●
「今回の参戦動機ですか?」
対戦相手が決まってから、私はその相手のことを知るためにインタビュー動画に目を通しました。
「どんな願いが叶うのも気になるけど、やっぱり1番は5億円ですね!」
運営が大会を盛り上げるためのものです。どんな人物が戦ってるか分かった方が観客も楽しめるからでしょう。
「それだけあれば、世界せい――あわわ、さすがにこれは言っちゃダメだよね……!」
私も同じようなインタビューを受けました。適当に答えた気がしますけど。
「えぇと、5億円を、私のお母さん……製作者であるDr.雪村に預けて――」
ともあれ、このインタビューを見て浮かんだ感情を素直に表現しますと――
「――私を量産してほしいんです!」
――私は、この人が嫌いです。
●
1人の少女が、光に包まれていた。銀髪ポニーテール。黒のロングジャケットに、ホットパンツから伸びる黒タイツに包まれた足。大人びた雰囲気の恰好だが、しかし少女はともすれば小学生とも間違えられる体躯だ。
戦闘会場へと転送された舞雷不如帰だ。転送の光で閉じられていた赤い目を開けると、視界に広がるのはコンテナが積まれた貨物車両と流れる景色であった。
「ふぅん……?」
事前に説明を聞いた通り。果てしないレールの上を延々と走る貨物列車が今回の戦場だ。
彼女が転送されたのは、列車の最後尾にある貨車に積まれたコンテナの上。風で飛ばされないようにと体勢を低くして前方を見やる。
コンテナ貨車が数両続き、それから客車が数両。日本ではいまや消滅したという混合貨車の形式だが、魔人能力で生み出した戦場だ。バトル映えを優先して作り出したと考えれば何もおかしくはない。
――ま、その思惑は無視させてもらいますが。
不如帰は魔人能力『プライヤーハート』で白く光る球体を2つ作り出す。それは薄い円盤状に形を変えて、射出された。
●
不如帰の対戦相手である雪村桜(初号機)が転送されたのは、先頭に近い客車の中だ。戦闘開始時にはそれぞれある程度離れた位置に転送される都合上、前か後ろのどちらかに配置されることになり、自然と相手の位置も分かることになる。
黒髪を螺子型リボンでツインテールにまとめた少女は、まず辺りを見回して状況を把握する。
「私が前の車両ってことは……不如帰さんは後ろってことだよね」
一先ず距離はあるが、どちらかが望めば容易に接触できる戦場だ。方針は早めに固めた方がいい。
桜がどうするべきかと考えはじめたその瞬間――バズゥン、と大型の爆竹を爆発させたかのような破裂音が後部から聞こえてきた。
「え、え?」
同時に車内の電灯も落ちる。
それだけではなく、列車の速度が次第に落ちていくのが、揺れと窓から見える景色ではっきりと分かる。
「これって、もしかして、止まるんじゃ……!?」
桜の危惧は果たして現実のものとなり、戦場となる貨物列車は完全に停止してしまった。
一体何が起きたのか。電灯が消えているということは停電か。そういえば何か破裂するような音がしなかっただろうか。
まさかと思い、桜は扉を手動で開けて外に出る。そんな彼女の目に入ったのは、ぶらりと垂れ下がった電車の架線であった。そう、電車に電力を供給する架線がぷっつりと切られていたのだ。当然、それでは停電になるし電車も止まる。
そんなことがバトル用に作られたフィールドで自然に起こる筈がない。じゃあ、誰がそんなことをしたかというと、答えはひとつだ。
「えええええええー!? 不如帰さん何やってんのー!?」
●
貨物列車という戦場において、不如帰が選んだ答えはそもそも『戦場の拒否』であった。
……こんな圧倒的不利な戦場で戦いたくないですし。
列車の上か中という非常に限られた足場。落とされたらそのまま列車が行ってしまい戦場離脱負けとなる点。不如帰としては、それらが一方的に不利になる要素と判断したのだ。
