◆◆◆◆
(ここが戦場?どうせなら拷問博物館の方が好ましかったのに)
目に飛び込んだのは『奈良国立博物館』と書かれた表札だった。
気の利かない大会運営の采配に、佐渡ヶ谷真望は豊かな銀髪を揺らし嘆息する。
(どうやら奈良国立博物館へ飛ばされたようね)
真望は建物の入口前に立っていた。
前方に十一面観音立像のレプリカ。背後を振り向くと、そこらに鹿の群れが佇んでいた。
知識と教養を総動員して地形把握に努める。
東京、京都、九州。
日本に4つある国立博物館で最も歴史ある奈良国立博物館。春日大社の武具や甲冑、正倉院の国際的文化資料、そして幾万の仏教美術品を所蔵する、日本有数の博物館である。
——鑑賞品は、拷問に役立たない。せめて収蔵物に実用的な武器があれば良かったのだが。
第一回戦。対戦相手は各地で戦いを求め、実力で参加枠を勝ち取った少女、七月十。
純粋な力の差は明白であり、せめて数々の拷問器具を内包した拷問博物館で戦えれば、地の利を活かすことができた。しかしまだ手はある。真望は近接での拷問を最も得意とした。
(家族で行ったミラノの拷問博物館は楽しかったわ)
真望は数年前の家族旅行を思い出す。そして、十一面観音立像に触れると、酷薄な笑みを浮かべた。
「ま、私の鞭にかかればここも拷問博物館に早変わりするのだけれど。さあ私を愉しませてくれるブタはどこかしら」
乾いた音が鳴り響く。真望が携帯用の鞭を振り抜いた音だ。
CTC(Close Tortures Combat)——近接拷問術。
学園の女王として、正面突破以外は有り得ない。だが焦る必要はない。
今宵、歴史的資料は自分の欲望を満たす為の拷問博物館へと堕落するのだから————
————数分後を想像すると、真望は何ともいえず昂ぶった。
◆◆◆◆
七月十が転送されたのは、周囲を青銅器に囲まれた異質な資料展示室内。ガラスケースに整然と並べられた銅鏡や壺、銅鐸群。
ここが奈良国立博物館だとすぐに気づいたのは僥倖だった。祖母が毎年欠かさず正倉院展へ出向いていたことが幸いした。
「おばあちゃんから聞いたことがある。青銅器を見れば奈良国立博物館だと思えって。奈良国立博物館は新館と仏像館、そして人気のない青銅器館の三館で構成されてるんだっけ」
鉄筋コンクリートの建物、新館。
赤レンガの明治近代洋風建築、仏像館。
そして、人気のない建物、青銅器館。
確か、それぞれの建物は地下の回廊で繋がっている。
敷地内は広い。地形の利用法が試されるだろう。しかし、気配を探るが、対戦相手を近くに感じ取れない。
七月十は意識を集中し、対戦相手の佐渡ヶ谷真望の姿を思い浮かべる。本戦会場で見た時、氷のような表情がすごく綺麗だった。姿勢や筋肉のつき方から、白兵戦に長けた戦いをすることも推察できていた。
戦闘で最も重要なのは精神的な駆け引きだと七月十は思っている。
果たして今回の敵は、全力を振るうに値するのだろうか。
彼女はどこにいるのだろう?七月十の心は彼女と戦いたいという思いに駆られた。
「対戦相手を探すのか。面倒だな」
七月十は口笛を吹き、拳を振りかざした。
◆◆◆◆
新館のエントランスを歩いていた佐渡ヶ谷真望は雷鳴の如き轟音を耳にした。
(音が大きい。どこかの建物が崩落した音かしら?)
