を、私で汚すのだ。罪悪感や嗜虐心が混ざり合った快感が私の脳を満たした。
指で撫でれば澄んだ声が艶めき、突き上げるたびに中が熱を帯びていく。
彼女の胎内に私自身をうずめながら、脚の付け根に手を這わせた。
太すぎもせず細すぎもしないそのふとももは、ダンスに必要な筋肉で引き締められていて、なおかつ適度についた脂肪が柔らかさを修飾する、まさに至高の芸術品だった。
それは、あたたかく、愛しく、狂おしく。
仕事や他のことなど一切忘れ、ただひとりの女性に夢中になった。
まるで初恋に身を焦がす十代の少年のように。
いや、実際初恋だったのかもしれない。
恋愛に遅いということはない。これから私たちはこの世界で同じ時間を共有し続けるのだから。
これからずっと、いつまでも、永遠に。
手に手を取って、全力で生きて、愛し合って。
そうしてようやく二人での生活に慣れた頃。
バンが生まれた。
こんな私に父親が務まるのか、という懸念はあったが、それ以上に嬉しかった。幸せだった。
真理絵がいて、バンがいる平和な世界。たとえ目の届かぬどこかで戦争が起きていようとも、それだけが私にとって本当の世界だった。
初めての子育てには、私も真理絵も苦労した。
少しばかり内向的なバンになかなか友だちができなかったことも、心配事の一つだった。
開発室を任されるようになった私は、バンのために玩具を、ホビー用小型ロボットLBXを作ることにした。
このLBXを通してバンに友だちができればいいと考えたのだ。
…皮肉なものだな。かつて娯楽を馬鹿にしていた私が、子供向けのホビーを作ろうというのだから。
家電メーカーのタイニーオービットとしては前代未聞の企画であったが、新進気鋭の宇崎悠介新社長は将来性に賭けて、LBXの開発を決定した。
結果、LBXはホビー界だけでなくロボット業界をも巻き込むキラーコンテンツとなったのだ。
が、私はイノベーターに誘拐され、ほどなくしてLBXの販売開発が停止された。
事故で子供が大怪我を負った、という知らせが耳に入った。
ショックだった。バンに友だちを作るはずのLBXが、人を傷つけたことが悲しかった。
そして責任を取るべき自分が、ただ顛末を見ているしかできないことが不甲斐なかった。
結局、5年間も、家を空けてしまった。
知らぬ間に住居も、かつてのマンションからミソラの住宅街に移っていた。
私は駄目な父親だった。バンのために何もしてやれなかった。
それどころか、あまりにも重い運命を押し付けてしまった。
バンがまっすぐ正直に育ってくれたのは、他でもない真理絵のおかげだ。
それでも帰ることができたのだから、これからは良い父親を演じて、真理絵とバンを全力で愛してやりたかった。
しかし、その誓いが曲げられるのに時間はかからなかった。
耳をふさいでいればよかった。目をつぶっていればよかった。
だがあの日、私は知ってしまった。
LBX管理機構オメガダインによる世界征服の計画を。そしてその計画にLBXが利用されることを。
知ってしまった以上、私は、私の家族が生きるこの世界を守るほかなかった。
だがそれでも、オメガダインの力は大きすぎた。
告訴のために用意した証拠は揉み消された。正攻法で挑もうとすれば、真理絵やバンにまで危険が及ぶだろう。
ならば、私にできることは。
LBXの危険性を示唆し、再び販売停止に追い込む。
これは、LBXを生み出してしまった私の責任だ。
人を悲しませることになるならば、LBXなんか作るべきじゃなかったんだ。
私は仮面をかぶり、ディテクターとして世界中でLBXに悪事を働かせ続けた。
崩壊したNシティで、子を持つ親が怒り叫んだ。
炎に包まれたキャンベルンで、小さな子供が恐怖に泣いた。
LBXの操作には私が知る限り優秀なプレイヤーを用意したため、計画はおおむね滞りなく進んだ。
たった一つだけ、失策があった。
バンの友だちであるカズ、彼に……罪を犯させてしまったことだ。
人の親としては、何があっても彼からの協力の申し出は絶対に断るべきだった。だが、
