俺の名前はチョコケロッグ太郎!身長2m12cm、体重198kg!プロのシリアルキラーを目指す、どこにでもいる普通の高校生だ!
プロシリアルキラーに繋がる実績作りのため、グロリスオリンピアに出ることを決めた俺。予選も何とか通っていざ本戦だ!
しかもなんとこの大会、優勝者には願いを叶える権利と、五億円っつーとんでもない大金が与えられるらしい!
もしもそれが本当なら、どの店にも置いてなかった10トンダンベルを作ってもらうことも出来るし、五億円を使って世界中の恵まれない子どもたちを何人も救うことができちまう!
人間をシリアルキルできるだけでも万々歳なのに、とんだ棚からぼた餅だぜ!こりゃあ優勝するっきゃねえ!
……と思っていたのもつかの間。俺は一回戦の相手を見て、ブルーベリーより真っ青に青ざめていた。
「ラッコじゃん……!俺の対戦相手、人間じゃなくてラッコじゃん!」
そう!俺の一回戦の対戦相手は、人間ではなかった。動物園でよく見る、毛むくじゃらのなんか浮いてるなんあ海に浮いてたりするあのラッコだったのだ!
これには俺も参っちまった。なにせ、俺はライオンの群れも素手で縊り殺せないくらいの、大の動物好きなんだ!
映画とかでも、犬や猫が酷い目に遭うシーンだと思わず目をつぶっちゃうんだよな~……
相手が人間なら、ダース単位で惨殺処刑ショーを披露できるんだけど……。動物相手……しかも可愛いラッコちゃん相手だと……うーん……!でも負けたくないし……どうしたもんかなあ……。
「大丈夫だってケロッグ!殺さなくたって、圧倒的な力の差を見せつければ相手から降参してくれるさ!それに場外負けだってあるし!お前の力があればなんとかなるって!」
そういうもんかなあ……でも何も言われないよりかは、気分が少し軽くなったぜ。ありがとよ黒幕!
「いいっていいって。それより一回戦、しっかり勝てよ!俺、殺人だったらケロッグが世界一だって信じてっからよ!早く人を殺せるところまで勝ち上がってくれよな!」
任せろ!死んだ父ちゃんのためにも、ここまで育ててくれた母ちゃんを安心させるためにも、なんとかして……穏便に勝ってみせる!うおー!シリアル!
*
上方に広がるのは、海より青い空!下方に広がるのは、やっぱり海より青い空!そしてちらちら浮いてる雲!
ここはどこだ!偉大な空に浮かぶ、浮遊王国エプシロン王国!その縮小レプリカだ!
「お家に……お家に帰りたいラッコ……戦いたくないラッコ~!」
そしてその上にある、でかいような小さいようなよく分からない建物の屋上で!ファイヤーラッコは、盛大にぶうたれていた!
「確かに5億円は欲しい……YouTuberにもなりたい……けど聞いてねえ~!あんな化物みたいなやつがなんで俺の対戦相手なんだよ~!なんなんだよあいつ!」
その原因は、彼の視線の先およそ300m!彼の対戦相手であるチョコケロッグ太郎だ!
自分も化物みたいな見た目しといて何だ、とは思うがどう考えても相手も人間ではないのでしょうがない。
2mを超える巨体!一歩歩く事に地面が軋むような気もする、丸太のようにぶっとい足と腕!厳つい体と釣り合わない、キラキラと煌くような笑顔!そんな奴が、
「ファイヤーラッコ!一秒でも早く俺の前に出てきてくれ!俺はご時間以内に圧倒的な力を見せつけてお前に降参してもらわなきゃいけないんだ!あまりにものんびりしていると何かの間違いでお前を殴り殺してしまうかもしれない!手遅れになる前に早く出てきてくれ!お願いだから!」
と言いながら、中世風の建築物を素手で爆破解体しながらファイヤーラッコのいる場所に迫ってきているのだ!愚痴りたくなるのも全く無理はないことだろう!
「え、いやマジでなんなのアイツ……出てくわけないし、っていうか素手で爆破……?どういうこと……?身体能力強化能力……?こわ……無理……帰る……」
元々、ファイヤーラッコは争いを好まないラッコだ。働きたくないラッコが、積極的に怪物相手に戦いを挑むわけがないのだ!
