■
試合開始日時より、3週間前。
都内某所。高級ホテルのスイート・ルーム。
林 健四郎は、そこで顧客のひとりと落ち合う約束になっていた。
厳重な防音が施されたドアを、符牒のとおりにノックする。
しばらくすると、
「おぉ、待ってたよケンちゃん」と、中から男が顔を出す。
出てきた男の外見年齢は、60歳前後であろうか。
矍鑠(かくしゃく)たる姿の健四郎とは対照的に、
にへらにへらと表情を崩し、あまつさえ口元からよだれを垂らしていた。
明らかに酔っている。
否、これはキマっているのだ。
「中で話そうか……ヒヒッ」
「ああ、そうしよう」
室内は、それはひどい散らかりようであった。
ソファには洋服が脱ぎ捨てられ、テーブルの上には無造作に錠剤が転がる。
隣の寝室では、半裸の若い女たちがベッドの上で飛び跳ねて遊んでいるのが見えた。
健四郎は表情を動かさないよう、強く意識を保たねばならなかった。
よだれ男が健四郎に着席を促す。
しかし、彼はそれを固辞した。
そして直立不動のまま、持参したジュラルミンケースを突き出す。
「ブツはここに」
「おっほ~、これはこれは。宝の山だ」
粉末状の暗殺ケール。
末端価格、10gで8万円。
それがケースにびっしりと詰まっているではないか。
なんということだ。違法暗殺野菜の裏取引、現行犯である。
よだれ男は、小分けにされた大量の粉末暗殺野菜を両手に掻き抱き、至福の表情。
「もうひとつの依頼の品は、すでにこちらに届いているな?」
健四郎は強いて話を進める。
「今年の暗殺野菜も素晴らしい出来だよ、ケンちゃん」
よだれ男は、親しげに笑いながら寝室へと案内する。
寝室に、にんじんがいる。
にんじんが半裸の女とまぐわっている。
とても正気とは思えない光景だったが、そう表現するほかない。
林 健四郎が房中術を仕込んだ、二股にんじん女スパイの姿がそこにあった。
よだれ男の注文により栽培した、特注品である。
「これが実に役に立つ。ヒッ、ヒヒッ」
「指定の性能は発揮しているな? では報酬を」
健四郎が男を睨みつけると、男は書類の束を差し出す。
表紙には、
『<極秘>GO本戦参加候補者リスト』
『<極秘>GO対戦STAGE候補地リスト』などの文字が並んでいるではないか。
どれもこれも、グロリアス・オリュンピア運営の内部資料。
このよだれ男、日本政府の要人だったのだ。汚職!
裏取引による、内部資料閲覧。
暗殺農耕術「北斗神農拳」の使い手である林 健四郎にとって、
この程度の権謀術数はお手の物である。
「ほほう、獣正拳。なつかしい響きだ」
パラパラとページをめくっていた健四郎が、一点に目を止めてつぶやく。
「この汚れきった世の中にあって、おお、なんと呪われた因果か」
獣正拳大隈流の継承者。
カンフーパンダの父親と、人間の母親の間に生まれたハーフ・パンダ。
大隈 サーバル。
「この俺に、先祖よりの因縁を晴らす機会をお与えくださった」
健四郎の眼が、鋭く光る。
「俺の1回戦の相手はお前だ、大隈 サーバル」
□
試合開始日時より、2週間前。
都内某所。スーパーマーケットの生鮮売り場。
テレビ番組プロデューサーのフクハラは、悩んでいた。
何しろ最近、野菜の値段が高い。
きゃべつ1玉、税込み429円。
はくさい1玉、税込み1058円。
例年と比較すると2倍以上の価格である。
(サーバルちゃんに手料理を差し入れしたいところだけれど、どれも高いわね)
大隈 サーバルは現在、指名手配され行方不明ということになっている。
そんな彼女がいまだ警察に捕まっていないのは、
隠れ家の提供、物資調達、食料支援を行なう協力者がいるからだ。
フクハラPもその協力者のひとりである。
「あら、このだいこんはお買い得じゃない?」
だいこん一本、税込み138円。
「これにしましょうか。あとは……」
次々と買い物かごに放り込んでいく。
しかしフクハラは気づかない。
その選択が、林 健四郎の誘導であるということに。
彼が手に取っただいこんの正体は、暗殺野菜キラーデスだいこん。
それは単品では美味しく無害な、ただのだいこん。
しかしキラーデスだいこんを摂取した人間がその後、
同じく暗殺野菜キラーデス大豆から作った特製味噌の香りを嗅ぐと、
辛味成分と揮発したマメ科特有の毒が混じり合い、ほどなく全身死に至る。
2段階を要する毒殺法であるが、死亡原因を特定するのは至難の業。
少なくとも日本警察には不可能であろう。
暗殺者はまだ誰にも、どこにも、危害を加えておらず、
グロリアス・オリュンピアが定めた反則ルールに抵触しない。
味噌がなければ、美味しいだいこんに過ぎないのだ。
その暗殺野菜を、林 健四郎は都内各所の食料品店に卸している。
GO参加者に死のマーキングを施すために。