「これ以上アミに手を汚させたくないんです」
「俺に、この手で戦わせてください!」
大切な人を守るためなら、自分自身が地獄に堕ちようとも構わない。
カズのその気持ちは本質的に私と同類であったから、同じ男として無下に扱うことができなかった。
私は、父親失格だな。
やり切れぬ思いのまま十数年ぶりに吸ったタバコは、ひどく、ひどく不味かった。
私の計画では、責任を果たした後はどんな手を使ってでもカズを逃がし、私だけが罪を背負う予定だった。
しかし、カズを逃がす必要はなくなった。
事態の収拾に私の力を利用しようと目論んだNICSが、すべての罪を政敵にかぶせて処理してしまったのだ。
人を襲い、街を焼き、大罪を犯した最悪のテロリストを、平和に尽力する善意の協力者に仕立て上げてしまったのだ。
納得などできなかった。
一歩間違えればバンまでもが死んでいたというのに。
NICSへの助力が強制されているといっても、誰に罰されることもなく、おめおめと生き延びていても良いのだろうか。
自問を繰り返し、答えなど出ないまま、ただNICSからの『依頼』に従って世界の脅威へ対抗すべく力を生み出した。
ホビーであったはずのLBXを、兵器として作った。
裁かれることもなければ、許されることもない。
私は、この世界のゆがみを体現する存在になってしまった。
檜山君が憂い、真実君が苦しみ、ミゼルが消去しようとした、この世界のゆがみを。
それでも、最後の敵を打ち破り世界の希望が守られた時、バンは笑ってくれた。
どんな困難にも負けない、真理絵と同じ笑顔だった。
「LBXを作ってくれてありがとう、父さん!」
バンのその言葉だけで、私のすべてが救われた気がした。
私のやってきたことが無駄であったとしても、決して無意味ではなかったと思えた。
バンに手を引かれて、美しい河川敷を抜けて、未だに慣れないミソラの家にたどり着いて。
そこにはかつて狂おしいほどに愛した、懐かしい笑顔が待っていた。
「おかえりなさい」
帰る場所があり、帰りを待っていてくれる人がいる。こんなに嬉しいことはない。
パラダイス事件やミゼル関連の残務処理に追われてタイニーオービットに泊まり込み続きであっても、家族を思えばこそ耐えられた。
ようやく仕事が一段落して帰れることになったが、家に着いた時にはもう夜遅く、早々に床に就くことになってしまった。
イノベーター事件後一旦家に戻った時に購入したベッドも、使った回数は数えるほどしかない。
寝室で妻と枕を並べて他愛ない会話を交わすのも久しぶりだ。
「そういえばバンを見かけなかったが、どうかしたのか?」
「バンね、昨日から外国のお友だちのとこに遊びに行ってるの。
アメリカ、中国、イギリス、オーストラリア…それにエジプトも回るんだって。
日が暮れるまでバトルするんだーって張り切ってたわ」
「そうか。バンに大勢友だちができたのは嬉しいが…少し寂しいものだな。
子供は親から離れていき、いつの間にか大人になってしまう」
「うん…バン、本当に大きくなったのよ。好きな女の子とか、できたのかしらね」
「バンに恋愛はまだ早いさ」
「……じゃあ、私たちは? もう…遅い?」
ブランケットの下で私の手にわずかな重みが乗る。
真理絵の手だ。絡まる指の触感が彼女の穏やかな熱を連れてきて、私を誘惑する。
「真理絵……」
「あなた…来て、お願い」
それとも、こんなおばさんじゃイヤ?
まさか。こうも魅力的な女性の提案を無下にできるほど、私は薄情でも悟り澄ましてもいないさ。
枕元に置いていた眼鏡をかけ直し、薄明りをつけて、愛しい妻の顔を見つめる。
ひいき目抜きで美人の妻。無精な私を叱ってくれるしっかり者の妻。私の、永遠のアイドル。
最後に交わったのはずいぶん昔、十年近く前のことになるだろうか。
両腕を伸ばして妻の身体を抱き寄せる。
寝間着の端から手を潜り込ませて腰のあたりを撫で回し、しっとりと湿った素肌の心地良さに酔いしれる。
……素肌?