だが、もはや引き返すことはできない。プロローグの騒動で、彼は職を失った。なんか、精一杯戦うみたいな、同意書にもサインしてしまった。生きていくには、ヤツを殺してYouTuberになるしかないのだ!
「なるしかない!身体能力を強化してても、所詮人間はタンパク質の塊!丸焼きにしちまえば牛角と同じだ!うおー!やってやるぞー!」
上方からケロッグに襲いかかるラッコ!その手にはガソリンスタンドで購入した石油タンクが!
石油に着火すれば、炎はすごい勢いになる。爆発オチ太郎の爆発オチから着想を得た秘密兵器だ!ファイヤーラッコは、戦いを経る事に強くなる!成長性のあるラッコなのだ!賢い!
「うおおー!ベイクドチョコケロッグになれ、チョコケロッグ太郎ー!」
「なっ、ファイヤーラッコ……!?しまっ……!これはガソリン……!?引火点-43℃、炎を付けずとも刀を抜いたりしたら火花で炎がついちゃったりする、あのガソリンか……!?不味……!」
ぶちまけられる石油!上昇していくファイヤーラッコ宅のガスメーター!炎に包まれる、チョコケロッグ太郎!
「うぎゃあー!炎熱系の能力ー!うわー!燃える、燃えるー!」
「や、やった!化物にも、炎は効く!思い知ったか、これが人間の英知だ、化物ー!」
喜ぶファイヤーラッコ!だが、チョコケロッグ太郎は倒れない。試合終了のアナウンスも流れない。チョコケロッグ太郎は死んでいない!
「燃える……燃えちまう……!折角買い戻した制服が、また燃えちまうー!」
ぶおおん!直後、火達磨になっていたチョコケロッグが大きく腕を振るった!振り払われる炎!
そしてその下から現れたのは、焼け焦げた制服の代わりに、銀ピカの服に身を包んだ……チョコケロッグ太郎だ!
「あ、ああああ!これは!制服の下に着込んでいるから解らなかったが、奴が身に着けているのは消防士とかが身に着けている防火服!これで俺の炎を防いだのか!」
「その通り!ファイヤーと聞かされて、対策しない訳にはいかないぜ!俺は制服の下に着込んでわからないように、消防士とかが身に着けている防火服を着ていた!それで炎を防いだのだ!」
確かにファイヤーラッコは、石油を持って来るという成長を遂げた。だが、成長したのはチョコケロッグ太郎も同じ!炎熱系能力者との対決は既に経験済み!当然対策も万全というわけなのだ!
「これでお前の能力は封じた。制約のせいかはわからないが、俺もお前の能力を使うことはできない。だが、俺には鍛え抜いた、ダイヤモンドをも砕くこの肉体がある!お前に勝ち目はない……。降参してくれファイヤーラッコ!」
「滅茶苦茶心惹かれる提案……!だ、だが敵にの言葉に従うほど、俺はプライドを捨てちゃいねえ!ラッコにはラッコの意地がある!」
ラッコは再び火炎を精製!地面に向かって投げつける!
「ウワー粉塵!ゲホゲホ!前が見えない!」
粉塵が巻き上がり、ケロッグの視界を奪った!そのスキを付いて、しっぽをくるくると巻いて逃走するラッコ!ラッコって尻尾あるの?兎に角逃げ出したのだ!
「たしかに今のままじゃ勝ち目はないかもしれねえ……だがここはエプシロン王国!俺の知らない逆転の切り札が……ある……かも……あったら、いいな!」
ファイヤーラッコは走る。エプシロン王国を!まだ見ぬ逆転の奇跡を探して……!
*
一度ラッコに逃げられてから数分後!俺はようやくファイヤーラッコに追いつくことに成功した。
「これでわかってくれたか。俺とお前とでは足の速さも全然違う!逃げ切ることはできねえ!今こそ降参フェアー開催中だぜファイヤーラッコ!」
「確かに逃げ切れなさそう……。だけど勘違いするなよチョコ太郎!俺はただ逃げてたんじゃねえ!お前を倒す方法を探すために逃げてたんだ!そして今、逃げる必要はなくなった!」
なんだとー!そういえば今いる場所は他の場所とは違いやたらと壁が頑丈で壊すのに時間がかかった、怪しげな実験施設っぽい感じの場所だ……なにかがあってもおかしくはない!
