SSその1


ガタンゴトン!ガタンゴトン!
こ、ここは紛れもなく貨物列車!そして見よ!その中央の車両で向かい合う二人の少女…あれはどう見ても雪村桜と舞雷不如帰!
つまりここは、グロリアス・オリュンピアの一回戦第七試合場に違いない!
なんたることか…もはや一刻の猶予もなし!今すぐ二人にズームアップしなければ!

試合前の高度な情報戦とか、先に決着を見せてからそこまでの流れをドラマティックに追うとか…そういう格好いいやつをやってる時間はないんだ!ええいわからんのか!見ろ、二人の少女が向かい合っているんだぞ!そんな暇があるとでも思うか!とにかく今は…目の前のことに集中してくれ!お互い協力していこう!
分かったらそろそろ始めるからな!ここから先はシリアスなやつ!信じよう!タイトルコール!


【第1回戦:貨物列車STAGE】

【雪村桜(初号機)vs舞雷不如帰】

『汝、人間なりや?』


──こいつ、人間じゃない!

戦闘開始10秒で、不如帰は一つの結論に達した。対峙した瞬間、挨拶がわりに射出した光弾。続けてがら空きの腹に全力の右掌底。即座に右掌からゼロ距離で光弾を撃ち込み、自らはその反動で飛んで距離をとる。
完璧に決まった連撃。殺害すら厭わぬつもりで目の前の敵に技を叩き込んだ。

その結果得たものが、先ほどの結論。「こいつ人間じゃない」である。右手に残る鈍痛と、変わらず両の足で立つ敵の姿が彼女に現実を押し付けてくる。
最初の光弾が直撃した時点でほんの少し嫌な予感はしていた。如何に少女のような見た目といえど、この大会の参加者が見た目どおりの弱敵のはずもない。実際に、同じくまだ少女である自分は戦闘に依って生計を立てているのだ。それが回避もせずに棒立ちとは、些か不自然ではないか?

──今なら理解できる。あれは単に、避ける必要がなかったのだ。

続けて右掌底を撃ち込んだ瞬間、すさまじい違和感に襲われた。自分は確かに無防備な腹を突いたはずなのに、返ってきたのはまるで人体とは思えない硬質の感触。控えめに言ってそびえ立つ電柱を殴ったかのような感覚だった。振りぬくつもりだった右腕を咄嗟に止め、ゼロ距離で光弾を放つことで勢いをつけて後ろに下がる。距離はとったというより、とらされたのだ。

そして今、敵との距離は約5メートル。不如帰の身体能力なら、一瞬で詰められる程度の距離である。腰を落として構えを維持したまま、敵の姿を観察する。異常な耐久力。それに見合わぬ容姿。そして、試合前に公表されていた「初号機」というわざとらしい称号。
無論、何らかの魔人能力により異常耐久を獲得している可能性もあるが…彼女の直感がそれを否定する。サンプル花子という存在に、尋常ならざる執着を持つ彼女だからこそ持てる確信。
目の前の敵は、“物”である。「無機質さ」とでも言おうか、己の神経を逆撫でする何かを有している。

何故、いつもいつも私の前に立ち塞がる。これがお前の運命だとでもいうつもりか。逃げられると思うなよと、天がメッセージでも送っているというのか。
逆だ。私がお前らを逃がさないんだ。私がお前らの運命を奪うんだ。全てのサンプル花子を抹消する。そのついでに、お前の存在も否定してやる!

「軽い挨拶だったんだけど…もしかして見えなかったかしら?」

激情を隠し、微笑と軽口で敵を挑発する。そしてすぐさま距離を詰めた。
彼女が選んだのは接近戦!得体の知れぬものを相手にするときは、自らの得意距離で戦うべし。裏の世界で学んだ経験に、自らの身を委ねたのだ!

だが彼女はこの時大きな勘違いをしていた。穿った見方をするならば、彼女はやはりまるで冷静でなかったのかもしれない。すなわち…敵の戦力を大幅に、極めて大幅に見誤っていたのだ。



(めちゃくちゃ痛い!!!お母さーん!!!)

雪村桜は脳内で絶叫していた。転送されたと思ったら、目の前に対戦相手がいて、いきなり光る玉が飛んできて顔面を強打、次の瞬間にはみぞおちにかつてないほどの激痛が走って、とにかく頑張って目を開けると何故か敵がさっきより離れた場所に立っていたのだ。もはや訳が分からない!

否、本当は分かる。多分敵は目にも留まらぬ速度で攻撃し、すぐさま距離を取ったのだ。
だが、それが分かったところでなんだというのか?軽い混乱状態にあった桜の耳に軽薄そうな声が届いた。

「軽い挨拶だったんだけど…もしかして見えなかったかしら?」

その通りである!桜は全力で頷きそうになり、どうにか踏みとどまった。悲鳴を押し殺したのも、痛みに耐えて立ち続けているのも全てはこの戦いに勝つため!こんな開幕から弱みを見せるわけにはいかない。あと、びっくりして声が出なかったのもちょっとある!