すぐさま鞭を構え、戦闘態勢をとる。
音は青銅器館の方角からだ。
真望は思考する。今の轟音は、おそらく七月十からの合図だ。
音の大きさから、青銅器館は半壊、または完全破壊されただろう。ならば七月十が次に向かうのは、青銅器館から最も近い仏像館の可能性が大。
…仏像館に来い、というメッセージか。
「不遜な子。自分に自信があるのね、この私を誘うだなんて。良いわ、誘いに乗ってあげる」
プライドの高さゆえ、真望は七月十の誘いに乗らざるをえない。駆け引きは既に始まっている。
(お痛をする悪いブタは、しっかり教育してあげないと。それができなければ私は負けるだろう。いわばこれは心の戦いというわけね)
七月十への対策はいくつか想定している。
警戒しつつエントランスから建物の外に出ると、仮説はすぐに確信へと変わった。
青銅器館のあった場所から煙が上がっている。
建物は見る影もなく、瓦礫の山と化し、大地は裂けていた。
それは想像を超えた大破壊だった。奈良国立博物館の青銅器館だけが、完全に消失している。
「屈辱だわ…なんて力で殴ってるのよ」
言葉とは裏腹に、興奮が収まらない。
足はひとりでに、仏像館へ向かっていた。
◆◆◆◆
拳ひとつで青銅器館の建物を完全に破壊し尽くした七月十は、その足で仏像館へ向かった。
策は単純。敵が出るまで、博物館敷地内すべての建物を破壊する。
この仏像館に対戦相手の佐渡ヶ谷真望はいるだろうか。いや、敵は自ずとやってくる。本戦出場者がこの程度の挑発を受けないようでは、予選を通れた実力があるとは思えない。
(やっぱり来た)
仏像館。広い室内を白い明かりが照らし、曼荼羅図のように何体もの仏像が並べられている。まるで自分が博物館の中にいることを忘れてしまうほど美しい。
七月十が口笛ジャズの名曲『whip lush』を吹いていると突然、口笛の旋律に合わせ、乾いた鞭の良い音が室内に響いた。
正面から現れた対戦相手は、鞭を持ったボンテージ衣装の銀髪金眼の女性。
学園の女王、佐渡ヶ谷真望だ。
七月十は口笛を吹いていた。仏像に囲まれた異空間は白い光に包まれ、極楽浄土のように荘厳な雰囲気を醸し出す。
「美術館デートだなんて。御仏の前で殺し合うのは素敵ですこと」
佐渡ヶ谷真望が氷のように冷たい声を出した。
七月十は問いかけには答えず、彼女の姿を注視していた。
改めて見ると大人っぽい格好だ。黒いレザーで布地面積の少ない服を着こなしており…なんというか、かなり敵組織の女幹部みたいだ、と思う。
(どうしよう…見た目が派手で悪人みたいだ…銀髪だし)
彼女を外見通り、悪人として受け取って良いものだろうか?それは悪人のみに全力を振るう七月十にとって、重要な問題だった。
しかし自分は天元山に篭りがちな世間知らずの少女だ。相手は単に都会的な格好をしてるだけかもしれないと、七月十は自戒した。
「……」
「あら、私を無視するなんて酷いわ。屈辱よ。今ならまだ間に合うわ。ねえ、私の下僕にならない?」
「悪いけど、そういう上下関係は苦手なんだ。もっとシンプルにいこう」
もっとシンプルに、単純な力比べを。七月十の思いに応えるように、真望は微笑んだ。どうやら思っているより悪い人ではなさそうだ。
「断られるのはわかっていたわ。あなたって人の話を聞かなさそうな顔をしているもの。でも気が合う。私も小賢しい真似は嫌いよ。来なさいな、この佐渡ヶ谷真望が遊んであげる」
「真望さんか…!上から見下すような態度だね。私は七月十!七月十って呼んで!」
◆◆◆◆
真望の用意した戦闘法は至ってシンプル。攻撃を避け続けることだ。
(七月十の拳に触れることは致命傷につながる。)
鞭で牽制しながら、真望は七月十を注意深く観察する。
カンカン帽、中華衣装風のワンピースにサンダル。裾からスカートが覗いている。
髪は肩まで届くかといった程度。
あの細い体のどこに、さきほどの青銅器館を破壊した力が眠っているのだろうか。
(けれど、どんな攻撃でも当たらなければ意味がない。)
七月十が拳を振るうより早く、真望は鳥の翼のように舞い上がる。宙を飛び、曼荼羅のように八方に安置された仏像の中で一番大きな一体に着地した。
仏の頭を踏みにじる大胆な行為。これで地の利は得た。SMとはコミュニケーション。女王は見上げるのではなく、常に上から見下すことが重要。攻撃は一切触れさせない。
CTC(Close Tortures Combat)——近接拷問術。
相手は五体で建物を破壊するほどの実力者。通常打撃は有り得ない。
狙いは鍛えることの不可能な皮膚への鞭攻撃。あるいは急所攻撃。あるいは拘束によるギブアップ。
①鞭による皮膚への痛覚攻撃——死の苦痛は実際に人を殺す。有効
②縄で拘束、宙吊りにする——力で抜け出す可能性あり。却下
③言葉責め——有効
結論。③言葉責めで攻撃を誘い、避けたところを①鞭で叩く。
拷問、拘束に優れた身体技能を応用し、しなやかな動きを作り出せば七月十の拳の打点をズラすことすら可能。
これで致命傷は避け————
「ところで正面突破とは感心するけど」
「…ッ!」
瞬間。真望は絶句する。
対面に立つ少女、七月十は、3メートル近い不動明王座像を片手で持ち上げていた。
「私は拳以外でも戦うよ」
「…御仏の前だと興奮するって、言ったばかりじゃないのっ!」
策は小娘に看破されていた。地の利を活かすとはこういうことだ、と言わんばかりに、七月十は不動明王座像を手元で回転させる。
これでは、御仏の前での戦いではなく、御仏を使った戦いだ!
