「もうすぐ、魔人たちの命と命を懸けた戦いが始まるのね」
熱に浮かされたように、エプシロン王国の第一王女フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロンは呟く。
「そうですね、フェム様。きっと素晴らしいものになるはずです」
侍女・ピャーチは、そんな王女の事を微笑ましく思いながら同意するように言う。
現在の場所は王族特注の飛行機の中。フェム王女が日本に到着するまで残り数時間といったところである。
「しかし、戦いを楽しみにするのも結構ですが、本文はあくまで国外視察だという事は忘れないでくださいね」
「あら、そのあたりに抜かりはないわ、安心して。戦いを見守るのはあくまでも仕事の一環。ええ、本質ではないわ」
そう言いながらも、目の前の王女は気を抜けばまだ見ぬ強者たちの戦いに思いを馳せていることをピャーチは知っている。
そんな態度を愛おしく思うが、同時に侍女として自身の役目をきちんと果たさねばならないことも自覚している。
ピャーチは、王女が失態を犯さないように自分がしっかりしなければ。と気を引き締める。
「でも、不思議だわ。このトーナメント表……なんで22名なのかしら?」
「フェム様、また大会のお話ですか……」
気を引き締めたばかりなのに、さっそく脱力させられかける。
「今はプライベートなのだから、少しくらいいでしょう。それに、貴女も不思議じゃないかしらピャーチ?22名というのはトーナメントを行うにはあまりに中途半端な数だわ」
「……確かに、不思議です。一回戦はまだしも、二回戦から奇数になってしまうからおさまりが悪い数ですね」
「そう、それに数も少ないわ。折角の国を挙げてのトーナメントなのに、こんな少ない数では盛り上がりに欠けるのではなくて?」
「それは、フェム様がたくさんの戦いを見たいだけでは?」
ピャーチは、少し非難するような視線を王女に向ける。最も、本気で非難する気など毛頭ないのだが。
「そ、それは否定しないけれど……でも『最強の称号』を決める戦いにしては、規模が小さいのも確かでしょう?」
「そうですね……あまりに多いとフェム様の滞在日数の関係上、全ての試合を消化できないからでは?」
「滞在日数を考えれば、この倍……もう一回戦はできそうなものだけれど」
少し不満そうに王女は唇を尖らせる。そんな様子も愛らしく思いながらピャーチは思い付きを口に出す。
「それなら、参加希望者が少なかったか、大会運営のお眼鏡にかなうような強者が少なかったか、なにか大会運営に思惑があるのか……
可能性だけならいくらでも考えられますね」
「そうね。ここで言ってても仕方ないわね。今はただ、この22人の戦いを楽しみにしましょう!」
「ですからフェム様、今回の日本訪問の本質は忘れないでくださいね」
愛らしい姫の言に少しだけ呆れながらピャーチは注意する。注意しながら、確かに不思議だったが、きっと訳があるのだろう。と自分でも納得する
―――納得しなければいけないような気がする。何故かこの話題はこれ以上話してはならない。という嫌な予感がしたからだ。
「侍女の勘はあてになるのかしら?」
愛しの姫に聞かれないように、ピャーチは小さく呟くのだった。
実際、フェム王女の考えはある意味で正しい。本来は厳選された63名からなる大規模な大会が予定されていた。
それなのに、22名で大会を開くことになったのも、とある大きなアクシデントが起こったからだ。
そして、そのアクシデントの原因はいまだ持って五賢臣以下大会運営の頭を悩ませているのだった。
「……それで、結局五賢臣はなんと?」
大会運営の一人、そこそこ偉い立場にある中年の男は疲れた声で上司に聞く。
「ああ、このイカれた女……自称:ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映だったか?こいつの要求を飲むってよ」
上司は、男に輪をかけて疲れたような声で返答する。
「くそっ。なんだってこんな女の要求を飲まなきゃいけないんだ」
「仕方ないだろう。誰もこの女の凶行を止められなかったんだから……それに、見ろ」
言って、上司は机の上に数十枚の写真を広げる。
一枚目の写真には獅童アキラが惨殺された姿が写されていた
二枚目の写真には朝顔修羅子が殴殺された姿が写されていた
三枚目の写真には木津皆羽が虐殺された姿が写されていた
四枚目の写真には花浦小春が春殺された姿が写されていた
五枚目の写真には志高純奈が食殺された姿が写されていた
六枚目の写真にはシズマが暗殺された姿が写されていた
七枚目の写真には春川 醤が焼殺された姿が写されていた
八枚目の写真には常磐糸吉が測殺された姿が写されていた
九枚目の写真には松陰 万が万殺された姿が写されていた
十枚目の写真にはジャックダニエル・ブラックニッカが暴殺された姿が写されていた
十一枚目の写真には“正直伯爵”&大正直が謀殺された姿が写されていた
十二枚目の写真にはMCYUZIが音殺された姿が写されていた
十三枚目の写真には丸鬼堂左道が鎖殺された姿が写されていた
十四枚目の写真には安倍川アオイが射殺された姿が写されていた