これぞおそるべき暗殺農耕術「北斗神農拳」。
□
試合開始日時より、10日前。
東京、上野動物園。パンダ舎。
大隈 サーバルの父親、カンフーパンダの見世物小屋がここにある。
元・映画スターにして格闘家の愛らしい姿を一目見ようと連日観光客が訪れる。
人気スポットだ。
人の群れを掻き分けて歩くフクハラPが、なんとかパンダ舎の前にたどり着く。
そして檻のなかの父パンダと視線が交わされた。
「ずいぶん時間がかかったな、フクハラ」
優雅に笹をかじっていたパンダが、なんと日本語を発したのだ。
「サーバルちゃんの不拘束特権を一時的に認めさせたわ。アタシもようやく、警察の尾行を気にせず会いに来れるというものよ。お待たせしてごめんなさいね」
それを聞いた父パンダは二本脚でスッと立ち上がり、裏手へ下がっていく。
「今日の観覧時間はおしまいだ。まだ明日来るんだな」
周囲が、観光客たちの落胆の声に包まれる。
「ねぇねぇママっ、パンダさんがしゃべったよ!」
「そうよぉ、パンダさんはしゃべるのよ~」
家族連れの楽しげな会話が救いであった。
パンダ舎には、表からは見えない小部屋がある。
簡素なベッドが運び込まれた地下室。それが大隈 サーバルの隠れ家だ。
ベッドには、黒いモヤの塊が横たわっている。
「う、うぅぅうう……」
そのうめき声がなければ、それが大隈 サーバルであると気づくものはいないだろう。
サーバルの魔人能力は、彼女の全身の輪郭を覆い尽くしていた。
「これは、僕にはどうしようもないですね」
その光景を目の当たりにしたデバフ解除魔人能力者の男が言う。
フクハラが連れてきた魔人医師である。
「そんなすぐに諦めないでよっ、報酬は前払いしたでしょっ」
「そうは言ってもフクハラさん。この黒いモヤは、他人の攻撃によって存在しているわけじゃないし、魔人能力の制約によるものでもない。この現象は、彼女が望んで生み出した”効果”です。それは僕の解除能力の対象外だ」
「でも……こんなに苦しんでるのに」
フクハラは言葉を詰まらせる。
あの姿が大隈 サーバルの望みだと言われて、素直に受け入れられるものではない。
父パンダがサーバルの頭を優しく撫でる。
かと思えば、同じ手でサーバルの頬を張り倒す。
「聞こえているかサーバル! 起きろ。立て。いますぐに」
「ちょ、ちょっと何してるのっ」
「サーバルがGOを勝ち抜くには、その魔人能力と向き合うしかない」
修行だ。
修行するのだ。
父パンダの眼が黒く光る。強さを追い求めた格闘家の眼光。
「復唱しろサーバル。『動きが重い、身体が重いことはデメリットじゃない』」
「……デメリットじゃない」
「そうだ。そしてこう唱え続けろ。『私は強い』」
「私は……つよい」
その言葉と同時、サーバルにとり憑いた悪霊が魔人能力を発揮する。
『期待の視線(マスストーカー)』
嘘つきを黒いモヤで包み込み、動作を重くする魔人能力。
それが彼女自身を苛むのだ。
「いいかよく聞けサーバル。おまえが自分の嘘に苦しむなら、『私は強い』というその言葉が嘘でなくなるまで強くなるしかない。その言葉、その存在を本当のものに変えるしかないんだ」
「やめてくれ、そんな目で見ないでくれ父さん。そんなもの、私には重すぎるんだ」
サーバルは耐えきれず悲鳴を上げる。
視線だ。その期待の視線が重い。
「いいや、やれる。サーバル、おまえが自分の嘘に苦しんでいるのは、まだおまえがおまえ自身に期待しているということなのだから」
父パンダが黒いモヤに包まれた娘を抱きしめる。
「だからこそ、オレはオレの自慢の娘に期待する」
その言葉に、一点も嘘偽りはない。
「あと10日ある。10日あるんだ」
□
試合開始時刻より、5時間前。
都内某所。GO運営本部が用意した、大会参加者のための高級ホテルの一室。
化粧台の大鏡に、大隈 サーバルの顔が映り込む。
高い背丈。
茶に染めたベリーショートの髪。
ジーンズ、キャミソ、ニットセーター。
試合着を持たないアーバンスタイルファイターのハーフ・パンダがそこ居た。
「サーバルちゃん、昨夜は良く眠れたかしら」
椅子に座るサーバルの背後に、フクハラPが立つ。
その両手には、大仰なメイク道具一式が握られている。
「目に隈ができてたなんてことになったら、さっぱり笑えないんだからね」
フクハラは、努めて笑顔であらんとする。
試合前の闘士の緊張をほぐす、渾身のジョークだと言わんばかり。
「なぁ、フクハラP。化粧なんて本当に必要なのか?」
鏡に映るサーバルの顔は、相変わらず黒いモヤに覆われており、
言葉を発するその表情も読み取れない。
「私、こんな姿なのに」
「だって女の子が舞台に立つのよ。プロデューサーとしてアタシが許さないわ」
