吾輩はタチである。
名前はインポティンティンリヌス
この名前に特別不満は無いのだが。
果たしてその赤子のころより付き合ってきた名前が災いしたか!
吾輩の豪儀なる一物はある日さっぱりと立たなくなった。
それまで毎日のように男、女、少年少女、魔人、獣人、宇宙人、
老若男女とおよそ人とつくもの全てと、己の萌えとなんか抑えきれない本能に任せてまぐわってきたが
吾輩には一つ生まれながらにしての悪癖が一つあった。
それは酷い飽き性であった。
即ち一度味わった獲物には二度と食指が動かぬのである。
数えて4つ年を重ねたときに、初めて男として生まれた喜びを
隣家の左目に泣きぼくろをもつ美しいお姉さんに教示を賜ってから、毎日のように相手を替え貪り
その数1億にも上るところであった。
九千九百九十九万九千九百九十九人目と、床を共にしたところで
吾輩はこの世にあるありとあらゆる゛ジャンル゛を味わいつくしてしまったのである。
ああ、なんたる悲劇。なんたる喪失感!!
愛らしい者儚い者逞しい者。
それらを目にしても尊いと思う萌えの気持ちは溢れんばかりに膨れ上がっても、性欲は湧きあがらない。
立たぬのである
それまでの歓びをいきなり無くした吾輩は、心の隙間を埋めるように、戦いに身を置くようになった。
闘いの中においてのみ、吾輩は憎くき勃起不全となり果てる前のような生を感じた。
高揚感を得た。
拳を振るう相手を探すのには困らなかった。
九千九百九十九万九千九百九十九人と関係を持った吾輩である。
中には吾輩が戦いを求めば喜び勇んで飛び掛かってくる筋骨隆々の戦闘狂もいたし、
また中には向こうから吾輩が己一人の情人とならぬならば一層の事と、
吾輩の命を狙いにやってくる精神的に病んでる女性もいた。
そして今、吾輩はまさにそんな一人と向き合っていた。
人里離れた部落からさらに離れて滝の上に立つ、吾輩の住まいをわざわざ訪れた彼女は
名を百合子と名乗った。
「お前か、私の可愛い奈部子を誑かした者は!」
烏の濡羽色の髪を長く伸ばし、前髪はまっすぐに切りそろえ品のいい服を着た
外見だけは良い家庭のお嬢様であったが
中々声は深みと強さを持ったアルトであった。
そして何よりも、手にもつ戦棍と爛々と憎しみに燃え盛る切れ長の目が、
清楚な見た目の彼女に似つかわしくなく異様な空気を醸し出しいていた。
彼女の雰囲気と台詞からおおよそ彼女の来た理由は
幾度となく得た経験から推量る事は容易に出来たが、
吾輩はあえてとぼけてみせた。
「おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?」
「貴様ぁああああああああああ!!」
叫びながら百合子は白いフレアスカートをはためかせ
禍々しい、棒の先の球体部分に棘がついた
彼女に不釣り合いな獲物を振り下ろしてきた。
朝星棒、と呼ばれるものだったか。
余裕をもって後方に飛び
飛び散る砂利を腕を素早く繰り出した衝撃波で防ぎ、
挑発に乗って来たなとニヤリと笑ってみせる。
だがそれさえも百合子の怒りを助長させると知って。
「お前にとっては、お前にとっては」
聞いてもいないのに勝手に喋ってくれる。
そうだ、それでいい。
「沢山いるお前の玩具の一人だったんだろうな!でも、奈部子は‥‥奈部子は…!」
振り下ろした朝星棒の勢いのままに体を吾輩に向けて飛び込ませ、
そしてそのまま一回転するように体をしならせ追撃をいれてくる。
見たところ、細くあまり鍛えられたとは見られない体なのによくやるものだ。
「私のたった一人のモーニングスターでの大切な同期で」
横殴りしてくる彼女の朝星棒を上半身を地面すれすれまでに屈め避ける。
ブゥウウウンという音が頭上を通り抜ける。
「理解者であって、可愛い妹で…」
だが吾輩の手は屈めた事で百合子のすらりとした足のすぐそばにあった。
「ずっと一緒に頑張ろう、って約束だった。それが…!」
ぐぎっと嫌な音を立てながら彼女のヒールが吾輩の左手を貫いた。
そうしておいて吾輩の動きを少なからず限定すると、朝星棒を振りかぶる。
「お前に私が貰う筈だった処女を散らされてから変わってしまい