七月十は不動明王座像を真望に向けて投擲した。
「おらああああーッ!」
「なんて子、とてもガサツ!矯正されたいの…?」
言ってはみたが、まるで戦車の主砲のような威力だ。こんなものを正面から受け止めれば、一体どうなってしまうんだろう。
こみ上げる欲望を抑え、真望は嗜虐的な笑みを作り、不動明王座像を睨めつける。
やることは何も変わらない。このような不動明王なぞ、愚かな男どもと何ら変わらぬではないか。
「私の便器を舐めなさいッ!」
真望は酷薄な態度で、鞭の先端で輪を作り、不動明王を受け止める。そして遠心力を用いて不動明王座像を七月十に向けて投げ返した。七月十の力は規格外。ならばそっくり返せば良い。
投げ返すついでに不動明王の尻を叩いてやる。叩いたところが摩擦熱で黒く焦げ、赤不動が心なしか頬を赤らめたような気がした。
「中々の力だね。やっぱり戦闘魔人なんだ。」
七月十は笑いながら軽快に不動明王座像を受け止め、再び投げ返してきた。この小娘に遊ばれている。このままではさながら不動明王の応酬であり、付け入る隙がない。
このような大味の勝負では、すでに拷問器具を使用した大半の想定が破綻している。七月十。遊んでいるが、決して考えていないわけではない。
屈辱だ。まさか学園の女王である自分が小娘に不動明王をあてがわれるとは。
(どうにかして隙を作らないと…攻撃すら届かない!)
「気に入らないわ」
女王としての自負が失われた気がした。このような状況をいつまでも続けるわけにはいかない。怒りと暗い感情に支配された真望は、思いのままに不動明王の顎を蹴り上げる。
不動明王は粉々になり、無数の木片となって2人に降り注いだ。
「…真望さん、力が一段上がったね」
「私はね、屈辱を受けると強くなるのよ。隙が出来たわね。今度は私の番」
そう言った時には、既に真望が振り下ろした鞭は七月十に巻きついていた。
◆◆◆◆
七月十は目の前の敵に素直に関心していた。真望さんの戦い方には誇りがある。大会の観客を意識しているのか。それはこちらもまた同じ。七月十は共感の思いを抱く。
誰かに見られている戦いで恥を晒すわけにはいかない。
「ふんっ」
七月十は、あえて鞭を振りほどかなかった。
逆に真望から鞭を奪おうと、反対方向、つまり下方に体を動かした。10トンの体重がぶら下がればそれは山の重みと化す。
「綱引きだ、真望さん」
「さっきからその子供じみた態度。まるで見せつけるかのよう。もう少し真面目に戦ったらどうかしら」
真望が鞭を手放しそうにするところをギリギリ堪えている。しかし彼女の繊細な指先が動くと、鞭が一段とキツく七月十の首に食い込んだ。
————自重による締め付け。10トンの体重が自分自身への枷となる。鞭は首筋を窒息させ、脱出を許さない。
「ぐうっ…がっぐぎぎ…!」
「どうかしら、戦うだけのお猿さんにはお似合いの首輪よね?」
七月十は揺るがない。綱引きの体勢を崩さず、真望と鞭を上下に引っ張り合った。
(やはり、怒らせるほどに真望さんの膂力は上がっている)
少ない酸素の中で思考する。先ほどの発言から、佐渡ヶ谷真望は怒れば怒るほど強くなる能力者という推測を立てられる。
初めから正面突破を狙ったプライドの高さ。戦闘にかける強い意志。仏罰を恐れぬ奇抜な服装。全ては自負を高め、より怒りやすくする為なのだろう。
「コォォオ」
玉龍拳・龍の息吹。七月十は首を絞める鞭に手をかけ、気道を確保する。
七月十は真望がどういう人間かを冷静に分析していた。…全力で殴っていい相手かを。
「強いな…真望さん!あんたと一回戦で戦えて本当に良かった」
「その余裕のある態度がむしろ私を刺激しているのよ?自覚してるかしら」
隙を見せたのは真望の方だった。七月十はその隙を見逃さない。
力ではない。真望が鞭を引っ張る方向へ、七月十は呼吸を合わせるように、今度は上方へ跳躍する。
「あっ!?」
七月十は仏像に立つ真望よりも高く舞う。自分を見上げる真望の目線を確認すると、一気に全体重をかけて臀部を振り下ろした。
戦闘機並みの体重は、まともに受ければ必殺の一撃となる。
「顔面騎乗っ!?」
「違うよ」
真望が叫ぶよりも早く距離を詰め、すれ違いざま、七月十は真望の顔面に正拳を叩き込んでいた。
「んんっ!」
拳が交錯した瞬間、距離を詰められた鞭は緩み、七月十は容易に拘束から脱した。衝撃で仏像が頭から大破し、真望は落下する。
「すごいな。今の拳、3割くらいの力で殴ったつもりなんだけど。よく気絶しなかったね!」