フクハラは黒いモヤに手を突き入れ、その感触を頼りに手探りで化粧を施す。
「心構えの問題よ。万全を期した、油断はしないっていうね」
「そういうものか」
「そういうものよ。……そして、アタシにできるのはここまで」
フクハラの表情が真剣なものへと変わる。
とても大事な話をするときのものへと。
「アタシはあなたをここへ連れてきた。ここがサーバルちゃんの頂上かはわからないけれど、それでも。だからこそ誓って言うわ。この戦いはあなたのもの。アタシは決して手を出さない」
「そして、勝って帰ってきなさい」
その言葉に、一点も嘘偽りはない。
サーバルは答えない。
勝って帰る。
その誓いが嘘か本当か、黒いモヤに決めさせたくなかった。
決意は胸に秘め。
試合が始まる。
グロリアス・オリュンピア第1回戦。
古城STAGE
暗殺農耕術・北斗神農拳の伝承者
林 健四郎
VS
獣正拳大隈流の継承者
大隈 サーバル
「本日この時間は、特別番組をお送りしますっ」
カメラ目線の女性アナウンサーの背後には、
GO開会式のため、超突貫工事で造られた新国立競技場の姿がある。
都知事などは、「建てられた競技場を2020年に流用する」と歓迎ムードであるが、
はたしてどれほど巨額の裏マネーが飛び交ったのか、想像もつかない。
「エプシロン王国王女様ご来日記念、能力バトル大会グロリアス・オリュンピア!」
『最強の魔人』という栄誉、
『5億円』の賞金、
そして『可能な範囲でひとつ願いを叶える』というフェム王女の約束。
「優勝はいったい誰の手に。注目の第1回戦はもう間もなく、スタートとなりますっ」
女性アナウンサーがそう宣言すると、
中継車に乗ったディレクターが放送画面を選手紹介VTRへと切り替える。
□
新国立競技場には、無数の観客。
中央ステージを撮影する無数のカメラ。
そして、各試合場の様子を映し出す巨大スクリーンがある。
大隈 サーバルにとってそれは馴染み深い、
亜流闘技見本市ガーデンリーグの会場を思わせた。
これは、王女さまを喜ばせるためのショービジネス。
それは、格闘技を金に換えるためのショービジネス。
でも、それだけじゃない。
そこにシナリオはない。
ここに集まったのは、命を天秤に載せて願いを叶えんとするものたち。
試合開始時刻より、5分前。
大隈 サーバルは、再び表舞台に立つ。
中央ステージに立つその姿は黒いモヤに覆われ、輪郭がハッキリとしない。
そして、対戦相手がステージに入場する。
土くれた作務衣姿のご老人。
魔人野菜生産者、林 健四郎。
サーバルはマイクを握りしめ、相手を煽ることを忘れない。
無意識のルーチンワーク。
「私の獣正拳で、あんたの攻撃をすべて受け切ってやるよ」
ケンシロウは、なんだそれはという表情で首を傾げる。
「俺が父から受け継いだのは、暗殺農耕術・北斗神農拳」
それが意味するものとは、
「試合開始の合図を聞くとき、おまえはもう死んでいる」
両者、戦闘地形へ転送。
ここに戻ってくるのは勝者のみ。
瀬戸内海の諸島群。
そのうちのひとつ、因島(いんのしま)。
中世日本、南北朝時代に栄えたひとつの古城がある。
名を、備後(びんご)長崎城(ながさきじょう)。
かの有名な村上農園が支配する城である。
村上農園とは、
戦国時代、毛利家に臣従し、暗殺豆苗や暗殺ブロッコリースプラウトなどの水耕暗殺野菜を栽培、献上していたと言い伝えられている集団である。
所持する強大な暗殺軍隊で、テリトリーを侵すやからを自ら蹴散らす姿を指して、
瀬戸内の海賊、村上水軍という別名で呼ばれることもある。
その実態は、
4000年の歴史を持つ暗殺農耕術・北斗神農拳と根を同じくする暗殺流派。
村上家とは、暗殺水耕術・南斗神農拳を伝える一族なのだ。
知らなかったひとはぜひ検索してみよう。
そんな村上農園の支配する備後長崎城を再現したのが今回の戦闘地形、
古城STAGEの正体なのである!
■
林 健四郎は、転送直後から即座に駆け出している。
転送位置はランダムであるが、彼は事前に地形・風景を頭に叩き込んでおり、
敵より先に有利な位置を確保するべく行動する。
目指すは城のすべてを一望できる、本丸である。
□
大隈 サーバルもまた動き出す。
目指すは城のすべてを一望できる、本丸である。
外敵の侵入を阻むため、複雑に入り組んだ城内。
戦闘領域が敷地内に限られているとはいえ、
見通しの悪いこの場所では敵の姿を探すだけでも苦労する。
黒いモヤにより素早い移動を望めないサーバルにとって、
位置取りの優位は是が非でも欲しいところ。
海に面した長崎城に、強い海風が吹き荒れる。
サーバルの嗅覚を刺激する磯の香り。
だが、はて。
サーバルは自問する。味噌の匂いが混じっているように思うのは気のせいか?