何せ対戦相手である桜は人造人間である。インタビューだけでなく予選の録画も見た限り、レーザーなんてのも使っていた。人造人間がどういうものかは不如帰には分からない。分からないが、とりあえず超すごいロボ娘みたいなものと仮定して考えると、だ。
「空ぐらい飛ぶでしょ、どーせ」
その想定だとこっちが桜を列車から落としても復帰は容易だし、むしろ列車外から一方的にレーザーで攻撃してくることだって考えられる。
そんなことをされるぐらいだったら、最初から電車を止めて、その不利を無くした方がいい……というのが不如帰の出した結論だ。
なので、能力で生み出した光球を架線に向けて射出することで切断し、停電させたというわけだ。実際の電車と同じ原理で動いているのは不如帰にとって幸いだった。これで止まらなかった場合は、変形させた光球をレールに潜り込ませて脱輪させることすら考えていたからだ。
……さすがにそれは自分も危険ですから、あまりやりたくなかったんですけども。
とにかく、これで戦場は半径1kmの空間の真ん中にただ列車のオブジェがあるだけのフィールドとなった。
「よっと」
不如帰は完全に停止した列車から飛び降りる。乗ったままだと目立って狙撃されかねないからだ。
問題点は1つクリア。とはいえ、相手は何が出てくるか分からないびっくり箱。まだまだ気は抜けない。幼い頃から身にしみついた呼吸法で気を入れ直し、一気に走り始めるのであった。
●
停止した列車に沿うように線路沿いを疾走する不如帰。延々と続く線路と列車以外にはこれといったものは無く、地平線まで平原が広がるだけだ。
列車を主とした戦場として魅せるためにそれ以外は排しているのだろう。もっとも、その主な魅力はさっき潰してしまったのだが。
不如帰の次の目標は、桜に肉薄して接近戦に持ち込むことだ。
何せ相手はレーザーが撃てる。ちょっと意味が分からないが、レーザー兵器が撃てるのだ。遠距離火力は圧倒的に相手が上だ。不如帰も遠距離攻撃ができないわけではないが、さすがにレーザーと撃ち合いができるようなものではない。
「なら懐に潜り込むしかない、と……!」
幸いなことに、相手の位置は特定できている。先頭付近の車両から不用意に扉を開けて姿を見せたのがコンテナ上から見えたからだ。
一直線ゆえにレーザーで狙われやすい車両内を避け、桜がいるだろう車両めがけて走る。
車内からレーザーで撃たれることも想定して、視線は窓越しの車内へ。
「――は?」
だが、不如帰が目にしたのはレーザー発射態勢の桜――ではなく。
「よーし!」 「わはー!」
「やったれー!」 「ふっふん」
「そこだー!」
「うおーう」 「やってやるです!」
「いくぞー!」 「トォー!」
「きゃーきゃー!」
――大量の小さくなった桜が扉や窓をぶち破り、外へと溢れ出す!
「はあああああああああああああ!!!!?」
★とくべつふろく≪さくらちゃんのひみつ≫その1
説明しよう!!
これは桜七大兵器が1つ『チビ桜』である!
読んで字のごとく、30cm程の大きさの桜を大量に生産して自立型小型兵器として運用するのだ!
チビ桜には内蔵兵器などはなく、簡単な命令しか遂行できないが、それでもパワーは十分! 無辜な一般人ぐらいなら余裕で嬲り殺せるぞ!
戦争は数だよという言葉もある通り、世界征服に必要なのものは数の暴力! それを見事に体現しているな!
え、どこからどのように生み出しているかだって……?
乙女のそんな秘密まで……こんな付録で知りたいというのか……? 乙女だぞ……? 乙女なんだぞ……!
それに、無理に明かさない方が想像できる楽しみがあるじゃあないか。な? そういうことで納得しよう?
「ははァーン!? いまさら分かりましたけど、これ何でもアリなやつですねーっ!?」
あまりにもあまりな事態に混乱した不如帰は、不覚にも足を止めてしまった。当然、その隙を逃すチビ桜ではない。
わーわーと特に意味のない声を上げながら、次々に不如帰へと飛びかかっていく!