十五枚目の写真には鉄旋の魔法少女ノン・フィネム・プグニャが魔殺された姿が写されていた
十六枚目の写真には独空ゆうきが双殺された姿が写されていた
十七枚目の写真には八剱聖一が斬殺された姿が写されていた
十八枚目の写真には【宝物庫の守護者】張宝盒が宝殺された姿が写されていた
十九枚目の写真には小日向烈花&キャプちゃんが写殺された姿が写されていた
二十枚目の写真には泉桜原レイラが石殺された姿が写されていた
二十一枚目の写真には金持院 成美が金殺された姿が写されていた
二十二枚目の写真には朝チュンの暴が風殺された姿が写されていた
二十三枚目の写真には元サムライのユウタが切殺された姿が写されていた
二十四枚目の写真には麗 御咲が廻殺された姿が写されていた
二十五枚目の写真には鴉雀 晶が時殺された姿が写されていた
二十六枚目の写真にはジョン・ドゥが不殺された姿が写されていた
二十七枚目の写真には春花 暁音が唄殺された姿が写されていた
二十八枚目の写真には夢見姫子が実殺された姿が写されていた
二十九枚目の写真には”富嶽”のフジさんが山殺された姿が写されていた
三十枚目の写真にはプランク・パーセクが道殺された姿が写されていた
三十一枚目の写真には黒ヱ 志絵が夢殺された姿が写されていた
三十二枚目の写真には超特急が轢殺された姿が写されていた
三十三枚目の写真には鋭き月の連理が月殺された姿が写されていた
三十四枚目の写真には草壁リョウが圧殺された姿が写されていた
三十五枚目の写真には葉山 纏が獄殺された姿が写されていた
三十六枚目の写真には音無光陽が人殺された姿が写されていた
三十七枚目の写真にはホープ=グランディアが着殺された姿が写されていた
三十八枚目の写真には釖分度が雷殺された姿が写されていた
三十九枚目の写真には三沢翔琉が盾殺された姿が写されていた
四十枚目の写真には陸賊王ベリーが陸殺された姿が写されていた
四十一枚目の写真には近衛蓮華が姦殺された姿が写されていた
その数四十一の死体。その全員が今回の大会の参加予定者であり、一部例外こそあれ一流の戦闘力を備えた魔人である。
「……まさか『自分を大会に参加させないなら、大会そのものをぶち壊す』なんてそんな馬鹿げた行為を思いつくやつも、実行できるやつもいるだなんて思わねえよ」
上司は悪態を吐くように言い捨てる。
「こんなテロまがいのことをされて、その要求をあっさりのむというのも大会や国の権威に傷が……」
「おいおい、四十一人も殺されてる時点でそんなの気にしていられる状況かよ。それに、あっさり要求を飲んだわけじゃない。
さっきも言ったが、魔人警察や自衛隊、国家権力が総出で権威回復のために駆り出されたのはお前も知ってるだろう?」
その時の惨状を男は思い出す。一個小隊の魔人自衛隊が、数百人からなる魔人警官が、秘密裏に雇われた手練れの殺し屋が、尽く返り討ちに会い、殺された姿を。
「……あれで止まらなかったんだ。もう俺たちにできることはこれ以上大会を荒らされないように、要求を飲むことだけさ」
そんな上司の言葉を聞いて男は歯を食いしばる。その様子を不憫に思ったのか、上司は心にもない慰めを口にする。
「まぁ、こいつは確かに規格外だ。規格外だが、無敵の化物じゃない。
ルール無用のテロと違って、こうして大会というルールに当て嵌めちまえばきっと勝てる魔人もいるはずさ」
だから、そうしてこいつが負けて弱ったところを拘束することにしよう。そう言って締めくくるのだった。
「……でも、本当にこの化物が負けるなんてことはあるのか?」
上司との話が終わった後に、男は疑わし気に呟くのだった。
「グロリアス・オリュンピアに出られるかもしれないぞ!!」
病院の個室に入るなり、開口一番スーツ姿の女性、件のザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は叫んだ。
「ちょっと、槙ちゃん。病院でそんな大声で叫んじゃだめだって」
それに対して、病室で横たわる少女、年のころはザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映と比べると大分若い、は窘めた。
「おいおい、私の折角の嬉しい報告にそんな水を差すやつがあるかよ。それに大丈夫、ここは個室だ。他の人には聞こえないって」
「いやいや、あれだけ大きな声だったら横の病室にも聞こえてるって」
少女は苦笑しつつ、それでもどこか楽しそうにしながら、窘めるための言葉を紡ぐ。
「槙ちゃんったら、そういう常識はちゃんと守ろうね」
「はっ、なんでこの私が旧人類の事を意識して常識なんて守らなきゃならないんだよ」
「あはは、相変わらずだなぁ、もう……こほっ」
少女は、いつもと変わらぬザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映の態度にため息をついてから、小さくせき込む。
「っと、今日はあんまり調子よくないのか?」
「うーん、そうだね……いや、そうでもないかな。この程度のせきはいつもの―――けほっ、けほっ」
「あんまり無理させても悪いから、用件も伝えたし私は帰るな。いいか、ちゃんと出場が決まったらもう一回来るからな!