「生意気…言葉の意味もよくわからないわ」
真望は想定以上に耐久力がある。七月十の3割の力は、常人ならば即座に昏倒する威力だ。
七月十は真望の顔を見下ろす。真望はある種恍惚とした顔でこちらを睨みつけている。
真望は…怒らせるほどに強くなる。
「私は普段、どうしようもないクソヤローしか殴らないが…ひとつだけ例外がある」
何事にも例外があるとは、おばあちゃんの言葉だ。
七月十が全力を出さないのは、ある1人の少年との約束があるから。
「…願いを言え。私の全力に耐え切ってみせろ」
例外の存在。七月十の全力に耐えきれる奴。
願いの実現とは試練であり、試練を乗り越えた者の願いを叶えることはやぶさかでは無い。ただし、全力の拳との対価だ。
◆◆◆◆
来たな、と真望は意を得た。
初めから本命の対抗策はこれだった。
七月十。願望実現能力者。各地であれほど暴れまわっていれば、噂は自ずと耳に入る。
身体能力の差は歴然。だからこそ心理的駆け引きが重要となる。
七月十の全力を引き出すことには成功した。
————これは心の戦いだ。ここからはより心理的駆け引きが重要となる。
そして、全力の拳に対抗する手段もまた既に練っている。
「ふふ、良いわ。私を全力で殴ってみなさい」
真望の笑みは被虐的だった。反対に七月十は柔和な笑みを浮かべている。
双方の利害が一致したと真望は感じ入った。
そもそも七月十が、全力で人を殴りたいという欲望を抱えていることは明白だった。建造物を一瞬で破壊する体術を十全に震える機会など少ないだろう。
これは運命。全力で殴られたい真望とは、すこぶる相性が良い。強者にこそ屈伏するのが最も相応しい。
真望には秘めた願望がある。女王としての責務とは真逆の、秘めた被虐願望が。
果たしてこの気持ちは悪なのか。そう考えるとさらに興奮が増す。
「私の願いは…あなたに全力で殴られること。さあ、私を殴りなさい」
「なるほど、気持ちが良いな。つまり全力での戦いそのものが願いか」
「まあ大体そうね」
七月十の指摘は少しズレているが、あながち間違いでもない。
先ほど殴られた顔面が熱くなる。自分が期待感に満ちた表情をしていることがわかる。愛する父のように、自分も全力で殴られたい。
「…願いを言え!」
七月十が一歩一歩足を進める。
(そうだ、来い)
「お前の願いを言え!」
「私の願いは…」
「私の拳は!」
七月十が拳をふりかざした!
「どんなクソヤローの願いでもひとつだけ叶えてみせるっ…拳だあぁっっっ!」
瞬間、真望は殴られた!!
刹那!真望は七月十の拳が輝くのを見た!光が一点に収束し、真望の腹部に撃ち込まれる。
「玉龍拳奥義・果報!大願成就!」
痛みにならぬ程の痛み。高防御力を誇る特殊ボンテージスーツ『ヴァン・ダークホーム』が意味をなさない。威力が地面に伝わり、仏像館が崩壊する!
「一」!「念」!「一」!「殺」!
体が千切れるように、建物の壁が崩れ…瓦礫を吹き飛ばし…仏像群を破壊し…溶岩噴出口のように深い穴が穿たれた!
◆◆◆◆
果たして本当にこれで良いのか?
確かに七月十は強い。強くてその上、人を傷つけることに躊躇がない。殺すことに躊躇はあるようだが…理想的な支配者で、その上魅力的だ。
だが、佐渡ヶ谷真望にも選ぶ権利がある。
思い出すのは8歳の時の記憶。
父は世間向きには高名な格闘家だったが、家庭内では母のブタだった。
あの日。初めて低音ロウソクを買って貰った日。真望はふざけて父にロウソクを垂らした。別に反応を求めていたわけでは無かったのに。
「フゴフゴ、フゴッファ」
まさか、父にロウソクの垂らし方の注文を付けられるとは思いもしなかった。至らぬ女王がブタに注文を付けられることは珍しくない。
愛する父は愛する母のブタだが、決して真望のブタではなかったのだ。
屈辱だった…何気ない家庭の一場面でしかないそれは、真望に生まれて初めての衝撃を齎した。
(真望の真の望は…お父さまより……自分よりも強くて……男らしくて、たくましくい殿方から屈辱を受けること。つまり男性なのよ!)
父が見ている。母が見ている。奴隷たちが見ている。
相手が男性でないと、何のために大会に出場したのか分からない!!
「私の願いは!」
理想のパートナーに想いを馳せる。殴られた下腹部の奥が熱くうずき始める。思考はいつも以上に明瞭だ。
「私の願いは!こんな小娘に負けるわけにはいかないという覚悟!七月十、お前を倒してさらなる高みへ至る!」
絶対に男性に対して屈伏してみせる!