「その、程度……!」
とはいえチビ桜が脅威となるのはあくまでも魔人でもない一般人の話。武術を修めた魔人である不如帰に対処できないものではない。
拳で、蹴りで、あるいはチビ桜を捕まえて他へと投げ飛ばして。拳打の隙は、能力で生み出した光球を盾に剣にすることで埋めることができる。
2つの光球が衛星のように動き回り、近づく敵をことごとく叩き落す絶対防衛圏の展開。まさに不如帰の能力『プライヤーハート』の本領発揮だ。
「っ、鬱陶しい……!」
そう、チビ桜は決して不如帰に決定打を与えるものではない。
ただ……鬱陶しい。それだけだ。
――あ。
はっとそのことに気づいた不如帰は、一瞬の逡巡の後に地面を強く蹴る。
迎撃もそこそこの無理な跳躍。チビ桜の飛び蹴りが前面ガードに回した腕に直撃し痛みが走るが、それでも無視する。
それとほぼ同じタイミングで、車両の中から一条の光線が空間を割くように奔った。
「っ……!?」
じゅっと何かが燃える音と焦げる臭い。不如帰は後頭部の方から熱を感じるが振り返らない。
光が貫いたのは、先ほどまで不如帰が足を止めていた位置……より少し前方。移動することを念頭に置いた偏差射撃なら大したものだ。
だが、不如帰が頭を下げて跳んだためポニーテールに掠るに終わった。彼女自身がちみっこいことも幸いしたのかもしれない。
「居た――!」
跳躍の勢いを前転で殺して起き上がりながら、光線の発生源を見やると、そこにいるのはやはり桜だ。
目を白黒させて、それでいてほっと安心したようなため息をついている妙な感じだが、千載一遇の仕留めるチャンスを逃したのだから挙動不審になるのも当然だ。
そんな桜の慌てぶりを見て、不如帰はニイと笑みを浮かべる。
「髪のお礼は――」
光球のうち1つを光槍へと変化させ――
「させてもらうわよ!」
――射出する!
桜に向けて射出された光槍は派手な音を立てて窓を突き破る。だが、不如帰はそれが命中したかを気にする素振りを見せることなく、扉を蹴破る。
元より接近するための隙作りの一射だからだ。蹴破った直後にまたレーザーで狙い撃ちされては敵わない。
ともあれ、不如帰の狙い通りか車内に入ってもレーザーが飛んでくることはない。
光球を再生成しつつ構えを取る不如帰の前に立ちはだかる桜は……同じく戦闘の構えを取っているのか、それとも光槍で怯んだまま立て直せていないのか。
果たして――。
「――は?」
本日2回目である、戸惑いからきた不如帰の間抜けな声。
果たして、桜はそもそもそこに居なかった。残されていたのは車内の床に残る巨大な穴――!
穴の大きさは人ひとり分なら余裕で通れるものだ。もちろん、こんなものが普通は列車の中にあるわけがない。
つまり、桜があの一瞬で作り上げた脱出経路である――!
●
時は数秒遡り。
「うえあああぁぁぁぁ!?」
不如帰の放った光槍を避けるために思わずしゃがみ込む桜。しゃがみ込んでから気づく!
……あ、これまずい! 逃げなきゃボコボコにされる!!
だが、逃げるといってもどこへ? 前か後ろか右か左か。しゃがんでしまったせいで、相手がどこから乗り込んでくるかの判断ができない。
それに、ちょっとやそっとの移動ではまた追いかけられてすぐに捕まってしまう。逃げるのなら相手が絶対追えない逃げ方をすべきだ。
しかし、そんな都合のいい手段が一瞬で思いつける筈がない。桜、万事休すか――!
否!
桜本人が思いつけなくても……能力の方から自動的にロックが解けて発動する!
それが、Dr.雪村の作り出した桜七大兵器!
