「うぷぷぷぷ、おはようございまーす!」
起き抜けに見るモノクマの姿ほど、不快な気分にさせるものはない。
「…勝手に就寝中の女子の部屋に入るなんて、良識すらもないのかしら?」
「いいじゃん、そもそも監視カメラで全国放送中なんだよ?」
それを言えば身も蓋もない、と思いつつも、寝ぼけた眼を擦る。
時計を確認すれば、午前四時半。
早朝と言えないこともないが、こんな時間に起こしに来るなんて、嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
「…それで?」
不機嫌を隠さず、私は大柄な人形を睨みつける。
「何か用事があって、この部屋を訪れたんでしょう?」
「うぷぷ…コレコレ」
モノクマがどこからともなく取り出したのは、一枚の硬貨。
「じゃじゃーん、モノクマメダルー!」
「……」
「あれあれ、食いつき悪いなぁ。霧切さん一人だけモノモノマシーンやってないみたいだからさぁ」
何かと思えば、そんな用事か。
いや、モノクマにしてみれば、用事自体はどうでもいいのだろう。
ただ嫌がらせに、適当な用事をでっちあげて、私を叩き起こすのが目的なのだ。
「せっかくだから、メダルを分けてあげるよ。これで一人だけ仲間外れにされずに済んだね」
「メダルゲームだなんて幼稚な真似、興味ないの」
「メダルゲームじゃないよ、ガチャガチャだよ」
「大差ないわ。用件は終わり?なら、さっさと出て行って」
付き合うのも馬鹿馬鹿しい。
適当にあしらうと、モノクマはメダルを残して部屋から唐突に消え失せる。
まだ眠気の覚めやらぬ私は、もう一度ベッドに潜り込んだ。
―――――
「モノモノマシーン?」
恒例の朝食会がてらに今朝の出来事を伝えつつ、私は苗木君に尋ねる。
「ええ。モノクマは皆やっていると言っていたけれど…あなたたち、本当にあんな子供だましに手を出しているの?」
メダルの文様からして、今回の事件の黒幕が用意したものだろう。
それに平気で手を出せるなんて、なんとも危機感のないことだ。
「うーん…でも、結構面白いよ、アレ」
と、能天気に返され、思わず気が抜ける。
「結構面白い景品も出てくるしさ。隠されているメダルを探し出すのも醍醐味だし」
「……まあ、あなたがいいのなら、口を出すつもりもないけれど」
本当に、抜けている少年だ。
話せば話すほど、毒気を抜かれてしまう。
まあ、そんな彼だからこそ、私も話したいと思ってしまうのだけれど。
「霧切さんはやらないの?」
「ああいう子供じみた遊びには、興味ないのよ」
苗木君をモノクマと同様にズバッと切り捨てて、私は食堂を後にした。
部屋に戻り、軽くシャワーを浴びて、午後の予定を立てる。
現段階で探索できるところは探索し尽くしてしまったし、やることも限られている。
かといって、体を動かしたり娯楽に興じる気にもなれない。
結局私は、何かを調べている時間が一番落ち着くのだ。
バスタオルに体を包んでベッドに腰掛け、ふとその枕元に目が行く。
一枚の硬貨が、鈍い輝きを放っていた。
「……」
探索する場所がない以上は、私も娯楽に興じるべきなのかもしれない。
子供だましと馬鹿にはしたけれど、全く興味がない、と言えば嘘になるし。
それに、あのマシーンから何か新たな手掛かりが掴めれば儲け物だ。
そうと決まるや否や部屋着に着替え、一枚のコインを握り締めて部屋を後にした。
購買部まで足を早め、誰にも見られていないことを確認し、中に入る。
「…なんとも趣味の悪いデザインね」
私を出迎えたボックスにそう吐き捨てて、早々にメダルを投入した。
こんな子どもっぽい遊びに興じているところを誰かに見られたら、明日以降の私の沽券に関わってしまう。
ガチャリ、ゴトン。
重々しい音がして、ガラスケースの奥にこぶし大のカプセルが落ちてくる。
恐る恐る手を伸ばして、半透明のカプセルを取り出した。
「これは…こけし?」
出てきたのは、黒く塗りつぶされた瞳の気味の悪い人形。
何の変哲もない置物。
正直、拍子抜けだ。
あの黒幕のことだから、もっと趣味の悪いものを入れてくるとばかり思っていたのに。
ふと見ると、こけしの底にスイッチが付いている。
ダイヤルを回すことで電源を入れるタイプの…「強・中・弱」とメモリが付いている。
なんだろう、と思いつつもメモリを回すと、
ヴ、ヴ―――――ン
と、頭頂部が重い振動を始めた。
「……」
やってくれた。
「動くこけし」とは、そういうことか。
一応、知識としては持っている。
これが一体何のために、どういう用途で用いられるのかということは。
けれど、不純異性交遊がどうのこうの言っていたのは何だったのか。
こんなもの、神聖な学び舎に持ち込んで。
ジョークとしても低俗すぎて、言葉も出ない。
さて、この低俗な玩具をどうしてくれようか。
このままここに放置して、他の人の目に触れさせるわけにもいかない。
朝日奈さんあたり、見ただけで卒倒しそうだし。
そうして、手の中の憎らしいこけしを睨みつけて、
「あれ、霧切さん?」
「!?」
はたして、一番この現場を見られたくない人物が現れた。
「苗木君……なぜ、あなたがこんなところに?」
「? いや、モノクマが『購買部に行けば面白いものが見られる』って言ってたんだけど…」
モノクマ…!
