プロローグ(安倍川アオイ)
毎月15日は月刊受験生ダンゲロスが届く日だ。
月刊受験生ダンゲロスはダンゲロス高校の受験に役立つ交通情報等が沢山乗っている楽し
い雑誌。この冬に受験を控えている中三女子の駿河すめしもこの月刊受験生ダンゲロスの
定期講読者であった。
中でもすめしが楽しみにしているのは臨時列車情報、そしてその次に「今川義元を作ろう
」だ。これは毎月ついてくる付属パーツを組み立てて、十二ヶ月で戦国武将今川義元が完
成してしまうというやつだ。素晴らしい。
すめしは臨時列車を一通りチェックしてから今川義元の組み立てに取りかかる。今回つい
てくるパーツは下半身だ。
購読開始から一年、ついに今川義元の完成…………
「あれっなんか違うくない。今川義元ってこうもっと今川仮名目録の改定とかしてそうな
顔だもんな」
完成したのはどう見ても今川義元ではない少女だった。
長い髪に華奢な体、富士の澄んだ湧水のように冷たい表情。
仮におよそ百人のポルトガル人にこれが今川義元かと問えば、九十八人に「今川義元って
誰だい?」と言われるような、そんな感じの少女だ。
だが、当のすめしは細かい事は気にしないタイプなので
「まあいいか」
「よくないでしょ」
今川義元になれなかった少女には意志があった。
だが、すめしにはそれが誰なのかもはや理解出来なかった。
「誰なのあなた?」
「私は安倍川アオイ。誰ってアンタが作ったんでしょ」
「私は組み立てただけだよ」
いつだって無責任なのが若者の特権だ。
「アンタちゃんと説明書読んでから組み立てた訳?」
「読んだことは読んだよ」
理解力か記憶力が足りないらしい。これはもう安倍川も呆れるしかない。
「つまり私は今川義元の同素体って所ね」
「えっ?」
「ダイヤモンドと炭が同じって言うでしょ」
「炭がダイヤモンドな訳ないじゃん。また私を騙そうとしてるね」
「騙してないから」
すめしは警戒レベルを4まで上げた。
「まあ、誰でもいいんだけどとりあえず私の高校受験をなんとかしてよね」
それはすめしの心からの切実な願いだが
「えっなんで?」
「いや、アオイちゃんは受験雑誌の付録でしょ。だったらなんとかしてよね。いや、する
義務があるね」
「アンタは雑誌の付録にすがるほど追い詰められていたっていうの」
一瞬だけ安倍川は事態を真剣に受け止めたが、やっぱりすめしの頭が凄く悪いだけだと思
い直した。だから適当な事言ってあしらっておこうと思った。
「今日はチンパンジーで生け花をしましょう」
「わーい、生け花大好き」
すめしの機嫌は直った。
二人は植木鉢に半分埋まったチンパンジーを剪定していく。
「もっとイルミネーションキトキトにしようよ」
「いいセンスね。ここはホタテをつけましょう」
「もうホタテがないよ」
家にホタテなんてなかった。
だから二人で旅に出た。
「ここはホタテの売ってる商店街です」
村人Aが言った。
街を歩いてみるとアオイはさらに驚かされる。
「すごい、鮮魚店が沢山ある」
「沼津は日本有数の漁港だからね」
すめしはなぜか誇らしげだ。
「それにしても賑やかな商店街だね」
街の賑わいを見てすめしはある事を思い出した。
「そうか、今日は月に一度の沼津武東海の日だ」
「沼津武東海」
それは沼津港商店街主催、強い願いを持つ人々がトーナメント形式で戦い、優勝者は自治
会長の力でなんでも願いを叶えて貰える大会だ。
「アオイちゃんがこの大会に出ればいいんだよ」
「なんで私が……」
「これで優勝して私の受験を成功させて貰えばいいんだよ」
「そんなの自分の力で叶えなさい。私にだって叶えたい願いくらいあるの」
「生まれたばかりのアオイちゃんになんの願いがあるっていうの」
「ピアノになりたい」
それはどこまでも純粋なアオイの願い。
「えっ…………」
「ピアノにずっと憧れてた。だから私はピアノになる」