「えっ、ちょちょちょ待って!?」
桜本人の意志を無関係に、桜の両腕が組み合わさり変形、高速回転を始める――!!
「私の腕、どうなっちゃってるの――!?」
★とくべつふろく《さくらちゃんのひみつ》その2
説明しよう!
これは桜七大兵器が1つ『桜ドリルゥ』である!
ドリルは、ドリルだ!! 秘密兵器としてドリルがあることは当然だ! むしろ無い方がおかしい!!
無論、ドリルなので穴を掘ることができる! 秘密兵器ドリルだから掘削能力とかも超すごい!! もはやドリルという概念が成せる業だ!!
そう!
前述した不如帰が見た穴はこの桜ドリルゥで開けられたものだ。穴は車両の床だけに留まらず、さらにその下の地面にも開いている。
穴がどこに続いているのかを不如帰が知ることができたのは数分後。列車から遠く離れた平原から桜がひょっこりと顔を出した時であった。
「うぅ……めっちゃ汚れた……。うぇ、口の中じゃりじゃりする……!」
涙目でぺっぺっと砂を吐く桜。腕の疲労も相当なもので、再度ドリルゥを使っての長距離移動はできそうにない。
そして距離を取ったといっても、安心できるわけではない。現在位置は隠れる場所が何もない平原。そこに、まっすぐ不如帰が走ってきてるのだから――!
●
「あぁもう! 逃げるのだけは本当に上手だこと!」
苛立たしげに毒を吐きながら、地面を蹴る不如帰。直線ではなくなるべく不規則に左右に動くことで、飛来してくるレーザーの直撃を避ける。
またドリルで地中に逃げられたらやってられないが、だからといって接近しなければほぼ何もできないのが不如帰の辛いところだ。
だが……そんな不如帰をあざ笑うかのように、ある程度距離を詰めたところで桜がさらに距離を取る。
上へ。
上、つまり空へ。
「やっぱり――」
見上げる不如帰の視線の先には、白い翼を背から生やした桜の姿――!
「飛ぶんじゃないの……!!」
そう、桜が空を飛んでいるのだ。
★とくべつふろく《さくらちゃんのひみつ》その3
説明しよう!
これは桜七大兵器が1つ『桜エンジェルウイング』である!
エンジェルウイングなのは、桜ちゃんがマジ天使だからだ。なので当然天使のような白い翼だ。
この翼の中に仕込まれたバーニアを吹かすことで空を自由に飛ぶことができるぞ! そう、バーニアだ。
何もおかしいところはない。桜ちゃんは天使なのだから。
「ちっ……!」
舌打ちしながら、光球を空中の桜に向かって射出する不如帰だが、やはりというべきかそれはあっさり避けられてしまう。
お返しとばかりに桜の目から発射されたレーザーは、不如帰に直撃こそしないがジャケットの裾を焦げさせる。
――分が、悪いですね。
単純な撃ち合いではこちらが不利なのは戦闘開始時にもわかっていたこと。それをまざまざと見せられた感がある。
何せ桜レーザーは光線……光だ。光速で撃たれるものは普通回避のしようがない。撃たれる直前になって、その狙いからずれるしかないのだから。
「……?」
何か、違和感がある。
何だ。何かが、おかしい気がする。
漠然としたおぼろげな疑問。だが、疑問自体が不透明ゆえに答えが出ることはない。
分からない――としても、棒立ちになるわけにはいかない。
「はっ!」
撃つ。
「えいっ!」
回避、反撃。
「っ、せぁ!」
こちらも回避し、再び撃つ。
「とりゃー!」
再度の回避に、再度の光線。
「……! つァ!」
何かが引っかかる。光線を回避し、光槍射出。
「見えてる!」
繰り返される映像。桜は巧みなバーニア制御で避けると、目からレーザーを放つ。
「――」
不如帰は再び地面を――蹴らない。
足を止めて、レーザーへの回避行動を取らない。
……だが。
レーザーは直撃せず、不如帰の脇を通り抜けて、彼女のジャケットに穴を開けるだけに留まった。
「あっ……」
「……そうか。ようやく、分かった」
これが、違和感の正体。
こういう人をなんて言うんだったか。いつかの温かさを懐かしみながら、答えを紡ぐ。
