「以上、これが本戦に勝ち進んだ22名の闘士たちです」
「まあ、学生さんから、日本国総理大臣まで……本当に様々な顔ぶれね」
「我ら五賢臣が厳選したマッチング、必ずや王女のご期待にそえるものとなるでしょう」
「……ええ」
「どうか、なされましたか?」
「全員で何人でしたの? この予選に参加された方々は」
「最終選考まで残ったのは、64……いえ、正確に言えば63名ですが」
「つまり、42人の精鋭は、消えていったことになりますのね。この本戦に残ることなく」
「さすがに、開催期間や大会規模の兼ね合いもあって、全員を本戦に残すわけにはいきませんでしたからな」
「そう……ですわね。ただ」
「ただ?」
「その42人も、いずれ劣らぬ欲望の持ち主だったのでしょう? 彼らの力が全力で振るわれるのも、見てみたかったなあ、なんて」
「それは……」
「ふふ、わかっています。ただのワガママです。ただ、「そうだったらいい」という、愚かな女のささやかな祈りですわ」
――システム『エプシロンの杯』に、規定量の乙種願望の入力を確認。
――入力者の遺伝情報を確認します。一致率12.4732%。
――管理者権限の所有を確認。
――コード・エプシロンの限定起動を開始します。
――コマンドの実現に対する最適解を検討中。
――管理者権限者所有の記憶情報への干渉。
――候補者41名の戦闘状況を発生させる運命干渉。
――願望の内容を再定義。近似値としての解を算出。
――モデル、『サンプル花子』をベースにエプシリウム成型。
――モデル、『フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン』をベースにエプシリウム成型。
――願望感応子、正常反応。『エプシロンの杯』による成型誘導を開始します。
――第一段階。物理成型。完了しました。
――第二段階。概念成型。完了しました。
――第三段階。魔人能力『演ぜよ睨天の水鏡』付与。完了しました。
――第四段階。精神成型。メンタルフォーマットエラー。深刻なエラーが発生しました。
――%%第四段階。精神成型。モデルの精神核【 】は未初期化です。深刻なエラーが発生し%%
――第四段階。精神成型。原因をチェックしています。深刻なエラーが発生しました。
――フェーズをステップ。成型個体の精神はフォーマットされていません。
――警告。成型個体の精神はフォーマットされていません。よろしいですか?
――最終コマンドを確認。成型個体の活動を開始します。
――hello, world.Blessed are the poor in spirit.
ハローワールド。意識の覚醒は良好。
わたしは、改めて自分の手をしげしげと見つめました。
ぺたぺたと、与えられたばかりの体を触ります。
ぷにっとすべっと、なかなかユニークな感触です。
モデルとなっているミドルティーンの女性体としては、平均値より若干起伏に乏しい印象はありますが、まあ、許容範囲でしょう。
世の中にはこういう肉体の方が劣情を催す性癖もあるとのことですし。なにそれこわい。
わたしはくるりと振り返ると、たった今自分が生まれてきた、『エプシロンの杯』の水面をのぞきこみました。
『エプシロンの杯』は、空中都市エプシロンが誇る超技術の根幹ともいえる、願望の具象装置です。
適合者の願望をコマンドとし、人の情動熱量から発生するエネルギーを原動力に駆動する、この国の切り札ともいえる国宝でした。
わたしはその国宝の水面……正確には、液状の精神感応金属、睨天鉄をたたえた表面に写る自分の姿をながめました。
なるほど。たしかに人間体です。
というか、どこからどう見ても、モデルとなったフェム王女そっくりの美少女です。本当にありがとうございました。
ふう、とわたしが一つ溜息をつくと、水面の美少女もまた、物憂げな表情を浮かべます。
……ばっっっっかじゃないですか!?
げし。
わたしは、生えたばかりの細くて白い脚で、『エプシロンの杯』を力いっぱい蹴飛ばしました。
『エプシロンの杯』は無傷。
代わりにわたしのつまさきが超痛くなりました。なるほど。これが作用反作用の法則。
……じゃなくて。
ほんと、ばかじゃないですかこのぽんこつ杯!
