1929年(昭和4年)、国有鉄道の三鷹信号場として開設。1930年(昭和5年)、駅に昇格し「三鷹駅」となる。
1939年(昭和14年)9月、太宰は妻・美知子とともに東京府北多摩郡三鷹村下連雀の家に転居し、終生の住まいとした。
三鷹駅は太宰一家が三鷹に住んでいた頃の最寄り駅で、太宰自身も三鷹駅近くの飲食店などを利用していた。
小説「新郎」や「鴎」などの作品で三鷹駅が出てくる。
けさ、花を買って帰る途中、三鷹駅前の広場に、古風な馬車が客を待っているのを見た。明治、鹿鳴館のにおいがあった。私は、あまりの懐しさに、御者に尋ねた。
「この馬車は、どこへ行くのですか。」
「さあ、どこへでも。」老いた御者は、あいそよく答えた。「タキシイだよ。」
「銀座へ行ってくれますか。」
「銀座は遠いよ。」笑い出した。「電車で行けよ。」
三鷹駅ちかくの、すし屋にはいった。酒をくれ。なんという、だらしない言葉だ。酒をくれ。なんという、陳腐な、マンネリズムだ。私は、これまで、この言葉を、いったい何百回、何千回、繰りかえしたことであろう。無智な不潔な言葉である。いまの時勢に、くるしいなんて言って、酒をくらって、あっぱれ深刻ぶって、いい気になっている青年が、もし在ったとしたなら、私は、そいつを、ぶん殴る。躊躇せず、ぶん殴る。けれども、いまの私は、その青年と、どこが違うか。同じじゃないか。としをとっているだけに、尚さら不潔だ。いい気なもんだ。
住所:東京都三鷹市下連雀三丁目46-1
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