「あなたは――優しいんですね」
●
雪村桜は世界征服を成すために、マッドサイエンティスト雪村詩織によって作られた人造人間である。
ゆえに、その性能はありとあらゆる破壊行為を遂行することができる、恐ろしい大量破壊兵器だ。
だが、それはあくまでも兵器としての話。
彼女自身は平和を愛し、家族を愛した。
そして、家族も桜を兵器ではなく娘として扱った。
そういった愛に包まれた環境で育った桜は、大量破壊兵器でありながら、戦闘経験皆無の暴力を好まない優しい少女へと育った。
――殺し合いをすべき戦場で、相手を直接撃てないぐらいに。
このグロリアス・オリュンピアはあくまでも試合である。だから、死亡者も秘薬で蘇ることができる。
だからといって、生まれてから暴力に晒されたことのない優しい少女が割り切って人を殺すことができるかというとまた別問題だ。
もちろん、殺さなくても勝つことはできる。相手を気絶させたり、降参させたり、戦場離脱させたり……。実際、桜は予選である者は気絶させ、ある者はレーザーの火力を見せつけるだけで降参させ、ある者は投げ飛ばした。
「……おかしいと思った。光の速度で放たれる攻撃を、なぜあそこまで都合よく避けられるんだろうって」
不如帰が思い返すのは、今までに放たれた桜レーザー。
数発程度なら、発射前に軸をずらして避けることはできるだろう。だが、全てを避けるのはいくらなんでも出来すぎだ。
だが初めから桜に当てる気がないのだとしたら――その結果も納得できる。
桜レーザーは非人道兵器。直撃すれば間違いなく必殺の結果をもたらす危険な武装だ。人を殺す覚悟を持っていないと命中させられない兵器。
だから……当てられなかった。
不如帰がチビ桜に囲まれていた時に撃った桜が、妙に慌てていたり安心していたのも納得だ。当てる気がなかったのに、不如帰が動いたせいで当たるところだったからだ。
おそらく、その火力で降伏の声でも引き出すつもりだったのだろう。
「ほんっと、わけがわかんないわ、あなた」
「……人を殺せない中途半端な覚悟で、ここに立ってるから?」
「そう――いや、うん、あぁ……」
そんなことより、もっと分からないことがあった。それを……今なら聞ける。
あぁ、なんでこんなことを聞くんだろう、と思う。戦闘中に聞くようなことではない。
でも、聞かなければいけない気がした。
自分にとって、なにか、とてつもなく大事な問いだと、思うから。
「あなたは……自分が居なくなることは怖くないんですか?」
●
「あなたは……自分が居なくなることは怖くないんですか?」
眼下の小さな少女から投げられた突然の問い。見上げる視線は神か天使にでも縋るかのようで。
きっと、とても切実な問いなのだろう。
だからつい桜は思ってしまった。例え対戦相手だとしても、正直に、誠実に答えたいと。
「えぇと、それはどういう……?」
「私を量産してほしい……あなたはそう言ってました」
言った。確かにインタビューで言った。
「自分が増えたら、自分が、世界でたった1人の自分じゃなくなってしまいます。それが、怖くないんですか?」
少しの逡巡。ツインテールが横に揺れる。
「怖くないよ」
「……なぜ?」
「だって……。『私』がどれだけ増えても……『私《初号機》』は、『私《初号機》』だけだから」
「――」
正直に、思っていることを答えられたと思う。
だが、ポニーテールの少女に浮かんだ表情は……失望、絶望、悲哀、恐怖、憎悪――。
「違う……! 違う違うちがうちがうちがう――っ!!」
「っ……」
答えを拒絶するかのように、頭を抱えて首を激しく振る少女。あまりにも激しかったためか、レーザーが掠っていたからか、髪留めが切れてしまい、ポニーテールがばさりと広がる。
――自分と不如帰の間には何か、大きな隔たりがある。
その隔絶を越えて答えを届けなければ、きっと誠実に答えたとは言い切れない……!