■
「なんでじゃあああああ、なぜ死んでおらぬ」
さっそく本丸にたどり着いた健四郎が、郭(くるわ)の上に立ち、叫ぶ。
「最短決着でかっこよく決める予定が台無しだ」とぶつぶつ文句を垂れる。
郭の上からは、黒いモヤが立ちのぼる大隈 サーバルの姿がよく見える。
「まさかおまえ、俺が丹精込めて作った暗殺野菜を食べなかったな!?」
□
サーバルは、目指す本丸の郭の上に男が立っているのを目撃する。
わざわざ目立つように仁王立ちする男だ。
健四郎が、大声でこちらに向かって叫んでいる。
「暗殺野菜、キラーデスだいこんだ。食べた人間は旨さのあまり死に絶える!」
「だいこん? フクハラPの差し入れ料理に入ってたような気もするけれど」
サーバルは再び自問する。何か悪いことしたか?
「私、野菜あんまり好きじゃないんだ。肉がいいよね、肉が。だから食べてない」
「パンダが肉食ってんじゃねぇえええええ」
「パンダだって肉食うよ。笹食うのは、まぁ、演出?」
「ギルティイイ! 俺の前口上を台無しにした上、野菜嫌いの二重ギルティ」
健四郎がポーズを取り直す。
「俺の暗殺野菜を味わって死ね」
そして前口上をやり直した。
両者のやり取りを、
フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン王女が見守っている。
新国立競技場の、王族専用VIPルームである。
グロリアス・オリュンピアの主賓である彼女は、怪しく微笑む。
「試合が一瞬で終わるなんてもったいない。もちろん、ここからが本番ですよね?」
■
暗殺農耕術は、
試合開始の合図の前にどれだけ準備を積み重ねたかを問われる術技。
暗殺野菜の出来栄え、対戦相手の情報収集。
なにひとつ手を抜いてはならない。
対戦相手も、戦闘地形も、すべて健四郎が自分で選び取った。
林 健四郎は結論づける。
「大隈 サーバルの体術や魔人能力は、1対1の攻防や、偽計、不意打ち相手には有利であろう。しかし、嘘(フェイント)の無い360度物量圧殺は止められまい」
本丸内に本陣を敷き、サーバル包囲網を指揮する大将となる。
「さきほどは少しハシャギ過ぎたな。俺も、もう年だというに」
腰をさすりさすりしつつ、どこからか取り出した軍配を振りかざす。
「では第一陣、割りスイカ騎馬隊よ、前進せよ」
ドドドドド、と地鳴りが響き渡る。
城内をひた走る、馬である。
その数、実に140頭。
馬は、すべてこの長崎城に繋がれていた現地調達物である。
城なんだから馬くらい居る!
その背には、健四郎自慢の割りスイカを乗せている。
割りスイカは立派な甲冑を身にまとい、巨大な馬上刀を構えていた。
割りスイカ。
それはスイカ割りで割られたスイカの無念を吸い上げた暗殺野菜。
その怨念は、人間の頭をかち割ることでしか祓えない。
「続いて第二陣、じゃがいも警邏隊(けいらたい)よ、前進せよ」
じゃがいも警邏。
それはじゃがいも警察により闇に葬られてきた創作じゃがいもの無念を吸い上げて育った暗殺野菜である。
その怨念は、人間の喉を埋め尽くし窒息させることでしか祓えない。
「続いて第三陣、聖書たまねぎ槍兵隊よ、前進せよ」
聖書たまねぎ。
それは聖書で悪しざまに言われたたまねぎの無念を吸い上げた暗殺野菜。
その怨念は、自慢の槍で人間を突き刺し血を流させることでしか祓えない。
「続いて第四陣、戦時ごぼう弓兵隊よ、敵を射殺せ」
戦時ごぼう。
それは戦時中、”こいつら木の根っこ食ってるぜ”とバカにされた無念を吸い上げて育った暗殺野菜である。
その怨念は、人間に大穴をひとつ増やすことでしか祓えない。
暗殺野菜軍団による360度物量圧殺!
