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不合格
安倍川アオイ 様
平成30年GO第一次筆記試験の結果、不合格となりました。
結果
得点 :43/100点
順位 :5623人
受験者数:6634人
合格者数:22人
あなたはチンパンジー(レベル4)です。
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見事な不合格である。
まさかGOに筆記試験があるとは安倍川アオイも予想していなかった。
だが、もっと驚いたことがあるとすれば
「見て見て、第一志望の高校合格してたよ」
と安倍川アオイを生み出した張本人である駿河すめしが合格通知書を見せびらかしてきたことだ。
自分よりはるかに偏差値が低いと思っていた人間が、自分を差し置いて高校受験に受かっている。というのはなんとなく思うところがあり
「おめでとう、今夜は豆のスープでお祝いしましょう」
とか言いながらも素直に祝福出来ていないのか、何度も合格通知書を見直してしまった。
「駿河湾水産女子学園…………」
「……………………」
「ダンゲロス高校じゃなかったの志望校」
「うん、駿河湾水産女子学園総合水産科深海魚コース」
「えっあっ……うん」
だったらなんで月刊受験生ダンゲロスなんてマイナー雑誌を買っていたというのか。
「受験雑誌間違ってない」
「お母さんがジャンプと間違えて買って来た。でも面白かったから」
この一族はみんなこういう人間なんだろうなと、安倍川は理解した。
「そういえば、春休み行きたい所あるんだけどアオイちゃん暇かな」
とすめしから突然の申し出。もちろんニートの安倍川は断る訳もなく
「別にいいけど、アンタってブックオフとソフマップ以外で行きたい場所とか有ったの」
「沼津武東海だよ」
「沼津武東海」それは沼津港商店街主催、強い願いを持つ人々がトーナメント形式で戦い、優勝者は自治会長の力でなんでも願いを叶えて貰える大会。そして、安倍川アオイがかつて敗北した場所。
「高校受験に成功した今のアンタに一体どんな願いがあるっていうの」
「えーとね、これ見てよ」
すめしが取り出したのは一枚の紙。そこには下手なイラストが描かれている。
「なにこれロングソード、もしくは悪の化身??」
「ビーバーイーターマグロだよ」
「はっ」
「私の考えたオリジナル外来生物なんだよ」
「悪の化身の方だったか」
よく見たらキバとか角とか生えてるし、対空ミサイルも付いている。やばい。
「それでね、時速150キロで回転しながら泳ぐんだよ。あとビーバーが大好物」
「そのモンスターを一体どうするつもりだっていうの」
「優勝したら浜名湖に放流してもらうんだよ」
「なんで…………どうしてそんな……」
「楽しいからに決まってるじゃん」
すめしはひたすらに無邪気な笑顔を見せた。楽しい事を追及する時のすめしは誰にも止められない。
もし万が一、何かの間違いですめしが優勝して、そのせいでこんな外来生物が浜名湖に放流なんてされでもしたら、浜名湖の生態系はお終いだ!!
なんとしてもそれだけは阻止しなければならない。だから、安倍川は今回の沼津武東海に参加しなければならなくなった。
雲一つなく、富士山のよく見える早春のある一日だった。
沼津港には街中の猛者とか不審者が集まっていた。すめしと安倍川はそこにいた。すめしは新たな生命の誕生を望み、安倍川はその願いを破壊するために。
すめしの願いを聞いて以来、安倍川は眠れぬ夜を過ごしていた。
BEM(ビーバーイーターマグロ)の事を考えるだけで寒気がして過呼吸になる。鼻炎もする。あれは危険すぎる。あってはならない存在だと安倍川は確信した。
「私が浜名湖を守護る……」
思わず口に出してしまう安倍川。
「えっアオイちゃんなんか言った。トーナメントの組み合わせ決まったぜよ」
「なんと」
『第一試合一回戦:安倍川アオイ-駿河すめし』
『試合ステージ:東京都』
いきなりすめしと戦う事になった。だが、恐怖のBEM繁殖計画を阻止するには好都合。
さっそく自治会長から東京行の切符(2270円分)を貰い駅へ向かう。
午前の暖かく柔らかな陽射が列車の中を満たしている。313系電車のロングシートに二人並び、建物の隙間からのぞく富士山を眺めていた。
これから戦うというのにすめしはまだ少し眠たいのか、静かに走る313系のモーター音が聞こえるほどに静かで。よく沈むクッションのシート、揺れのない滑らかな走行。313系は穏やかな朝を走り抜ける。
それと並走して自治会長も付いて来ていたりする。
それから熱海で乗り換え、待っていたのは快速アクティー。安倍川はこの時ばかりは妙な安心感を覚えた。あと1時間39分の旅路だ。
さっきとはうって変わって賑やかな車内。海がよく見える。
「そういえばアンタはどうして願いを受験に使おうとか考えなかったの」
安倍川の何気ない疑問だが。
「えっとね、一度沼津武東海で優勝すると一年間は出場出来ないんだよ。だから先月はまだ駄目だったんだよ」
「えっなにそれ」
「去年は受験とかあんまり考えてない時期に願いを使っちゃたからね」
「いや、そうではなく」
すめしは一度優勝している。あの猛者達を相手に。その事実に安倍川は戦慄し、ただでさえ硬いE233系電車のカチカチシートが鉄の様に固く感じられた。