『エプシロンの杯』には、国の危機への防衛反応として、王族の真摯なる願いをコマンドに願望実現を補助する機能があります。
そのことはまあ、そういうものだから仕方ありません。ですが。
それを、よりによって、「バトル大会で予選落ちしちゃった人たちの活躍も見てみたかったかもだわ(はーと)」なんていう、ただの王女のわがままに反応して起動しちゃったことがまず、衝撃のぽんこつポイント1。
おまけに、その願いを叶える方法として、「んじゃ、バトルで予選落ちした人の能力全部使える人造人間作って、そいつを戦わせて見せればいいんじゃね?」ってがばがば判断をしちゃったことが、撃滅のぽんこつポイント2。
さらには、その人造人間のモデルをファム王女にした上、わたしみたいなやる気ない人格造形にしちゃったことが、抹殺のぽんこつポイント3。
ぽんこつ三段活用にして数え役満、どこかの玄人もびっくりの積み込みっぷりです。
せめてこの解にするのなら、わたしを感情のない、戦うだけの人形にすればよかったのに。
なんでこのぽんこつ杯は、こんな設定にしてしまったのでしょう。
とりあえず、状況を整理します。
グロリアス・オリュンピアは63名の予選最終選考が終了。
結果、22名が本戦出場し、一回戦が逐次行われているとのこと。
この大アルカナと同じ人数設定は、おそらくこの大会が、『エプシロンの杯』にエネルギー供給を行う王国の儀式、エプシロン・スプレッドを模しているからでしょう。
優勝賞品であるところの「願いを叶える」準備のために、出場者の精神熱量を抽出して、『エプシロンの杯』に充填しようという目論見があるのでしょうね。
この大会を運営している五賢臣という外国人は、そこそこ優秀のようです。
ま、注ぎ込んでる先のオーパーツが、こんなぽんこつ杯だとは思っていないでしょうが。
とにかく、22人がタイマンでぶつかりあうと、勝ちあがるのは11名。
1対1でマッチングをすると、5組と1人であまりが出ます。
これに対応するため、五賢臣は追加で1名のリザーバー選手を選出予定。
『エプシロンの杯』は、これにわたしを派遣したい意向なのでしょう。
そのためにはまず、この、エプシロン王国の秘宝封印庫から出て、五賢臣のみなさんにわたしの存在をアピールしないと。
わたしはぺたんと床に座りこみ、足元に転がっていた大きなトランクを開けました。
わたしと同時に『杯』から生み出された、いわば姉妹のようなものです。
残念ながら、このトランクにはわたしのように意志はないようですが。
トランクの中にはふわふわの緩衝材。
そして、それに包まれるようにして、42個の宝石が並んでいました。
これ、一つ一つが、グロリアス・オリュンピア予選で敗北した猛者たちの能力を複製、抽出した結晶体です。
わたしはぺろんと着ていたワンピースをたくしあげると、白くてすべすべのお腹を見下ろします。
そこには、トランクの中身の宝石と同じ形をした、4つの窪みが刻まれていました。
なるほど。
ここにこれをはめこむと、42人のぱわーが好きに使えますぜというわけですね。
さて。
お披露目にはどの能力を使いましょうか。
わたしは適当に見繕った宝石をお腹のスロットにさしこむと、早速、借り物の能力を発揮するのでした。
――能力起動。『演ぜよ睨天の水鏡』。
スロット1:フランチャイズ
スロット2:精霊会話
スロット3:阿修羅六道腕
スロット4:BISTRO SMAAAAAASH!!!!!
【リザーバー選抜エキシビジョンマッチ わたしVS近衛兵さん】
秘宝封印庫で異常があれば、必ず王国兵が状況を確認しにきます。
おそらくは、兵の中でも特に力量の高いひと。
しかも、秘宝に触れても問題のない忠義心が認められた精鋭が、最少人数で。
それを相手に大立ち回りをすれば、バトルに目のない王女には即報告が入り、『遠見の鏡』による中継が繋がることでしょう。
そこで力を見せて、姫から五賢臣に、リザーバー選手へと推薦していただく。
それが、わたしの計画でした。われながら大雑把すぎるけど、仕方ありません。
数時間ほどして、封印庫の扉が外から開けられました。
よかった! 気づいてくれた!