その戦闘行動に、一点も嘘偽りはない。ないのだ。
□
「動きが重い、身体が重いことはデメリットじゃない」
敵の物量攻撃に対し、大隈 サーバルは構えを取る。
サーバルは、父パンダとの修行を思い出す。
動物園でのアニマルセラピー。
それは心を清らかにする工程だった。
仔ウサギのせせらぎのように笑い、
仔ジカの雪原のように読む。
仔グマの霊峰のように飛び、
仔イヌの躍動のように伝えるまま、内なる平和を体現せよ。
「抗うことなく、流れるままに」
上を下に。
表を裏に。
人から土に、土から空に、空から人に。
肉体を媒介とし、力を伝達する。
それは抽象的で、捉えどころのない概念であるが、
父はそれにこう名前をつけた。
「獣正拳奥義、大隈流大熊猫(パンダ)の型」
動きが遅いからこそ、ひとつひとつの動作を丁寧に行なう。
サーバルは回避を選ばない。
一手一手の先を読み、
敵の攻撃の型に対し、自分の防御の型を置いておくイメージ。
第一陣の騎馬隊が殺到する。
馬上刀の一閃を手の甲で支え、受け流す。
次の一閃。
右手で足りなければ左手。
次の一閃。
両手で足りなければ手首を使う。
次の一閃。
手首で足りなければ下腕。次の一閃。下腕で足りなければ上腕。次の一閃。腕で足りなければ肩。次の一閃。それでも足りないなら指すら使う。
すべてを、相手の一撃より先に置いておく。
そんな芸当もそうそう上手くは続かない。
馬上刀がサーバルの頬の肉を削ぐ。背中の肉を削ぐ。
右から左から、前から後ろから騎馬隊は襲い来る。
割りスイカによる力任せの一撃が、サーバルの腹を打つ。
それを、脚を上げ、膝と肘で挟んで砕く。
だが、姿勢が乱れる。
「動きが重い、身体が重いことはデメリットじゃない」
復唱する。
父との修行で繰り返した文言。
サーバルを包む黒いモヤの泥は、
上げた脚を地に戻すことすらままならないような遅滞を生む。
次の一閃をどう防ぐか。
大隈 サーバルはその答えを、
「私は、強い」
魔人能力の強制発動という形で示す。
大隈 サーバルに取り憑いた悪霊は、彼女に重い重い期待の視線を向け続ける。
たとえ彼女の強さが嘘だとしても。
期待の重圧をかけ続ける。
黒いモヤが濃さを増す。
次の一閃。
馬上刀を打ち払った衝撃を、片脚だけでは抑えられない。
おお、しかしなんということだ。
サーバルは、満足に転ぶことすら許されない。
黒いモヤがそれを許さない。
彼女が大嘘つきであるからだ。
転倒のよろめきすら、静止の慣性が押し止める。
そして肉体の内部に残留する転倒の歪みを、
人から土に、土から空に、空から人に、肉体を媒介に伝播させ、打ち消す。
震脚。
動きが遅いからこそ、ひとつひとつの動作を丁寧に行なう。
地鳴りが一度、響き渡る。
そして、上げた脚をゆっくりとゆっくりと、
大きく一歩前に踏み出した。
■
本陣にて、林 健四郎はその光景を見る。
第二陣、じゃがいも警邏隊が警棒でもって敵を囲んで叩く姿を。
あるいはその間隙を縫って槍を突き入れる第三陣、聖書たまねぎの姿を。
暗殺野菜が一撃を入れるたび、彼女は唱える。
「私は強い」
身体が動かないということは、本来受けた衝撃を逃がせないという意味を持つはず。
しかし、大隈 サーバルはそれに対し、ゆっくり対処するという解答を見せた。
「こんなことがあり得るのか」
林 健四郎の表情が歪む。
「口惜しや口惜しや、あの白黒パンダめが」
彼には、サーバルの使う闘技に心当たりがあった。
「あれこそ、我らが暗殺農耕術・北斗神農拳から盗まれた奥義」
4000年の歴史を持つ流派。
陰と陽をあらわす、黒と白の体毛。
何が獣正拳。何が大隈流か。
その真の名は、功夫の太祖・マジカル暗殺野菜太極拳。
「断じてパンダなどの手に握らせていていいものではないぞ」
健四郎は側仕え暗殺野菜へと言い放つ。
「暗殺豆苗工場を開け放て! もっと火力を叩き込むぞ」
暗殺豆苗は、
いちど刈り取った根から再び茎が生える性質を利用して、
古くから火薬の材料に使われてきた。
一度火を付けた火薬の燃えカスに、更に火を付けて燃やすことができる。
その生命力は、暗殺野菜のなかでも群を抜く。
そうして出来上がったのが、暗殺豆苗火薬連射式火縄銃である。
従来の火縄銃と比べ格段に連射性能が高い。
村上農園は、これを主君毛利家へと献上していたのだ。
戦時ごぼうがしなり、音を引きながら宙を飛ぶ。
敵の視界の外から、あるいは全方位から同時に。
第四陣、戦時ごぼう弓兵隊である。彼らは自らが弓であり、矢である。
自らしなり、その弾力により矢となって突き刺さる。
矢が空気を裂く音を隠すように、ダダダダダと火薬の破裂音が響く。
敵の視界の外から、あるいは全方位から同時に。
第五陣、暗殺豆苗火薬連射式火縄銃隊である。
長崎城の豆苗工場は現在もフル稼働中、弾丸備蓄もこれでもかとそそぎ込む。
だが敵は今、全身を重い重い黒いモヤに覆われている。
健四郎は、黒いモヤの奥で何が行われているのか見透せない。
たとえそれが、あくびの出るほどのろく、
ヒヨコの歩くが如くつたない功夫なのだとしても、
暗殺野菜はサーバルの防御を貫けない。
たとえ、黒いモヤの奥のハーフ・パンダの四肢に鉄弾が雨あられと突き刺さり、
服を破き柔肌を引き裂き、肉を断ち、骨を折るのだとしても。
肝心要の、命の急所が隠されている限り、大隈 サーバルの歩みは止められない。
「あやつめ、足りない功夫を嘘で埋めてきおった」
再び第一陣、割りスイカ騎馬隊に突撃を命じる。
今回は、その巨体による突進と激突である。
なりふり構わずサーバルを止める手段に出る。
『私は強い』『私は強い』『私は強い』
黒いモヤの奥から響く声。
サーバルの体勢は崩れない。
衝撃により体幹がブレる動きすら重く、のろいからだ。
ゆっくりと肉体に伝わる衝撃を、丁寧に丁寧に震脚にて逃がしている!