『悪徳の栄え』
真望は精神的苦痛を受けるほどに強くなる。
精神的苦痛は今、かつてない程に心を苛んでいた。
◆◆◆◆
白煙が立ち込める中、立ち上がる真望の姿を見た。七月十は構えを解かず、次なる一手に備える。
「……」
「ふふ…屈辱よ。屈辱だわ。致死量のダメージを受けても、しばらく生きていられるほどに。」
ここからは一手誤れば必敗の領域だ。七月十は気を引き締めて状況を観察する。
真望の肉体ダメージは甚大。常人ならば即死している。そもそも人の形を保っていること自体が異常だ。
だが、生きている。
真望は、七月十の拳を敢えて受けることで、自らの能力を最大限に利用したのだ。
これが、切札。真望が用意した単純にして明快な攻略法なのだろう。死の屈辱によって、身体を極限まで強化し、死を免れる!
そして死の屈辱を受けた肉体は、攻撃力もまた殺人的に強化されているということか!
(なら、真望さんはどれほど強くなったのだろう?)
真望が暗い光に満ちた恍惚とした表情のまま口を開く。
「あなたの拳は凌いだ。さあ次は私のば」
「二度目は!!!!」
真望が何か言い終わる前に、七月十は二発目の全力の拳を叩き込んだ。
「ない!!!!」
「ぐふぅぅぅぅ」
全力で戦える相手を…七月十は心のどこかで求めていたから、それがたかが一発のパンチで済む道理はない!!
そして、願いは一度しか叶わない!
七月十の歓喜の拳は真望を弾き飛ばし、仏像館を完全に破壊し尽くした。
◆◆◆◆
七月十の二度目の全力を受けた真望は、一瞬で新館へと飛ばされた。
真望はまだ生きている。二度目の攻撃を食らうという恥辱が、真望の魔人能力をさらなる段階へと押し上げたのだ。
だが、もう立てない。脚は震え、口から吐血し、鼻で呼吸が出来ず、思考が覚束ない。焼肉食べたい。
(鬼よ…鬼!あの子は戦いに求めるハードルが高すぎる…!)
今まで味わったことのないほどの痛み。至上の快楽、愉悦。真望はこのまま倒れて命を失って良いとさえ思った。
(嗚呼…七月十。なんて素敵な方なの!彼女をお姉様とお呼びしたい!でもそれはこの戦いが終わってから…)
今や真望は七月十に恭順の意すら抱いていた。女王としてのプライドごと殴り壊されたのかもしれない。しかし、だからこそ辛うじて立ち上がる力を振り絞る気力が湧いた。
「これからの戦いを想像すれば立てる…まだ立てるわ」
「寝てるんじゃねーぞ!立てゴラァ!」
突然の出来事である。真望は脇腹を蹴られた。
「ああああーーーーッ!」
「何喚いてんだゴラァッ!大丈夫か立て!今すぐ立ち上がりやがれーーッ!」
予期していなかった方向からの攻撃。この衝撃は…恋!?真望はブタのように地面を転がった。
(渋いハスキーボイス。七月十のものでは…ない!この声の主は一体だれ!?)
顔を見上げるよりも早く、太く逞しい手を差し伸べられる。無言で手を取ると、真望はまるで指示されたかのように立ち上がる。
見るとそこには、見知らぬ屈強な白人男性がいた。白人男性は仏様のように柔和な笑みを浮かべると、真望の脇腹をもう一度蹴った。
一切容赦のない無慈悲な一撃だ。
「ああああーーーーッ!」
突然現れた屈強な男性。真望は混濁する意識の中、その男を見る。
(ああ…なんてお父さまより……ううん、わたしよりも強い方……男らしくて、たくましくて……理想のパートナー!?)
その男性は屈強なイケメンの白人男性だった。全身の雰囲気から人を傷つけることに愉悦を感じる外道であることを即座に感じさせるボンテージファッション。
(なんてこと、これは夢に見ていたシチュエーションよ。見知らぬ男に屈服させられて…脳内から汁が溢れ出てしまう!)
これは夢小説?否、思えば当然の帰結だ。なぜなら、佐渡ヶ谷真望は七月十の一撃を耐え切ったのだから。
佐渡ヶ谷真望の願いが叶った!
召喚された!七月十の能力で、自分より強くてたくましい嗜虐趣味の理想の殿方が召喚された!