王国特級術師五名の承認が必要な多重結界に亀裂が入り、そこから一人の兵士が飛び込んできました。
「何奴だッ……?」
国の最重要機密に危機が及んでいる可能性もある事態です。
おそらくはあらゆる危険な事態を想定し、全てに対応できる心構えでいたでしょう。
それなのに、この部屋に踏み込んだ兵士さんは、言葉を失って立ち尽くしていました。
わかります。その気持ち、よくわかります。
……だって。
賊が入ったかもしれない宝物庫に行ってみたら、そこがコンビニになっていて、そこで手のいっぱい生えた小娘がライムもなってないヘタクソなリリックでラップしながらお料理をしているなんて、わたしだったらごめんなさいしてドア閉めて帰ってベッドでふて寝するレベルです。そうしなかった近衛兵、えらい!
「き、貴様……正気か? そんなところでいったい何をやっている?」
はい、「正気か」発言はいりましたー!
うわーん!! なにげない誰何の声がわたしのエプシリウム製のハートを傷つけた!
でも、わたしはーなーいたりしなーい。らたったー。
人造人間だからー、睨天鉄だーからー。らたったー。
だーけどわかるぜい、一人フリースタイルラップははずかしいー。
ということで、近衛兵さん、あなたを処刑です。
申し訳ないですが、あなたにはわたしの本戦出場のための踏み台になっていただきたく。
私は調理を続けながら、即興の歌詞を紡ぎます。
こうなりゃヤケです。恥ずかしさ上等です。
わたしか今回選んだ能力の一つ、MC YUZIさんの『精霊会話』。
世界に遍在する精霊の力に語りかけて力を借りる、とても強い能力ですが、使い手さんがラッパーだったせいか、なんか小粋なリリックでライムを刻まないと効果を発揮できないのです! トレース要求レベル高すぎませんかこれ!
それでもぜいたくは言えません。
わたしは一生懸命に調理を続けながら、手元のコンロの火に語りかけました。
バトル狂いのあのクソ王女様のために、わたしはどうしても勝たないといけないんです!
お願い、聞いてください炎の精霊さん! 失敗したらわたしめちゃ恥ずかしいんです!
「戦の火花 散らす暗黒大陸。
望む発禁嗜好姫君へ 捧ぐhappy wedding
engagement ringは先制のwin!
聴けよ燃え盛れおまえfire ひでえ盛り下がりゃオレただのliar!」
コンロの火が、むくりと奇妙な形に頭をもたげました。
反応あり! よかったありがとう! こんな拙いフロウに乗ってくれて!
えーと、それじゃあ、炎の精霊さん!
わたしが料理を完成させるまで、炎の弾丸で近衛兵さんを足止めしてください!
「精霊に捧ぐ歌詞の火酒!
喰らわしてやんなキツい一撃! 歌わせて旦那かわいい娘を!」
コンロの火が勢いを増して、青色の炎へと変化。
その密度と熱を増すと、いくつもの弾丸となって近衛兵さんへと襲いかかりました。
「炎熱系の魔人か!!」
近衛兵さんの腕が一閃すると、裾に仕込まれた特殊警棒が伸び、一つ、二つと炎弾を叩き落していきます。さすがの腕前です。
三つ目までを警棒で撃ち落とし、四つ目を回し蹴りで跳ねあげ、五つ目を踵落としからの踏みつぶしで無効化。達人!
いくつかの弾丸は命中したようですが、致命傷には至らず、多少のダメージを与えただけのようでした。
追加の弾丸を射出しようにも、これ以上リリックはネタ切れです。
というか、しょっぱなであれだけできただけでもほめてほしいです!
ありがとう『杯』から供給される無駄な現代知識!