「そうだ!おかしくはない!なかった!もう一度覚悟しろチョコ太郎!これがお前を倒す俺の逆転の一手だ、うおー!」
「戦うしかないのか……!心は痛むけど……ううー!許せラッコー!」
爆発で加速して、突っ込んでくるファイヤーラッコ!一見無策だが油断しちゃいけねえ!俺は冷静に動きを見切り、その胴体に右ストレートを叩き込む!クロスカウンター!血反吐を吐きながら壁を突き破り屋外へ放り出されるファイヤーラッコ!
「う、うげぼぼごー!」
「うわあああー!ラッコ、ラッコー!そんな……なにか策があるんじゃなかったのかよー!ど、どうしよう……思いっきり殴っちゃったよー!ラッコー!うわーん!」
罪悪感で、瞳から涙が大洪水!俺はすぐさま倒れたラッコに駆け寄ろうとする。だがその途中!ファイヤーラッコの体から炎が湧き上がり、俺に向かって襲いかかってきた!
防火服で炎は防げたが、動揺は隠せなかった。俺の目の前には、先ほど血反吐をぶちまけていたはずのラッコが、無傷で立っていたのだ。
「死ぬほど痛かった……っていうか絶対死んだ……クソー!チョコ太郎!お前は絶対許さんぞ!具体的には思いつかないけど、兎に角ひどい目にあわせてやるからなコノヤロー!」
「ラ、ラッコ!?今の一撃で死んでないのか……!?まさかお前、ラッコじゃなくてフェニックスだったのか……!?それなら炎と再生を司るのも納得できる……でもどう見てもラッコだし……ラッコ……再生……ラッコ……童貞……再生……!?はっ!」
と、そこで気付いた。俺はこの、傷を一瞬で治す方法を既に知っている!
「秘薬か……さっきの工場で手に入れた逆転の一手は、大会選手の治療にも使われる、どんな傷でも治すエプシロン王国秘伝の秘薬!それで今の致命傷を治したのか!
でも、だからどうするというのだ!結局俺に炎は効かないし……やっぱり勝ち目はないぞラッコ!」
「いいや、ある!いくら炎を防ぐ防火服とは言え、限界はある。今も端の方では繊維が溶けたりしてる筈だ。秘薬で傷を治し続けて、防火服を駄目にしてお前を火だるまにしてやる!これが俺の……逆転の一手だ!」
なんて無茶苦茶な……!それはつまり、防火服がダメになるまでの間ずっと俺に殴られ続けるってことじゃねえか……!そんな物策とは言えねえ!
「それじゃ俺を倒すまでに地獄のような苦しみを味わうことになる!秘薬のほうが先に尽きるかもしれねえ!馬鹿なことはやめるんだファイヤーラッコ!」
「うるせー!俺はヒカキンを超えて世界に羽ばたくんだよー!うおおー!」
こうなったら、黒幕が言っていたように場外に吹き飛ばすしかない……!右の拳!左の拳!俺が拳を振る度にラッコが数百m吹き飛び、風景が変わっていく。
「う、うげべえええー!か、肝臓が、膵臓がぁー!いやもう全身がぁー!おぼぼぼぼべべー!」
「大好きなラッコを……人間のように扱うなんて!最低だ!だが許してくれラッコ!俺だって辛いから!もうすぐ終わるから!もう少しの辛抱だから!だから耐えてくれ、ラッコ!それか今すぐ降参してくれ、ラッコー!うおおー!」
エプシロン王国、全身粉砕骨折ツアーだ!そして旅は終わり、ラッコが島の端から空中へ投げ出されていく!
「ううっ……えぐっ……!俺は、俺はラッコをもふもふしたかったのに……!なんでバキバキに……!辛いよお……悲しいよお……!でも、これで終わった……早く家に帰って学校帰りの高校生をシリアルキルしたい……うう……」
踵を返そうとする俺。しかしその腕を、血で濡れた毛むくじゃらの手が掴んだ!
「……まだ!おわってねえ……!ぞ……!」
「う、うわああーー!?ら、らっこー!?なんで!?うわああー!」
反射的に、俺はラッコの顔面を蹴り飛ばした。顔面梅干し状態になり、空中に投げ出されるラッコ。
しかしその傷は秘薬によってすぐさま治り……そのまま場外に飛んでいくかと思っていた体は、爆発によって再び島の中に戻ってきた!