「えっと…あなたは?」
「俺はずっとキミを応援してきたファンさ。さあ、理想の戦いを始めようね」
いくらなんでもこんなところにファンなんて来れるものだろうかと、真望は思案した。だが、白人男性はすでにAED装置を起動していた。
◆◆◆◆
七月十は吹っ飛んでいった真望に追撃を加えるべく、新館へ駆けつけた。
真望があの程度の攻撃で倒れるとは思えない。敵は怒れば怒る程耐久力が高まる特殊能力の持ち主。二度目の攻撃によってさらに強くなった可能性が高い。
(ここまでの戦いで、わかった事がある。真望さんはカメラを意識して戦ってる。私と同じように。きっと知り合いに見られながら戦ってる)
ならばこそ、全力で迎え撃つのが礼儀。
そして、角を曲がった時。目に飛び込んできたのは、縄で吊るされ、AED装置で心臓に電気を流されながら、鞭で打たれる佐渡ヶ谷真望の無様な姿だった。
「◯×▽■×」
七月十は声にならない声を出した。
これが衆人環視、人の目に見られながら戦う者の末路なのか。
だが真望は、七月十など存在しないかのように見知らぬ白人男性に鞭で叩かれている。
「オラッ!お前は七月十と戦うんだよ!戦うと言え!」
「はい!わかりました!戦います!戦わせてください!」
「良しっ!いい返事だ!どうだ、自分の鞭で叩かれる気分はどうだ!」
「ああああーーーーッ!」
「せいっ!せいっ!」
「ああああーーーーッ!ああああーーーーッ!」
見知らぬたくましい白人の殿方が真望を鞭で叩いている。
明らかに異常な光景だ。何が起きているのか七月十にはわからない。戦場に第三者はいないはずだ。
(いや、わかる。わかってしまった!)
七月十が動こうとした瞬時、真望もまた大きく震動しながら動きだす。
気が付いた時には、真望は力で縄を引きちぎり、七月十の股関節を蹴り上げていた。
「かっ…は…!速い!」
「七月十お姉様、股関節には神経が集中しており、男女問わず急所となりますのよ?」
「よし!そうだ真望!お前は戦うために生まれた醜い戦闘マシーンだ。AED装置で心臓を加速しながら動くブタだ!」
動きに反応できなかった。AEDを利用した電気反射は肉体の可能性を上回る。肉体では鍛えられない領域。七月十には想像もつかなかった世界。
その衝撃が痛みと相まって精神を揺さぶる。
七月十は生まれて初めて膝を地面につけた。
痛みに耐えながら理解する。
(詳細まではわからないが、きっとこれが、真望さんの願った光景なんだ!)
「だとしたらヤバイ…!この見知らぬたくましい白人の殿方が、真望さんを攻撃すればするほど真望さんは屈辱で強くなる!」
「ほおぉぉぉぉー!」
とても口では言えないようなことをされた佐渡ヶ谷真望は、まさに理想の状態!自由意志を完全に放棄し、全てを他者へ委ねることで到達する奴隷の境地へと至った!
能力との相乗効果が増し、致死量の傷すらもみるみる回復していく!
「なんてこと!これが佐渡ヶ谷真望さんの魔人能力の最終形態だったんだ!今の真望さんは死すらも乗り越えた、不老不死の状態だ!」
公衆の面前で理想の男性に理想の行為をされるという最大の恥辱。加えて、AED装置による心臓電気マッサージによる血行促進。
本来あり得ない出来事が実現したことにより、佐渡ヶ谷真望の魔人能力は最大の効果を発揮していた。
いわばこれは死のオーバーフロー。死すらも乗り越えた無敵状態である。
◆◆◆◆
(はあ…はあ…見ないで…!観客の皆!七月十お姉様!私を見ないで!)
ご主人様のブタとなったことで真望は本当の自由を手に入れた。
もはや不死者と化した真望は、生殺与奪の権を他者に預ける危険な快感に浸っていた。
だが、これは命懸けの快楽だ。常に恥辱を受け続けなけば、精神テンションは整えられてしまい、能力は解除。受けたダメージが全てフィードバックし、死に至るだろう。
(見ないで…!嗚呼、でも戦いたい!戦闘本能が私を支配する)
「真望。お前は戦うために生まれてきたブタだ。ブタはブタらしくブタと叫べ!」
彼の声が聞こえる。目は既に目隠しをされており、光は入らない。
「ブターーーーーッ!」
「ブタはそんな鳴き声をしねえっ!」
見知らぬたくましい殿方。その一撃一撃から、強い想いが伝わる。そう、まるで長年連れ添った夫婦のように。
ただの嗜虐心からではない。彼もまた命をかけている。真望の命を。
(真望にここまでしてくれるこの殿方は、一体何者?)
『心臓マッサージをします。危険ですので離れてください。』
AED装置の危険な機械音声が電気マッサージの時間を告げる。本来は心臓震盪を起こした急患への緊急治療に用いる為の機械。博物館にならどこにでもある医療装置。
『ピーーーーーー!』
だが、不死者が用いることで、心臓の血流を促進し、電気反射で五体を超高速駆動させる為の加速装置となる!
AED装置の本領発揮!これが真に地形を利用した戦い方だ!