テレビ放映とかもするらしいから、ちゃんと私の勇姿を見届けるんだぞ!」
「はいはい、あっ、慎ちゃん!」
「ん?」
出口に向かって歩き出していたザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映を少女は呼び止める。
「頑張ってね。でも、無理はしちゃだめだよ?」
その言葉に、ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は大きく破顔した。
「ははっ、私の心配より対戦相手の心配をしてやれって。きっと、酷い有様になるからさ」
病院からの帰り道、ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は楽しそうに鼻歌を歌いながらゆっくりと歩いていた。
病室の少女。過去、自分に唯一傷をつけた少女にして、唯一自分が対等の存在だと認める旧人類の少女の事を思いながら。
ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は上機嫌だった。右頬についた小さな傷を無意識に撫でながら、もうすぐ夢が叶う所まで来たのだと実感していたからだ。
ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映の夢、それは―――
しかし、そんな機嫌のいい時にこそ、無粋な乱入者というものは現れるものだ。
「……あん?」
自分の左後頭部、そのあたりに微妙な違和感を感じて振り返ると、振り返る直前まで自分の頭のあった場所―――その数ミリ手前に弾丸があった。
弾丸は、ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映の身に触れてさえいないのに、まるで見えない壁にでも阻まれたかのように潰れていた。
それからほんの少しだけ遅れてパーンという乾いた銃声が耳に届く。なるほど、どうやら超遠距離から狙撃を受けたらしい。
そう理解したのは、六発の弾丸を撃ち込まれてからだった。
「おいおいおいおい、まさかただの狙撃ごときで私をどうにかできると思ってるのか?」
ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は呆れたように弾丸を拾いながら笑う。
まさか、いまさらこんなありきたりな手で来るだなんて予想もしていなかったため理解が遅れてしまったのだ。
呆れたように笑いながら、駆け出す。銃弾の飛んできた方へ。狙撃手の潜伏していると思われる建物へ。下手人のいる場所へ。
それは、弾丸が自分の元へ届いた速度とどちらが速いか、という程の速度だった。
「えっ!?」
下手人の正体は、遠距離狙撃用に特殊改造されたサンプル花子―――通称スナイプ花子だった。
『サンプル・シューター』の遠距離発展版、『サンプル・スナイプ』という特殊能力を持ち、エネルギー弾ではなく実弾も飛ばせるように加工されているのだ。
さらにこの花子は特別製で、どの辺が特別かというと発注主の趣味によって
金色のショートカット、大きな胸、絶対領域を備えたスカートとそこから覘くふとももを備えたまさに美少女と呼ぶべき姿の花子だった。
もっとも、そんなことザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は知る由もないのだが。
花子は、さっきまで自分が数キロ先へ狙撃していた人物が目の前に突然現れて驚いたような顔を見せる。
だが、それも一瞬。すぐに気を取り直したように表情を作ると何か口を開こうとして―――その右脚が花火のようにはじけた。
「があああっ!?」
痛みにうめく間もなくさらに、右手が、左足が、腹が、左腕が、最後に頭が、何かを高速でぶつけられたようにはじけ飛んだ。
「弾丸六発、確かに返却したぜ。狙撃手さん」
ザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映が律儀に回収したライフルの弾丸。それを指ではじいて返したのだ
それだけで、それがまさにライフルの弾丸のような威力を持って花子を貫いた。
「まったく、こいつも殺し屋か?今更狙撃で私をどうこうしようだなんて、一体なに考えているのやら」
そう言って肩を竦めると部屋を出ようとして―――違和感に気づく。
初めは、ライフルの硝煙の匂いだと思っていた火薬の匂い。しかし、一度気づくと明らかにおかしい。
目の前の花子は、特殊能力によって狙撃を行っていた。つまり、狙撃には火薬など一切使用されていない
だというのに、この場には火薬の匂いが濃すぎる。まるで、大量の爆弾が隠されているかのように。
「……おいおいおいおい、まさか?」
その予感は当たり、次の瞬間、建物はザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映ごと派手に爆発して倒壊した!
「いやー、まさかこんな最後っ屁があるとはな。ちょっと楽しかったぜ」
倒壊した建物。その瓦礫から、スーツ以外無傷でザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映が這い出てくる。
「あっはっはっは。自分の命を懸けた大爆発だなんて、そうそう味わえるものじゃないからな。旧人類にしては頑張った。実に楽しかったぞ」
心の底から楽しそうに笑いながらザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は再び帰路に着く。
帰路の中で、再び思う。どれだけの妨害を受けようとも、どれだけの障害があろうとも、自分は必ずグロリアス・オリュンピアで優勝してやると、少女に誓う。
そして、『最強の称号』を手にして、再びあの少女に挑むのだ。
「……今度こそ、私が殺してあげるからねぇ、首を洗って待ってろよ」
月明かりの下、三日月の様に口を歪ませてザ・ニューパーフェクトネオノイエス総映は嗤うのだった。
グロリアス・オリュンピア、その一回戦開始まで残り数日の出来事である。