不如帰の目は誤魔化せても、桜の眼球に搭載された高機能カメラを通してリアルタイムで戦いを追っている雪村ラボのスタッフたちには、桜のやせ我慢がよく分かった。
Dr.雪村により設計された桜の身体は確かに無類の耐久力を誇るが、痛覚は人並みにある。ていうか無いと日常生活に困るので、その辺の調整は世界征服計画が進んでから!ということになっていたのだ。
スタッフの中には彼女の覚悟に胸を打たれて涙ぐむ者さえいた。それでも桜の戦闘データを取るためにはこの戦いを見届けなければ!

だが現実は非常である。桜が打つ手を探している間に、不如帰はまた距離を詰め光弾を交えた打撃を繰り出してくる!

顔面!首!膝!股関!不如帰は人体の急所を容赦なく叩き、桜の身体に壊せそうなところがないかを探る。時折桜が反撃のそぶりを見せるが、わざわざ振りかぶって放つテレフォンパンチなど目を瞑っていても避けられる。
圧倒的な戦闘経験の差が、二人の戦いを一方的なものにしていた。

だが、不如帰は焦りを覚えていた。あらかた急所を叩き終えたのに、崩せそうな箇所がない!実際はそのまま殴り続けていれば遠からず桜の限界が来たであろうが、彼女に知る由もなし。
ならばと不如帰が次に狙ったのは、眼球。潰せれば最上、それが無理でも視界を奪えれば!

──瞬間、桜の瞳が紅色に発光した。不如帰の背筋に悪寒が走る。何かは分からない。分からないが、何かが来る!眼球に伸ばした指を引っ込め、姿勢を低くして決断的緊急回避!

次の瞬間、桜の両目から鮮やかな紅色の光線が発射された。それは「ピッ」とでも表したものか至極あっさりとした音と共に車内を走り、車両最奥の扉、さらに次の車両のそれまで焼き切り、途上にあった貨物を全焼させた。

「……っ!!」

その威力を見た不如帰の胸を襲ったのは、無慈悲な攻撃に対する本能的な恐怖!そしてそれを上回る安堵である!
今の一撃は受ければ間違いなく致命傷。それを初撃で避けられたのは僥倖に他ならない。さらに、あれは不意打ちでこそ意味がある類の技だ。たとえ一瞬だろうと、予兆があることが分かっているなら次も間違いなく避けられる。

だが、真に彼女が安堵したのはこれが接近戦だったことである。もしも距離をとったまま戦うことを選んでいれば…そしてもしもあれを連発されたら。もはや再度接近することはできなかったのではないか。考えても詮無いことではあ「目が!!!目がああああああっっっ!!!!!」

不如帰の思考を遮ったのは、両目を押さえてのた打ち回る桜の絶叫である!その姿、誰がどう見ても無防備の極み!一体何が起きているというのか!


読者の皆様はとうにお気づきだろう。先の一撃は、まさしく桜七代兵器が一つ!非人道兵器「桜レーザー」に他ならない!そして桜がのた打ち回っているのは、我慢できないほど眼球が痛いからだ!だから非人道兵器だっていってるだろ!ここまで使わなかったのも当然、こうなるからだ!不如帰の意識が眼球に向かったのを感じて、咄嗟に放った結果がこれだよ!しかも外すし!

そしてこの時、はるか遠い地で桜と共に苦しむ集団がいた。いうまでもなく、雪村ラボのみなさん!その大半は目を押さえ、思い思いの悲鳴をあげている。ポリゴンショックだ!先程涙ぐんでいた者は画面に身を乗り出して見ていたため特に重症!だが戦闘データを取るためだ、彼らに退席は許されない!

理解しがたい状況に、不如帰はこの試合が始まってから一番動揺していた。
本当に、目の前でビタンビタンと跳ねるこの少女は、先程まで戦っていた敵なのか?どれだけ撃ち込んでも崩せなかった鋼の身体が、いまやかなり文字通りの意味でまな板の上の鯉と化している。

時間にしてほんの数秒、彼女は思考の整理に手間取った。だがやることは変わらない。敵が無防備な姿を晒している隙に、両手から光弾を出してこれらを合致。最大まで威力を高めた巨大光球を生み出し、足元の彼女へと叩きつける。刹那。

「ピッ」

不如帰の視界が紅に染まる。意識できたのはそこまでで、気付けば床に転がっていた。


「っは、ぁ…、?」

なにが、起きた?自分はどこに、敵はどこにいる?瞬時に脳裏に浮かんだのは、あの光線を自分が食らったという確信。ならば自分の怪我は?這い蹲りながらかろうじて目を自分の身体に向ければ、左のわき腹が焼け爛れているのが分かる。幸いにも出血はそこまででもないが、それが逆に彼女の疑問を深めた。

列車の壁を溶かすような攻撃を受けて、生身の自分がこの程度の怪我で済むものなのか?