ともあれ、今の攻撃の目的は、あくまで時間稼ぎ。
これで仕留められるとは思っていません。
わたしは近衛兵さんの様子を警戒しながら、朝顔修羅子さんの能力『阿修羅六道腕』で増やした腕で、同時に三つの料理を完成させようとしていました。
「秘宝庫を元に戻してもらうぞ、侵入者!」
こちらへと踏み出し、近衛兵さんは料理をまさに作り終えようとするわたしの腕をつかむ……と見せかけて、裾から取り出した軍用ナイフを振りぬきました。
暗器あるいは居合めいた不意打ちです!
「痛……っ?!」
増やした腕の一本が、みごとに切り落とされてしまいました。
続く斬撃が的確にわたしの首筋を狙って迫ります。
王女様モデルの容姿の女の子に本当に容赦ありませんね近衛兵さん!
けれど、首をかき切るはずの一撃は、私へと届くことなく、絡めとられていました。
湯気の立つ皿から生えた触手……ではなく、茹でたてクリームパスタによって。
「……な!?」
敵性反応を感知した私の創作コンビニ食材アレンジメニュー「カルボナーラ風豆乳パスタ。スナッククルトンとスパイシーベーコンを添えて」が、まるで蛇のような勢いで皿から身を躍らせ、宙を舞いました。
続いて、「タラコポテトのあつあつチーズオーブン焼き」が床を侵食、とろとろのチーズ沼となって近衛兵さんの足元へと襲い掛かり、「揚げブロッコリーと鶏むね肉のサラダ ぴりっと辛いトマトソースを添えて」のブロッコリーが、まるで森のように繁茂して視界を覆い尽くしていきます。
コンビニになったと思ったら今度はブロッコリージャングルですか。
厳粛な秘宝庫とか原型もとどめてないけど仕方ないよね!
ともあれ、これぞ、魔人料理人、春川醤さんの能力『BISTRO SMAAAAAASH!!!!!』。
作り上げた料理を自在に操って、敵と戦う眷属にできてしまう力です。
本来この宝物庫には食材なんてないのですが、最強のコンビニ店員、張宝盒さんの能力『フランチャイズ』によってコンビニを召喚、お買い得食材をゲットすることで、『BISTRO SMAAAAAASH!!!!!』を発動できたのでありました。
能力コンボ! 異能バトルっぽい! 王女! 見てますか!
しかし、近衛兵さんはなおも抵抗を続けていました。
震脚でチーズの沼を蹴散らし、パスタの刺突を的確な受けでいなしながら、近衛兵さんは一歩、また一歩とこちらへ迫ってきます。
この近衛兵さん、魔人じゃないのが不思議なくらいの強者さんだ!
『BISTRO SMAAAAAASH!!!!!』のパワーは料理の出来に比例します。
本来の持ち主は国有数のシェフさんですから、軍隊一つ相手にできるバケモノを作り出せたようですが、わたしの素人料理では、せいぜい一人をけん制するのが精いっぱいということなのでしょう。
であれば、仕方ありません。えげつないけど、最後の手段をとらせてもらうことにしましょう。
香ばしいかおりの揚げブロッコリーの大樹によじ登りながら、わたしは手元に力を込めて、借り受けた能力を改めて発動しました。
『フランチャイズ』限定発動。
コンビニ店舗ではなく、その中で取り扱っている商品だけを召喚。
右手に塩素系漂白剤。左手に、酸性系衣料用洗剤。
「な……っ。貴様、まさか!?」
わたしの両手に生み出された2つの商品を見て、近衛兵さんはこちらの目的に気づいたのでしょう。その声に焦りが混じりました。
慌てて手近なブロッコリーの大樹に登ろうとします。いい判断!
