さわやかな朝の出来事。
日の光が顔にあたり、目覚まし時計よりも早く目覚めたサブリナは腕をぐっと伸ばした。
そしてゆっくりとあたりを見回して、枕のあたりにいる40cmほどの目の閉じたドールを見てそっと微笑んだ。
長い金髪、美しい顔、精巧に作られた身体、かわいらしいお手製のパジャマ。
サブリナは、そのとても大切な友人の頬をつんつんとつついた。
「ハァイ、ステファニー。もう朝よ」
「んむ……」
ステファニーと呼ばれたそのドールはのっそりと動き出し、サブリナと同じようにぐっと腕を伸ばて首をカタカタと鳴らした。
そしてそのまま瞼を開き、青い目でサブリナを見つめた。
「モーニン、ステファニー」
「サブリナ、おはようさん」
着替えたサブリナが部屋から出て、階段へと降りる。
その後ろからちょこちょこぴょんぴょんとステファニーがサブリナを追いかけていった。
サブリナはくすりと笑いながらステファニーを待って、ゆっくりとリビングへと向かっていく。
「モーニン、パパ、ママ、ジョン」
「グッドモーニング!サブリナ!!今日もご機嫌なモーニングだね!!」
椅子に座ったパパはその白くてきれいな歯を、歯茎ごと見せんばかりに満面の笑みを浮かべてサブリナに挨拶した。
「モーニン~。本当に今日は天気もいいし素敵な一日になりそうね~」
ママはゆったりと踊るような動きで巨大なステーキをテーブルの真ん中にどんと置いた。
「こんな素敵な日は~、歌いたくなっちゃうわね~」
「ママ、近所に迷惑だからやめようよ。それに僕はお腹がすいちゃったんだ」
サブリナの兄であるジョンがステーキ肉を見つめてナイフとフォークを持ちながらママに急かすように言った。
それを聞いたパパは楽しそうに笑った。
「何を言っているんだいジョン!ママの素敵なソングを聞けば、近所に迷惑どころかみんな大喜びさ!なんせママが歌えばあたりからカラスがいなくなるんだからね!」
「もう~、パパったら~、ウフフ~」
「ハハハ!」
サブリナはそっと自分の席について、巨大なパンケーキをこっそりと自分のところへと引き寄せていく。
その隣で、ステファニーが子ども用の背の高い椅子によじのぼった。
「おはようさんパパさん、ママさん、ジョン」
「やあステファニー、グッドモーニング!今日もキュートだね!」
「おおきに」
「ハナコくん!君も座りたまえ!ママのブレックファーストは最高だぞ!」
パパはステファニーに挨拶した後、その場に立っていたサンプル花子にも声をかけた。
このサンプル花子はつい先日、住み込みのメイドとして雇われたものである。
声をかけられたサンプル花子は遠慮がちに首を振る。
「あの、その、私はただのメイドですから……」
「そんなことを気にする必要はないよ!ボク達はファミリーじゃないか!」
「いえ、しかし……」
なおも渋るサンプル花子の腕を、サブリナが引いて半ば強制的に椅子に座らせる。
サンプル花子は目の前にある山盛りのマッシュポテトに目を白黒させた。
綺麗な白色の取り皿に、満面の笑みのサブリナの顔が映る。
「大人しゅう座っときハナコ、パパさんとサブリナは言い出したら聞かんよ」
「ステファニーさん」
ステファニーは椅子に座りながらも、諭すようにサンプル花子に語り掛けた。
「ウチは人形やさかい、食事はいらんて何度も言うたわ。でも二人は全く聞く耳もたんしママさんも毎日ウチの分まで料理作んねや。せやから無駄に抵抗せんと大人しく食うとき」
その言葉に、サンプル花子も渋々と座りなおして、食事をいただくことにした。
サブリナは嬉しそうに自分の椅子の前に座って改めてブレックファーストを楽しみ始めた。
ステファニーとサブリナの一日は、こうして始まっていくのだ。
「ただいまステファニきゃああああああ!!!」
プライマリースクールの四年生であるサブリナは、そこから帰ってきてステファニーを見るなり叫んだ。
そしてステファニーを抱えて、どたどたと大きな足音を立てながらジョンの部屋へと向かい、乱暴に扉を開けた。
「ジョン!ジョン!!」
「なんだよサブリナ!勝手に入ってくるなよ!!」
「ステファニーのことまたいじったでしょ!!」
サブリナはずいとステファニーをジョンに突き付けた。
ステファニーは、右腕部分にはビッグなブレード、左腕部分にはこれまたビッグな銃身がつけられており背中にはジェットパック。頭や足には機械が露出していた。
その姿はまるで、キュートでデンジャラスなサイボーグガールといった佇まいであった。
そう、実はジョンは機械いじりが大好きなのである!