その結果、騎馬が黒いモヤに激突するたび地鳴りが響く。
一歩。
また一歩。
新国立競技場の、王族専用VIPルーム。
モニターには、大隈 サーバルを取り囲み斬りつける暗殺野菜と、
それでも止まらない牛歩が映される。
画面に熱中するフェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン王女。
その傍らに、侍女のピャーチが控える。
ピャーチがフェム王女の手元にクッキーの皿を差し出すと、
王女は紅茶のカップから唇を離す。
侍女のさりげない気遣い。
左手にクッキーを摘みながらフェム王女がつぶやく。
「この光景をあえて名付けるならば。猫を殺すネズミ、鋼鉄の超重戦車、大隈流マウスの型かしら。愛らしいですね」
そしてまた優雅に、紅茶のカップに唇を付ける。
□
暗殺野菜と大隈 サーバルの攻防が始まり、4時間が経とうとしていた。
「私は強い」
黒いモヤがより濃くなる。
割りスイカを払う。一歩進む。
「私は強い」
黒いモヤがより濃くなる。
じゃがいも警邏を流す。一歩進む。
「私は強い」
黒いモヤがより濃くなる。
聖書たまねぎを折る。一歩進む。
「私は強い」
黒いモヤがより濃くなる。
戦時ぼごうを落とす。一歩進む。
「私は強い」
黒いモヤがより濃くなる。
豆苗火縄銃をいなす。一歩進む。
「イヤー! ハッー!」
居合一閃、本丸城門の扉を、吹き飛ばす。
もしここが、
戦闘領域が厳密に定められ時間制限のあるGOでない、ただの決闘であったなら。
大隈 サーバルは為す術なく林 健四郎に敗北していただろう。
林 健四郎は暗殺野菜を追加することも、逃げ回って姿を隠し時間を稼ぐこともできた。
しかしここはグロリアス・オリュンピアだ。
戦闘領域は古城の敷地内と定められ、制限時間は5時間までと決まっている。
場外へ撤退しようものなら敗北。制限時間までに決着がつかなければ敗北。
彼が勝利を目指すなら、彼女の前に立つしかない。
大隈 サーバルは敵の面前に立つことのできる、最高の舞台を手に入れたのだ。
「ここまでたどり着いてしまったか」
林 健四郎は立ち上がる。「最近の若者は年寄りに無茶をさせるのが好きらしい」
「私の獣正拳は、あんたの暗殺野菜をすべて受け切ったぞ」
「俺の北斗神農拳はまだ終わっておらんよ」
林 健四郎の全身から、幽玄なる気が立ちのぼる。
「いま、俺の両手は、おまえを殺せと疼いておる」
健四郎が、懐からビンを取り出した。
ビンのパッケージには暗殺精力にんにくドリンクの文字が。
それを一気に飲み干す。
「さあ、おまえの功夫を俺に見せてみろ」
■
林 健四郎。
現在、68歳の魔人野菜生産者。
暗殺農耕術・北斗神農拳の伝承者。
北斗神農拳は、様々な暗殺野菜の種子や製法を一子相伝で伝えてきた。
ボクシングも、
銃術も、
ブラジリアン柔術も、
プロレスも、
棒術も、
居合術も、
投石術も、
忍術も、
宝蔵院流槍術も、
亀仙流も、一子相伝で伝えてきた。
栽培した暗殺野菜にこれらの技術を仕込めるのだから、
暗殺野菜生産者である彼らがこれらの技を使えない道理はない。
4000年の歴史はすごい。すごいったらすごい。
ああしかし、ことここに至って己の身体の老化が口惜しいと、健四郎は思う。
全盛期の肉体があれば、
本家本元、北斗神農・マジカル暗殺野菜太極拳を盗人パンダに見せつけてやれたものを。
歯噛みする。
暗殺精力にんにくドリンクの効きが悪い。
若いときはそれこそ一瞬で筋肉が盛り上がったものだが。
情熱は確かに燃えている。
暗殺農耕術は、どれだけ準備を積み重ねたかを問われる術技。
情熱のすべてを暗殺野菜の栽培につぎ込んだ。
それは息子を生み育てるに等しい作業である。
鍬を握り、土をいじった。
水をやり、肥料を撒いた。
害虫を取り払い、雑草を毟った。
自分の畑が家族だった。
父の背中を追いかけた。
北斗神農拳の伝承者に相応しい人間となり、我が子にそれを伝えるのだ。
己の功夫は肉体にあらず、野菜にあり。
□
大隈 サーバルは、
自分が大隈流大熊猫の型を十全に使いこなせているとは思っていない。
強大な敵と戦うため、足りないものは嘘で埋めることを覚えた。