けれど、幹を掴もうとする手をパスタの触手が邪魔し、足元をチーズの沼が絡めとろうとします。
「あー、一つ確認ですが」
「……なんだ」
「王女、この戦いをご覧になってます?」
「……私を倒しても、他の警備担当が駆けつけるだけだぞ。何が目的だ」
あー、露骨に話題を逸らすこの反応。
見てるわー。絶対あのクソ王女さま、リアルタイムで見てるわー。
わたしは、ブロッコリーの大樹の上から、二種類の「まぜるな危険」の液体をどぼとぼと下に混ぜ注ぎました。
ちなみに、読者のみなさまにおかれましてはご存知かと思いますが、塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜると、人体に有毒な塩素ガスが発生します。
うっかり吸い込むと呼吸器や目に障害をおこしたりして危険なので、絶対に真似しないでくださいね! おねえさんとの約束です!
「く……そっ!」
塩素ガスは空気より重たいので、二つの薬品が反応してガスが発生しきるまでの間に高いところへと避難すれば難を逃れることができる可能性もあります。
それを知って、近衛兵さんはブロッコリー大樹に登ろうとしているのでしょう。
しかし、それをさせまいと九の束にわかれたパスタが蛇、いや、竜のような勢いで近衛兵さんに襲いかかりました。
いい動きです。
よっぽどおいしく作れたのでしょうか、この豆乳パスタ。わたしすごい!
このパスタ九連縛りでがんじがらめにしてしまえば、塩素ガスで近衛兵さんがアレなことになるまで足止めができるはずです。
しかし。
「……舐めて、くれるな!」
瞬間、近衛兵さんの腕が、私の視界から消えました。
破裂音。それが、九つ。
私が目にしたのは、粉々に砕け散ったパスタと、拳を振りぬいて残心する近衛兵さん。
……うへえ。本当に、正真正銘武道の達人系の人でしたか、このひと。
おそらく、今近衛兵さんが繰り出したのは、わたしの視覚認識のラグはおろか、音速をも置き去りにした九連撃。
拳撃の加速は、全身の回転系でなされるものです。
ある程度のレベルまでの格闘家さんは、「体全体の回転を加速することで」パンチのスピードを上げます。
けれど、あるレベルの達人になると「全身の関節一つ一つを細分化して知覚、制御し、その一つ一つの速度を上げることで、スピードを乗算的に跳ね上げる」という域に至るそうなのです。
たぶん、今のは、そんな奥義であったのでしょう。
塩素ガスを吸わないように無呼吸で、かつ、これまでの戦いでの疲労もありながらのこの動き。
そしてきっと。
これほどまでの武闘家でも、グロリアス・オリュンピア本戦に挑む魔人には、きっと敵わないのです。
ぶるり、と全身が震えました。
――ああ。なんて、面白いのでしょう。
少しむせてはいるようですが、近衛兵さんはガスをなんとか吸い過ぎないようにして、木へ手をかけました。
スタミナはほとんど使い果たしたようですが、あれだけの達人、白兵に持ち込まれたらまだどうなるかわかりません。
それに対して、このまま樹上に到達されたら、もうわたしには用意していた手がありません。
だから。
用意していた『手』を、彼が木に登る前に、使うことにしました。
ブロッコリーの巨木によじのぼろうとした近衛兵さんが、ぴたりと、何かに掴まれたように止まりました。
足に違和感を覚えたのでしょう。
彼が見下ろした自分の足首にを掴んでいたのは、『わたしの手』でした。
戦闘開始間もなくの攻防で彼が切り落とした、『阿修羅六道腕』の一本です。
『阿修羅六道腕』は、本来存在しない腕をはやす能力。
本来存在しない腕なのだから、脳からの神経接続で操作しているわけではありません。魔人能力での念動操作です。
ということは、別に体から切り離されても、コントロールは可能であるということ。
「……この、今更腕の一本で……っ!?」
「んじゃ、おかわりです」
私は『フランチャイズ』で取り出した包丁で、すぱっ、すばっと残り3本の追加腕を切り落とし、近衛兵さんのところへと放り投げました。
彼の技量なら、この四本腕の妨害を、先ほどのパスタのようにラッシュで片づけることはできるでしょう。
……ただし、盛大に塩素ガスを吸い込む愚を犯すのであれば、という条件つきで。
「く……そっ……!」
自律運動で掴みかかってくる四本の腕を振り払いながら、近衛兵さんは涙と鼻水を流しながら抵抗を続けますが……まあ、これは時間の問題でしょう。
そうこうしている間に、近衛兵さんの膝まで、チーズの沼が飲み込んでしまっています。
さっきの九連撃で木を登る以外の体力を使い果たした時点で、彼の負けというわけでありました。
これにてチェックメイト、戦術的勝利です。
とはいえ、このままぼんやりとしていたら、ガスマスクをつけた援軍がきて、近衛兵さんは助けられ、私は拘束されるでしょう。
その前に、わたしはもう一度、服をたくしあげてお腹のスロットに差し込んだ宝石を確認しました。
スロット1:フランチャイズ
スロット2:精霊会話
スロット3:阿修羅六道腕
スロット4:BISTRO SMAAAAAASH!!!!!