「うん、なんで憧れちゃったかな、今川義元とかでなく」
「わからない。むしろどうして私がピアノになりたいのかを調べてもらうべきだろうか」
安倍川アオイ自信もピアノになりたい理由がわからなかった。たとえ優勝して願いを叶え
、ピアノになったとして、意味もわからずピアノになった所で果して喜べるのだろうか。
だからこそ、安倍川アオイは自分がピアノになりたい理由を求めたのだ。
「でもさ、アオイちゃんって強いの」
「構成は違えど元は戦国武将。弱い訳がないでしょ」
全く謎理論の根拠ではあるが、安倍川アオイの能力は戦闘向きの能力の様だ。
その能力は「東海一の弓取り」と称えられた今川義元に因んだ「オレンジスカイアロ
ー」。
光の弓と矢を自由に出現させる事が出来る。また、矢は分厚い鉄の装甲でも容易に貫通さ
せる事が出来るほどの威力だが、恐るべきことに安倍川アオイはその軌道すらコントロー
ルが可能なのだ。
そんな彼女の一回戦の相手は前回三位の米屋のお婆ちゃんだ。
「気を付けて、あのお婆ちゃんは重力を操るよ」
すめしの忠告は遅かった。安倍川の両腕は既に弓を構えられないほどの重力を加えられ、
地に着きそうな程に垂れ下がっていた。
そこに容赦ない蹴りが入る。それも重力を何倍にも増した、凄まじい威力の蹴りだ。安倍
川は吹き飛び、全身がバラバラになった。
「驚いた、体をバラバラにして衝撃を分散させたのかい」
これは組み立てタイプの安倍川アオイだからこそ出来る技だ。
「じゃあこれでどうだい」
お婆ちゃんは安倍川のパーツ全てに重力をかけ始めた。
これには成すすべもなく、安倍川アオイはここでリタイアしてしまった。
その日の夜は豚カツ屋で反省会だ。
「残念だったね」
「来月は勝たせてもらう。そして、私がピアノになりたい理由を突き留めてみせる」
負けたままでは終わりたくないし、やっぱり自分の願いを叶えたい安倍川だった。
「そんな貴女にとっておきの大会がありますよ」
「誰だ」
二人に声をかけたのはメイドのコスプレをした侍女だった。それってつまり97%不審者だ
ろう。
「私の名前はピャーチと申します。フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン。エプシロン
王国第一王女の侍女をしています」
「うるさい話しかけないで、今の私はドラゴンボールしか興味ないの」
安倍川は苛立っていた。
「すいません、ちょっと話だけでも」
それからピャーチはGOの説明をサルでもわかるように紙芝居でした。すめしは理解して
いなかった。
GOについて詳しくはWikiを読んでくれ。作者は読んでないけどな。
「駄目だッ、商店街が主催じゃないなら信用出来ない」
安倍川は机を強く叩いて不満を主張したのだが
「お願いします参加してください。これは熱いバトルを見たいフェム=五十鈴=ヴェッシュ
=エプシロン。エプシロン王国第一王女の強い希望なんです」
「アンタは随分とフェム=五十鈴=おはぎ=ヴェッシュ=エプシロン。エプシロン王国第一王
女思いなんだね」
実のところ、安倍川はピャーチの熱意に少し引いていた。だがこれには仕方のない理由が
あるのだ。
「私はただフェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン。エプシロン王国第一王女の望む全て
を叶え続けていきたい。そして、望むモノ全てを与えられ、もはや私抜きでは何も出来な
いほどの腑抜けになった時が狙いです。そこで唐突にこれまで差し伸べ続けた手を放し、
一気に闇に突き落とすことでフェムがどの様に壊れていくかが見てみたいだけなんで」
「すごい、面白そう。わかった参加するよ」
安倍川アオイは素直に関心したこともあり、とりあえず人助けだと思ってGOに参加する
事にした。
最終更新:2018年02月18日 21:21