「俺に場外負けはねえ……!続け、ようぜ……!チョコ太郎!」
「うおおおーああああー!やめろ、俺は……ただ人をシリアルキルしたかっただけで……やめろ!来るな、来るなラッコォー!」
エプシロン王国の空に、俺の悲鳴が響き渡った……
*
それから!場外負けも通用しないと悟り我を失ったチョコケロッグ太郎は、ファイヤーラッコを殴り続けた!
幾度も死にかけ、秘薬によって蘇るラッコ!傷は治っても苦痛は感じる。ケロッグの言った通り、地獄のような苦しみだ!だがそれでも、ファイヤーラッコは降参しない!
「なんでだ……!なんでそんなにボロボロになってまで優勝したがるんだ!?ファイヤーラッコ!お前にはそこまでして勝たなきゃいけない理由があるのか!?もう一度考え直してくれファイヤーラッコ!」
痛みで朦朧とするラッコの意識に、ケロッグの言葉が響く。
確かに、最初から、ファイヤーラッコは降参したい気持ちで一杯だった。それでも、ラッコには勝たなければいけない理由があったのだ。
勝たなきゃいけない理由……たしかそう、YouTuberになりたかったのだ、ラッコは。五億円でYouTuberに……
いや、でも正直YouTuberなら今すぐなれる……現代は凄い文明が進んでいて、ラッコでも携帯一つあれば動画投稿できてしまうのだ。今痛い思いをしなくても、YouTuberにはきっと成れる。
ではなぜ……そうだ!ラッコには探している人がいるのだ!母子家庭だし……お父さんとか……?それか自分をラッコ人間にした科学者とかが居たら、復習するためにそいつを探してたりとかする……
いや、これも違う。そもそもそんな必死になって探すなら、ずっと前から必死になってよかったはずだ。地獄のような苦しみを耐えてまで探す相手ではないし……何よりそういう悲しげなストーリーは、ラッコに似合わない。
考え直してみたけど、やっぱそんな大層な理由ないな……?降参するか……と、ファイヤーラッコが口を開きかけた、その時だった。
『まあ、陰ながら応援していますよ。未来の優勝者』
不意に、爆発オチプールでかけられた言葉が頭に浮かんだ。
何故、降参しないのか。優勝したいのか?
「そんなの、決まってるだろ……」
そうだ。ファイヤーラッコは、YouTuberになりたかった。探している人も居る。
だが、今痛みに耐えているのは、そういった自分本意な理由ではない。
綺麗なお姉さんが、ファイヤーラッコを信じている!そういう些細なことで頑張ってしまう!
それが、ファイヤーラッコという男なのだ!
「恥ずかしいから、お前には……教えねえけどなぁー!」
今日幾つ目かもかわからない死線を跨ぎ、ファイヤーラッコが再生する。そして、遂に。チョコケロッグ太郎の防火服が溶け切り……無防備なTシャツが露出した!
「う、嘘だろ、まさか本当に……だめになっちまった!防火服ー!」
「今度こそ、ベイクドにしてやるぜ!あばよ、チョコケロッグ太郎ー!」
秘薬が尽きるか……防火服がダメになるのが先か……。賭けに勝ったのは、ファイヤーラッコだ!
「爆発も、概ね火炎ーーーー!!!」
「う、うわあああああー!」
天空庭園に、ひときわ強い光が輝き、そして……
……
「……」
「……あれ?」
何も起こらなかった。
「あの……ラッコ……やるなら一思いにやってほしいんだけど」
「いや、俺もやろうとしてるんだけど……あれ?っかしーな……あれ?あれー?」
ラッコが手をグッパグッパする。だが、もはやその手から炎が湧き出ることはなかった。
ラッコの策は……ほぼ完璧だった。だが、彼には見落としているものが一つあった。それは、能力を使うほどにガス料金が上がっていくというファイヤーラッコの制約だ。
勿論収入が少ないラッコが、ガス料金を意識せず能力を使っていたなんてことはない。ただ、彼は知らなかったのだ。
ここは普段の日本ではなく、遥か上空にある天空王国エプシロン王国。高度が高くなる事に空気は薄くなり……炎はつきにくくなるということを。
その状態で無理やり発火能力を使えば、普段より遥かに高い料金を請求されるということを……。彼は知らなかった。
その結果、ガスメーターは上がりきり……ガス会社が彼の自宅のガスを止め……能力は、発動不能になってしまったのだ。
「なあラッコ。これってもしかして、爆発とかも出ない感じ?」
「いや、えっと……そんな事ないと思うんだけど……あの……いや……うんダメだでないねこれ」
その言葉を聞いたチョコケロッグ太郎は、ファイヤーラッコの首根っこを掴み、ぽいっとエプシロン王国の端から投げ出した。
「ファイヤーラッコ……お前は強かった……結局能力の詳細はわからなかった……だがお前には……能力に頼らない精神の強さがあった……お前を殴るのは辛くて、もうやめたいと思うこともあった。だけど……」
ああ、素晴らしき重力……。火炎精製力を失ったファイヤーラッコは為す術もなく、地面に落ちていく。
チョコケロッグは思い出す。この勝ち方を教えてくれた、そして防火服をどこからか手に入れてくれた、親友のことを。
「俺にも、負けられない理由があったんだ。きっと、お前の理由より小さな理由だけど……それでも……」
チョコケロッグ太郎は、勝者決定のアナウンスが流れるまで、一人空を見上げ続けていた。
ブルーベリーより真っ青な、綺麗な空だった。
*
ファイヤーラッコは、炎を操るワーラッコめいた男だ!