……でも。
どうしろというのだ。
自分は彼女に何があったのかを知らない。サンプル花子を消滅させたいという願いを耳にしたことはあるが、どういう経緯でその願いを口にしたのかは分からない。
そもそも、問いに答える義務は一切無い。この隙にいいのを食らわしてやれば勝利をもぎ取ることもできるだろう。
……けど。
それでいいのか?
ドクターは……お母さんは私になんて教えてくれた?
「困ってる人は助けてあげて、ついでにふんだくれるなら謝礼を貰え――だよね!」
次の瞬間。
桜エンジェルウイングの白い羽根が辺りに散らばり、光の粒子へと変換されていく。
光の粒子は弾けて、小さな光を生み、小さな光同士がぶつかって、大きな光へとなっていく――。
光が――2人の少女を包む。
●
「不如帰ちゃん、誕生日おめでとー!」
あぁ、これはきっと……。
「ありがとうございます……! つみ姉さん、ベルさん、ドラさん!」
少女の、幸せな記憶。
「うぅ……。少し前までは不如帰ちゃんこんなに小さか――う、うぅん? あれ、あまり成長してない……?」
こんな過去がずっとあって。
「してます! しーてーまーす! 1年前から5ミリも伸びましたからね! つみ姉さんやお母様みたいになるのもすぐです!」
こんな今を受け継いで。
「ふにょ……この歳で5ミリだけの成長は……なんというか、うん……」
こんな未来が……ある筈だった。
「え、マジの哀れみですか!? ちょ、そこはもうちょっと笑ってください!?」
だけど。
――サンプル花子。
偽りの家族。
偽りの世界。
偽りの人生。
偽りの、自分。
この少女は、多分自分と真逆だ。
私は、家族を信じたから、世界を信じたから、自分を信じた。
少女も、家族を信じたから、世界を信じたから、自分を信じた。
けど少女は裏切られ、家族を信じられなくなり、世界を信じられなくなり、自分を信じられなくなった。
……あぁ、確かに。自分を信じられない人間にとって……あの回答は、何の意味もなかった。
切実なる問いは……願いだった。
「――でもね」
幻像は掻き消え、世界は闇黒に染まっていき……ぽつぽつと小さな光が少しずつ灯る。
まるで、宇宙だ。星々が煌めく無限の宇宙で、2人の少女が全裸で向かいあっていた。
『裏切られたからこそ、全てを信じられなくなった少女の人生』を垣間見た――黒髪ツインテールの少女、雪村桜。
『家族に愛されたからこそ、生まれた意義を見出そうとした少女の人生』を垣間見た――銀髪ストレートロングの少女、舞雷不如帰。
「全く……。随分、暢気で間抜けでバカみたいに……幸せなものを、見せつけてくれますね」
「うん。へへ、いいお母さんでしょ?」
「あー……。はいはい、そうですねー。あんな能天気な答えが返ってくるのも納得ですよー」
「むぅー」
「っていうか、何なんですかこの空間は。勝手に人の過去を見て見させて、その上裸って……!」
「ん、んんー。ちょっと私にもよく分からないから説明が難しいんだけど、お互いの精神が混ざり合った話し合い空間というか……?」
「えっ、何ですかそれ……怖い……引きます……」
★とくべつふろく《さくらちゃんのひみつ》その4
説明しよう!
これは桜七大兵器が1つ『Prunus』である!
正式名称は『Psychic reciprocally ultimate new understanding space《霊的に究極の新しい理解空間》』だ!
桜が理解したい・分かりあいたいと思った時に展開できる不思議フィールドだ!
本来は不幸なすれ違いから起きた戦闘を回避するためのものだったり、支配した人類をセラピーして一段階上の存在へ進化させるために使うものだぞ!
