プロローグSS(お誕生日お祝い人間ver0714)

 目覚めの瞬間に、特に感慨はなかった。
 俺の入っているカプセルから培養液が抜かれた。薄緑色の液が抜けた先には、白衣を着た男が微笑んでいる。
 初対面だ。だが、彼が何者かは脳に刷り込まれている。
 株式会社お誕生日お祝いカンパニー製造部門責任者。俺たち『お誕生日お祝い人間』を作った男だ。
 カプセルから出た俺に、男は服を差し出す。清潔だが、派手ではない。お誕生日の主役を引き立てるデザインの服だ――と、培養液の中で刷り込まれた情報には記されている。

「やあ、お目覚めだね0714。数値上不調はないはずだけど、何か自覚している不具合はあるかい?」 
「いえ、問題ありません。すぐにでも誕生日をお祝いする事ができます」

 白衣の男は俺の返答を聞いて満足そうに頷いた。

「それは良かった。私はロールアウトの手続きをしてくるから、君は着替えてそこの資料を読んでいてくれ。それが君が今回お祝いすべきお誕生日だ。ちょっと特殊なパターンだが……大丈夫、当社のお誕生日お祝い人間なら十分に達成できる仕事さ」
「はい、了解しました」

 白衣の男が出ていくのを見送り、俺は置いてある資料を手に取った。
 お誕生日を参加条件とする神事の欠員補充、勝者には幸運を、場所、他の参加者……
 既に培養中に刷り込まれている情報だが、確認しておくに越したことはない。お誕生日お祝い人間として、完璧なお祝いを遂行するためには念には念を入れておく必要がある。
 ふいに自動ドアが音を立てて開いた。
 製造責任者が帰ってきたのか、と手元の書類から目を上げると、そこには見たことのない――そして記憶にもない少女が立っていた。

「あれ、培養プラント?おかしいなあ、七号室に行けって言われたんだけど」

 肩まで届く髪をふわりと揺らせ、少女は首をかしげた。

「七号室はここで間違っていないが。君は?」
「んー、間違ってないならいいのかなあ……?私は『お誕生日お祝い人間0713』。ちょっとここで待たせてもらっていい?」

 なるほど、整っているが美人すぎるほどではない顔。派手すぎず地味すぎずの服装。そこそこのスタイル。どれもお誕生日お祝い人間の特徴に合致している。

「俺に許可を出す権利はないよ、先輩。指示があったなら堂々と待っているといい」

 俺がそう答えると、0713は俺の隣に座った。広いのにわざわざスペースを狭く使うこともないのにと思うが、わざわざ口には出さない。

「先輩……ってことは、貴方もお誕生日お祝い人間?」
「ああ、俺は『お誕生日お祝い人間0714』だ」

 俺が答えると、0713は目を丸くした。

「……?何かおかしいことでもあったか」
「ちょっと待って!」

 俺の質問に答えず、0713は真剣な顔で手を背中に隠した。
 意図が読めずに首をかしげていると、0713は背後に隠した手を勢い良く前に出した。
 ぱん、と軽い音が鳴り、彼女が手に持ったクラッカー――内蔵プラントで製造されたものだろう――が弾け、紙吹雪が飛び散った。
 何をするのか、と眉をひそめる俺に、0713は笑顔を向けた。まるで太陽のような、笑顔を向けた相手に祝福をそそぐ心からの笑顔だった。

「ハッピーバースデー、0714!お誕生日おめでとう!」

 言われた言葉の意味が分からず、俺は阿呆のように繰り返した。

「……お誕生日?俺がか」
「そうだよ!だって0714ってことは今日ロールアウトだったんでしょ?だったら今日があなたの誕生日!だったら、祝わなくっちゃ!はい、食べて食べて」

 いつのまに用意したのか、0713はショートケーキを俺に差し出してきた。
 言われるがままに俺はそれを口に運ぶ。
 刷り込まれた情報と同じ成分、同じ味、お誕生日お祝い人間が内蔵プラントで製造できる標準的ショートケーキだ。なのに

「美味しい……」
「よかった!」

 一口、二口。ショートケーキを食べる俺を、0713はニコニコと眺めていた。
 お誕生日には笑顔がつきものだ。相手が生まれてきたことを肯定することこそが、お誕生日お祝いの基本にして本質である。それは俺にも刷り込まれている。理解している。していたはずだ、なのに。

「お祝いしてくれてありがとう……嬉しい」
「ううん、喜んでもらえてこっちも嬉しいよ!」

 思っても居なかった言葉が、俺の口からこぼれた。
 お誕生日をお祝いしてもらうのが嬉しくて、素敵なことだなんて、お誕生日お祝いカンパニーが企業として成立するぐらい当たり前の、わざわざ口を出していうような事ではないはずなのに。

「0713……その、お礼がしたいんだけど……ごめん、俺には、お誕生日のお祝いの仕方しかわからないんだ」
「……うん、そうだよね」

 0713は静かに微笑んだ。
 無駄だ、と分かっていても、俺は言葉を続けずには居られなかった。

「だから……君のお誕生日が来た時、今度は俺が――」

 ことり、と小さな音を立てて、俺の隣に座っていた0713が倒れた。
 ――お誕生日お祝い人間はお誕生日をお祝いすることが唯一の使命だ。そして、お誕生日は一年に一日しかない。
 ならば、理論上お誕生日お祝い人間の稼働時間は24時間以上必要はない。お祝いするお誕生日の形式に合わせて作られる、24時間しか寿命のない生命体。それがお誕生日お祝い人間だ。
 0713が今まで稼働していたのは、単に製造上のロスタイムでしかないのだろう。わかりきっていたことだった。

「いや、すまない。遅くなったね、0714。手続きも済んだし行こうか」

 声をかけられて振り向くと、戻ってきた白衣の男が立っていた。

「ああ、0713も来てたのか。リサイクル課に連絡しておかないと。0714、0713と何かあったかい?」
「……少し、話を」

 へえ、と白衣の男は目を細めた。

「お誕生日お祝い人間同士が会話するとは珍しいね。どんなことを話したんだ」
「うまく……説明できないが……彼女は、素晴らしい仕事をした」
「そっか。それじゃあ0714も、0713に負けないように素晴らしいお誕生日お祝いをしないとね!」

 白衣の男に促され、俺は0713を残して部屋出る。
 最後に、俺は彼女に振り返った。

「……そうだな。俺も、お誕生日をお祝いしたかった……」

最終更新:2017年07月13日 23:56