「あっ私達以外みんな辞退したってメール来たよ」
すめしは不思議そうにスマホの画面を見つめている。
「これでどっちが勝っても優勝だね」
この戦いが安倍川にとって絶対に負けられない物に変わった瞬間だった。
自分が勝たなければ浜名湖の生態系が終わってしまう。その思いが重くのしかかる。
列車はいつもより早く東京駅へ近づいているように、安倍川はそう感じた。
勝負は列車から降りた瞬間に始まる。そして、その瞬間に全て終わらすとも考えていた。
だから二人の両足が列車から東京駅に着いた瞬間、仕掛けたのは安倍川だ。
阿波踊りのフォームから急加速で最高速の一撃を繰り出す。
「私の女踊りを受けてみろ」
手応えはあった。だが、すめしではない。
すめしの足元の影からは黒い人型の何かが飛び出し、安倍川の拳を止めていた。
「誰だこの人ッ」
この黒い人型はすめしの影から生まれ、自動ですめしを守る存在。この影武者をすめしはうなぎマンと呼んでいた。
うなぎマンについて人類が認識している事はまだ少ない。すめし自身もうなぎマンがチェコ国籍で映画鑑賞が趣味という事しか知らないほどだ。
うなぎマンが引っ込んだと思えばすめしの拳が。咄嗟の判断で安倍川は体をバラバラにして攻撃を受け流した。こんなのがまともに当たったなら、常人でも体がバラバラになるのは必至。
これを転機と全身を散らばらせ、人混みに紛れてなんとかその場を逃れる。
すめしとの接近戦は危険だ。うなぎパイレベルの知能しか無い分、身体能力は極限まで高い生物なのかもしれないと安倍川は勝手に納得した。だが遠距離からの攻撃で、あのうなぎマンが影から出でた存在だというのなら、まだ勝機はある。
「アオイちゃんどこ行ったの、もしかして一服してる?」
すめしは安倍川の姿をすっかり見失っていた。だから迷子センターを探していたが、徳川埋蔵金くらいしか見つからなかった。がっかりしていると壁に亀裂が走り
「あっ……」
と思えば光の矢が眼前、
狙撃だ!!
全自動でうなぎマン出現。だが、光の矢は貫通。影も光の前には無力。
そして、光もすめしには無力。一瞬で見切り、拳を以て叩き散らすまで。
この間の攻防わずか0.3秒。
「どこか遠くから光の矢が、いいねこれすき。こういう友達が出来て良かった。」
安倍川アオイはどの様にすめしを狙撃したか。
実は最初の一撃を食らったその瞬間、自分の体の一部をすめしの服の中に忍びこませていた。自分の一部を付けておけばすめしの位置を感じ取れる。そして、自分は電車でひたすら遠ざかる。持ってて良かったICカード。
アウトレンジから自分の一部を誘導灯として敵を狙い撃つ。全て完璧な作戦のはずだった。
どうしてこんな事になってしまったのか。安倍川アオイはお台場のレインボーブリッジまで逃げて来た。
だが、あり得ない事だが、自分の一部が恐ろしく速く近づいている。
やがて間も無く、すめしは海中から現れた。
「嘘でしょ、どうしてここまで」
「匂いを辿って来たよ」
「化け物」
絶望の中、安倍川は光の弓と矢を出したつもりだが。出たのは普通の弓と矢だ。
「なんで」
「貰ったよ、アオイちゃんの能力」
駿河すめしの真の能力、「Greed・Enemy・Ohagi」通称「GEO」。
その能力は複雑にしてすめし本人も感覚的にしか理解しておらず
①対象の能力をすめしが心から羨ましいと思う事。
②実際に能力を使用する所を目にする。
③能力一つにつき月額540円がサイフから消える。(学生的にはかなりきつい)
④その日の気分とか。
これら四つの発動条件を満たした時、他人の能力の一部をレンタルして自分流にアレンジする事が可能だ。能力は四つまで覚えていられるらしい。
うなぎマンも元は別人の能力だったのは言うまでもない。
「次は私の番だよ。出てきてアルティメットスカイ太郎」
スメシの背後には巨大な光の龍が現れた。
「もうスカイしかあってないじゃん…………」
その日、お台場は更地になった。
更地のその真ん中に、安倍川は横たわっていた。
戦いには負けた。願いの破壊は失敗した。浜名湖の生態系はもうお終いだ。
「まだ、貴女にもチャンスは残っていますよ」
どこか高貴な感じのする女性の声がする。
このどこまでも何もない島に、突如として現れた一人の女性。
まるで天人の様に気高く、それでいて暖かな瞳をしていた。
「GOに二人の欠員が出ました。どうも運営が募集人数を間違えていたようで」
「つまり、GOに出られればまだ……」
「はい、浜名湖の生態系を守る事も可能です」
「そんな事より、あなたはもしやスライスチーズ博士では」
彼女はスライスチーズを専門に研究している幻のスライスチーズ博士だった。
とりあえずまだ、希望はあるようだ。
友達にはずいぶんと振り回されたが、まだ何も終わってはいない。
「欠員の穴埋めは筆記試験で行われますよ」
やっぱり、終わったかもしれない。
みんなもGO公式主題歌を勝手に歌おう。
「バトルシティホール」
作曲:モスラ
作詞:フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン
崇高さ見せたろか
って言われたら
穴が空くまで見てみたい
スマホで見ると目が辛い
辛いときは傍にある
斧を手に取ってみて
さあ闘え潰し和え
素敵な猿達
きっと無敵な未来は
絶体絶命にミラクルだから☆