SSその2


「さあ先頭のディープ♂インパクト速い! 逃げる逃げるスピードが落ちなぁいッ! 二番手タマキンデモクラシーやや失速か!? 大外からぐんぐん迫る三番手アナルスティンガー!タマキンデモクラシーを抜き……ました!! ディープ♂インパクトを刺せるか! 刺せるかぁーッ!?」


賢明なる読者諸君にはご理解いただけるだろうが、童貞男(わらべさだお)は決して遊んでいるわけではない。

これは童貞道における非常に重要な修行の一つ、ザーメン競馬だ。精子を競走馬に見立てて実況をしながらオナニーを行うのである。
初めてのSEXで緊張のあまり勃起不全を起こしてしまう男性は少なくない。冬季マラリンピック競技「おしくらファック」で三連覇を果たしたアナル・ホジリニコフでさえ、著書「精液、かまくら、そして五千ルーブルのラブホテル」においてこう語っている。『安普請のラブホテルは壁が薄い。凍えるような寒さが私たちを襲った。暖房は意味を成していなかった。私たちは若く、ウォッカをあおる勇気もなかった。私の陰茎は寒さと緊張で、全く勃起してくれなかった。九十分が過ぎ、ホテルを出た私たちが二度と会うことはなかった』と。

そのような悲劇を回避するため、「どんな状況でも勃起できるようになれ」とこの修行が生み出されたのである。

ゆえに、ザーメン競馬において性的要素を想起させるもの……すなわちオカズを見ることは許されない。それどころか、ちんちんに触ることさえできないのだ。

生半可な童貞では、そもそも勃起さえできない高難易度の修行。しかし貞男はただの童貞ではない。彼こそは到達基準が三十歳を下回ることはないといわれた魔法使い(ウィザード)に弱冠十八歳で到達した、並ぶものなき天才童貞である!


「最終コーナーを回り精子たちが尿道を駆ける! アナルスティンガーとディープ♂インパクトの差が縮まらない! 射精まで五……四……三……ディープ♂インパクト強すぎる今ゴオォーーーッル!! なんと五馬身差での決着です!」


ソイヤ(射精音)! 貞男のちんちんから噴出した精液 が、発砲音が如き轟音を立てながら飛翔する!

開いた窓から飛び出した遺伝子情報の集合体は、そのまま数キロ先の下水浄水場に着弾した。若さと技量、そして環境に配慮するやさしさがなければできない芸当である。
あまりにキレのいい貞男の射精は、わざわざ股間を拭く必要すら無くす。貞男はパジャマのズボンを上げて直立の体勢を崩した。かたわらにあるベッドに寝転んだのだ。

ここはG・O本部が用意した最高級ホテルである。せっかくだから使ってみたのだが、あまりに豪華すぎて落ち着かない。そのうえ、有料のAVチャンネルはこのグレードの部屋には用意されていないという。貞男はショックだった。普通さぁ……、そういうの、あるでしょ!? と言いたくて仕方なかった。なおデリヘルは呼べるらしいのだが、ビビってやめた。この腰抜けが。だから童貞なんだよお前は。

それはさておき。


「うっし。 コンディションは万全だな」


一流の童貞は、オナニーで己の体調を測る。今回は速度、飛距離、威力そのすべてが彼の想定通りであった。これならば、明日の対戦で無様をさらすこともないだろう。貞男はそう確信した。


「はぁ~。しっかし、こんな修行をして本当に非童貞になれんのか? こればっかりは疑いたくなるぜ」


──童貞男は、このとき知らなかったのだ。

精液の飛沫や波紋で未来の道しるべを見るまらどぴゅ(摩羅怒風)くがたち(盟神探湯)ふとまに(太占)と並ぶ古代技術)をしたならば、おのれの精液にはっきりと『貞操の危機』が示されていたに違いないことを。

