「この仕事辞めてやる……!」
刻は、20時。
郊外に位置する、ここ日輪市駅前では帰宅途中のサラリーマンやその迎えに来ている家族、学校帰りにファーストフード店で友達と他愛のない話をしたあとの女子高生達でごった返している。
そこを私は飛び越えていく、ポニーテールを揺らしながら。
「お、おい!あれ“魔法少女”じゃないか!?」「え!?どこどこ?」「ママー!!“魔法少女”いるの!?みたいみたいどこー!だれー!!」
目ざとい中年男性の一声で先程までの日常は一転。
まるで町中でアイドルにたまたま出会って大騒ぎになったかのようなどよめきようだ。
――ごめん、例えじゃなくてそうだった。
「おいおい、魔法少女さん目立っちまってんなぁ!人気のあるやつは羨ましいぜ〜〜!!俺たち社会から疎まれた魔人と違って、力を奮っても憎まれない、褒められる。なんなんだよてめえはよぉぉ〜〜!!」
フリルスカートを踏まないように華麗に着地、追いついた。
背中から恐竜の羽根を模したものを生やした切れ目の男、奴が今回の“競合相手”。
何やら激昴しているが、ついさっき、ここに逃げ込む前はほとんど喋らなかったのに突然態度が変わった。これは演技。
恐らく既にカメラが回っている。
それなら私も“営業”のお時間だ。
「社会に逆恨みはやめなさい!貴方はその力で破壊行為をした悪人よ、それで認められるわけがないわ!でも今すぐ罪を償うというなら私もちゃんと助けてあげる、どうするの!」
「あぁ〜???罪だぁ!?俺を裁くなんててめえら何様のつもりだ〜?そんなに裁きてねえら俺が3枚に下ろしてやるよぉ!!ヒャハァァァ!!!」
男の鋭い羽根が分離し、襲いかかる!!
しかし、私は避けるつもりは無い。
私には言わねばならないセリフが待っている。
右手を大きく前に突き出しながら、声を高らかにあげる。
「私は貴方を改心させられなかった。けれど私は諦めない、希望の名の元にあなたを救ってみせる!だからこんな攻撃……効かない!!」
瞬間、掌から巨大なガーベラが現れ、怪人の凶刃を防ぐ!
「希望のスマイル!マジカルハピネス!!参上よ!!」
ガーベラの花を舞い散らせ、決めポーズを取ったマジカルハピネス。
沸き立つ群衆!
たじろぐ怪人!
さあ、戦いの幕は切って落とされた!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ん〜、望美ちゃん決まってるね〜。昨日の番組も大成功!勝利によって、取引先もちゃーんと確保。うちの会社の大黒柱だよ君は!」
百瀬 望美ことマジカルハピネス、その口上シーンまでの録画を止めた社長は御満悦だ。
だがそれに反して私はかなり不機嫌だった。
「あの……私昨日夜中から朝方にかけても怪人と戦ってるんです。しかも高速乗って2時間のところまで。それから帰ってきて魔法少女報告書を書いて家に帰ったの13時過ぎ、ようやく寝れると思ったら17時に叩き起されてこれやって報告書また書いて今何時だと思ってるんですか。8時ですよ8時。ちょっと勘弁してもらってもいいですか?」
あの怪人、まさかの二段階変形を残していたのだ。おかげで日付が変わるまで戦う羽目になり、会社で報告書を書いてさっさと帰ろうと思えば社長に残っといて〜と言われたのだ。
正直椅子の上で寝るのはしんどかった。
「だって仕方ないじゃない。うちの“魔法少女”、君だけだし」
“魔法少女”、それは世間では見目麗しい少女が、正義とはなにか葛藤しながら悪の組織と戦う、という認識だ。
だが、それは誤りである。
“魔法少女”とはそもそも企業の利権争いに魔人同士を戦わせたことから始まる。
自社の製品を売り出すことに疲れ果てた営業が、「特殊な能力を持った野蛮な人間達を使って代理戦闘させればよくね?」と勝手に行ったことが「これはすぐに白黒付けられて楽だからいい!」と様々な企業に飛び火した結果生まれたものだった。
しかし、あくまで魔人が世間からある程度危険視されているとしても、多種多様な人体実験を行って戦わせるのは人権的にどうなのだという議論になり、その解決策として持ち出されたのが“魔法少女”だった。
“魔法少女”は先程の設定でテレビ番組として売り出すことにより、エスカレートする怪人の強化を、主戦力を移行することによって批判を抑えつつ、今までの形式を崩すことなく社会に浸透させたのだ。
そして私はそんな企業に務める企業戦士ならぬ企業魔法少女。28歳だ。
「なら早く新人取ってくださいよ……私だけじゃもう持ちませんって」
「それがね……最近やらかしたところあるじゃない。魔法少女殉職させたとこ、あのせいで更に減ったみたいでさ……怪人も少しは増やしたんだけどやはり魔法少女相手には分が悪くてね」
同業者、普段の競合相手として立ちはだかるだけでなく、私の安寧にも立ちはだかるのか。
魔法少女に昔憧れていたせいで得てしまったこの魔人能力、この力で適当に会社を選んだのは死ぬほど後悔している。
なんとかなるでしょ〜って言ってたあの時の私ぶん殴りたい。
せめて新人が入ればこんな仕事辞めて転職してやるのに……!
