プロローグ(音無光陽)


 美しいと思った――――。
 僕、音無光陽がその姿を初めて見たのは、世界を衝撃の渦に巻き込んだあの会見だった。フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン。今、世界で最も強い影響力を持っていると言っても過言ではない空中に浮かぶ王国、エプシロン王国の第一王女。おそらく、世界中の誰もが注目していた彼女の会見。その会見の場で、彼女は危険思想家認定されてもおかしくない発言を世界に向けて発信した。

 ――――魔人。魔人能力は、その性質から嫌われることも多いと聞きます。危険だと、虐げられることもあると。ですが、私はそうは思いません――――

 この女は何を言っているんだ、と正直思った。
 魔人……常識外の、人間離れした能力を持つ人々。自分自身の認識を他者に強制する特殊能力者。世界中から、差別の対象となりかねない存在。この平和な世界に存在し続ける無数の火種。それが、魔人。その魔人を、この王女は支持すると言った。

 ――――世界の常識を塗り替えるほどに、何かを強く想うことができる。それはこの上なく素敵なことだと、私は思います。全ての魔人を。どこよりも多くの魔人を生む、日本という国を。私は、心からお慕いしております――――

 彼女が王族として、最初の視察先として選んだのが、この日本。日本は世界有数の魔人発現国だ(厨二病という言葉が生まれてしまうくらいの国なので、当然といえば当然なのだろうか?)。
 彼女にはこの国の血が流れているらしい。ならば、第二の故郷(と呼べるのだろうか?)であるこの国を訪れるのは、当然であろうと、皆は納得しただろう。SNSでも、日本国民が彼女を歓迎する発言を発信しているし、彼女の母親の出身(と噂されている)地域では、今回の視察に乗じて地域復興をしようという動きがあるらしい。きっと政府も、彼女をどうにか懐柔し、エプシロン王国との国交を強固にできないかと、策をめぐらせていることだろう。そうなると、国会で働いている親父はいつも以上に大忙しのはずだ……ざまぁみろ。
 との、日本国は、彼女の来日に好意的だ。しかし、僕は、彼女の瞳の奥に燃える、欲望のようなものを見た。

 ――――自分が他の誰でもなく、誇るべき自分自身であると断言するように――自分の能力を、全力で揮える。そんな光景を、いつかこの目で見ることができれば、私の中を流れる日本人の血も、きっと歓喜に震えてしまうのでしょうね――――

 冗談めかして言ったが、これがこの女の本心だろう。僕はそう思った。なんとなく、そう感じた。
 この時は、大胆な女だと、正直思っただけだった。
 しかし、連日彼女の情報を発信するニュース番組や、SNSを目にするうちに、彼女に対しての興味が、だんだんと大きくなっていっている自分に気が付いた。世界に向けて、あのように、自分の言葉を堂々と発信できるその度胸に。自分の立場を理解し、その上で、欲望を満たさんとする狡猾さに。それでいて自分は間違っていない、当然の権利だと、主張する、あのまっすぐな瞳が、毎日毎日、脳裏に浮かんでくる。
 僕の彼女への興味は、とても、大きなものへとなっていた。

