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古くは、わが国は国名を「大和」と名乗っていました。

「倭」と書いていたこともあります。
六〇八年、聖徳太子が隋に送った国書には、「日出処」と書いてあります。
倭というよりも、もっと自国を誇示した呼称を使いたかったのでしょう。
これがやがて、日の本、さらに日本と進化していったというのが定説になっています。
ところが、ジャパンの由来は意外に知られていません。
ジャパンという呼称の最初のルーツは、十三世紀、世界半周の大旅行を成功させたマルコ・ポーロの『東方見聞録』からだとか。
マルコ・ポーロは、実は日本には来ておらず、中国を訪れたとき、東国ジパングは黄金が豊富にとれる黄金の国だと紹介しました。
当時、中国は「元」の時代。
フビライが天下をとったことからもわかるように、「元」は蒙古人、現在のモンゴル人たちが建国した国でした。
当時、元では、日本のことをモンゴル語で「ジペンクオ」(lihlpen・kuO)と呼んでいたのです。
この「ジペンクオ」から、ジパング、ジャパンとなったといいますから、ジャパンはもとはモンゴル語だったというわけ。
 
最終更新:2013年07月31日 23:27