そういう空間だから、例え嘘をついても本心がまるっと伝わっちゃうぞ!
「とにかく! これのお陰で分かったこと!」
裸宇宙空間で、桜がびしっと人差し指を不如帰へと向ける。
「私たちは、分かり合えない!」
「えぇ、そうですね」
ある意味今更な力強い宣言に、不如帰も当然と頷く。
ならば、やるべきことはひとつだ。いや、元からやるべきことなのだが。
「勝負は、この拳でつける!」
「はン、できるんですか? あんな能天気人生を送った、人を殺す覚悟もないあなたに」
「割とさっき心折れてた不如帰さんに言われたくないなー……!」
宇宙空間の星々が少しずつ消えていく。次第に宇宙はただの闇黒になり、闇黒も消え失せて元の空間に復帰するだろう。
そんな中、桜はふと気になったことがあり、不如帰のすぐ傍まで近づく。
「な、なんですか。近い近い、裸なのに近いです!」
「ん、んんー……ちょっとね?」
何を思ったのか、桜は自分のツインテールをまとめる螺子型リボンのうち片方を外し、それを持った手を不如帰の後頭部へ回す。
桜の方が頭一つ分不如帰より背が高いので、胸に抱きかかえるような形だ。
「な、なななななに!?」
「んー、動かないで」
不如帰も必死に抵抗するが、この空間では精神力が強いものの方が強い。桜に一方的に抑え込まれるだけだ。
「よし、と」
そうこうしているうちに解放された不如帰。
その頭には、桜の螺子型リボンが巻かれたポニーテールがあった。
「……なんです、これは?」
「んー? えっと、ふにょには、やっぱりそっちの方が似合ってるかなって?」
「はァ!? っていうか、なんであなたがふにょって呼ぶんですか!?」
「いいじゃない、いいじゃない。なんかその呼び方可愛いし」
言いながら、桜は自分のもう片方のツインテールをほどき、ポニーテールに結び直す。
「えへー、お揃いー」
「……」
これから雌雄を決するはずなのだが能天気な笑顔を見せる桜に、不如帰はジト目で見るが……諦めたようにため息を吐く。
「やっぱり……私、あなたのことが嫌いです」
「そっか。お互い様だね?」
闇が薄れ、消えていく。
「私も……あなたの、幸せを認めようとしないところ、嫌いだもん」
――でもね。
裏切られても、偽りだったとしても、あの時確かに幸せだったのは『本当』だし――。
――偽りなんて関係ない今も、幸いは、あるよ。
消えていく空間で、微笑みを浮かべたのは、桜と――。
●
2人が、通常空間に復帰する。
とはいっても、精神的な空間だったので、時間経過はほとんど無い。観客からは2人が一瞬光に呑まれて次の瞬間に戻ってきたように見えるだろう。
だが、それでも色々と変わった。
覚悟、願い、想い、意地……そして、不思議と受け継がれたそれぞれのポニーテール。
「ふぅー……!」
殺さずに戦い抜く覚悟――殺す覚悟よりも遥かに難しい覚悟を決めた桜は、新しい桜七大兵器のロックが解除されたのを実感する。
もはや必殺の桜レーザーも、必滅の桜チェーンソーも使う必要はない。
この、必倒の一撃があればいい――!
「はァー……!」
不如帰も両手から、白い光球――プライヤーハートを作り出す。
こうであってほしいという願いは、祈りは、形となり、力となる――!