 日本政府より、政府主催の魔人による能力バトル大会の開催の決定の知らせが発せられたのは、その会見からすぐだった。

 チャンスだと、僕は思った。
 僕は魔人だ。

 ――――僕が魔人に目覚めたのは、たしか、一年前。まだ、普通に中学生はしていたころのことだ。
 両親が離婚して数日後、僕の元に、親父から一本の電話がかかってきた。離婚する前はろくに連絡もしてこず、会食やパーティの時にだけしかろくに会うことのなかった親父。珍しく、ひどく酔っていた。なんでも理不尽に上司に怒られたそうだ。
「光陽、俺はな、お前らの幸せのために頑張った。頑張ったつもりだっんだよ。だから、お前にも国会議員の子供にふさわしくあるために勉強にスポーツとかの習い事を頑張ってもらった。けどな、結局、お前ら家族を養うために、がむしゃらに頑張って働いた結果、お前らを失って、そして、お前にもエリート街道から外れさせるって、子供のいる議員同盟から抜けさせられたし、そういう意味じゃ、お前にも少しつらい思いをさせた。頑張っても、幸せになれるなんて限らないんだなぁ……離婚して、俺の信用も少し落ちたし……俺も議員辞めて、もう楽になっちゃおうかなぁ……」
 その言葉を聞いて、僕の中で、何かが壊れたのが、その時分かった。――――いや、わかっていたのに、目を背けていたこと、隠されていたのもの前に、突き出されたような気分になった。
 親父は結局、僕に自分の子供としての価値を見出していなかった。この人は、国会議員である自分の子供にしか、興味がなかったのだ……と。僕の過去が……すべて否定されたのだと。
 その次の日、僕は初めて学校を休んだ。次の日も、その次の日も……。
そうして――――僕は学校に行かなくなった。母親は、だいたいの事情を察してくれたらしく、行きたくなったら行けばいいと言ってくれた。
そうして、自堕落な日々が始まった、ある日のことだった。
「母さーん、ごはんまだー?」
 こたつで寝ていた僕は、空腹を覚えて目を覚ました。時刻を見ると、夕方の七時。夕飯にはちょうどいい時間。しかし、部屋は真っ暗で、家には僕以外の人の気配がない。首を傾げた僕。そして、視界の端に映ったスマホの画面が点滅しているのが分かった。きっと、メッセージの受信を示しているのだろう。起き上がるのも面倒くさく、何とか届かないかと、手を伸ばしてみるが、どうしても届かない。
 そして、なぜか意地になり、手を無理やり伸ばし続けていると、ひょいと、僕のスマホが持ち上げられ、手に収まった。
「ありがとう」
 僕はその手にお礼を言い、スマホの画面を確認する。母親からで、爺様の家に用事ができたので行ってくるという内容だった。そうか、爺様の家に行ったのか―――――
「って、誰だ、お前!」
 僕は驚き、後ろに下がりながらスマホのライトでその手の主を照らした。月明かりでできた僕の影から出てきた、上半身のみを出した薄い黒い人形が、そこにはいたのだった。
 後日、検査をして、魔人に目覚めたことを認知した僕は、こいつに‘シャドール’という名前を付けた――――

 こうして思い返すと、あんなことで魔人に目覚めるとはと、正直自分にあきれてしまうが、今は魔人であることに感謝をする。
「ありがとな、シャドール」
 僕は、僕に対して礼をしながら影に消えていく甲冑を纏った人形に苦笑した。僕の根っこの性格は、昔のおりこうさんのままの僕から結局変わり切れてないのが、シャドールのこういう行動からわかってしまう。
 そして、目の前に倒れる魔人を見下ろしたのち、観客席で選手である僕を見下ろす親父を見た。議員代表として、予選大会の審査員の一人となっていたようだ。別に親子だからどうこうという気持ちは、すでにない。僕が望むのは公平な審査。ただそれだけだ。
 僕は予選の最終選考までコマを進めた。そして、最終選考の最終試合となる、僕の出番が経った今終わり、予選最終選考まで進んできた猛者たちがぞろぞろと、フィールドに集まってくる。
 この猛者たちと、もしかしたら、僕はこれから戦うことになってしまう。いや、寧ろ戦わせてほしい。彼女の前に行くためなら、その程度の試験、超えて見せようじゃないか。僕を本選に行かせてくれ、僕は……彼女に会いたいんだ!
 あの日の、会見が僕の想像通りなのか、その真意を問いたい。王族という、僕以上に嘘で作り上げられているだろう世界の中で、君はどうしてそう自分らしく在ることができるのかと問いたい。いや――――とにかく彼女に会いたい。僕の願いは、今はただそれだけだった。
 それだけのために、約一年続いた引きこもり生活をやめて、今日まで、わざわざトレーニングを積んだ。能力を高めたのだ。
 さあ――――さあ、はやく――――。
 そして、予選通過者の名前が、電光掲示板に発表されたのだった。
最終更新:2018年02月18日 21:04