「――だからさ、君がやめると我社の社員はみんな路頭に迷う羽目になるから。希望の使徒ちゃんはそんなことしないもんね。じゃあ今日もお昼にお仕事あるからよろしくね」
社長頭おかしいんじゃないんだろうか……。
適当に丸投げされた仕事を、仕方なーく了承した私は社長室を出て、少しでも体を休ませるために仮眠室へ向かう。
通路の壁には交通安全ポスター、暴力団注意喚起など様々な代わり映えのしない張り紙だらけだった。
ん?
いつもと違う色合いの紙が視界に映った。
「エプシロン王国主催……魔人トーナメント、優勝賞金5億……!?それに何でも叶えられる範囲であなたの願いを叶えます……」
私の眠い頭と会社への苛立ちが一瞬で別なものへと変わる。
それは私、望美ことマジカルハピネスの代名詞。
希望だ。
「これに出て勝ったらずっと働かないで暮らせる。後任の心配もいらない。出なきゃ……申し込み期限はっと、今日の……夕方まで!?嘘でしょ!?」
思わず大声をあげてしまい、徹夜明けの頭に響く。
「仕事昼からって言ってなかったかしら……今から間に合う?ダメね、取り扱ってるのが専用の場所、ここからだと仕事までに帰ってこれない。なら仕事帰りは?……速攻で片付ければ間に合うかも、そうと決まれば早く体を休ませないと!」
駆け足で仮眠室へと向かうのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結論から言おう、間に合わなかった。
いや、怪人は瞬殺出来たのだ。
問題はその後に野良怪人、ただの犯罪者に出くわしたのが問題だった。
そいつは通行人を人質に取った上に、1歩でも動けば全員殺す、と抜かしたのだ。
誰も殺されないように安全に対処するハメになった私はギリギリどころか余裕で時間までに参加登録を済ますことが出来なかった。
やはり、楽して生活はできないようだ。
いい歳してフリフリの衣装を着て戦うのも死ぬほど辛いし、肉体労働もしんどいが生きるためには働かないとダメなようだ。
そうして数日が経ち、大会の予選が終了。
様々な魔人達が本戦への出場切符を手にしているのを私は寝起きでぼーっとしながら見ていた。
すると電話がかかってきた。
社長だ。
「もしもし、望美ちゃんかな?彼氏さん?あ、ごめんね居なかったね、ははは!」
このセクハラ親父ぶっ殺してやろうか。
「なんか用ですか、今日休みですけど」
かなり腹が立ったので言葉一つ一つに怒気を込めて応答する。
「違う違う、今日はお仕事の話じゃなくてプライベートだよプライベート。君、会社の看板背負って大会出ない?あのエプシロン王国主催のやつ」
「え、本戦始まりますけど。私枠になんか入れてませんよ?」
「それがねー、テレビ会社でさ。視聴率のために有名人出したくないですかーって話が出たらしく、うちにお声がかかったの!仕事の話じゃないって言ったけど実質仕事みたいになっちゃうわけで、その期間負けても給料は出るよ!どう?」
棚からぼたもち、瓢箪から出た駒だ。
これに飛びつかないわけにはいかない。
私は電話口に力強く返事をした。
「やらせてください!」