そして、同じホテルの一室で茂部安康とシロナが仲睦まじくソイヤ(SEX)! していたことを……。


~~~~〇


試合開始から、既に四時間が経過していた。


「どこだ……!? どこにいるんだ!! 出てこい!!」


茂部は絶叫する。時間切れで両者敗北という結末だけは防がなければならなかった。学校の奴らは手のひらを返したように自分を称賛したが、無様をさらしたならば一転して過剰な嘲笑の対象にされてしまうだろう。そうなったらグロリアス・オリュンピアがどうこうではなく自身の生活が危機に陥る。せめて戦わなければならない。ずいぶんと目標がグレードダウンしたが、目の前のことに全力を出さなければ二回戦も優勝も見えてはこないだろう。

そう。茂部と貞男は、いまだ接触してすらいないのだった。


(なんでだよぉ……!! 童貞男! お前は純粋なインファイターだろ……!? 甲板とかホールにいてくれよ!! なんで開けた空間にいないんだ……!! )


彼の《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》は、現在「自身から発せられる情報」の出入りを遮断している。それは完全無欠の隠密であったが、逆に言えば相手からは絶対に見つけられないということでもある。自分が敵を発見できなかったら、そもそも戦いが始まらないのだ。

日常的性犯罪者であること以外、茂部はいたって普通の教師である。豪華客船というなじみのない場所で相手を探すことは難しすぎた。相手が隠れていることを想定して、船内地図に載っていない従業員スペースを探していることも時間を浪費した一因だろう。


(し、しかし……! 隠密は解除できない! 俺にはレイプしか攻撃手段がない……ッ!! そして、それを見られるわけにはいかない!!)


茂部だって、ただいたずらにシロナとソイヤ! して時間を浪費していたわけではない。《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》による能力応用を実験してはいたのだ。しかし、最終的にはもっとも自信のあるレイプで相手を拘束屈服させることが勝利につながるという結論に達した。それになにより、茂部は周囲の視線を何より恐れる。もし自分が相手の『意思決定能力』や『反抗心』を遮断して、まるで洗脳したかのように相手を降参させたら? どう考えても、悪い意味で今までの生活が一変するだろう。
そのうえ、ホテルに備え付けられたパソコン(茂部はてんで機械に弱い。シロナもこれまでの家庭環境から全く扱えていなかったが、最近は簡単な検索くらいならできるようになった)で調べてもらった情報によれば、対戦相手の童貞男は非常に優秀な格闘家だそうだ。しかもいくつかの隠し玉を持っているとインタビュアーに乗せられて公言している。

だからこそレイプ。だからこそ隠密。

もっとも信頼している自分の技術を用いて、対戦相手以外の全員に何も知らせず倒す。それが茂部安康にできる、たったひとつの必殺であった。


(まってておくれ、シロナ。おじさん、頑張るからねぇ!)


~~~~〇


一方そのころ、貞男は女子更衣室のロッカーを一心不乱に調べていた。鍵がかかっているので扉を引きちぎりまくりである。


「国土交通省の皆様に感謝だぜ~っ!! このロッカーは六! こっちは四! ここは七!」


これはなにも我欲による行いではない。貞男は魔法使い(ウィザード)として、世界童貞チンポジウムで論文を発表する必要があるのだ。これはその研究の一環である。更衣室のロッカーにおける汚さを独自の数式に当てはめて数列で表現しようとしているのだ。なお、論文の締め切りは明日まで。豪華客船という海上宿泊施設だからこそ十全に持ち込まれた衣類や手荷物は恰好の研究資料だった。これがなかったらチンポジウムで恥をかく羽目になっていただろう。

対戦相手を放っておいていいのかとも考えたが、館内放送やらで相手をおびき寄せることは十分可能だと判断した。小細工を弄する敵ならば、そのときは船ごと叩き潰せばよい。なんなら海ごと割れるのが魔法使い(ウィザード)である。もっとも、そんなことをする意味はみじんもないのだが。


「中身をもう少し調査しないとな……」


貞男はずらりと並んだロッカーから荷物や衣服を取り出し、床に並べ始めた。警察の押収物ならべもかくやである。おい、本当に我欲はないのか? 雲行きが怪しくなってきたぞ?

だがそのとき、もう一人の我欲の塊が女子更衣室に入ってきた! その男は物品を床に並べている貞男が中腰になっているのを見るやいなや、後ろから腕をつかんで拘束する!