「…黒幕の言動に従うなんて、ホントにあなたは…馬鹿正直ね」
「あ、うん…ゴメン」
「謝る必要は…ないけど…」
人のことは言えない。
まんまと私も、罠にはめられた訳だ。
考えてみれば、モノモノマシーンの景品も黒幕が用意しているんだ。
私が景品を引くのに合わせて中身を変えるなんて、造作もないことだろう。
咄嗟にこけしを背に隠すも、苗木君は目ざとく私の挙動に気付く。
「あれ、何を隠したの?」
「…なんでも、ないわ。あなたが気にする必要のないものよ」
「えー、そう言われると気になっちゃうな」
苗木君は、まるで同級生とじゃれあうように、楽しそうに私に迫ってくる。
こっちはそんな楽しく戯れてる場合じゃないのよ…!
「…モノクマの言う『面白いもの』はないわ。部屋に戻りなさい」
「え?でも、」
私が隠したものがそうだろう、と追及しようとしたのだろうが、
「――三度目はないわよ。大人しく戻りなさい、いいわね?」
「う、……はい」
次は口じゃなくて拳が出るぞ、という剣幕で迫れば、渋々彼も頷いてくれる。
聞き分けの良い少年で助かった。
そもそも背中にコレを隠したままで、接近戦は分が悪い。
「…わかってくれればいいのよ」
ふ、と頬を緩める。
さすがに私が悪いのに、こんなに邪険に追い払うのは申し訳ない。
悪意がないことを、せめて伝えてフォローしてあげなければ。
「ごめんなさい、悪気があってあなたを遠ざけているわけじゃないの」
「っ……!?」
「ただ、どうしても他の人には見られたくなかった…苗木君?」
「…、……」
「あ、の…霧切さん」
苗木君の様子が、目に見えて急変した。
額に冷や汗が吹き出し、熱でもあるかのように耳まで真っ赤に染まってる。
嫌な予感がする。
「それ…隠してたやつ、出てる…、と思うんだけど…」
彼の視線の先。
背中に隠していたはずの、私の右腕――
もはや邪悪な玩具にしか見えないこけしの顔が、宙を見つめていた。
ぶわ、と、寒気が背中を駆け抜けて、
次の瞬間、燃えるような熱さが頬に宿る。
「ち、がうのよ、苗木君、これは、」
想像し得る中で、最悪のケースが起こってしまった。
一番見られたくない相手に、一番見られたくない姿を、見られてしまったんだ。
こんな道具を持ってうろついて、まるで痴女じゃないか。
弁解しなければ。私はふしだらな女じゃない、これは黒幕にはめられたのだ、と。
そう思っているのに、上手く口が動いてくれない。
「あ、僕、その、ごめんなさい!」
「違う、違うの…落ち着いて苗木君、あなたは誤解しているわ…」
純朴な少年は、顔を真っ赤にして、両手をブンブンと振る。
私の言い分も、まるで耳に入っていないようで、
「いや、大丈夫! わかってるから、絶対誰にも言わないし、このこともすぐ忘れるから!!」
「あ、待っ…」
完全に混乱状態の苗木君は、目を白黒させながら購買部を飛び出していった。
私と共に購買部に残されたのは、静寂と、
「……」
ヴ――――ン、と、スイッチをつければ重い振動で私をあざ笑う、大人のこけしだけだった。
「許さない……」
こけしよりも遥かに激しく戦慄きながら、
「絶対に、許さないわ…黒幕…!!!」
死にそうなほどの恥辱と惨めさで、私は床に崩れ落ちた。
こけしの行方は、誰も知らない。
最終更新:2011年09月30日 22:02