――ザザ、とノイズが走り、画面に屈強な若い兵士が映る。
あれは、二年前。町内の前線で哨戒をしていた時のことだ。ジャングルの空気は湿って蒸し暑く、俺たちはじっとりと汗をかきながら忙しなく辺りを警戒していた。
それから、そう、なんだったか……ジョンのやつがつまらないジョークを飛ばしたんだ。忍び笑いをする奴もいたが、俺はイラついてこう言った。
「おい、ジョン。いい加減にしねえとお前のその……」
その瞬間だった。
がさ、と茂みをかき分ける音がした。俺たちは瞬時に銃を構えた……。そのつもりだった。現れた、戦場には場違いな人間の姿を見た時、訓練を受けたはずの俺たちの銃口は、軽くぶれた。
そこに立っていたのは、麦わら帽子を被り、袖のない白いワンピースを爽やかに纏った、黒髪の少女だった。ワンピース? 妙な虫も多いこのジャングルで? 俺は訝しんだ。ボブの奴が、民間人だと踏んだのだろう。恐る恐る声を掛けた。
「君、ここは危険区域だ。すぐに立ち去っ……」
「あははっ!」
少女は笑った。無邪気で、とても楽しそうな笑顔だった。
「ねーっ、君も来てみなよ! 波が気持ちいいよー!」
波だと? 俺は再度訝った、その時。俺たちの小隊で一番若いエディが呟いた。
「海だ」
「何?」
「海が見える。空は真っ青で、カモメが飛んでて……あの子がいる」
エディはふらふらと、俺たちの塹壕から歩み出た。俺は、止めようとしたんだ。だが、遅すぎた。
「きゃっ、やだ、もう!」
少女は跳躍した。そして。
「サンダルが濡れちゃった!」
エディの側頭部を、凄まじい勢いの回転蹴りが仕留めた。奴は何かに憧れるような目をしたまま、湿った地面に倒れ伏し、痙攣した。それきりだ。
「ファック!」
敵だ。小隊の心はひとつになった。MP7が一度に火を噴く。だが、その時の俺のゾッとする気持ちを何と言えばいいのか。銃弾の雨の中、少女は手をかざして、困ったように笑っていたのだ。
「あはっ、冷たい!」
今度はボブがよろめくように前に進み出た。
「やったなー、もう、お返し! えいっ!」
「やめろ、下がれ、ボブ!!」
どういう奇跡か、銃弾は少女にかすりもしていなかったらしい。そして、ボブの眼窩に無慈悲な目潰しが叩き込まれた。
「あーあ、濡れちゃった。ま、でもすぐ乾くか」
「ジョーン!」
「もうちょっとだけ歩こう? 今日は調子いいの」
「テリー!」
「もうちょっとだけ……うん、平気。平気、だから」
「ジョージ!」
俺は必死でマガジンを交換すると、次から次へと各個撃破された戦友たちの倒れ伏す様を呆然と眺めた。こんなことがあっていいはずがない。相手は、たかがティーンの女子ひとりだぞ!?
「……来年、私、ここに来れるのかなあ?」
少し咳込んだ少女が、切なげに俺を見て微笑んだ。その瞬間、俺は、奴らが見たと思しき幻を目の当たりにしていた。
真っ白い砂浜。寄せては返す波。海の水はどこまでも透き通って、空の色を映して青く。
「約束。ね。きっと一緒に……」
少女が細い小指を立てた。俺は吸い込まれるかのように、その指に自分の小指を重ね――。
気がついた時には地面に叩きつけられ、空を……町内の熱帯の木に隠されてほとんど見えやしねえクソッタレな空を眺めてたってわけさ。
いいか、気をつけろよアンタも。奴は突然現れる。そうして、ひとりずつ順番に始末する。狩るんだ。何人いても同じさ。あいつの『夏』にはどんな兵士でも形無しになっちまう。俺はあいつを……。
――ザザ。興奮した様子の兵士が周囲に取り押さえられたところで、映像は終わっている。
熱海真夏。町内のきのこたけのこ戦争をたった独りで終焉に導いた、伝説の傭兵。これは、彼女の活動のほんの一端を示す記録である。
彼女は、動き出した。最強の7月14日生まれを決める、この機会を狙って。折しも季節は夏、彼女の能力『夏への扉;』が最も威を発揮する時。
熱海真夏の夏が始まる。