「えっ?」


──童貞男は自分の超人的知覚力を正しく認識していた。彼はどんな些細な兆候も見逃さない。彼は空気の揺れや人間から生じている電磁波、思念さえ鋭敏にとらえ、童貞として相手との距離を測る。
だからこそ、慢心にも見える研究行為にふけっていたのだ。だが、いかにあらゆる兆候を逃さずとらえようとも……そもそも遮断されているならば、相手を感知することは不可能。


「こんなところで何やってんだあぁーッ!」


これが茂部安康の《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》! 彼の情報遮断は貞男に一切の判断要素を与えず、完全なる奇襲攻撃を成功させたのである!

現在貞男はカタカナの「イ」に似た姿勢を取らされている。茂部に両腕をねじり上げられ、頭が下がっている状態なのだ。レイプの達人である茂部は関節技に明るい。
そもそも性行為に対してはてんで門外漢である貞男に対しては明確なアドバンテージであった。肘を極められ、完全に拘束されている。


(や、やっべ~! さすがに調子コキすぎた! 背後を取られてんのはかなり良くないぞ……。だけどこの体勢からどう攻めてくるつもりだ?)


答えはすぐに分かった。耳に入る異音が知らせてくれたのだ。股のあいだから後ろを覗いてみれば、なんとすさまじき勃起力によってひとりでにズボンのチャックが降りているではないか!

ここまでくれば、鈍い貞男にもその正体がわかる。すなわち……ソイヤ!

貞男はサーっと青ざめる。衆道に入門した覚えはないのだ。


「や……やめろ~~っ!! 童貞より先に処女を失うなんて嫌じゃ~~!! 誰か助けてくれ~~ッ!!」

「うるせーっ!! おじさん、ここを探すのにメチャクチャ疲れたんだよ!? そのツケは体で支払ってもらうからねぇ~~!?」 

「ぎゃ~~っ!! 勘弁してくれよぉ~~!!」


ついにチャックが完全に下り、茂部のソイヤがまろびでる。身体能力こそ一般的な魔人に劣るものの、その精力は折り紙つきの茂部だ。当然、彼のソイヤは巨大。通常であればもろもろの問題が生じるはずのI・A・R、いきなりアナルレイプも、《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》によって健康問題を解決。とっても安全なのだ。

だが、ちっとも安心ではない。キレのある腰の動きが、茂部のソイヤを杭のごとく貞男の菊門へと導く。貞男のズボンなどチャラ男のコンドームと同じくらい無意味。障害物として機能することは不可能であろう。おお、このままわらべさだこ(童貞子)になってしまうのか!?


「大人の男になる前に、女の子になれ~~ッ!!」


強い口調とは裏腹に、茂部の額には冷や汗がにじんでいた。本来のレイプはそんなすぐに終わるものではない。図らずも、短い残り時間は確実に強姦屈服勝利を阻む要素になっていたのだ。さらに相手の腕を拘束している以上、茂部は手淫を行えない。ちんちん一本でねじ伏せるしかないのだ!


(流れを奪われたら……正面から戦うことになったら負けるのは俺に決まってる。だからこのまま犯しきるしかない! 大丈夫だ、これまで何回レイプをしてきたと思ってるんだ!? どうせ相手は俺なんかよりずっと強いに決まってるって、最初から覚悟してるんだよぉーッ!!)


もし《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》を超越してこの光景を見ているものがいるならば。

よかれあしかれ、茂部安康をたたえるであろう。彼こそは人類史上初、純愛のために赤の他人をレイプする狂人である。


しかし。


「なんてな」

「なにぃ……!?」


童貞男は、茂部のちんちんを受け止めていた。内部に刺しこまれているのではない。お尻でぴったりと……止まっているのである!


