音越廉次SS


「もうすぐ戦いかぁ……」
 少年、音無静也は数日後に迫ったボーグバトルを思い、溜息をついた。
 月面ゲームショウで行われるボーグバトル。そこに彼は旧家堂陣営として参加するのだ。
 静也は自分のパートナーに目を向ける。学帽を目深に被った学ランの少年――を模した魔人ボーグ、音越廉次へと。彼は無言で腕を組み、壁を背にして立っていた。迫る戦いに怯え、憂鬱になっている主とは対照的に、彼は決して揺るがない。
 音越廉次は『漢の試練シリーズ』と呼ばれる男らしさを追求して開発された音越兄弟のうちの一機である。その特徴として、『漢力』と呼ばれる、使用者の男らしさに応じてその性能が上下するというよく分からない能力を持っているというもっぱらの噂があるとかないとか。初号機にして長兄である音越煉一に始まり、五男の錬吾、八男の恋哉など数多くの機体がその名を馳せている。
 その音越兄弟の一体である廉次を父が静也に与えたのは、争いを好まず大人しくて内気、悪く言えば臆病で弱虫な彼にもっと男らしく強くなってほしいということだろうと思う。
 自分と正反対といっていい性質を持つ廉次を身近に過ごし、静也はだんだん廉次に惹かれていった。自分も彼のように格好良く、男らしくなりたいと。
 しかしそれでもやはり生来の性質はそう簡単に失われず、戦いが近づき恐怖のような感情を抱いてしまっていた。しかも今回のはとてつもない大舞台だ。加えて参加ボーグの中に、ボーグを無視してマスターを攻撃するような機体すらいる。幸い味方だったのだが、その存在自体が静也の恐怖をあおるには十分だった。
 自分にそんな戦いに参加する資格があるのか。チームに迷惑をかけることはないか。強い相手に竦まず立ち向かえるのか。そして戦いそのものへの恐怖。それら全てがない交ぜになって、今までにないほどの恐怖が彼を襲っていた。
 その結果今、静也は部屋の隅で膝を抱えてただ震えている。
 ――心配するな。俺たちの前に立ちはだかる壁は、全て俺が打ち砕く。
「え?」
 その声に思わず顔を上げる。しかし部屋には彼と廉次以外は誰もいない。
 ならば廉次がしゃべったのかと思うがそんなわけがない。音越シリーズは男らしさを追求する機体である。そして「男はぐだぐだと無駄に言葉を連ねず、行動でのみ語るべき」という考えから言語機能を廃されているのだ。
 それでも静也は廉次へと目を向ける。廉次は目深に被った学帽の下から覗く瞳で、じっと静也を見つめていた。無言。廉次はただ見つめるだけで、やはりその口からは如何なる言葉も紡がれることは無い。しかしその視線は、幾万言を費やすよりも雄弁に彼の意思を語っていた。
 見詰め合うことしばし。その内に、静也は自身の内から何かが湧き上がってくるのを感じた。
 そうだ。こんな臆病で情けない自分を信じることは難しいが、これまでずっと共にいた廉次のことを信じることはできる。そしてこれまでだって、こんな頼りないマスターの自分と共に、廉次は数多くの敵と戦い、打ち倒してきたのだ。ちなみに廉次の攻撃力は0なのにどうやって倒してきたのかは内緒だ。
 静也はゆっくりと立ち上がる。その瞳からはこれまで無かった強い決意が窺うことが出来た。
 恐怖がなくなったわけではない。だがそれでもいつまでも膝を抱えているわけにはいかなかった。
 彼の知る限り誰よりも男らしく、強い存在である廉次。パートナーであると同時に、強く憧れている相手。そんな彼の主である以上、静也はその主らしく在らなければならない。少なくともそう努力しなければならない。
 そしていつか彼のように自分も強くなりたいと思う。内にある恐怖を押さえ込みながら、静也そんな願いと決意を胸には間近に迫る大会へと思いを馳せた。
 そんな彼の様子を見て廉次は壁に寄りかかり、ゆっくり目を閉じた。その様子はどこか機嫌が良さそうだった。


最終更新:2010年09月11日 20:21