「つけてなかったのか、下着」
「今日はあなたに…その……愛してもらおうと思ったから」
妻が可愛くて仕方ないのだが。
恥じらいから赤みの差した頬、うるんだ瞳の上目遣い、男の欲を掻き立てるように響く甘い声。
こんな風にねだられて断れる男などいるわけがない。
クレオパトラに籠絡されたシーザーやアントニーの心情も理解できようというものだ。
「真理絵、愛してる」
甘美な香りに惹きつけられ、目を閉じて彼女の顔に顔を寄せる。
真理絵のあたたかい手が、私の頬に添えられた。
しかし途端、耳元で鳴ったカチャリという音に目を開く。
ほんの数センチしか離れていないはずの妻の顔がぼやける。
私の近眼では確認できないが、どうやら真理絵に眼鏡を奪われ、どこか手の届かぬ場所に置かれてしまったようだ。
「む……返してくれないか」
「ダメ」
「しかし、君の顔が見えなくて困る」
「ダメ。見ないで、恥ずかしいから」
わがままなお姫様だ。
いささか不本意だが、こうなってしまっては私が折れるほかない。
まあいい。視覚を奪われた分、他の感覚で楽しませてもらおう。
役に立たなくなった目をつぶり、わがままを紡ぐ扇情的な唇にディープキスを落とした。
「んんっ……はあっ……」
吐息混じりの声に耳を傾けながら、絡み合う舌を味わい、接する肌の感触を堪能する。
か細い首筋に指を寄せ、一つひとつ胸元のボタンを外し、熱烈なキスで力の抜けた真理絵の身体から寝間着を剥ぎ取る。
美しい曲線を描く裸体が現れ、上から下まで余すところなく手を這わせた。
久々のセックスに燃え上っているのか、ふとももの間は早くも大いに濡れていた。
かく言う私の方も、既に準備万端といったところなのだが。
「あ……」
妻を四つん這いにして、こちらにヒップを突き出させた。
年甲斐もなく硬くなったペニスを、淫らに濡れそぼった花びらに添える。
しかし挿入はせず、そのすぐ上のクリトリスに擦りつけるようにペニスを往復させた。
花びらの中心から沁み出した蜜を纏わせれば、摩擦が軽減されて滑りやすくなる。
いわゆる素股だ。肉感的なふとももがペニスを圧迫して、ワギナに挿入するのとはまた異なったもどかしい快感を生じる。
「あっ、あんっ、焦らさないで……欲しいの、お願い…」
「何を、かな?」
「えぇっ…!?」
「私は人の気持ちを察するのが苦手なようだから、君がきちんと説明してくれなければわからないな」
無論本気で言っているわけではない。
新婚時代からのちょっとした余興のようなものだ。
私がこういう合図をしたときに、どう対応すべきかは彼女も熟知している。
気が遠くなるほど昔の戯れを忘れていなければ、だが。
しばしの沈黙。
ほら、早く君が言ってくれなければ、続きはできないのだぞ?
ついに耐えきれなくなった真理絵が、口を開く。
「淳一郎さんの…お、おちんちんを、私の………おまんこにっ……挿れてください…!」
素晴らしい。実にマーベラスだ!
このフレーズを仕込むのにかかった期間は結婚してから4ヶ月と12日。
元アイドルの真理絵に卑猥な言葉を言わせるのには相当骨を折った。
セックスのたびに散々焦らし、彼女が自分から求めるようになるまで我慢した甲斐があったというものだ。
真理絵は相当恥ずかしかったのか、真っ赤に染まった顔を両手で押さえているようだ。
その手をやや無遠慮に引き剥がし、私は彼女の耳元で優しく囁く。
「淫乱だな、真理絵は。極上の娼婦を妻に持てて、私は光栄だよ」
「いじわる、いじわるっ……!! お願いだから、早くぅ……」
少々いじめすぎただろうか。ほとんど涙声になってしまった。
私とてサディズムの嗜好があるわけではない。
本当に彼女が嫌がることはしたくもないし、彼女と快楽を共有できるならばその方が良い。
「悪かった。すぐ挿れる」
「ちょっと待って…! そんないきなり……ああぁぁんんっっ!!」
彼女の奥まで深くペニスを突き挿れれば、待ちわびていたと言わんばかりに彼女が私をきつく締め上げ、あられもない嬌声を上げた。
こうやって後ろから犯すのは気に入っている。手が自由になるため、犯しながらも真理絵の身体に触れることができるからだ。
「ひあっ…あっ、おっぱい揉むの…やぁ……」
柔らかく豊満なバストに手を伸ばして弄ぶ。
バンを産んでからサイズが大きくなったらしく、指を限界まで伸ばしても収まりきらない。
指の間で胸の頂をつまみ上げると、ワギナが一層収縮して私に絡みついてきた。
真理絵が感じる場所はすべて把握している。
何年もかけて私により開発された身体は、私の愛撫に反射的な反応を返す。
耳朶に軽く噛みついて息を吹きかける。下半身も休ませはしない。