「い、いったいどうやって。角度もスピードも完ぺきだったはずなのに」

「フッ。肛門括約筋って知ってるか?」


愕然とする茂部をよそに、貞男はライトノベルの主人公みたいな種明かしを始める。
肛門括約筋とは、うんちを我慢したりするときとかにとっても活躍してくれる大切な筋肉さんだ。もちろん茂部も知っている。なんなら他人の肛門括約筋の感触を楽しんでいるのが茂部だ。


「そう! まさか俺が、童貞のゲイと戦ったことがないとでも思ったか!? 
とにかくハチャメチャにお尻の筋肉を鍛え上げたことで、俺はレイプを防御することができるようになってるんだよ!!」

「とにかくハチャメチャに……尻を!?」

「ああそうさ! 尻だけじゃねぇ! 俺は全身くまなく……ハチャメチャに鍛え上げてんだよ~っ!!」


それこそが、茂部安康最大の誤算であった。かれはその偏執的ともいえる保身能力のために、身体能力が特に高い系統の魔人をレイプしたことがないのだ。
ゆえに見抜けなかった……! 世の中に潜む、ぐっと力をこめるとお尻の穴をすっげーキツく締めることができる奴の存在を!!


(ど、どうすればいいんだぁ……!? このままじゃだめだ、戦闘が不可能になるほどに骨抜きにするには挿入が絶対必要なのに!!)


ますます冷や汗をかきながら、茂部はなにかを求めるように視線をせわしなく動かした。するとどうだ。貞男もまた、額に大粒の汗を浮かべているではないか。
彼は何かをこらえるように眉をひそめ、なんらかのルーティーンなのかブツブツとつぶやいている。それが茂部に気づきをもたらした。


(そ、そうか! 筋肉に力をこめ続けると、疲れるんだ!! 当たり前のことだ。だからこそ、それはどんな超人的魔人でも同じ! 
プレッシャーを与え続ければ、あるいは……! しかし本当にそれが、ちんちんだけで可能なのか……!? いや、やるしかない!!)


迷いはある。しかし結局、やるべきことは変わらぬ。一心不乱、全身全霊のレイプあるのみ。


「鍛えていようが関係ないね……ッ!! ぶち込めるまで繰り返してあげるよぉ~~っ!!」


不規則に、そしてリズミカルに腰を動かす茂部。何事かをつぶやきながら挿入を防ぐ貞男。
それは数分にも満たない時間だったが、二人の全力と全力が交差した瞬間であった。なんで国の金でこんなことしてるんだこいつら。これ、最強を決める戦いなんですよ? 信じられます?

話を戻そう。雌雄を決する勝負というのは、張り詰めた均衡が崩れた瞬間、なだれが起きるかのように趨勢が決まる。今回の場合もまた、そうであった。
茂部は見たのだ聞いたのだ。それは先ほど自分がもたらしたものと同じ。

すなわち、ちんちんが勃起して自発的にズボンのチャックをおろす様子である。
貞男もまた、己のソイヤをむき出しにしたのだ。

確信する。自分の動きは確実に相手に性的快感を与えていると。ならばこのまま畳みかけるべし。
そうして茂部が、勢いよく腰を引いたところで──


「……です。……か? 早いぞ……ディ……クト!! タマ……デモ……追いつけ……!!」


声が、聞こえた。


童貞男は茂部に腕と体重を預け、まるでブリッジするかのように大きく上体を弓なりにそらした。あらわになったソイヤ! 寸前のちんちんは、上半身に沿うようにして背後の茂部に向けられている。


いったい貞男は、何をぶつぶつとつぶやいていたのか。

そもそも彼のちんちんは、本当に茂部からの性的快感で勃起していたのか。


──それは、童貞道の中でも特に厳しい修行の一つである。

──それは、あらゆる状況下で勃起するためのものである。


賢明なる読者諸君にはご理解いただけるだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


「栄えある第一回G・O賞を制すのはやはりこの精子! 彼の伝説にまた新たなページ! ディープ♂インパクト今ゴォォォーーッル!!」


その名を……ザーメン競馬!!

ソイヤ! 的確にコントロールされた精子たちがG・O賞の勢いそのままに中空を駆ける! 狙うは茂部安康の顔面!