私を置いて行って…」
ギリリと彼女の歯が軋む。
「モーニングスターを『卒業』して幸せな家庭を持ってしまった!!」
思いっきり吾輩の頭に振り下ろされた
かのように思えたが。
ぐしゃりと嫌な音の代わりにはぽふんという音。
「な!?」
戸惑いの声。
無理は無かろう。
それまでツルツルで皺ひとつ、髪一つなかった吾輩の頭にヘアーがいつの間にかボウボウと伸び
もっこもこのクッションをつくり意思を持つかのように彼女の渾身の一撃の打撃を吸収し
抑え込んだのである。
「ああああ、マジ尊い。辛い。無理。やばい」
「な、なにを言っている!?」
いきなりそれまでの雰囲気からとは打って変わってハァハァと息を荒くして
ブツブツ尊い・・・やばい・・・しんどいと同じ単語を呟き始めた吾輩に
百合子は薄気味悪さを感じたかのように後ずさる。
しかし仕方がない。
これは仕方がないのだ。
尊とすぎると語彙力は死ぬのだ。
ただでさえ、お嬢様属性にギャップないかつい武器。
そしてレズビアン。
そこに加え彼女を置いていってしまった(恐らくは)元恋人への
悲しさ、怒り、寂しさを
こんなところにいる吾輩を見つけてぶつけるという不器用さ。
恋人はさっさと大人になっているというのに
彼女は取り残されていった彼女は無意味な行動をする。
「ちなみに吾輩の住むこの場所を見つけるのにどれぐらいかかった?」
「さ・・・三年だが」
「はぁああああああまじ無理!この子!やばい!」
「きゃゃあああああ!?なにこれ、気持ち悪い!やだ!」
百合子が叫ぶが無理はない。
3年も貴重な若い青春時代を初恋を奪った吾輩を探すのに費やしたとみた!
その尊さに尊さが爆発した吾輩の魂に、
能力≪ゲイ術は爆髪だ!!≫が軽率にも暴走し、
鼻毛と髭が勢いよくのび百合子の体を絡めとって宙ぶらりんにしたのだ。
キューティクル抜群な頭髪や、柔らかで防御に適した胸毛に反して
鼻毛と髭は固く、ちょっとやそっとでは切れない。
全くもって皮肉なものだ。
四肢を雁字搦めにされ不安定な宙で
なんとか自由を得ようともがく百合子を見て思う。
元々はこの能力は吾輩の初恋成熟の為に目覚めたものだ。
まだ吾輩が情熱だけは立派で技法とかはからっきしな青二才だった頃である。
恋をしたのだ、一人の漢に。
そう、筋二久男。
逞しく、豪快に笑う一回り以上も歳離れた彼を
吾輩は組み伏せたいとそう思ってしまったのだ。
彼は幸運にも同性愛者であったが、
不幸にも同じくタチの方であった。
若さに任せて己の気持ちをぶつけた吾輩に
二久男はいつもと変わらぬ豪快さで笑い言った
『チン毛も生えて無いような若造はちょっとな!』
吾輩は絶望した。
なぜならば吾輩は生まれた時からの性質でつるんつるんてんで
立派な青年と体が育っても大事なそこもつるつるならば、
体中のムダ毛というムダ毛が毛根死滅どころか存在すら、
産まれてすらいなかったのである!
ついでに髪の毛もつるんつるんてんである。
生まれつきの体質はどうにもならぬ
その夜は悔しさと悲しさで泣き
吾輩は一晩枕を涙を濡らした。
ついでに二久男の三角筋を妄想し
布団も濡らした。
そしてスッキリとした頭で我が体を清めようと下を見た時であった。
なんと毛が生えていたのである。
その後のことはトントン拍子であったので省略しよう。
吾輩の毛根が芽吹き、そして二久男の花は散った。
そうした愛で生まれた能力が今はこうして吾輩の飢えを埋める為の闘い
野蛮な行為の道具として使われる。
そんな物憂いな思考に少しふけってしまった為だろう。
吾輩の気持ちが少し百合子への興味からそれ、冷めてしまった故に髪が緩まる。
その隙を見逃さなかった百合子が少し自由になった利き腕を持ち上げ
Vサインをつくると額にあて叫ぶ。
「≪明けの明星≫!」
「うおっまぶしっ!」
答えるように叫んで私は首をひねる。
全然眩しくないのだ。
だが彼女が何故か『眩しく』に見えるのだ。
眩しすぎて直視出来ない。
そうか、常人からはかけ離れた身体能力で最初から彼女は魔人だろうと思ってはいたが
これが彼女の能力か。
自身を眩しくて直視できなくする能力か!