私が仕込んだ快感に、真理絵は身悶えた。
「あっ、ん、ああんっ! 久しぶり、なんだから…無茶しないで…!」
む……たしかに、その意見ももっともだ。
情けない話なのだが……この体位は腰に辛いし、現時点でも既に体の節々が疲労している。
何年もご無沙汰だったせいか、それとも年齢のせいか、性欲に体力が追い付いていない。
これでは最後までセックスを続けられないおそれがある。
仕方ない。ここは真理絵に頑張ってもらうことにしよう。
後背位で貫いていた真理絵を持ち上げ、対面騎乗位にして少し前にかがませる。
ふとももが丁度腰を挟む形になり、柔らかな感触を存分に味わえる。これを四十八手では百閉という。
「ひあっ?! だ、だめっ、こんな体勢! 私、太ったから…!」
「気にならない。昔の君がやせすぎていたのだろう」
というか正直今の方が抱き心地は良い。
それでも日本人女性の平均よりもだいぶ軽いのだから、気にする必要などないだろうに。
「そう…、かしら。でも、あなたはやせたんじゃない?」
「ブリントンの食事は不味かったからな」
これは本当だ。イギリス料理とやらはとても口に合うものではなく、カズの作った納豆入りレトルトカレーの方がまだ食べられた。
天文台にいた間、ずっと真理絵の手料理が恋しくて仕方がなかった。
「これ以上体重が落ちると身が持たない。明日の朝食は…そうだな、ハンバーグがいい。もちろん真理絵手作りのを頼む」
「うん。あなたが起きた時にすぐ食べられるようにする。お昼にはお弁当、作ってあげる。
お夕飯のリクエストだって何でも受け付けてあげるから……だから、だから……」
震える声とともに、私の胸の上に熱い滴が落ちた。
「もう、絶対いなくならないで……!」
泣いて…いるのか。
近眼のせいで真理絵の表情をうかがうことも叶わないが、彼女の涙は私の胸をたたき続ける。
いつも笑顔でいてくれた真理絵。その仮面の下に隠された悲しみを、私は気づいてやれなかった。
幸せにすると約束したのに。
「本当に、すまなかった」
「ずっと……ずっと、待ってたんだから!」
強く、優しく、いつだって私を包んでくれる真理絵のぬくもり。
なぜ私は一時でもこの安らぎを捨てようなどと考えてしまったのだろう。
もう悩むまい、迷うまい。絶対に手放すものか。
もしNICSの気が変わって私を告発しようとするならば、その時は全力で立ち向かおう。
最低の屑だと軽蔑したければすればいい。
それでも私は真理絵とバンと、ともに生きることを選んだのだ。
上にまたがる妻の腰を撫でると、私を咥えこむ圧迫感が強くなった。
若い時と同じようにはいかなくとも、互いに快楽を与え合う方法は知っている。
彼女が身体をゆするのに合わせて、私も時折下から突き上げる。
「あっ、淳一郎さんっ…すき…だいすき…!」
「私も……だ、愛してる」
どれだけ歳月を経ても変わることのなかった事実。
このゆがんだ世界の美しさを初めて教えてくれた彼女に、私は恋をし続けていた。
「んっ、あぁあんっ……ずっと…いっしょにっ…!」
もちろんだ。これからはずっと一緒に生きていこう。
返事代わりに思うまま胎内を擦り上げ、柔らかな媚肉を蹂躙する。
深く、激しく、空いてしまった時間を取り戻すように、私たちは互いを求め、愛し合った。
そして。
「あっ、あんっ…ひああぁぁあああんんっ!!」
真理絵のつながった部分が強く私を抱き締めて、達したことを伝えた。
彼女の蕩けそうな身体の奥で、抱え続けていた私の熱が爆ぜる。
それは長く、気が遠くなるほど長く。
やがて熱の奔流が収まる頃、彼女は静かに私の腕の中へと身をゆだねた。
真理絵、待っていてくれてありがとう。愛してる。
恋愛に遅いということはない。今度こそ、この世界で同じ時間を共有し続けよう。
もう手放さない。もう絶対に、泣かせない。
淳一郎さん。
なんだ? 真理絵。
私、LBXをやってみようと思うの。
君がLBXに興味を持つとはな。どうしたんだ、急に。
だってあなたとバンだけの絆なんてズルいじゃない? 私も入れてほしいのよ。
そうか…さびしい思いをさせたな。すまない、何も気づいてやれなくて。
ううん、いいの。わかってくれれば。
……今度、LBXの大会に出てみないか、バンと一緒に。若いころの君をモデルにLBXを作るよ。
ええっ…なんだか恥ずかしいわ。
なに、君ならまだまだいけるさ。私が愛したスーパーアイドル、プリンセス・マリーなら――
そして、LBX世界大会アルテミス2052。
「おおっと、ここに来てまさかの番狂わせ!! マスクドMによるファイタースピリッツを上乗せしたΩエクスプロージョンが炸裂!!!