「うっ……!」


そのとき茂部は、思わず手で精液を防いでしまった。彼はぶっかけることに慣れていても、ぶっかけられるのには慣れていない。
なぜなら彼は強姦を行う性犯罪者であり、常に相手を組み敷く側であったからだ。

そうして彼は、片方だけとはいえ、手を離してしまった。
恐るべき世界最強の童貞、童貞男の腕を。


「今度はこっちの番だぜぇ~~っ!? お返しをしてやるよッ!!」


貞男は体勢をぐるりと入れ替え、茂部と正対した。そして自由になったほうの手で、露出した茂部のちんちんをがっしりとつかんでいる。


「俺は、ひっじょーに繊細に能力をコントロールできる。なぜだかわかるか?」


茂部は答えられない。彼は今はじめて、強姦される側の気持ちを味わっていた。


「いっつも能力を使ってオナニーしてたからだ―ッ!! こんな風になぁ~~!!」


~~~~〇


茂部安康の人生は、常に暗い影が落ちていると言ってよかった。彼は常に、上か下かで言えば、『下』の人間であった。
どんくさく、運動が苦手で、とにかく顔が悪い。人間というものは、醜いものに対していくらでも残酷になれる。
茂部はその残酷さに晒され続けた存在なのだ。だからこそ、その防衛機構として生まれたのが《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》なのだ。
悪意にすら気づかれぬ無関心の対象。それこそが、茂部の求めたものだった。

彼の性犯罪モチベーションは、性的快感ではない。自分のような虐げられ続けた存在が、まるで見えていないかのような……すこしでもマトモな人間を、片っ端から貶めてやりたいのだ。
だからこそ、彼は強姦相手の美醜にとらわれない。気持ちよさも関係ない。自分でも気づかないほどに抑圧された、フラストレーションの解放手段。
それが茂部安康にとってのセックス。ボーダー(境界線)を塗り替え、引きずりおろすもの。

そんな影を照らす光こそが……


~~~~〇


「バカやろぉ~~!! 強姦は三年以上の懲役だろうがッ!! それを何千件も……!? 何万年刑に服す気なんだお前は!!」


やけに強姦の刑期に詳しい貞男。叩けば埃の出そうな男である。
しかし茂部はそれどころではない。チェリー暴威による最適なバイブレーションが股間を刺激しているのだ。
貞男の心にある炉には、いったいどのような感情がくべられているのだろう。怒りか、あるいは。
ただひとつ言っておくならば、貞男がチェリー暴威を使いたがらない理由は単純だ。「人のプライバシーを勝手にのぞくのって、あんまりよくないよね」という、ただそれだけのこと。
魔人といえど、精神的な成長や転換期がないわけではないのだ。それさえも拒んだ、拒んでしまうような人生を歩まされた茂部に抱いた感情。きっとそれは彼自身にも説明できないであろう。


なお、それはそれとして彼の手は高速微振動を開始していた。そう、ちんちんをつかんだまま。


「ぎゃああああぁぁぁーーーーーー!!」


ソイヤッソイヤッソイヤッソイヤ!! ものすごい勢いで精液が噴出する!

おお……見よ。ソイヤが止まらぬ。ソイヤが……止まらぬ!

ソイヤッソイヤッソイヤッソイヤ!!
ソイヤッソイヤッソイヤッソイヤ!!

いったいこれはいかなる現象か。なんと貞男は長年にわたり能力を使いながら一人さみしくオナニーし続けたことで、その辺のビッチなんて目じゃないほどにちんちんを気持ちよくさせることができるのだ。
快感がソイヤを呼び、ソイヤが新たなる快感を呼ぶ。まさに永久機関だ。貞男は好きなガンダムになぞらえて、この現象をタマキンダブルオーライザーと呼んでいる。それほんとに好きって胸を張って言える?


「あああああぁぁぁぁ!! わああああぁあああ!!」


脳が焼き切れるような快感に苛まれる茂部。彼は過剰な快感が相手を陥落させる力だということを、今日、改めて知ることになった。
されど諦められぬ。なにか、なにか起死回生の手段があるはず。情報以外のなにかを遮断することで、状況を打開できるに違いない。
そう思っても、茂部の考えはまとまらない。もはや論理的思考ができる状態ではないのだ。彼の両手は、見えない何かを求めるように虚空をさまよう。