彼女の疑問は正しい。事実、生身で受ければただでは済まなかっただろう。だが彼女が持って生まれた戦闘センス、そして確かな戦闘経験が最悪を回避させた。視界が紅に染まった瞬間、彼女は無意識のうちに巨大光弾を盾のように変形させて最低限の防御を果たしたのだ。

盾自体は衝撃に耐えられず消滅したものの、威力の減退には成功したため彼女は生きている。

(まだ試合は終わってない…まだ負けてない!私はまだ戦える!)

自分を奮い立たせ、不如帰は歯を食いしばって立ち上がった。今光線を撃たれれば避けられない。敵の姿を捉えようと彼女が顔を上げた先、車両二つをはさんだ先にそれはいた。


「あああああああさくさくさくさくああああああああ!!!!!!!!!!!」


四つんばいになり絶叫しながら首から上を高速回転させる、雪村桜がそこにいた。 ご存知、桜七代兵器が一つ!自らの命を削る大技「桜チェーンソー」だ!


「あ、れは…あれは何…?一体何なの…?」

うわごとのように呟きながら、不如帰は目の前の光景から目が離せない。再度脳裏に飛来する、最初に出した結論。

「人間じゃない」

あれは人間じゃない。彼女はそれを分かっているはずだった。故にこそ、心のどこかでサンプル花子と重ねていたのだ。だが、サンプル花子は首を高速回転させれば、恐らく死ぬ。敵は不如帰の想像以上に人間ではなかった。
桜はツインテールを振り回しながら土下座のような態勢になり、毛先から火花を散らしている。火花?何かを削っている?彼女の頭の下にあるのは…車両の連結部?

「、待ちなさい!」

理解を超えた光景は、急速に現実的な危機として再認識された。敵は後続車両を切り離すつもりだ。そしてそれをされれば…自分には、走る列車に追いつく術がない!

すぐさま駆け出し、同時に光弾を連続で射出。だが高速回転する桜の頭が光弾をカキンカキンと弾く!
妨害は困難と見て不如帰は己を強いて走るが、激痛に苛まれながらでは当然普段のような速度は出せない。それでも確実に近づいていく!

視界が高速回転しているので敵の姿が全く見えない桜も、頭に受けた衝撃で敵の接近を悟った。口から漏れ出る悲鳴が意志ある声へと変わる!ここが勝負どころだ!

「ああああああさくさくさくさくさくさくさくさく…裂く裂く裂く裂く裂く裂く裂く裂く裂くっっっ!!!!!!!」

桜の頭が唸りをあげる!回転数が上がる!上がる!もはや桜自身にも制御不可能!!そこだ!いけーっ!一方その頃雪村ラボでは嘔吐者多数!みんないろんな汁を噴出してるせいで、涙ぐんでたやつももはや判別不可能!だが絶対に、誰一人逃げられない!戦闘データを取るためだからだ!耐えろみんな!がんばれみんなー!

そしてそのときは遂に来た。ツインテールの先が、一際大きな火花を上げる。次の瞬間、後部車両がガコンと大きく揺れた。連結部は見るも無残に、切り離されてしまったのだ。

では舞雷不如帰は?彼女は間に合わなかったのか!?…否!

連結部が切り離された瞬間、彼女は跳んでいた。間一髪届かなかった桜の下へ後部車両の端からジャンプし、さらに空中に浮かべた光球を足場にして飛距離を伸ばす。
ギリギリ、届く。まだ戦える。彼女の両手が次なる光弾を携え…そして桜の頭が飛んできた。


だから何度もいってるだろう…自らの命を削る大技!桜チェーンソーだって!あんな無茶を通せば、首の接合部が持つわけがない!車両の連結部を切断した直後、桜の首もまたねじ切れ、スパイラル回転しながら前方に射出されたのだ!

「ごふううううう!!!!!」

土手っ腹に桜の頭部が激突した不如帰は、体をくの字に曲げて吹き飛びそのまま後部車両に叩きつけられた。
不思議と頭が冴えている。こんな決着の仕方。まさかここまで計算尽くか?床に倒れたまま横を見れば、めちゃくちゃ驚愕した表情の桜の生首が転がっていた。
口をあんぐりと開けたその顔に、無機質さを感じる要素は一つもない。それが妙に可笑しくて、不如帰は堪らず笑い声をあげた。思えば、素直に笑ったのは随分と久しぶりな気がする。

なんとなく敵の顔を見つめて、どれほど経ったか。実際には数秒だったのだろう。突然敵の生首が「桜カウボーイ!」と叫ぶと、飛来してきた縄が首に巻きつき、そのまま何処かへと引っ張っていってしまった。その訳の分からない別れ方もまた、今の不如帰には不快ではなかった。

彼女は薄れ行く意識の中で、自らの敗北を受け入れた。あるいは、それはこの試合だけでなく。彼女が戦ってきた何がしかへの、敗北だったのかもしれない。彼女は今、無性に家族に会いたかった。



──第1回戦:貨物列車STAGE、決着。対戦相手の戦闘不能により、雪村桜の勝利。



【現在判明している桜七代兵器】

  • 非人道兵器「桜レーザー」
  • 自らの命を削る大技「桜チェーンソー」
  • 残された最後の良心「桜カウボーイ」←New!
最終更新:2018年03月11日 00:26