プロローグ(プランク・パーセク)
中東ーー今も紛争の絶えない地、砲弾の降り注ぐ市街地には人の気はなく、もはや住む者がいなくなった家屋に一人、修道服を着たその少女の名をプランク・パーセクと言う。
本来の名は少女本人でさえも知らない、たとえ知っていたとしても忘却の彼方に捨て置かれていた事だろう。
住人の去った家を漁っていたプランクは、捨て置かれたラジオを手に取る。何の気はなしに合わせたチャンネルより流れるニュースは、プランクが次に渡る戦地を決定するのだった。
すなわち、極東の島国である日本にて大規模な魔人達の戦いを行うとの一報だった。
「あぁ......」
恍惚とした貌でその報を聞くプランクの口から、艶かしい、ややもすれば劣情を催していると思われがちなその吐息が漏れる。
「主はこの戦を望まれているのですね......ならばこれこそは聖戦です。この信仰にかけて、良き戦を捧げましょう」
主へ捧げる聖戦、その事実に歓喜したプランクの瞳は狂信者と呼ばれるにふさわしい輝きだった。
直後、プランクがいる家屋の壁が弾ける。無残にも砕かれた壁から覗くのはMBT――主力戦車――の砲口、先の壁を撃ちぬいた犯人だろう。
静寂な空間を破った主へ首を巡らせたプランクは、おもむろにしゃがんだ。
無防備極まりない行動を行うプランクへ、こともあろうにMBTは主砲を向け砲撃を敢行した。生身の人間に、陸上最強の戦力がである。 だがしかし、その砲弾はプランクに届かずに落下した。異常はそれだけにとどまらない、プランクが持ち上げだのは握りこぶしより一回り小さい石だ。口元は何かを唱えるかのように動いている。 そして石を握った手を振りかぶり、投げた。直後、MBTはひしゃげ、後方に吹き飛んでいく。
なぜ?答えは明瞭だ、プランクが神より賜った特殊能力である。光さえも届かぬ久遠の盾と、流星さえも凌駕する極速の槍を成すその力とは、距離の書き換え、それが成した事象なのだ。
閑話休題。さて、先の一投で潰したMBTだが、無論のことながらこの場に一両だけでいたなどという事は無く、それが意味するところとはすなわち
瞬間、プランクの立つ家屋が内に向けて破裂した。
家屋が面する通り三方位からの一斉砲撃だ、だがそれだけに留まる事は無い。戦車小隊に随伴する歩兵による十の射撃も加わる、さらに三の対戦車ロケット弾。 三の戦車砲と三の砲、十の銃から吐き出される弾丸の嵐が一点に向け吹き荒れた。
彼らはもうもうと立ち込める土煙の中を警戒して――二人の上半身が吹き飛んだ。再度の射撃を試みるが時すでに遅し、土煙を突っ切って飛び蹴りで更に一人が腹を蹴られて、爆ぜた。
プランクは、小隊の前に立って両腕を構える。その両の手には彼らが撃ち込んだ銃弾が数十。両腕を振りかぶり
数十の弾丸で作られた流星の業風が市街地を蹂躙した
砲弾の雨の中でもかろうじて形を保っていた市街地は見るも無残な瓦礫の地と化した。この市街地で戦っていた者たちの運命も推して図るべきだろう。
―――――――
「主よ、この戦いを、この地にて散った戦士たちの命を捧げます」
血の煙が漂う中、プランクは神へ祈りを捧げていた。目の前に居た小隊は?先の弾がを受けた歩兵たちは、肉体が残る事は無く煙となった。戦車はどうなったか、最初に潰された戦車が最も原型を残したと言えるだろう、残る三両はいずれもただの穴だらけの鉄塊となり果てた。もはや誰一人として生きていないのは目にも明らかだった。
「血湧き肉躍る素晴らしき戦とは程遠いですが、良き戦いでした」
先程の暴虐の嵐を吹かせた本人とは思えぬほどの、聖女の如き微笑みを浮かべていた。
「この地での奉納はこれで仕舞いですね。では参りましょう、聖戦の地へ」
いざ聖なる戦に向かわんと、戦神の狂信者は日ノ本へ足を踏み出した。