「妙な動きをするんじゃねぇ~~ッ!!」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーっ!?」


有利なうちに畳みかけるべし。貞男はもう一方の手もヴィンヴィン言わせながら、フックを打ち込むように相手の背中に回した。

そう。手をお尻にぶっ刺したのである。

残念ながら、茂部の肛門括約筋は貞男に対抗できるほど強くない。彼はレイプ魔以外にこれといった特徴のないモブおじさん(一般的な人物)である。そのうえ自らの能力のせいでI・A・R、いきなりアナルレイプは安全な行為と化していた。
前のバイブレーションと後ろのバイブレーションで、性的快感はおよそ百乗。天文学的数値だ。これが因果応報だというのか。

いかに強靭な精力を誇る茂部といえど、精子の量には限りがある。そして脳も、分泌される快楽物質に侵されていく。


「あ……し、シロ……」


茂部安康、陥落。戦闘の続行は不可能。

勝者、童貞男。勢いに任せておじさんのちんちんをつかんだり尻の穴に手を突っ込んだことを激しく後悔。


~~~~〇


「おじさんっ!」


目を覚ましてそうそう、シロナが飛びついてきた。どうやら心配させてしまったみたいだ、と茂部は思う。
彼は意識を失っていなかったが、正常な思考ができない状態に陥っていた。エプシロン王国の秘薬によって過剰な快楽で中毒を起こした脳が正常な状態に戻った後、どうも疲れからか眠ってしまったらしい。


「ボ、ボク、おじさんが死んじゃったんじゃないかって」

「そんな大げさな」

頭をなでる。ぶよぶよとした手だが、シロナは嬉しそうに目を細めた。
そのままシロナを抱き寄せようとする茂部。ところが、清潔な治療室の隅から咎めるような咳払いが聞こえた。


「失礼、先に僕の話を聞いてもらってもよろしいですか?」

「かまいませんが、あなたは……?」

「私は槍目恥部座衛門。六淫流槍流和姦道のものです」

「は、はぁ」


そんなことを言っても、茂部にはさっぱりわからない。六淫流槍流は童貞道ほどメジャーな武術ではないのだ。
ただひとつわかるのは、茂部からしたらこのようなイケメンの優男は敵だということだ。シロナがいなかったらレイプしていたかもしれない。


「それでその、槍目さんはどうしてここに?」

「それなんですけどね。貞男君に言われてきたんですよ。手を貸してやれって」

「彼が……? なんでですか?」


その質問に恥部座衛門は、思わずといった様子で噴き出した。茂部はバカにされたと思い、顔をしかめる。


「いや、失礼。僕もこの前そう思ったんですよ。なんで彼は敵だった僕の悩みを解決しようとしてくれたんだろうってね。
どうも彼は単純に、ちょっとした手助けくらいならふつう誰だってするだろって考えているみたいなんです。
隣のクラスメイトが教科書を忘れたなら見せてあげる、くらいの気持ちなんでしょう」

「……そうですか。それで? 手助けってどういうことなんでしょうか」

「児童相談所に話を付けてやる、ってことですよ。われわれ和姦道は、心身に傷を負って性的な行為に忌避感を覚えた方々をサポートしています。
その一環で、児童相談所にも……ざっくりいうと、コネがあるわけです。身元引受人になりたいんでしょう?」

「どうしてそれを!?」

「『ピロートークも実質SEX』と、貞男君は言っていました。あれ、待てよ?となると僕の人生、八割がたバレてるんじゃないかな……」


茂部は混乱した。降って湧いた幸運に脳が追い付いていないのだ。
これはシロナの時もそうであったが、茂部は純粋な好意や打算のない手助けにうまく対応できないのだ。圧倒的に、そのような経験が足りないのである。

「ま、待ってください。お金。そう、お金がいるんですよね? 私には一億なんてとても用意できませんよ!」

だからこのように、自分から遠ざかろうとする。なにか裏があるんじゃないかと、どうしても勘ぐってしまうのだ。
そして茂部の質問に答えたのは、ほかならぬシロナだった。彼は茂部の寝るベッドに腰掛けながら、柔らかい笑みを浮かべていた。


「あの、先生。一億かかるのは、もっとちっちゃい子だけらしいんです。ボクはもう中学生だから、半分もかからないみたいで」

