プロローグ(“正直伯爵”&大正 直)




――都内、とある駅のホームにて。
通勤通学の真っ最中の喧騒の中、人々の視線はとある一角に集まっていた。

「あのさあ、いい加減認めろっつーの」
「わ、私じゃない!本当です!」

頭髪も影も薄い、ついでに幸も薄そうな中年男性が、女子高生二人に詰め寄られていた。

「マジ間違いねーって! あたしらのケツ撫でまわしたんだよねー!」
「そ、そんなことはしてません!本当です!」

痴漢扱いされた中年は狼狽え、目線を左右に泳がせる。
身に覚えのない冤罪に動揺しているのか、図星を指されての困惑か。
――野次馬の見方は、八割方後者であった。

騒ぎを聞きつけた駅員が、屈強そうな警備員を伴って駆けつける。

「君達、ここじゃなんだから駅事務室で話を聞こうか。
 そこのアンタも、大人しく来てもらおう」
「だ、だから私じゃあないです、その……」

哀れを誘う声も、ついには消え入りそうになる。
彼が痴漢をしたか否かはもはや問題ではなくなりそうだった――その時。

{「おやおや、どうしたのかなッ!?
 レディース、アァンドジェントルマンッッッ!」}

場違いの甲高い大音声を放ちながら現れたのは――
痴漢よりもまだ怪しく胡散臭い恰好の怪人だった。
赤い燕尾服にシルクハット、手には黒光りするステッキという風体も異様だったが、
一番の不審ポイントは――目も鼻もなく、ただ口元だけが蛾眉のごとく吊り上がった仮面だろう。

闖入者による束の間の沈黙を破ったのは、ふてぶてしい女子高生二人組であった。

「は?誰アンタ」「マジKYすぎるんですけど、何なのー」

「私かい!? 私の名前は“正直伯爵”ッ!真実を愛し、正直を美徳とする男ッ!
 嘘あるところに私あり、毎晩欠かさぬダイアリィ!」

手を大きく広げ、天を仰ぎながら――赤ずくめの紳士が名乗る。
無駄に韻を踏みながらのアクションに、周囲の視線の温度がますます下がっていく。

「あー、君。関係ない人物が割り込まないでくれるかな。
 正直言ってクロとしか思えないこのショボくれたオッサンよりも君の方が怪しいよ」

「ショ、ショボくれたとは何ですか……第一、私は本当に身に覚えがありませんよ!」

「えっ、あ、いや、そんなこと思ってはいましたが、口にするつもりはなかった……えっ?」

駅員の暴言に、言われた男性はもちろん、言った本人も戸惑っている中、女子高生も口を開く。

「何言ってんだよオッサン、アタシらは口止め料せびるために痴漢だーっつっただけで……」
「ちょ、ユッコ!? 何バラしてんのよ!」「えっ!? ……あっ!な、なんで!?」

「どうやら、話を聞くのは君たちだけで良さそうだね?」

女子高生の自白に、駅員がすかさず反応する。

「んだよ、冤罪かよ」「つまんねーコトすんのな、ダセー」「騒いで損した」

群衆も、思い思いに本音をぶちまけ始める――そして、自分の言葉に戸惑う。

{「ン、ン、ン、パアアアァァァァラダァイス!
 嘘も偽りもない、まさに理想郷ッ! 正直こそ何よりの善ッ!すなわち、ジャァスティィィッス!!」}

ホームの混乱をよそに、“正直伯爵”が快哉を叫ぶ。
この騒動こそ、彼の能力『走れ正直者』の作用に他ならなかった。

“正直伯爵”を認識した者は、嘘をつけなくなる。

人々が正直に思うことを口に出すのを眺め、伯爵は満足げに駅を後にした――


彼が、グロリアス・オリュンピアへのエントリーを行った旨を動画サイトにて発表したのは
この騒ぎから暫く経過し、世界中に“正直伯爵”の名が広まり始めた頃の事だった。

~~~~~~~~~~~~

グロリアス・オリュンポスへの“正直伯爵”のエントリーが告げられて数日後。
エントリー受付場に現れたのは、屈強な肉体の青年だった。

「……どういうことだ。エントリー自体は自由の筈だが」
「ええ。ですが、貴方様のエントリーはお受けできません」

事務的な塩対応の受付係に、青年が懐の手帳を取り出し、開いて見せる。

「国際魔人警察所属の、大正 直だ。
 さっきも言ったと思うが、かの“正直伯爵”は既に世界各国の騒乱罪で指名手配されている。
 わかりやすく言えば、俺のエントリーは奴の……逮捕の為だ。
 それを受け付けない、ということは奴を、世界的犯罪者をかくまうのと同義だ!」

だん、と机を叩き半ば恫喝めいて訴える直。
だが、受付係の女性は表情を崩さず、冷静な口調で告げた。

「ですから、貴方様のエントリーはお受けできません――
 ――既に“正直伯爵”様から、貴方様との共同エントリーをお受けしていますので」

「……何だと?」

受付嬢の言葉に、直は耳を疑った。

「確か、今回の大会は――二人組、およびそれ以上の団体での参加は認めていないのではなかったか?」

「ええ、試合会場に人間の協力者を持ち込んではならない――そう規定されております」

そう。この戦いは、世界最高峰の強者を決めるための催しだ――
コンビでの参加は、そのコンセプトに真っ向から反する。

「なら“正直伯爵”のエントリー自体が無効じゃあないのか、それは?」

「いえ。協議の結果、ルールに抵触することはない、と結論が出ました。
 ですので、“正直伯爵”様のエントリーは、貴方様との共同エントリーとなりました(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「……どういうことだ。第一、俺は奴と組むつもりはないぞ」

「ええ、伯爵も仰っていました。
 『彼は私と共同戦線を組むつもりはなさそうだし、私も組むつもりはあんまりない』と――」

「あんまり、ね……ナメやがって。まあいいさ、つまり俺もエントリーされているんなら話は早い。
 ……申し訳ないが、国際魔人警察としては奴の逮捕が最優先事項だ。
 奴を見つけ次第、職務を優先させて貰うぞ」

「ルールに抵触する行為以外でしたら、何も問題はありません。どうぞ、ご自由に」

こうして、世界一の強者を決める戦いに――正直者と、嘘つきが参戦する。


大正 直は――嘘つきだ。
彼は“正直伯爵”を逮捕する気など毛頭ない――殺すつもりなのだから。
最終更新:2018年02月18日 21:16