プロローグ(釖 分度)


釖分度は七人いる輝(こうき)のエージェントの一人である。
輝の目的は一つ、恒久的な世界平和である。
そのための手段とは何か?悪を滅ぼすことである。
悪の滅殺、それが輝の唯一絶対の目的だった。
「だっていうのに、なんでこんな大会にでなきゃいけないのかね」
分度は理想家である。
輝に属しているエージェントの中で、一番真剣に世界平和を望んでいるのが彼であった。
その目的のためなら手段は選ばず、方法は選ばず、敵も選ばなかった。
選ばず、確実に悪を消し去り任務を達成してきていた。
そんな彼に今回与えられた任務が【エプシロン王国王女のために開催されるバトルトーナメントで優勝し『最強の称号』を獲得すること】だった。
「『最強の称号』……確かにちょっと心躍るものはあるけれど、それと世界平和になんの関係があるんだ?」
上司からのこの不可解な任務を不思議がりながらも、分度は大会へのエントリーを済ませて仕事前の景気づけに行きつけの酒場で酒を飲んでいた。
ここのマスターとは古い馴染みである。気心も知れたマスターと歓談していると、つい口も緩んでしまうのだった。
マスターが分度の仕事と目的を知っているとなればなおさらの事だった。
「そうは言いますが、貴方の上司からの命令なんでしょう?なら、きっと意味はあるのでは?」
「そうだといいが、俺はなんか嫌な予感がするんだよな……」
「嫌な予感とは?」
「嫌な予感は嫌な予感さ。意味なんてなく、ただいだずらに不安をあおってくるのさこいつは」
「では、ようるすにいつものことですね。新しい任務の度に、いつも貴方はそう言っていますから」
「……まぁ、言ってしまえばそうだな」
分度は言いくるめられたことに少し釈然としないものを感じながらも一気に酒をあおった。
「お隣よろしいですか?」
おかわりを注文しようとした時、後ろから声がかけられた。
振り向くと、灰色の髪をした少女が微笑んでいた。
一瞬目を奪われる。こんな場末の酒場には不似合いなほど整った容姿の少女だった。
だが、それも一瞬。分度はすぐに理性を取り戻すとそっけなく答えた。
「……ここは、未成年にはふさわしくない場所だ。それに、俺は一人で飲みたい気分でね」
「あら、つれないことをいいますね」
そっけない態度にも穏やかに少女は返答する。
「ですがご安心を、確かに童顔ですがもう立派な大人ですから。なんなら、運転免許でもお見せしましょうか?」
「あんたが大人かどうかは関係ない。さっきも言ったが、一人で飲みたい気分でね」
「そう言わずに、一人よりも二人の方がきっと楽しいですよ」
そう言って有無を言わさずに少女―――大人だという彼女の言を信じるなら淑女だろうか?は隣に腰掛ける
「それに、私とあなたは完全に無関係でもないのですよ―――グロリアス・オリュンピアに出るのでしょう?」
その言葉で分度の発する気配が変わる。酒を飲む緩和状態から、一気に臨戦態勢の緊張状態へ。
そっと、相手に気づかれないようにコートの下のナイフに左手を添えた。
「ああ、そんなに警戒しないでください。私は大会の経営者の一人というだけで、貴方にどうこうする気はありませんから」
気配が変わったのは流石に分かったのだろう。動向に気づいた様子はないが、少女は慌てて弁明する。
「私は大会の選考委員会の会員の一人です。エントリーした人全員を参加させるわけにもいかないので、直にあって選考するのが仕事ですね」
ほら、と言いながら書類を見せる。その書類には、確かに少女が今告げた類の事が書かれていた
その書類が本物かどうかまでは分からなかったため、警戒は解かないがひとまず信じることにし、ナイフから手を離した。
「選考ねぇ、一体どんなことをするんだ?」
「そうですね。戦闘方法や能力……については、隠したい人も多いでしょうからその人と直接話して素行や雰囲気を主に見ますね。
 ぶっちゃけてしまえば、我々選考委員会の独断と偏見で選びます」
なので、媚を売った方がお得かもしれませんよ?と少し茶化すように言う。
そんな軽口をたたきながらも、女の目は、確かにこちらを観察する者のそれだ。
少なくとも、彼女の目的がこちらの観察である。という点に嘘はないのだろう。
「……あいにくと、媚を売るのは苦手でね。だが、あんたが本当に選考委員会の者だとしても遠慮させてもらうよ」
言いながら、グラスが空のままの事を思い出し、カクテルを注文する。
「それで、素行や雰囲気を見るってことはしばらく俺に付きまとうのかい?」
「いえ、選考対象は何人もいますからね。そこまで私たちも暇ではありませんよ。とりあえず、貴方はいい雰囲気をしていますね。合格です」
あっけらかんと何事もないかのように言われて拍子抜けする。
「……そんな簡単に決めていいのか?」
「あぁ、勘違いしているかもしれませんがあくまで、私の審査を合格しただけです。この後も色々と審査はあります」
なるほど。あくまで雰囲気を見るだけなのか。と納得しつつ、しかし、初めて聞く話ばかりなのは大会運営の不手際ではないかという気になってくる。
「なにはともあれ、第一選考合格を記念して一緒に飲みましょう!」
「おいおい、あんた忙しいんじゃなかったのか?」
「私の今日の管轄は、貴方で最後ですから。もうここからはフリータイムですよ!アフターファイブです!」
五時どころか、とっくに十時を回った遅い時間なのだが、と分度は苦笑する。
少女のそんな雰囲気にいつの間にかほだされている男がいた。
「さぁさ、飲みましょう飲みましょう。なんなら、今日は私が奢りますよ?これでもお金持ちですから」
「はぁ、仕方ない。おごりだと言うならつきあってやってもいいさ」
そうして、二人はさらに深夜まで飲み続け、マスターに見送られながら二人一緒に夜の街に消えていった―――


翌日。分度の宿泊しているホテルにて。
彼のもとに一件の連絡が来た。彼の上司からだった。
「やぁ、分度。大会のエントリーはできたかい?……うん、それは大変結構。第一段階クリアだね。
 えっ、結局この大会に参加した目的は何かだって?それは今は秘密さ。君は、優勝することだけを考えていればいい
 なに、大丈夫。これも世界平和のための第一歩だからね。それじゃあ、大会頑張ってくれ」
ほとんど一方的にしゃべられて、通話は途切れた。
そんな態度に少し戸惑いながらも彼は一人ごちる。
「何にせよ、これで大会参加への第一の資格は得たわ。後は、大会に参加できるように祈るだけ」
彼は、ベッドに眠る分度を見つめながら、同じ顔で続ける。
「……【私】の真の目的のためにも、絶対に優勝をしないとね」
彼は決意を固めるように一人何度もうなずくのだった。
最終更新:2018年02月18日 20:48