「超クールだろ!右腕のステフブレードはどんなものでも斬りつけるし、左腕のステフキャノンはどんなものでも撃ちぬくぜ!まあ反動がちょっとクレイジーだけど……」
「そういうこと聞いてるんじゃないワ!」
「まあまあステファニー」
怒るサブリナをなだめたのは他でもない、ステファニーであった。
「ジョンがちょいと勉強に疲れておってな、そういう時は気分転換が一番やさかい、体改造してええてウチが言うたんや」
「でもだからって……」
「ほれ、パーツ付けかえればまたいつものウチや、ジョンのやつをあんまり責めんでやってくれんか」
「ステファニーはいつも甘すぎるワ!それにさっきまで制御できずにマイケルの家に一発撃ちこんで大きな穴開けちゃったの知ってるんだから!」
「ああ、それは平気さ!マイケルの家はこないだから泥棒に悩まされていてね、あれだけ見通しがよければ泥棒がどこにいようとすぐ見つけられるサ!」
「アハハハハ!」
「アハハハハ!」
こうしてまた今日もサブリナやステファニーの愉快な笑い声が家に響いたのであった。
「ただいまステファニにゃあああああああ!!!」
プライマリースクールの四年生であるサブリナは、そこから帰ってきてステファニーを見るなり叫んだ。
そしてステファニーを抱えて、どたどたと大きな足音を立てながらパパの部屋へと向かい、乱暴に扉を開けた。
「パパ!パパ!!」
「やあサブリナ!パパに甘えにきてくれたのかい!」
「違うワ!またステファニーをいじったでしょ!」
サブリナはずいとパパにステファニーを突き付けた。
ステファニーは腕と足に巨大な爪を付けられ、さらに強靭な尻尾、口からはガンガンと火を噴いていた。
その姿はまさに怪獣と化した少女、といった様子であった。
そう、実はパパは怪獣が大好きなのである!
「ああ……それは、そのだね……そ、ソーリー……つい魔が差して……」
「サブリナ、パパさんのことあんまり怒らんでくれんか」
バツの悪そうなパパをかばったのは他でもない、ステファニーであった。
「パパさんな、一度でいいから怪獣がリアルに動くとこ見てみたい言うててん。せやからウチに怪獣のガワつければ満足してくれると思うてな、ウチの方から提案したんや」
「でもだからって……!」
「ほれ、アタッチメント変えればまたいつものウチや。パパのことあんまり怒らんでやってくれんか」
「ステファニーはいつも甘すぎるワ!それにその口の炎でお隣のケニーの家を燃やしちゃったこと知ってるんだから!」
「ああ、それならノープロブレムだよサブリナ!なんせケニーのパパはファイヤーファイターだからね!今頃増えたお仕事とお給料で新しいマイホームを買いに行っているさ!」
「アハハハハ!」
「アハハハハ!」
こうしてまた今日もサブリナやステファニーの愉快な笑い声が家に響いたのであった。
「ただいまステファニヴェアアアアアアアアアアアアア!!!」
プライマリースクールの四年生であるサブリナは、そこから帰ってきてステファニーを見るなり叫んだ。
そしてステファニーを抱えて、どたどたと大きな足音を立てながらママの部屋へと向かい、乱暴に扉を開けた。
「ママ!ママ!!」
「あら~、どうしたのサブリナ~、スナックでも食べたかったかしら~?」
「ママ、ステファニーのことまた生贄にしたでしょ!」
サブリナはずいとステファニーをママに突き付けた。
ステファニーはヤギのような顔、手と足は絡み合う触手と化し、腹部には不揃いの牙が生えた巨大な口が開いている。
それは如何なるものにも形容しがたい、冒涜的な姿であった。
そう、実はママは悪魔崇拝者なのである!