今まで使わなかった事を考えると効果は長くは続かないとみていい。
切り札として最後の最後までとっておきたかったとみるべきである。
だがいくら気を付けていたとしても魔人能力は千差万別。
吾輩は眩しさに腕で顔を覆いタジタジと下がる。
そこに百合子が遠慮なく獲物を抉りこまんと砂利をける音がした。
「かくご・・・・・!?」
だが彼女のセリフは戸惑いと驚きで飲み込まれる。
吾輩の手がしっかりと彼女の腕をとりそのまま勢いよく彼女を一本背負いをしたからだ。
彼女の体が強く滝口の岩へと叩きつけられる。
「ウァ・・・・ゲホッ・・・何故・・・・」
受け身も取れずしこたま全身を打ったのだ。
苦しそうに呻き彼女が吾輩に問う。
「吾輩の耳毛は一番細く繊細で、三半規管に繋がる故に感度も抜群だ。
それこそ相手に気取られないよう張り巡らせることにより敵の動きが解るほどにな」
ただ、彼女の能力の効果が働いてたからこそ出来た
精密かつ繊細な動きだったと同時に思ったがそれは伏せとく。
眩しくて見えないとはすなわち、尊い。
尊すぎるものは眩しすぎて直視できない。
その気持ちで高ぶってしまった故に出来た芸当であった。
だが吾輩は狡猾であり、
男性ならば当たり前のように格好の良いところを若く美しい女性には見せたいのであった。
「ふふふ…何。それ。」
「ゲイ術は爆髪だ」
「本当、…なに・・・それ」
それを最後に目を閉じがくりと力無くした百合子に慌てて駆け寄り抱き上げる。
「大丈夫か!?」
うっかりまだこれからが楽しみなお嬢様属性美人を殺してしまったかと慌てる
それに百合子は答えぬが確かな呼吸に安堵する。
意識を失っただけのようである。
「今日の日課の69人目は中々の手ごたえに高まりであったな」
吾輩は一人ごちると彼女を背負い滝をひょいと降りて行った。
人里に彼女を他の対戦相手達のように預ける為である。
そう、吾輩はあの勃起不全になった日から毎日飢えを埋めるのに69人戦うのが日課になってた。
少なすぎても飢えは潤わず多すぎてもダメだ。
そうやって毎日69人
あるときは自ら。
ある時は向こうからの闘いに明け暮れいつの間にか三年が過ぎていったのだった。
丁度その三年目に三年も吾輩を探した彼女が来たのはなにかの縁だったのだろうか。
ふと滝壺に降りたところで上を見上げる。
下弦であった。
日々を追うごとにぽっかりとした穴を広げていき、
見えなくなるそれは
今の吾輩の心そのものであるような気がした。
ツーと涙が零れる。
吾輩は気付かないようにしてたが今日確信を得た。
そう、
吾輩の飽き性という病にである。
百合子は久々の高まりを感じさせる相手であった。
つまり吾輩は闘いにすら飽きを感じてきたのである。
そんじょそこらの相手では満足できなくなってきたのである。
このまま日々を重ねていけばあの月のようにやがてぽっかりと
影に覆われた暗闇の穴となり果てるのか。
その時であった。
ひゅーっと山颪が吾輩の体を打った。
同時に吾輩の顔面を一つの紙が覆った。
山を一つ越えた先にある人里から運ばれてきたのであろう。
何かのビラに見えたそれを吾輩は百合子を落とさぬように気を付けながらも
片方の手に取りしげしげと眺めた。
神の悪戯だったのだろうか、それとも思召しか。
それは大規模な能力バトル大会への参加者を募るものだったのである。
たちまち吾輩は己の期待が膨らむのを感じた。
そこに行けば、この吾輩の飢えを満たしえる最強の魔人と戦えるのでは?
そしてあわよくば・・・。
「『可能な範囲で望みをひとつ叶える権利』」
早速吾輩は百合子を送り届けるついでにエントリーをせんと
山道を急ぎ足で進んでいった。
そう、エントリー期日をうっかり確認せぬまま送った為に
とっくの昔にエントリーどころか予選すら終わっていた事実を
大会会場で知るのはだいぶ後になる。