なれど、己の功夫は己の肉体にこそ宿っていると信じた。
それは変わらない。
いまある自分の功夫を一点に集めることで、敵に届かせる。
それしかない。
サーバルは、上げた脚を大きく一歩前へ踏み出す。
震脚。
力の伝播を逆順に。
人から空に、空から土に、土から人に。
肉体を媒介とし、力を伝達する。
拳の一点にすべてを懸けた一撃。
獣正拳・正拳突き。
■
林 健四郎は、己に死の危険が迫っていることを悟った。
この戦いのために用意した、最後の暗殺野菜の封印を解く時間がやってきた。
健四郎の魔人能力、
『精神と時と野菜の部屋』
己を殺そうとした相手を、時間の歪んだ特殊な空間に引きずり込む能力。
その空間では、野菜以外の生き物はお互いを傷つけ合うことができない。
健四郎はこの特殊な空間で、時間を忘れて暗殺野菜を栽培してきた。
暗殺野菜が暴れて、生産者である自分に襲いかかってきたときなど、
精神と時と野菜の部屋でより強い野菜を栽培して、よく対抗したものだ。
魔人能力の発動条件は満たされた。
どこからか、土の匂いが漂ってくる。
■
土と共に生きた。土の匂いが己の友人だ。
物心ついた頃から、鍬を握っていた。
鍬の重さ、掘り入れた土の感触、太陽の暑さを覚えている。
子供のころ、父の作業を真似ているだけで楽しかった。
少しずつ色鮮やかになっていく緑を見るのが、たまらなく好きだった。
健四郎の魔人能力『精神と時と野菜の部屋』は、
健四郎の心象風景、この思い出がもとになっている。
その心象風景空間に、今、稲穂が揺れる。
さらさらと柔らかな風が吹き、黄金色の光を照らし返す。
林 健四郎は今、田んぼ道に立っている。
遠く山が見え、空は青く高い。
地平線の先まで、見渡すかぎり黄金色の稲穂水田。
封印していた、最後の暗殺野菜がここに居る。
この無限に拡がる暗殺稲こそ健四郎の人生の成果。
愛情の実り。
自慢の息子たちである。
彼らはとてもやんちゃであり、人間社会にとって少々危険な存在であった。
暗殺魚沼産コシヒカリ。
林 健四郎の無念を吸い上げて育った暗殺野菜である。
人類を超える繁殖力により増え拡がり成長する、健四郎の分身と言える存在。
パンデミック危険度Sランク。
次代の北斗神農拳伝承者。
全盛期の林 健四郎の強さをも凌ぐ、スター暗殺野菜なのだ。
□
次は大隈 サーバルが顔を歪める番であった。
黒いモヤの奥で、苦悶に喘ぐ。
呼吸がうまくいかない。
苦しい。
もがけばもがくほど、暗殺魚沼産コシヒカリが身体に食い込んでくる。
敵が選択したのは、組み技であった。
持続的な全身の締め付け。
それを防ぐ手段を、サーバルは持ち合わせていなかった。
功夫を見せてみろと敵は言った。
サーバルの功夫は、林 健四郎に、暗殺野菜に届かなかった。
鍛錬が足りなかった。
首を締める稲を引き千切る。
しかし、胴体に巻き付く稲が横隔膜を締め付けるので、肺に空気が入らない。
無限の稲穂が絡みつく。
千切っても千切っても終わることはない。
強い。
敵は強い。
それでも負けたくなかった。
優勝の誓いを破りたくなかった。
自分の視線と、背後の悪霊の視線が、林 健四郎を睨みつける。
諦めないという意思は折れていない。
こちらの視線を感じたのか、健四郎が言う。
「俺の作った暗殺野菜が、父を越えるその日まで、俺の戦いは終わらない」
健四郎の素顔が、黒いモヤに包まれていく。
「おまえには、その礎になってもら……う」
黒いモヤ。
大隈 サーバルの魔人能力。
『期待の視線(マスストーカー)』の効果である。
なぜ、それがいま、ここで発動するのか。
林 健四郎は嘘をついている。
「な、なぜ……」
呆然とする健四郎。
サーバルを縛り付けていた稲の拘束が緩む。
「ゴホッ……、それはあんたが、嘘をついてるからだ」
「嘘などつくものか。おまえの能力は把握している。俺は最新の注意を払って……」
「だったらそれは、あんた自身が気付いてない嘘だ」
林 健四郎の作る暗殺野菜は、すでに父親を越えている。
「俺の暗殺野菜は、父を越えている?」
信じられないという声音で、立ち尽くす健四郎。
「だって、あんたの野菜、すごく強いだろ」
「ああ」