「え……マジで?」

「はい! パソコンで調べてみました!」

「ハハ、児童相談所は敵が多いですからね。悪質なフェイクニュースが飛び交ってますよ。どうも彼は公式のサイトを見たようですが」

「そうなんですか……全然知らなかった」


機械に疎いことが、大きく茂部の視野を狭めていた。確かに考えてみれば当然だ。このさき高校大学と私立に行かせようが、一千万もかからない場合がほとんどだろう。
生活費についても同じだ。不自由のない生活それ自体には、そこまで莫大な金額はかからないのである。一億など、どう考えても必要なかったのだ。
茂部はレイプ以外にこれといった趣味もなく、家もアパートでローンもない。貯金がたまる一方だった。教師という信頼性があれば借金もできる。
そうなれば頭金は十分。二人を阻むものは、もはやなにもない。


つまり。


「ほ、ほんとに……なれるのか? 身元引受人に?」

茂部の言葉にシロナは元気よく返事をし、槍目は小さくうなずいた。

「は、ははは……そうか。なんだか俺が、空回りしちゃったみたいだな。これなら別にグロリアスオリュンピアに出なくても……」

その言葉に、シロナはぶんぶんと首を振る。

「そんなことないです! おじさんはボクのためにたくさん頑張ってくれたし、予選も本戦もすごくかっこよかった!
その、全然何やってるかは見えなかったけど……きっとかっこよかったに違いないですよ!」

「そ、そうかぁ?」

「はい! それに、先生がオリュンピアに出てくれたからきっとオリュンピア部も大人気になりますよ!
全部……、全部おじざんのおがげでじゅ……!!」

「わ! な、泣かないでくれよぉ……!」


そうしてひとしきり泣いたあと、シロナは眠ってしまった。茂部の目が覚めるまでつきっきりだったためだろう。
そんなシロナを一瞥し、恥部座衛門は再び口を開く。気遣いのできるこの男が自然に部屋を出たりしなかったのは、話すことがあったからなのだ。
恥部座衛門の眼が、スッと細められる。童貞には出せぬ怜悧な気配だ。


「あなたの行った、犯罪行為について話があります」

「!?」


茂部はとっさに《マスク・ワン・ボーダー(M・O・Bの『世界』)》を発動する。
そして思う。やはりな、と。世の中にうまい話など、あるわけが……。


「まあ僕たちからは、特に何もありません。ただ、和姦道に貸しを作ったからには今後は控えてもらいますが」

「え……!?」

「しょうがないじゃないですか。国の威信をかけてグロリアスオリュンピアを開いたんですよ?
もし僕や貞男君があなたを警察に突き出したり、あるいはあなたが自首をしても──暗殺あれるだけですよ。不都合な真実ですからね。
だったらせめて再犯防止に努めよう、という考えです。もちろん、あなたがこれまでの被害者から復讐されようが我々は関知しません。
……個人的には、ほとぼりが冷めたころに自首すべきだと思いますがね」

「そ、そんなの実質は野放しじゃないか! それでいいのか!?」

「ふふ、なんであなたがそんな言い方するんですか」


恥部座衛門は笑った。和姦道の第一人者である彼にはわかる。目の前の男は和姦の神髄である愛を知り始めた。
だからこそ、自らが行ってきた強姦という罪の重さを理解しつつあるのだ。


「それじゃあ、僕はこのあと妹とのデートがあるので失礼します。後日改めて身元引受人の書類は提出させますよ。
いやーもう妹がワガママでワガママで!! 正直いそがしくてグロリアス・オリュンピアになんかこれ以上かまっていられません!」


妹とデートだって!? なんて変態なんだ。とてもまねできない……茂部がそう思っているうちに、恥部座衛門は颯爽と去っていった。

あとには幸せそうに眠るシロナと、罪状に釣り合わぬ幸福な未来に眉をひそめる茂部が残った。


──彼はシロナが大学を卒業したのち、罪の意識に耐えかねて自首することとなる。
そして刑期を終えたのち、老齢となった彼は……美しい青年と暮らしたという。


もっともそれは、童貞男にはてんで関係ない話なのだが。


「二回戦はせめて女子と当たらせてくれ~ッ!! お願いじゃ~~!!」
最終更新:2018年03月11日 00:43