「ああ……でも~……そのね~、■■■■■■様への捧げものが少し足りなくて~……ああ、目が~……目が、私を、見て……」
「#%@+☆&*」
複雑怪奇な特殊言語がその時、ステファニーから囁かれた。
「◎%#☆*=■+¥△#%*▼」
「でもだからって……!」
「=&!*●>?#$&いつものウチや、ママさんのことあんまり叱らんでやってくれんか」
「ステファニーはいつも甘すぎるワ!お向かいのボブさんが$&▼%#<*=◎¥」
「%&$#+@*<#%&」
「アハハハハ!」
「アハハハハ!」
「$+¥△&@#■」
こうしてまた今日もサブリナやステファニーの愉快な笑い声が家に響いたのであった。
「…………」
プライマリースクールの四年生であるサブリナは、そこから帰ってくるなりベッドへと倒れこんでしまった。
いつもと違うサブリナの様子に、ステファニーは近づいて様子を見る。
「どしたんサブリナ。なんか元気ないように見えるけど」
「……」
「サブリナ?」
「……トミー……トミーのバカ……」
「トミー?」
トミーとは確かサブリナのボーイフレンドだったはずだな、とステファニーは記憶を引っ張り出した。
心配そうにベッドに寝転がるサブリナの頭をステファニーはなでた。
「なあ、何があったんやサブリナ、喧嘩でもしたんか」
「ステファニーには関係ないワ」
「関係ないことあらへんよ、サブリナが元気ないとウチはその、寂しいやんか」
「……」
「なあ……」
「ごめんステファニー、少し一人にしておいて」
「……」
その日、サブリナの愉快な笑い声を聞くことは出来なかった。
夜になっても気持ちが浮き上がらないサブリナの為に、今日はステファニーは別のところで寝ることにした。
その場所は、今はサンプル花子が使っているゲストルームのベッドである。
「……あの、ステファニーさん。どこか別のところで寝たほうがいいのでは……」
サンプル花子が控えめにそう言うが、ステファニーは静かに首を横に振った。
「パパさんやママさんに対してはウチが委縮してしまうし、思春期のジョンのところに行くわけにもいかんやろ。せやかてウチは一人で寝るのは苦手なんや。ずっとサブリナと一緒に寝てきたからな」
「……」
「今まではなあ、どんなことがあってもウチを一番に頼ってくれたんや。嬉しいことも悲しいことも、必ずウチに話してくれたんよ」
ぽつりと、ステファニーはそう呟いた。
ドールとして作られたその美しい顔に表情の変化はほぼない。
しかし、サンプル花子にははっきりとステファニーの感情が伝わってきたような気がした。
「……そもそもウチなんか本来だったら、もっと幼い子向けの人形やさかい……こうして話せるようになったから今までずっと一緒におっただけで、本来はもうすでに自立の時が来てるのかもしれへんな」
「……」
「まあ、なんや。寂しくもあるけど、少しだけ嬉しくもあるな……まあでも、寂しいわなあやっぱり」
「……ステファニーさん」
「ああ、すまんな。変な事言ってもうたわ」
「……いえ」
サンプル花子は、ステファニーに対してどこか尊敬の念を抱いていた。
ある意味ではこの一家において一番境遇の近い、先輩のような存在であったからだ。
「……私、正直なところこの家にいるのが不安で不安で仕方なくて……それでも、ステファニーさんがいてくれたから、私は頑張ってこれた気がするんです」
「そんな大したもんちゃうよウチは」
「いえ、そんなことありません……ですから、ステファニーさんが何か困っているなら、力になりたいんです」
ステファニーはどことなく恥ずかしそうに首をカタカタと鳴らした。
「……ウチはな、サブリナが好きや。ずっとウチのことを大事にしてくれてな、ウチのこと大事な友達や言うてくれる。でもな……所詮ウチはただのドールや。未来永劫ずっと友達なんて、本来は難しいのかもしれへん」
「そんな……」
「だからウチ、ジョン達に改造してもらってな。ドールやない別の何かになればもっともっとサブリナと一緒におれるんやないか思うたんやけどな……やっぱ、そんな付け焼刃じゃどうしょうもないなあ……」
「……」
「それにウチは、パパさんが好きや、ママさんも好きや、ジョンも好きや。変なとこもあるし迷惑かけることも仰山あるけどな……それでも、ウチをファミリー言うてくれる優しい人たちなんや……」
サンプル花子は、少しだけその気持ちがわかる気がした。
一般的に言えば、この一家は少しおかしくもあるのかもしれない。
しかし先日囲んだ食卓は、たくさんの料理と笑い声に満ちていた。
そしてその中に自分を含めてくれたことに、少しだけ暖かい気持ちになったからだ。
「……ウチな。みんなに恩返ししたいんよ。パパさんに、ママさんに、ジョンに……サブリナに。いつでも笑顔でいてもらいたいんや」
ステファニーは顔を伏せた。
備え付けられたギミックにより、カタンと瞼が閉じる。
「でも、ウチには……ただの生きてるドール風情には、これ以上やれることはないのかもしれんなあ……」
「……」
「……すっかり湿っぽい話してもうたな!スマンスマン!そんなこと考えてても仕方あらへんもんな!もう寝よ寝よ!」
「……あの、私も少し、お話してもいいですか?」
「おん?ああ、もちろんや、なんでも話しぃ」
「……グロリアス・オリンピュア、ご存知ですか?」
サンプル花子が口にしたその言葉にステファニーは首を傾げた。
そして、サンプル花子が告げたその内容を興味深く聞いた。
優勝した際に得られる物は、賞金、名誉。そして……願い。
「面白い話やなぁ、せやかてウチはなんの面白みもないただの喋れるドールやで。そんな大会出る意味ないやろ」
「……」
「……さ、もうほんまに寝よ寝よ、明日に響くで」
「……はい、おやすみなさい」
布団の中で瞼を閉じて、眠りへと誘われる刹那の瞬間にサンプル花子は思った。
大会に出てみればいいなどとは、一言も言わなかったのにと。
ステファニーは、夢を見たことがない。
瞼を閉じることが出来ても眠ることは出来ないからだ。
ステファニーは、夢を見たことがない。
大好きなベストフレンドといつまでも共にいたいという以外に望みはなかったからだ。
「……なあサブリナ。ウチが人間やったら……今まで以上のベストフレンドになれるやろか?……それとも……」
その日ステファニーは、初めて夢を見た。