高速射出された真望がタックルする。七月十は反応できない。絡まりながら壁に激突する。
「ぐがっ!」
「七月十お姉様…拷問に必要なのは主従関係。他には何もいらないのよ」
真望の蹴りを受け止めた七月十が苦しい声を出す。それがまた愉悦を感じさせた。
だが、次の瞬間にはそれがブラフだと気づく。固い鉄を殴った感触。目隠しが取れる。七月十が両腕に抱えていたのは、ボンベだった。
(酸素ボンベ!?いつのまに…いや!これは酸素ではない)
ボンベから液化ガスが噴出し、真望に降りかかる。それはすぐさま気体となった。
「気をつけろ真望。それは博物館なら必ず壁に格納している消火用のハロゲン化物だ」
「そうか、ハロゲン化物は鎮火性だけでなく"絶縁性"、浸透力にも優れる。これで私はもうAEDで電気を流せない。なんて博物館を熟知した戦いなの」
「ハァ…ハァ…玉龍拳奥義、ハロゲン化物拳。玉龍拳はあらゆる状況を想定した暗殺拳なんだ。知ってた?真望さん」
七月十は拳を振りかざす。狙いは真望ではなく見知らぬたくましい白人男性。
(七月十に、今の私を一撃で倒す方法は存在しない。ならば…)
真望もまた殴りかかる。だが、咄嗟に殴った相手は、同じく白人男性。これはご主人様を七月十からの攻撃から庇い、尚且つご主人様に抵抗することで後々にお仕置きを頂戴するという、真望と殿方の息のあったコンビネーションだった。
(本当に…初めて会ったとは思えないくらい、私と殿方は相性が良いわ)
七月十の攻撃、真望の攻撃。全く異なる気持ちから生じた一撃が、見知らぬ殿方に炸裂した。
「真望…寝てんじゃ…ねーぞ…」
真望が耳にしたのは、崩れ落ちながら自分を応援する…見知らぬたくましい殿方の声援!
◆◆◆◆
敵から何度も打撃を喰らうのも、ここまで不覚をとるのも初めての経験だった。
ことここに至り、七月十は見知らぬ白人男性と真望の間の絆を見抜きつつあった。原理はよく分からないが、そういう形の愛は確かに存在するのだ。
見知らぬ殿方は、先に真望から愛の抵抗をうけたことで、七月十の拳の打点を逸らされた。どんな攻撃も、ポイントをズラせば致命傷を避けられる。
それは七月十対策を怠らなかった真望にしかできない愛の形だった。
「真望…頑張れ…負けるな…」
殿方が崩れ落ちる。七月十は…真望を見る!
今や不死者となり、極限強化された恋する乙女を!
「すごく…羨ましい。私も好きな人と結ばれたい」
七月十はできるだけ理解できる範疇で言葉を投げかけた。
「そちらこそ、あなたもきっと誰かのために戦っているのね」
お互いがお互い、恋に恋する少女だと、もう気付いていた。
2人は拳を構えた。
真望は、単純な右ストレートを繰り出した。それは単純ながら、七月の身体を破壊できるであろう一撃。
だが。
「バカな…」
真望の拳を、七月十は軽い跳躍で回避した。
それはまるで、体重10トンとは思えないほどの軽業。玉龍拳のしなやかな身体技法。
「どんな攻撃も当たらなければ意味がない。おばあちゃんの言葉さ」
七月十全力の拳が…炸裂した!
◆◆◆◆
1発目は耐えられた。2発目で限界が来た。3発目で耐えられなかった。
不死者と化した程の防御力も、ピンポイントで致命傷を与える10トンの拳の前では無力に等しかったのだ。
(たとえ不死でも、気絶するまで殴られれば気絶してしまう)
「真望!負けるな!立ちやがれー!」
(恥辱さえあれば、強くなれる)
だが、不思議と恥はない。なぜだろう。
そう考えて、既にそれ以上の辱めを受けたからだと、佐渡ヶ谷真望は気が付いた。なら、こんなところで彼と出会わなければ良かった。
(全てを曝け出した。もう何も恥ずかしくない)
「立て!立つんだ真望ー!」
真望は七月十との友情を感じながら…彼女を67体のゴリラに幻視するほどのダメージを受け…ようやく気絶した。
◆◆◆◆
玉龍拳奥義、ゴリラ拳。七月十が自分の体重10トンであることを鑑みて独自に考案した、67連撃である。
実戦で用いるのは初めてだ。
七月十は息を吐き出しながら、見知らぬたくましい殿方を睨みつけた。
「お前は確かに真望の為に戦っていた!だがお前は私たちの勝負に割って入り!初対面の女性を傷つけたクソヤローだ!」
「ああ…そうだな。その事実に変わりはない」
この怒りをどこへぶつけて良いのかわからない。なぜ怒るのかもわからない。だが、法倫理が目の前の男を許さない。
七月十は拳を振りかざした。
「お前の願いを…言え!」
◆◆◆◆
「フェム様、七月十が第三者を殴る行為は、外部の人への暴力行為違反に抵触するのでは?」
グロリアス・オリュンピア会場、貴賓席にてエプシロン王国の王女、フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロンの侍女ピャーチが冷静に進言した。
フェム王女は顎に指を当てて首をかしげる。
「そうねえ…そもそも、どうやってあの殿方は試合場に入ったのかしら?」
「おそらく七月十の能力による効果かと、フェム様。」
ピャーチの推察には耳を傾けず、フェム王女は試合場のモニターを食い入るように見つめる。
「ピャーチ…カメラを新館のエントランスに切り替えて!早く!」
フェム王女が突如として声をはりあげる。
「はっ?ハイ!」
ピャーチは言われるがまま、モニターを監視カメラ映像に切り替えた。
それは新館のエントランスの映像。一面ガラス張りの壁と、何も置いていない台座が映るばかりである。
「…フェム様?何も映っておりませんが?」
「違うわ。何も映っていないんじゃない!映っていないとおかしいのよ!…十一面観音立像が!」
興奮したフェム王女が立ち上がる!