お互いに準備はできた。不如帰は上空の桜に向かって、不敵な笑みを浮かべる。
「……さぁ、キメようじゃない。あなたの願いを、私の願いが粉砕してあげる」
「ねぇ、ふにょ」
「ふにょ言うな」
「あなた……無理にイキった口調で話すより、素の方が素敵だよ?」
「はァァ!? 無理してねーですし!!?」
不如帰が地を蹴る。
桜が空を翔ける。
レーザーを封印した今、射程が長いのは不如帰。その身から2メートル以内なら自由に操れる、質量持つ光球が円の軌道で唸りを上げて桜へと迫る。
桜エンジェルウイングのバーニアが吼える。この一合で駄目になってもいいとばかりに、限界を超えた駆動。桜の体にも一瞬だが超重のGがかかる。
「ぐぅ――!」
「食らえェ!」
一度避けた2つの光球が先よりも小さい円を描いたことで桜に再び迫る。
桜の視界が赤く染まる。直撃――ではない、負荷を超えたGが眼球の毛細血管を潰したのだ。
だけど、避けた。懐に入った。赤の世界で、お互いの拳が届く距離にお互いがいる!
「あぁぁァ――!!」
「ァァァアアァァ!!!」
桜は必倒の拳を――振るわない! 先に動いたのは、不如帰!
彼女は小柄な体をバネのように唸らせて、空中回し蹴りを放つ!
――それで、いい!
桜には不如帰と違って武術の心得なんてものはない。故に同じタイミングで動いた場合軍配が上がるのは不如帰だ。
だから、彼女はあくまでも自分の取柄を――バーニアによる空中制動を活かせるタイミングを、待つ!
「――っ!!」
鉄の味がこみあげる。無理を超えた3回目の限界駆動。これが本当に最後の限界だ。不如帰の下へ回るように動く。
だが、その甲斐はあった。不如帰は何もない空中を、桜の頭上を蹴った。完全に空中で態勢を崩した。翼もバーニアも無い彼女に、復帰する手段はない!
「あああああああああ!!!!」
必倒の桜七大兵器を発動するためのコマンドを、脳内で叫ぶ。――623+P、と!
★とくべつふろく《さくらちゃんのひみつ》その5
説明しよう!
これは桜七大兵器が1つ『飛翔桜拳』である!
人造人間の桜が持ちうる気の力を集中させることで放つことができるぞ!
気を纏った拳はあらゆるものを打ち倒し、気を足裏から放つことで例え空中でも跳躍することができる!
さらに、全身に気を纏っているお陰で発動して上昇中は無敵になる、まさに最強の対空アッパーだ!!
空を切り裂く必倒の拳が、上方の不如帰へと迫る!
態勢が崩れた不如帰にはガードも回避も不可! 例え護衛球が桜にぶつかってこようと、上昇中は無敵なので意味が無い!
――勝った!!
勝利を確信した。相手は飛べないのだから。拳は、間違いなく当たる、と。
だが。
ホトトギスは、飛んだ。
不如帰が、跳んだ。
●
理屈はごく単純だ。
不如帰の魔人能力『プライヤーハート』は、【質量を持つ】光球を生み出し、彼女自身の周囲なら【自在に操る】ことができる能力だ。
つまり、生み出した光球を空中の一点に固定した場合――それは単純に足場となる!
「悪いわね。私、空も走れるの」
回し蹴りの勢いを殺さず、足の終着点は空中に固定した光球へ。それを蹴ることで跳躍し、桜の飛翔桜拳を回避。
跳んだ先で再び光球を固定。それを再度蹴り、上昇の勢いが――無敵が無くなった桜へと駆ける。
全てを賭けた最後の一撃を放った桜に、もはや回避手段は無い。先ほどまでと完全に逆転した。
「せィヤァァー!!!」
不如帰の拳が、桜の体に突き刺さる――。
――あぁ、お母さん。
ごめん……負けちゃった。こんなんじゃ、世界征服なんて、無理かなぁ……。
……ごめん。
負けたのに。とっても、悔しいのに、申し訳ないって思うのに……。
薄れゆく桜の意識の中。小さな女の子にお姫様抱っこされて、空中を一歩一歩降りていく感覚。
最後に見えたものが、とても尊くて。
螺子型リボンで纏められたポニーテールが揺れてるのが、なんだか楽しくて。
……あの子が笑ってるのを見て、嬉しく思えちゃうんだ。
■勝者
舞雷不如帰