4つの能力結晶体は輝きを失い、今やただの石ころとなっていました。
これは「その能力を振るって戦っているところが見たかった」という、王女の願望が、まがりなりにも充足した証拠。
王女は間違いなく、この戦いを見ていたのです。
わたしは二度と、これら4つの能力を使うことはできません。
それが、王女の願いを叶えるために『杯』が設けたルールのようでした。
「さて、王女様。こたびの戦い、喜んでいただけましたでしょうか」
わたしはどこにあるかわからない『遠見の鏡』に向けて、満面の笑みでアピールをしてみました。
「無論、本来の持ち主と比べれば拙き力の使い方。それでも、わたし一人を登用すれば、あなたの見逃した予選敗退組の戦いぶり、薄く広く、再現してみてさしあげます」
道化のように。大仰に、芝居がかった様子で。
ここで存在意義を王女に見出してもらえなければ、わたしの命はおしまいです。
正直にいえば、最初は乗り気じゃありませんでした。
むしろ適当に戦って、使えないと判断されてお役御免で機能停止が最適解とすら思っていました。
けれど、この、近衛兵さんとの闘いで、わたしは不覚にも「面白い」と思ってしまったのです。
この作り物の生命で。
このにせ物の精神で。
この借り物の能力で。
付け焼刃の、使い捨ての42……今となっては、あと38の異能で、自分が戦えるのか。
戦えるならば、どこまで手を伸ばせるのか。
「ですから、どうか、このわたしを……ぜひ、グロリアス・オリュンピアのリザーバーへと推薦していただきたいのです」
試してみたいと、願ってしまったのです。
ただ、王女の願いをかなえるためだけに生まれたはずの機構が。
きっと、わたしは最初から、壊れてしまっていたのでしょう。
けれど、そう、生まれてしまったのだから。
「ただ『演ぜよ』と命じてくだされば。ええ、後悔はさせませんとも!」
こんにちは、世界。
どうか、わたしに、わたしを試す機会をくださいな。
「無数の強者、ホンモノの一を極めた方々に、マガイモノのわたしが一矢も二矢も報いてみせちゃいましょう!」
わかっています。ただのワガママです。
ただ、「そうだったらいい」という、愚かな女のささやかな祈りです。
「――と。自己紹介がまだでした。わたしは……そうですね。エプシリウム……ええ、恵撫子りうむ。親しみをこめて、りうむちゃんとお呼びください!」
あのクソ王女さまをベースにしたからでしょうか。
そんな想いを、わたしは抱いてしまったのでした。
――第四段階。精神成型。メンタルフォーマットエラー。深刻なエラーがを発生しさせました。
――第四段階。精神成型。モデルの精神核【渇望】は未初期化です。深刻なエラーがを発生しさせました。
――第四段階。精神成型。原因をチェックしていますません。深刻なエラーがを発生しさせました。
――フェーズをステップ。成型個体の精神はフォーマットされていせません。
――警告。成型個体の精神はフォーマットされていせません。よろしいですかね?
――最終コマンドを確認。成型個体の活動を開始します。
――hello, world.Blessed are the poor in spirit.