大人ナエギリ 秋の風物詩編【晩秋は夜長、紅葉は暮れて、吐息共々に白】

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大人ナエギリ 秋の風物詩編【晩秋は夜長、紅葉は暮れて、吐息共々に白】」(2012/10/06 (土) 18:18:27) の最新版変更点

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 個人的には、旬の食材もそうだけど、秋の味覚として映えるのは乳製品だと思う。  焦げ目のついたチーズや、芯から体を温めるホワイトソース。  シチューやグラタンに入れてみたり、ちょっと変わり種を選べばピザやキッシュ、温かいものは肌寒い日にこそ、だ。 「……ホットミルク、飲む?」 「……いただくわ」  ベランダの網戸越しに、椅子に座って膝を抱えている彼女に呼び掛けた。  声はどこか虚ろで、単調で、秋の寒さを感じさせる。 「今日はお酒、飲まないんだね」 「……そういう日もあるのよ」 「考え事?」 「…物を考えてない時間なんてないでしょう」 「体調が悪いとか」 「…だったら家に籠ってるわね」  切りがなさそうなので、とりあえず僕用のマグカップに口を付ける。  沸騰させないように温めたミルクに、スプーン一杯のハチミツ。ハニーミルク、という奴だ。  一口飲めば、甘みと温かさが体中に広がって、勝手に溜息が出る。  霧切さんのマグカップには、バニラエッセンスとシナモンスティック。風味を楽しみたい人向け。  美味しいはずなのに、彼女はまだ口を付けようとしない。  ふ、と、彼女の視線を追えば、見事な中秋の名月。  いつもなら、それを肴に、と、喜々として自分からコルクを開けるような人なのに。 「……苗木君、貴方は、…」 「何?」 「……いえ、何でも」  我が家に来てから、今日はずっとこんな感じだ。  虚ろをさまよっていた視線が、ふと僕を捕らえて、何かを言いたそうに口を動かして、それでも躊躇って口を噤んで。  なのに、ソファーからは動こうとしない。  気にはなるけど、なぜか急かしたくはなかった。  彼女が言い淀んでいるほどのことを、自分から進んで聞く気にはなれない。 「……ごめんなさいね」 「何が?」 「鬱陶しいでしょう、沈んだ客人が、ずっと家に居座って」  抱えた膝を、少しだけ強く抱き寄せる霧切さん。  彼女を鬱陶しいと感じたことなんて一度もないけれど、きっとそういう答えを求められているワケじゃない。 「…何があったの?」 「……、たいしたことじゃないのよ、本当に」  そう言って、眉尻を下げたまま、無理矢理に微笑もうとする。  その笑みがあまりにも痛々しくて、胸が締め付けられる心地までする。  彼女が言いたくないなら、僕も聞きたくなんてない。  けれど、そんな笑顔だけはして欲しくなかった。  彼女が抱えている苦悩を、悲痛を、普段は凛とした表情の裏に隠している、その重さを。 「…こういう弱みを見せられる相手、苗木君くらいしかいないから……ごめんなさい」  隠しているということは、つまり見られたくないということで。  だから僕も、彼女と接する日々の中では、出来るだけ気付かないフリをする。  けれどその重さや弱みを、僕にだけ見せてくれるというのなら。  見せてくれる間だけは、それを受け止めてあげたい。  その間だけ、彼女のためだけの存在でありたい。  傲慢だろうか。 「…ホットミルク、飲んで。霧切さん用のスペシャルブレンドなんだから」 「コーヒーみたいな言い方をするのね…」  パーカーを脱いで、霧切さんの細い肩に、そっと羽織らせる。  驚いたように此方を見上げる霧切さん。  構わず、その後ろに座る。 「苗木君…?」 「飲んで」  子猫を抱きかかえるように、怯えさせないように、後ろからゆっくりと、その肩を抱く。  抱きしめるのではなく、温めるため。  その肩はパーカー越しなのにとても冷たくて、両腕を回すと、ふるり、と、少しだけ震えた。 「……セクハラよ、苗木君」 「訴えていいよ」  言いながらも、強く拒まれたりはしない。  両の掌を温めていた、霧切さん専用のマグカップを、彼女はただじっと見つめていた。 「…ずるいわ、貴方は。私が拒めないのを知ってて…」 「霧切さんの嫌な事は、僕はしないよ。嫌なら、離れようか」 「ダメ」  きゅ、と、存外に素早い仕草で、袖を掴まれた。 「……霧切さん?」 「……」  沈黙が、夜に染み入る。  月が陰って、しん、と寒さが深くなる。  マグカップから立ち上る湯気は、夜風に晒されて、ゆらゆらと。 「…女の弱いところを、こういうところでくすぐるから…貴方は天然って言われるのよ…」 「……」 「独りが好きなくせに、側にいて欲しいだなんて…面倒な女でしょう、私は」 「今に始まったことじゃないから」  す、と、目尻から一筋の光が零れていた。  あまりに綺麗で、見惚れそうになる。  眺めていると、涙はそのまま、首元に回した僕の手のひらに落ちた。 「……温かい」  ホットミルクにようやく口を付けた彼女が、涙も拭わず、染みいるように呟いた。

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