「あの見知らぬたくましい殿方の正体は新館エントランスに置かれていた十一面観音立像よっ!」
「なんですって、あの見知らぬたくましい殿方は十一面観音!?」
————ルール上の盲点!十一面観音像を殴る行為は反則にならない!
「そう!アレは七月十の能力によって佐渡ヶ谷真望の願いを託されて命を持った、十一面観音立像よ!!真望の理想の男性なんて存在しなかったのよ!だから真望の願望を真に叶えられるのは御仏様しかいなかった!」
「そんな…!ではあの御仏様の願いは…!?七月十っ!そいつの願いをかなえては駄目ー!御仏様の願いは衆生の救済よ!」
ピャーチもまた立ち上がり叫ぶ。だが、その声は試合場に届かない。
「このままでは衆生が救済されてしまうわー!」
◆◆◆◆
圧倒的な破壊痕。奈良国立博物館の建物はすべて破壊され、跡形もない。
クレーターの中心地には、身体が真っ二つに割れた見知らぬたくましい殿方が転がっている。
「バカヤロー!なぜ命乞いをしなかった!」
「俺は…仏像なんだ」
しかし、その切断面はまるで木製の人形のようになっており、血が出ていない。彼は仏像だったのだ。
「お前…仏像だったのか!」
「ああ。俺はずっと博物館に閉じ込められていたから、海外への憧れが強かったんだ。俺の願いは衆生の救済ではなく…ミラノで素敵な女性と恋に落ちることだったのさ」
奈良国立博物館は海外観光客も多い。エントラスに安置された十一面観音立像が海外、特にミラノへの憧れを持つことは何らおかしいことではなかった。
「ならばお前の願いは…ミラノ人に転生することだったんだな」
「ああ。真望の願いは、俺の願いでもあったんだよ」
そういうことだったのか。七月十はすべてを理解し、光の粒子となってゆく白人の殿方を見た。
「おばあちゃんが言っていた…聖アンブロージョ教会のすぐ隣にミラノ拷問博物館というところがあるって。お前はミラノ人になってそこへ行くんだ。真望も必ずそこへ行くだろう」
「拷問博物館か…良い…響きだ…」
仏像は…光となって消えた。
「真望さん…必ず仏像の願いを叶えてやるんだぞ。"真"の"望"みだから…真望なんだろ?」
立ち尽くす七月十。
「はいっ!分かりました!私、必ず彼を追いかけます!七月十"お姉様"!」
返事をしたのは、気絶から覚醒した真望だった。
「えっ?なんでもう起きてるの?能力のせい?」
「勝負は私の負けです!だから私は七月十お姉様の奴隷になります!服従させてくださいっ」
「いやだ。私の方がたぶん年下じゃん。なんか怖い。来ないで」
「あ〜ん、お姉様ったら毒舌〜お待ちになって〜〜」
◇◇◇◇
これは記憶。七月十が戦うための原動力。
「七月十はさー、"望"みを半分"叶"えるから七月十なのよ」
「へー、じゃあ一族全員誰かの望みの為に動ける奴らなんだ!すごいな!」
高い岩山。雲すら突き抜ける鋭角の斜面に、少年少女が2人座している。
それは、遠い過去の記憶。
「えへへー、そうなの。でも、おばあちゃんがまずは自分の望みの為に生きろって。」
「俺もおばあちゃんの言う通りだと思うぞ。お前も望むがままに生きろ」
少年の顔は夕日に照らされてハッキリと見えない。
だが、少女の真っ赤な表情は少年にハッキリと見えていた。少女は少年にもたれかかり、抱きついて両腕を肩に回す。少女の表情が見えなくなる。
「良いのよ。私の望みはもう叶ってるから。…なんて言って。君もそうやって女の子に簡単に騙されたら駄目だよ?」
「騙されねーよ」
「えへへへへーねえこっち見てー」
他愛ない会話。
だが、どんな女の子でも恋は悪徳にならない。
◆◆◆◆