「あんたは、父親からその技を受け継いだんだろ」
「ああ」
「だったら、あんたはすでに父親を越えてるよ。北斗神農拳の伝承者と名乗ることを許された日にとか、さ。あんたが信じていないだけ。忘れているだけだ」
■
林 健四郎は、肩から力が抜けていくのを感じていた。
『それが、今のおまえとおまえの野菜の力だ』
よくやった、と父に褒められたことは覚えている。
父が生きてる間は父を追いかけ続けた。
父が死んでからは、父を越えようとあがいた。
だがいまこのときにも、父を超えたという確信には至っていない。
それが嘘だというのか。
父が死んだとき、健四郎は泣いた。
もう二度と父と野菜勝負ができないと知り、悲しかった。
いつまでも父の背中を追っていたかった。
父と、もう一度会いたかった。
「俺は、嘘つきだと思うか?」と健四郎は問うた。
「そう思う。嘘は、重い重い罪。それを、背負わなくちゃダメだ」とサーバルが返す。
意気消沈する健四郎に、息子である暗殺魚沼産コシヒカリが寄り添っている。
親子の絆。
愛。
健四郎は、息子である暗殺魚沼産コシヒカリが自分を越えたと認めている。
次代の北斗神農拳伝承者と名乗ることを許している。
ならば父も、きっと健四郎を認めてくれていた。
「そうか……」
健四郎は、ようやく父親とのお別れを済ませることができたのだ。
□
「大隈 サーバルよ」と、林 健四郎が問いかける。
「おまえたちパンダが盗んだマジカル暗殺野菜太極拳には、最終奥義が存在していることを知っているか? 俺たちはそれを、最終奥義・ドラゴニックオーラと呼んでいる。おまえたち流に言い直せば、獣正拳大隈流大熊猫の型・龍気(たつき)」
「龍気(たつき)、龍気(たつき)か」
「その様子だと知らないようだな。俺は、おまえたちパンダがその境地に到達できるのかどうか、期待して見守ることとしよう。このまま勝ち進み、苦しむがよい」
「まさか、あんた……」
「そのまさかよ。俺は先に願いを叶えた。勝ち逃げさ」
サーバルの目の前に林 健四郎が立つ。
周囲の風景が解けていく。
魔人能力『精神と時と野菜の部屋』が解除されていく。
「私は、まだあんたに勝ててない!」
「盗人パンダの都合など、俺の知ったことではないわっ」
健四郎が笑う。
魔人能力『精神と時と野菜の部屋』には、制約がひとつ存在する。
この特殊空間に引き込んだ相手を殺せなかった場合、健四郎が代わりに死亡する。
周囲の景色がもとの空間、
古城STAGE備後長崎城本丸へと戻ってくる。
特殊空間は時間が歪んでおり、外の世界ではまだ一秒も経過していない。
それすなわち、
大隈 サーバルの正拳突きが、林 健四郎の心臓を打ち貫く手前の時間軸だ。
しかしサーバルの正拳突きが届くより前に、健四郎は制約により死亡している。
試合決着。
グロリアス・オリュンピア第1回戦。
古城STAGE
暗殺農耕術・北斗神農拳の伝承者
林 健四郎
VS
獣正拳大隈流の継承者
大隈 サーバル
勝者、大隈 サーバル
□
周囲が歓声に包まれている。
サーバルの勝利を祝う祝福の声だ。
大隈 サーバルは、新国立競技場のステージに戻ってきた。
勝者として。
客席では、葛飾 内勁を筆頭とした亜流闘技見本市ガーデンリーグの参加者たちが集まり、サーバルに拍手を贈っている。
歓声。
歓声。
それは嘘だ。
私は勝ってないと、サーバルの心が叫んでいる。
その祝福は、林 健四郎にこそ相応しい。
観客たちは、サーバルの正拳突きが決まり手だと信じている。
本当は違うのに。
「ああ、私は勝利が欲しい。この歓声を自分のものとしたい! 私は強くなりたい!」
サーバルが吠える。
獣のように。
「これが、これこそが私の望みッ! 私に足りないものはこれだったッ!」
勝利。
勝利。
唇を噛む。
フクハラPの施したルージュの赤が、血のように滴る。
それは、飢えを知ってしまった獣。
悪霊は、サーバルの涙を隠さない。
その光景を、フェム=五十鈴=ヴェッシュ=エプシロン王女が見つめている。
フェム王女の視線が嗜虐に満ちる。
「ふふっ、大隈 サーバルさん、あなたは致命的に己の願いを間違えているわ」
『大隈 サーバルは、檻のなか』END