ヴァンパイアキャット、ブレイクオーバーです!! マスクドファミリー、古城アスカを打ち破りました!!!」
「やったぜ、ダディ、マァム!! この調子でトップに輝くスターを目指そうぜ!!」
「そうそう、その意気! これで優勝もいただきだゾ♪」
「落ち着きたまえ。一度の勝敗で一喜一憂していては大局を見誤る」
この勝利はヴァンパイアキャットの注意をそらしておいてくれたマスクドB、つまりバンのおかげだ。
マスクドMを演じる真理絵も、初心者ながらよく決めてくれた。
一昨年のアルテミスでも使用したマスカレードJ、バンのバトルスタイルに合わせた性能を有するBキッド、絶対領域のふとももを形成する際どいスカートまで再現したプリンセスM。
すべて私が自ら作り上げた自慢のLBXだ。
自分の作ったLBXで家族が楽しんでくれるのは、やはり何より嬉しい。
もっとも、同じハンドメイドのLBXに負けたこともあってか、対戦相手の彼女は不服顔のようだが。
「なんだよー、あんなイロモノ集団に負けるなんて…」
「アスカくん、バトルの結果にご不満かね?」
「いーや、オレの完敗だ。でもすっごく楽しかったぜ!」
勝っても負けても、バトルの後には誰もが心からの笑顔になる。
世界中のみんながLBXを楽しむ……これこそ、私が望んでいた夢だ。
LBXを通して、バンは世界中のたくさんの人と友だちになった。これからもより多くの出会いが待っているだろう。
今と未来、そして人を人とつなぐ道具である。それこそが、私がホビーであるLBXに何よりも望むことなのだ。
ねえ、あなた。私、今とっても幸せ。あなたのおかげよ。
私だけの功績ではない。君がいて、私たちの息子がいて、LBXを愛してくれるこの世界があってこそ、今の幸福があるのだ。
そうね……そうよね! さっすが私のご主人様☆
そろそろ3回戦が始まる。ふむ、次の相手も手ごわそうだ。
だが真理絵とバンの二人となら、きっと戦い抜ける。
「輝け、Bキッド!」
「歌って踊れる、プリンセスM☆」
「舞え、マスカレードJ!」
絶望と希望に満ちたこの世界で、私は今まで様々な仮面をつけてきた。科学者の仮面、父親の仮面、悪の仮面、そして男としての仮面。
人には多面性があり、それぞれが決して相容れぬもので、時と場合に応じた数だけ異なる仮面をかぶり、別人になりきる必要があると思っていた。
しかし、私は父親としての気持ちから科学者の技術を以てLBXを作り、LBXを使って働いた悪を抱えながら、今は男としてLBXの大会に立っている。
それらのすべてがあってこそ今の私なのだ。真理絵とバンはそんな私を笑顔で受け入れてくれた。
どんなに別人を演じようとも、私はひとりしかいない。……本当は仮面など必要なかったのかもしれないな。
ともあれ、今は実際に仮面をかぶっているのだから、華麗なる剣士の舞を存分にお見せすることにしよう。
「それでは、バトルスタート!!!」
最終更新:2013年10月12日 22:12