爆発オチへの関与を疑われて監視員アルバイトをクビになり、一回戦も敗退してしまったファイヤーラッコは、なんやかんやあってGO警備の仕事に就いていた!
試合は、すごく疲れた。ひどい目にもあった。正直三ヶ月位仕事はしたくなかった。だが、生きていくには……そして莫大なガス料金を払うためには、働くしかないのだ!
「帰りたい……五億円……YouTuber……お家……帰りたい……」
「やれやれ、まだYouTuberに未練があるんですか。男らしくありませんね」
「ああ!お前は無職になった俺を見るに見かねて警備員の仕事を紹介してくれたトーナメント運営の一部太郎レディ!何故ここに!」
「運営の一部ですから。偶然通りかかることもあります」
「なんか悪いな。目をかけてもらってたみたいなのに、あっさり負けちまってよ。立場が悪くなったりとかしてない?平気?」
「本戦出場者を見つけれただけでも、十分です。一回戦も、結構惜しいところまで行っていたじゃないですか」
「そうかなあ……俺ずっと殴られっぱなしだったし……最後も間抜けだったし……惜しいかったかなあれ」
「ええ。私以外にも、そう思ってる人は多いみたいですよ。ほら」
ト運一レディが目線を移す。目をやれば、数名のクソガキがビート板を振りかぶっている。
「あー!あんなところにファイヤーラッコがいるぞ!」
「ラッコー!試合見たぞー!かっこよかったぞー!ちょっとこわかったぞー!」
「一斉射!てーーッ!!」
「や、やめろー!褒めながらビート板投げるんじゃねー!さ、サインをねだるのも止めろー!なんか……働くのもちょっといいかもって思っちまうだろー!やめろー!」
微笑ましい光景だった。彼らのように、ファイヤーラッコを愛するものが増えれば……ラッコが何不自由なく世界で生きていける日も、来るのかもしれない……
そういう希望を感じさせる光景だった。
「ま、少し残念ではあります。折角丹精込めて作ったチョコが、無駄になってしまいましたから」
「ああ、それについては平気だと思うぜ」
「ほう、というのは?」
ガキどもにひげを引っ張られながら、ラッコが言った。
「ちゃんと託してきたからな。本物の……未来の優勝者さんに」
*
「おいチョコケロッグ、何だよそのラッピング。もしかして、ファンの女の子からの差し入れか?」
「そんなんじゃねえよ、黒幕!これはなあ、王女様に恋したかっこいいラッコとの、男と男の約束なのさ」
「本当にラッコが恋してるのかなあ?それ」
「なんでもいいさ!兎に角、これでまた……負けられない理由が増えたってことだぜ!」
*
俺の名前はチョコケロッグ太郎!由緒正しきチョコケロッグ家に生まれた、普通の高校生だ!
俺はこの一回戦で、大会には楽しいシリアルキルばっかりじゃなく、辛いことも苦しいこともあるんだと知った。
だが!勝利を信じてくれてる人がいる。それを忘れない限り、艱難辛苦は乗り越えられるって、教えてくれたラッコがいたんだ!
俺は負けねえ!ファイヤーラッコとの戦いを胸に!次の試合こそレッツシリアルキルだぜ!うおお~!